第7話 ニットの剣
あたいは、セレス。
セレス・セレナだよ。
23歳の美女魔法剣士。
賞金稼ぎや冒険者なんかをやっている。
得意としているのは、主に魔法だ。
あたいの左右の太ももに括り付けている鞘に納められた白い短剣『白銀の刃』と黒い短剣『黒鉄の刃』は、あたいの魔法の威力を増幅してくれる効果を持っている。
そのため、魔法を使用する際は、必ずこの二本の短剣に魔法をまとわせて威力を増幅してから相手に向かって放っている。
他にも腕に着けた『魔法の腕輪』や身に着けているブーツに埋め込まれている魔法石があたいの魔力を何倍にも増幅し、さらに威力を増してくれる。
こいつらがあることで、魔力の消費量も少なくて済んでいる。
額に巻いている鉢巻のようなものは、古代の魔法文字…『魔力文字』と呼ばれるものがびっしりと書き込まれた不思議な布地で、あたいが使用する魔法の詠唱を補助する能力を持っている。
こいつのおかげで、あたいは呪文の詠唱が必要ないので、自分が使用したい魔法のイメージを浮かべるだけで魔法が発動できるという優れものだ。
ただし、攻撃魔法だけに限る。
基本的にあたいは、攻撃魔法系は得意としている。
けれど回復魔法は、からっきし苦手だ。
唯一、『リップヒーリング』と呼ばれる、あたいの唇が触れた部分の傷や怪我を表面上治すことができる回復魔法が使える程度だ。
表面上というのは、切り傷だったら、傷口を塞ぐ程度のことはできるという意味だ。
傷口が塞がるだけで、痛みは残ってしまうというお粗末なものだ。
ちょっとした切り傷や打ち身などならこれで十分に治せるが、深い傷や瀕死の重傷などの重度の怪我には焼け石に水状態だ。
だから、治療薬を常備する必要がある。
まあ、怪我をすることがなければ薬を使うこともないんだけどねぇ~。
魔法以外には、短剣を使用した接近戦も得意とまでは言わないが、それなりに腕には自信がある。
そんなあたいには、相棒がいる。
大柄な体格で、かなりの筋肉質なパワータイプの剣士。
茶髪でちょっと老け顔の27歳だったかな?…まあ、顔は悪い方ではない。
イケメンとまでは言わないが、そこそこ良いとは思っている。
彼は、幅広の巨大な剣『ドラゴンバスター』と呼ばれる大剣を振り回す、頼りになる相棒だ。
本人は、ドラゴンの堅い鱗も紙のように斬り裂けるとか豪語していたが、ドラゴンなんてもんにそう簡単に遭遇することはないから、その場面を拝むことがないので本当か嘘かはわからない。
本人が言うんだから、自信と確証があるのかもしれないねぇ~。
相棒であるマックス・ディアーとは、そこそこ長い付き合いをしている。
二人で賞金稼ぎをしたり、冒険者としてギルドから依頼を受けてこなしたりと様々なことをして旅をしていた。
そんな時、たまたま立ち寄った街で珍しいものを見かけた。
あたい達は、聖剣の街ブレーディアで、『剣と慈愛の女神ブレーディア』が愛用していた『聖剣エクスカリバー』が引き抜かれる瞬間をたまたま見ていた。
『聖剣エクスカリバー』は、数百年前に魔人の大群と戦い命を落としたと言われている『剣と慈愛の女神ブレーディア』が愛用していた聖剣だ。
白く美しい輝きを放つ刀身に金色の柄。
その柄には細かな装飾が施されていて芸術品のような出来栄えだ。
さらに目を引くのが、金色の柄には真紅の魔法石が埋め込まれている。
ブレーディアが命を落とした際に地面に突き刺さり、そのまま誰の手にも渡らず、今まで雨風にさらされながらも、剣はその当時の輝きのままだという。
さすがは聖剣と呼ばれる代物だ。
こんなものを手に入れられたら最高だ。
世界に二つとない代物だからねぇ~。
力の証になるだろうし、売れば一生遊んで暮らすことも可能だろう。
だけど、誰もその聖剣を引き抜くことができなかった。
数百年間、ずっとそこに鎮座していた『聖剣エクスカリバー』を指を咥えて見ていることしかできなかった。
だけど、その聖剣を抜き放ったお嬢ちゃんがいた。
黒髪を三つ編みにした可愛らしいお嬢ちゃんだった。
年のころは17~18歳くらいかねぇ~。
大きな黒い瞳は、素直そうな印象を受けた。
淡い紫色のチャイナドレスっぽい洋服に身を包み、黒いスパッツを履いていた。
街娘という感じではなさそうだねぇ~。
短いマントのようなものを羽織っているが、冒険者という感じにも見えなかった。
けれど、背中に小さな背負い鞄を背負っていて、旅をしているような様相だった。
まだ発育途中の身体つきは華奢ではあったが、胸はそこそこありそうだ。
まあ、あたいの爆乳には勝てないがねぇ~。
どこにでもいる普通のお嬢ちゃんぽいその娘は、とても腕力があるようには見えなかった。
だけど。
あたい達、観衆の目の前で誰にも引き抜けなかった『聖剣エクスカリバー』をいとも簡単に引き抜いて見せた。
さすがに、その場にいた誰もが驚いていたさ。
誰一人として『聖剣エクスカリバー』が抜けるなんて思ってはいなかったからねぇ~。
あたいとマックスは、『聖剣エクスカリバー』を抜き放ったお嬢ちゃんに接触し、剣を譲ってもらう様に交渉した。
そのお嬢ちゃんは「良いですよ。でも、この剣を持ち上げることができて、引き抜けたら差し上げます」と言って、腰の鞘から『聖剣エクスカリバー』を引き抜いて、軽く地面に突き刺した。
あまりにも馬鹿にしている。
聖剣の街ブレーディアの台座には、しっかりと突き刺さっていた。
だから、誰にも抜けなかったはずだ。
けれど、このお嬢ちゃんは切っ先をほんの少し地面に突き刺しただけだ。
蹴飛ばせば、簡単に倒れてしまいそうな感じの剣の柄に手をかけて、あたいは引き上げた。
「!?」
驚き、戸惑う。
どうやっても抜けない。
どんなに力を込めても、どんなに引き上げても抜けない。
抜くどころか一ミリも動かない。
イラついて蹴飛ばしてみたけれど、倒れることすらなかった。
腕力自慢の相棒…マックスも挑戦してみる。
結果は、あたいと同じで剣はびくともしなかった。
あたいとマックスはエクスカリバーを揺れ動かすことすらできなかった。
目の前には『聖剣エクスカリバー』がある。
みすみす、逃す手はない。
だけど、奪い取るのは簡単だが、奪っても持ち上げることができないので持ち運べない。
なぜなのか?
どうして持ち上げることすらできないのか?
このお嬢ちゃんが何かをしているのか?
いや、それはないだろう。
数百年間、誰も引き抜くことができなかったのだから、このお嬢ちゃんが剣に何か細工を施すとは考えにくい。
このお嬢ちゃんからは、『魔力』を感じない。
『魔力』を持たない人間は、魔法を使えないはずだ。
魔法を使えない人間が、剣に細工などできはしない。
何度か、そのお嬢ちゃんと接触した。
自己紹介を受け、この三つ編みのお嬢ちゃんは、『アテナ・アテレーデ』と名乗っていた。
なんとなく聞いたことがある名字のような気がするが、パッと思い浮かばなかったので、その時はあまり気にしなかった。
トラブルに巻き込まれたようなので助けたりもした。
まあ、他の奴らに『聖剣エクスカリバー』を奪われたくないために、助ける形になっただけなんだけどねぇ~。
そのお嬢ちゃんとは、エクスカリバーの秘密を探るために、今は一緒に旅をすることになった。
人の縁とは、わからないものだよねぇ~。
その『聖剣エクスカリバー』を持つお嬢ちゃんは、奴隷の少年を助けた。
『ニット』という名のボーヤだ。
黒髪でひょろっとした瘦せ型の小さな身体は、小麦色の肌をしている。
漆黒の大きな瞳が、あどけなさを強調していて非常に可愛らしく思う。
年のころは…8歳くらいと思われるボーヤは、自分を助けてくれたお嬢ちゃんに懐いていて、今はあたい達と一緒に旅をしている。
つい最近、そのボーヤがお嬢ちゃんのために強くなりたいと言い出した。
簡単には、強くはなれはしない。
強くなるためには、努力をしなければならない。
あたいは、相棒のマックスから剣を習わせた。
すぐに諦めるだろうと思っていたが、意外と根性があるようだねぇ~。
熱心に剣の稽古をしているようだ。
だけど、剣の稽古でいつまでも木の棒を振り回していては、強くはなれない。
本物の剣を握らせて本格的な稽古をするべきだと、あたいは考えている。
だから、何かボーヤに扱えそうな武器が売っていないか、あたいは一人で街の中を散策していた。
何件か武器屋に立ち寄ったが、幅広の剣や大剣のような重量級の武器が多く、子供が扱えそうな武器はなかった。
街の中心にある広場にやって来た。
この広場では、行商人などが思い思いの商品を地面にこれ見よがしに並べて露店を開いている。
怪しげな薬やどこかから盗んできたような道具や魔法石が埋め込まれた防具を売っていたり、この街の周辺でとれた新鮮な果物や生活に使える陶器の食器や壺など様々な物が売られている。
子供が扱えそうな武器がないか探しながら、広場を歩く。
ちょっと小汚い、怪しげな男が品物を広げている店が目に入った。
短剣や小剣、長剣が無造作に並べられている。
あたいは何気なしに、屈みこんでその商品を見る。
「良い乳した姉ちゃん。何か買っていってくれるのか?」
下品な声に、ちょっとだけイラっとしたが、あたいは一本の小剣に目が留まった。
刀身は短めだが、子供が扱うには程よい大きさだ。
重さもそんなにないので、長いこと振り回しても腕に負担をかけることはないだろう。
目を引いたのは、この小剣の柄には紫色の魔法石が埋め込まれている。
かなり大きな魔法石だ。
魔法石が埋め込まれているので『魔法の剣』かと思って手に取ってみたが、あたいの魔力には何も反応しない。
この紫の魔法石に何かの魔法効果があれば、あたいの魔力に反応するはずなんだがねぇ~。
どうやっても、反応する気配がない。
魔法石は、ただの飾りとして埋め込まれているだけかもしれない。
「親父、この剣は何だい?」
「ああ、それか?綺麗な石が嵌まっているだろう。見栄えのいい剣だ。姉ちゃんになら、格安で売ってやるよ」
「いくらだい?」
「500ゼルでどうだ?」
「はあ?阿保らしい…この剣をよく見てみな。刀身に刃がないじゃないかい。こんなんじゃあ、紙だって切れやしないよ。こんなもんに500も出す阿保がいるかい」
あたいは、手にした剣をまじまじと見つめながら、そう言った。
刃がないから当たっても肌が切れることはない。
切れはしないが、鉄の塊だから当たれば怪我はする。
練習用にはもってこいだが、実戦では何の役にも立たない。
身を守るくらいしか使い道がない。
「刃がない?そんな馬鹿な?」
親父は、剣を覗き込み、「そうだった。それは儀式用の剣だった。だから、刃がなくても当たり前だ」と思い出したように言ってきたが、今思いついて適当なことを言っているようにしか聞こえない。
「じゃあ、何の儀式に使われるものなんだい?」
「いや…それは…なんかの儀式だ。なんかに使える。いや、子供が剣で遊ぶのに使えるぞ。刃がないから怪我をしない。安心だ」
良い言い訳を思いついたといったような表情をこの狸親父はしているが、あたいは阿保らしくなって立ち去ろうと立ち上がった。
「待った。100でどうだ?100ゼルだ。破格だろう?」
「実戦で使えない代物だよ。30だ」
あたいが提案すると、親父は悩みこむ。
手にしていた小剣を戻そうとする。
「50だ。これでどうだ?これ以上は、まけられねえぞ」
最初提案してきたときの十分の一の金額だ。
まあ、それくらいなら出してもいいかねぇ~。
「いいだろう。買った」
あたいは、金を払うと、刃のない小剣を手に持ち、その場を離れた。
「剣だけあっても、鞘がないと持ち運びに不便だねぇ~。どこかで鞘も調達できるといいんだけれど…」
あたいは、歩きながら先ほど購入した剣をまじまじと見つめた。
やはり刃がないものではなく、実戦で使える剣を購入するべきだったかと思い悩んでしまったが、購入してしまったのだから、しょうがない。
これをボーヤにプレゼントしてやろう。
日々、剣の稽古を頑張っているご褒美として。
後日。
あたいは、とんでもないものを手に入れてしまったと思うことになる。
この小剣に秘められた秘密を知って驚愕することになるとともに、破格の値段で良いものを手に入れることができたと、ほくそ笑むことになるのだった。
2025.08.01 ニットの挿絵を挿入。