第8話 思いがけないプレゼント
シルフィスの街に滞在して、今日で三日目。
私は、ニット君とともにマックスさんから剣のお稽古を受けていた。
街の中で剣のお稽古は、他の人の迷惑になるので、一旦街の外に出て、街道から少し離れた誰にも迷惑が掛からない場所で行われていた。
私は、もともとある程度、剣の扱いを学んでいた。
私の父親から護身のために、教えられたので基礎はそれなりにできていると、マックスさんは言っていたので、剣を使っての実戦形式の訓練をしていた。
私は『聖剣エクスカリバー』を使用して、マックスさんに打ち込んでいく。
私の実力では全く歯が立たないのは、わかっているけれど、実戦的な経験を積むことが必要らしい。
マックスさんも打ち返してくる。
彼が本気を出せば、私なんて一撃も受け止めることができずに真っ二つにされているはずだ。
けれど、そうなっていないのはマックスさんがかなり手加減をしてくれているからだった。
「無理に剣で受ける必要はない。俺みたいな重量級の剣を扱う奴とまともに剣を合わせたらあっという間に腕がいかれちまう。避けられる攻撃は躱し、どうしようもないときは受けるしかないが、嬢ちゃんの腕力では受け止めきれないだろうから、受け流すことを意識した方がいいかもしれないな」
大剣である『ドラゴンバスター』を振り回しながら、いろいろとアドバイスをしてくれるけれど、思ったように剣を扱えない自分に歯噛みするばかりだった。
長剣の『聖剣エクスカリバー』と大剣の『ドラゴンバスター』では、攻撃範囲が違いすぎる。
大剣相手だと、相手の懐深くに踏み込んでいかなければ、攻撃が当てられない。
けれど、攻撃をうまく躱して懐に入りさえすれば、長剣である『聖剣エクスカリバー』には勝機が生まれる。
大剣は大きいだけあって一撃の破壊力はあるけれど、細かい取り回しがききにくい。
逆に長剣は、取り扱いはしやすいけれど、一撃が弱い。けれども、急所にさえ当てることができれば、一撃必殺が狙える。
まあ、そこまで熟練した剣の腕前があればの話だけれど…今の私には、そんな技術もなければ、動きもできない。
地道にお稽古をして、剣の扱い方を学んでいくしかない。
強くなってニット君をしっかりと守れるようになりたいという思いとは裏腹に、強くなることの難しさを痛感するばかりだった。
「よし、とりあえず、嬢ちゃんは休んでくれ。次は、ボーズの番だ」
私は長剣を鞘に納めると、少し離れた場所で私とマックスさんの動きをじっと観察していたニット君のそばまで歩み寄ってしゃがみ込む。
「ニット君、頑張って」
私が声をかけると、「うん」と元気よく返事をして、練習用の木の棒を握ってマックスさんの元まで駆け出して行った。
ニット君が、ありったけの力を込めて打ち込んでいくけれど、マックスさんは細い木の枝を巧みに操って、木の棒の猛攻を受け流している。
見る分には簡単そうに見えるけれど、私にはできない技術だと思ってしまう。
攻撃を受け流そうとしても、まともに受けてしまって、そこから反撃に繋げられない。
これだと一方的に攻撃を受けるばかりになって、相手を倒すことはできない。
うまく駆け引きをしなければならないのだけれど、実戦経験不足の私とニット君ではすごく難しい。
ニット君とマックスさんのお稽古が始まってしばらくしたころ、街の方からセレスさんがやって来た。
「やっているねぇ~」
マックスさんに向かって、気合とともに木の棒を振るって打ち込んでいくニット君の雄姿を見守りながらセレスさんが呟いた。
「マックスさんのおかげで、ニット君はずいぶんと逞しくなったような気がします。今までは、ビクビクして怖がっていたけれど、そんな感じもなくなってなんだか勇ましいです」
「くっくっくっ…ボーヤの熱意がすさまじいのさ」
私の方を見ながら、意味深な笑みを浮かべている。
「お嬢ちゃんのために強くなりたいなんて、健気じゃないかい」
そういう言われ方をされると恥ずかしくなってしまう。
「まあ、動機は何であれ、思いが強ければ強いだけ早く上達するってもんさ」
果敢にマックスさんに向かって木の棒を振り回していくニット君を楽しそうにセレスさんは眺めていた。
ニット君のお稽古が終了して、私の元に戻ってくる。
「ニット君、お疲れ様」
かなり披露した状態のニット君に労いの言葉をかけてあげる。
「ほぇ~…アテナ様、疲れたぁ~」
今にも倒れこみそうなニット君の身体を私は支えてあげた。
「今日も頑張ったもんね」
「うん。でも、僕…強くなれているのかな?」
ニット君は、実感が湧かないようだ。
「魔物と戦ってみるってのもありだけど、見た感じ…今のボーヤの実力じゃあ、まだまだ実戦は無理だねぇ~」
先ほどまでのニット君の動きを見て、セレスさんが冷静な判断を下す。
下手に自信を持たすと、危険なことをしかねないので、彼のやる気に水を差すつもりはないけれど、釘を刺すのは必要だと私は思う。
「セレス、その手に持っているもんは何だ?」
遅れて私たちの方に歩み寄って来たマックスさんが、セレスさんの手に握られているものを指さしながら尋ねた。
「ああ、そうだった。ボーヤにプレゼントがあるんだよ。受け取りな」
セレスさんは、手に持っていたものをニット君の目の前に差し出した。
鞘に納められた剣のようね。
「もらっていいの?」
「ああ、剣の稽古を頑張ったご褒美だからねぇ~。遠慮なく受け取りな」
セレスさんの手から鞘ごと剣を受け取る。
「僕の剣…ありがとう、セレスさん」
ニット君は満面の笑みでセレスさんにお礼を言っていた。
よほど嬉しかったみたい。
大切そうに抱きしめていた。
「いったい、どんな剣を買ったんだ?」
興味ありげにマックスさんが尋ねた。
「ボーヤ、鞘から剣を抜いてみな」
セレスさんに言われて、ニット君は恐る恐る柄に手をかけるとゆっくりと剣を引き抜いた。
短剣よりも長い刀身だけど、子供のニット君が扱うにはちょうどよさそうな長さの小剣みたい。
柄の部分に紫色の宝玉が埋め込まれているのが目を引く。
ニット君が片手で振り回せるくらいだから、重量的には軽そうな感じがする。
「バザーで見かけたんでね。ボーヤにちょうどよさそうだから買ってきたのさ。いつまでも木の棒を振り回すよりも、こいつを振り回した方がやる気も上がるだろう?」
「だけど、セレス…この剣、刃がないぞ」
私もニット君が手にしている小剣の刀身に刃がないことには気づいていた。
けれど、喜んでいるニット君の前では言わない方がいいのかと思ったけれど、その疑問をマックスさんが口に出していた。
「確かに刃がないから、紙すら切れない。でも、それなら剣の稽古をしても怪我はしないだろう?」
これは、どうなんだろう?
私とマックスさんは顔を見合わせて、微妙な顔つきをしてしまった。
「ねえ、セレスさん。この石の中に人がいるよ?」
ニット君が突然、変なことを言い出した。
セレスさんからもらった小剣の柄部分に埋め込まれている紫色の宝玉を指さしている。
「ん?この紫の魔法石の中に人がいるってのかい?」
意味が分からないといった表情をしながら、セレスさんは紫色の魔法石を覗き込んだ。
「ただの魔法石のようだけれど…人の姿なんて見えやしないよ。ボーヤ」
「でも、僕には見えるよ。凄く可愛い小さな女の子がいるよ」
ニット君がそういった時、紫色の魔法石が一瞬微かに淡い光を放ったように私には見えた。
誰もそのことには気づいていないみたい。
気のせいかな?
マックスさんも魔法石を覗き込んでいる。
「俺にも女の子なんて見えないがな…」
不思議そうな顔をしている。
「アテナ様は見える?」
ニット君に尋ねられ、私も紫色の魔法石をまじまじと覗き込んでみた。
見える。
確かに、見える。
女の子がいる。
「私にも見えるわ。髪の毛の長い可愛らしい女の子が」
そう言った時、再び魔法石が一瞬だけ淡く光ったように見えた。
私以外、光ったことに気づいていないみたい。
誰も指摘しないから。
「あの…今、この魔法石ちょっとだけ光りませんでしたか?」
「いや、光ってはいないと思うけどねぇ~。光ったりすれば、魔力の波動が出るはずだから、あたいが気づくはずさ」
「そうですよね…光の反射で、そう見たえのかしら…?」
私は、笑ってごまかす。
やっぱり見間違いみたい。
「それで、ボーヤとお嬢ちゃん。その見えた女の子ってのは具体的にどんな感じだい?」
「え~と、髪の毛は長くて、耳が尖がってる、すごく可愛い女の子だよ」
「ニット君の言う通りですね。足元まであるくらい長い髪をしています。服なのかわかりませんが、身体に模様のような感じのものが見えます。眠っているのか、目を瞑っていて、小さくて可愛い女の子ですね」
ニット君の言葉に私が補足で付け加える。
「髪の長い、耳の尖った小さな女の子…?」
セレスさんは、考え込む。
「特徴的には…風の精霊シルフっぽいけどねぇ~」
「風の精霊シルフ?」
私とニット君が、同時に呟いた。
「風の精霊ってのは、シルフと呼ばれていて、自由と大気の流れを象徴する存在だよ。確か…『盾の女神イージス』って神が生み出したって言われている存在だよ。風の精霊自体は、人間に対して友好的な存在だから、害を与えてくるようなもんじゃない。大昔は、風の精霊は肉体を持っていたと言われていて、いつのころからか肉体を捨ててアストラル体になって人の目に触れることはなくなったという言い伝えを聞いたことがあるけどねぇ~」
セレスさんの説明を聞いて、イマイチ良くわからなかったのは私だけかしら。
ニット君とマックスさんは、うんうんと頷いているようだけれど。
「あの~…セレスさん…イマイチ良くわからなかったんですけど…?」
私が申し訳なさそうに言うと、ニット君とマックスさんも「僕もよくわからなかった」「俺もさっぱりわからん」と言っていた。
わからないのに頷いていたの?この二人は。
「何がわからなかったんだい?」
「アス…何とかって何のことですか?」
「アストラル体のことかい?お嬢ちゃんたちにわかりやすく簡単に言い換えるなら…幽霊みたいなもんになったと言えばいいのかねぇ~」
「幽霊ですか?」
「まあ、説明しても理解はできないだろうから、そういうもんだと思えばいいさ。だから、風の精霊の存在は普通は見えないはずなんだけどねぇ~。『精霊使い』が、自分の魔力を使って具現化させると存在を確認できるらしいけれど、『精霊使い』って奴に出会ったことがないから実際はわからないけれどねぇ~」
なんとなくは理解できたのかな?
『盾の女神イージス』という女神様が作り出したのが『風の精霊シルフ』。
そのシルフは、人間には友好的な存在で、人の目ではその存在を確認することはできないってことが今の説明で分かったことでいいのかしら。
「でも、何で私とニット君には、この魔法石の中に封じ込められている風の精霊の姿が見えるのでしょうか?」
「それが、あたいにもわからないんだよ。この四人の中で魔力を持っているのは、あたいだけ。あたいが見えるならまだしも、お嬢ちゃんとボーヤにしか見えないってのが納得いかないねぇ~」
何度も紫色の魔法石を覗き込んで見るけれど、セレスさんには小さな女の子の姿は見えないみたい。
でも、見間違いではないと確信できる。
私とニット君には同じ女の子が見えているのは間違いない。
小さな可愛い女の子。
確かに、この魔法石の中に見えるんだもの。
「う~む…購入した後、ここに来るまでにいろいろと剣を調べてみたんだけれど、あたいが魔力を注入してもその魔法石は何も反応を示さなかったからねぇ~。だから、その魔法石はただの飾りだと思うんだけど…」
「まあ、いいじゃねーか。剣には変わりない。明日からは、その剣を使って稽古をつけてやろう」
「うん、ありがとう。マックスさん、セレスさん」
ニット君はニコニコしながら二人にお礼を言った。
「良いプレゼントをもらえてよかったね。ニット君」
私が彼の頭を優しく撫でると、さらに嬉しそうに微笑んだ。
心の底から喜んでいるのが手に取るようにわかるようだった。




