第44話 ニットの捜索
城塞都市ヴァルハライズの東側の地区は、一本の大通りがあり、その左右に主だった建物が立ち並んでいた。
飲食を提供する店や宿屋、冒険者御用達の武器や防具を取り扱っている店などが軒を連ねていた。
人通りはそれなりに多く、治安は比較的良さそうな感じだった。
もしかしたら、セレスさんはそれをわかっていて私にこの東側を担当させたのかもしれない。
この城塞都市ヴァルハライズに辿り着いた時、私たちは東門から中へと入り、この大通りを通って冒険者ギルドへと向かった。
その際に街の治安状況などを観察していたのかもしれない。
こうも大きな街だと、必ず治安が悪い場所が出来上がる。
ごろつきたちのたまり場だったり、闇のギルドと呼ばれる盗賊ギルドなどが暗躍しているような場所だ。
狭い路地が連なるような場所は特に危険だ。
女子供が一人で歩いていれば、どんな目にあわされるかわかったものではない。
セレスさんとマックスさんは、冒険者として優秀な人たちだ。
Bランクの冒険者と言えば、かなりの実力者と言える。
新人のEランクから卒業してDランクになっただけの私などよりも冒険者としての経験も長く、様々なことに精通している人たちだ。
多少の危険な場所での回避方法なども心得ていると思う。
私なんかでは、全くと言っていいほど対処できないだろう。
そのため、この都市の見取り図を見て、危険だと感じた場所をマックスさんにあてがい、セレスさんは捜索範囲が広い場所を引き受けてくれたのだと思う。
私は私に任された範囲内にある診療所を回ってニット君のことを聞いて回ることにした。
冒険者ギルドから近い距離にあった診療所に駆け込み、そこの医療従事者にニット君の特徴を伝えてここに来なかったか尋ねてみた。
けれど、そんな子供は来なかったと言われてしまった。
それでも食い下がり、貴族の人が連れてきた可能性があることも伝えてみた。
貴族がこんな寂れた診療所に来るわけがない、と言われてしまった。
確かに、私が訪れたこの診療所は小さく、建物自体も古かった。
やはり貴族が利用するとなれば、それなりに信頼がおける、立派な病院を訪れるのかもしれない。
ギルドで見せてもらったこの都市の見取り図に付けられた印は、どれが病院でどれが診療所なのかの区別はつけられてはいなかった。
この東の大通りのやや南側にいくつかの印が付いていたので、大通りよりもやや狭い通りに入っていく。
どうやらこっちの方は、はずれな気がした。
貴族がこんな場所に訪れるとは考えにくいような場所だった。
どの建物も小さく、古い民家が軒を連ねる。
それに、尋ねたのはどれも診療所だった。
それでも、せっかく来たのだからと思い、それぞれの診療所を回った。
結果は、空振りだった。
どこの診療所も貴族など来ないし、私が伝えた特徴の子供は来ていないと言われてしまった。
東の大通りに戻り、今度は通りの北側に印がされていた場所へと向かう。
正確な場所はわからない。
見取り図を見せてもらうことはできたけれど、それを貰うことはできなかった。
街の情報が記されたものだから、そう簡単に渡されることはない。
いくら冒険者だとは言え、この都市に長年貢献してきたわけではない。
今日初めて来たばかりの冒険者である私たちには、信頼がない。
そこは理解できるので仕方がなかった。
とりあえず、覚えられるだけ覚えて、あとは実際に街中を走って探すしかない。
やや大きめの病院を見つけて私はそこへと駆けこんだ。
よく見れば、大きい建物だったし、すぐに病院とわかる。
けれど、焦りとニット君を早く見つけなければという必死すぎる思いが、近くにあるものを気付きにくくさせていたのかもしれない。
結局、ここもはずれだった。
貴族がやってくることはあるらしい。
けれども、ニット君と特徴の合う子供は訪れてはいないみたいだった。
とりあえず、私があてがわれた東側の地区の病院と診療所は全て回ったと思う。
一度、ギルドに戻ってセレスさんとマックスさんの成果を聞くべきかもしれない。
かなりの時間を要してしまったので、二人は戻ってきているかもしれない。
東通りを街の中心へと向かって駆け戻っていく。
大通りは広場にぶつかると、そこから八方向に大通りは枝分かれしている。
そう言えば、冒険者ギルドがあるこの大通りの北東側にちょっと行ったところにも確か印が打たれていたはず。
ギルドから少しだけ離れてしまうけれど、そこに立ち寄ってから戻っても問題はないはず。
情報が得られなかったとしても、行ってみる価値はあるかもしれない。
私は、向かっていたギルドから道を逸れて、北東側の大通りへと方向転換していく。
しばらく大通りを走ると大きな建物が目についた。
赤い十字のマークがデカデカと掲げられていた。
赤い十字のマークは、医療機関を表わしている簡易的な印だ。
「大きな病院……それに外観も綺麗だし……貴族が利用しそうね……」
建物の印象からして、貴族が利用しそうな見た目が立派な病院だった。
ダメもとで構わない。
私は、その病院へと駆けこんだ。
「すみません」
受付にいた医療従事者へ声を掛ける。
「どうされました?」
荒い呼吸を繰り返しながら声を掛ける私に、落ち着いた声が応じてきた。
走り通し、走っていたので息が切れてしまった。
落ち着いて息を整えてから声を発した。
「ここに7~8歳くらいで、私の腰位の身長の男の子が運び込まれてきませんでしたか?崖から転落してしまって、誰かがこの街へと運んでくれたみたいなんですけれど……」
あまり期待はしていなかった。
ここも空振りだろうな、という思いがあった。
だから、少し諦め気味な声で尋ねていたと思う。
「ああ、来ましたよ。怪我をしていたので治療を受けて帰ったはずですね……」
「そうですか……はぁ~……」
私は溜め息を漏らした。
次の瞬間。
「えっ?今、なんて言いました?」
私は、息を呑むと、大慌てで受付の人に食って掛かっていた。
「怪我した男の子ですよね?ここで治療を受けて帰りましたよ」
「治療を受けて帰った?」
ここにニット君が連れてこられて、治療を受けた?
「それは本当ですか?」
再度確認してしまった。
「ええ、間違いないですよ。大きな怪我はしていませんでしたけど……擦り傷などはありましたので、治療を施していますね」
その言葉を聞き、私は大きな安堵を覚えた。
「良かった……ニット君は生きている……生きてる……」
安堵と嬉しさで、飛び跳ねたいほどの気持ちになった。
でも、帰ったってどこへ?という疑問が私の中に生まれた。
「あの……帰ったって、いったいどこへ?」
受付の医療従事者は、不思議そうな顔をしていた。
「家だと思いますけど……」
「そうではなくて……その家ってどこなんですか?子供が一人で来たわけではないですよね?」
「ええ……確か付き添って来られたのは……ローザリアス家のお嬢様だったはず……だから、ローザリアス家の邸宅でしょうね?」
「ローザリアス家?それって、どこにあるんですか?」
「表の大通りを北に行くと貴族様方の住まう区画があるんですよ。そこで一軒だけ緑色の屋根をした大きなお屋敷があって、そこが確かローザリアス家の邸宅だったはずですよ」
思い出しながら、そんな風に説明された。
ギルドでも、この城塞都市の北側には貴族の住む区画があると言われていた。
そこの緑色をした屋根の邸宅。
そこにニット君がいるかもしれない。
「ありがとうございます。行ってみます」
私は、即座に踵を返すと、病院内を駆け抜けて入り口の扉を勢いよく押し開けて外に飛び出していた。
ニット君に会えるという思いが強すぎて一種の興奮状態にあったのかもしれない。
病院の入り口から飛び出した私は、勢い余って人にぶつかってしまった。
「痛いねぇ~。どこ見てんだい」
ぶつかった相手に、そう怒鳴られてしまった。
私は、ぶつかった拍子に弾き飛ばされて、お尻をしたたかに大通りに打ち付けていた。
「いたたたた……ごめんなさい……大丈夫で……す……か?」
お尻を擦りながら顔を上げた時。
見知った顔が目に入った。
「ん?お嬢ちゃん?」
「セレスさん?」
私がぶつかった相手は、セレスさんだった。
何でセレスさんが、こんなところにいるのかしら?と疑問に思った。
「いきなり飛び出してくるのは、危ないぞ。嬢ちゃん」
「マックスさんも?」
セレスさんを背後から支えながら、マックスさんが立ち上がらせていた。
私も自力で立ち上がる。
「どうして二人が、ここに?ギルドに集合だったはずでは?」
尋ねる私に「たまたまギルドに戻る途中で、ここの病院に向かっている嬢ちゃんの後姿を見かけてな。セレスとも合流したから追いかけてきたところだったんだ」と説明された。
「そうだったんですか……嬉しくて、つい……すみません、大丈夫ですか?セレスさん」
「ああ、まあ大丈夫だよ」
私とぶつかった際に、私と同じく尻もちを着いて腰を打ったのか、セレスさんは腰を擦っていた。
「んっ?嬢ちゃん、嬉しくてって今言わなかったか?」
「はい、言いました」
「もしかして、ボーヤのことが何かわかったのかい?」
「はい、ここの病院にニット君は運び込まれたみたいです」
「で?ボーズはいたのか?」
「いえ……それが……」
私の表情は、やや曇った。
「ニット君は、ここにはいません。ローザリアス家という邸宅にいると思われます」
私は、この病院で得た情報を二人に話して共有した。
「貴族がボーズを拾って、ここで治療を受けた、か……」
「緑色の屋根の邸宅ねぇ~。それも一軒だけしかないんだったら、わかりやすくていいねぇ~」
「それで、嬢ちゃんはそのローザリアス家ってところに行こうとしていたんじゃないよな?」
マックスさんの指摘に、私はやや慌てた。
ギルドに集合ということを忘れ、私はローザリアス家に向かおうとしていた。
「ええと……それは……」
言い淀む私の姿を見て「図星かい」と、セレスさんに言われてしまった。
ニット君に会えると思ったら、ギルドに集まることなんて、すでに頭の片隅にもなかった。
「まあいいさ。ボーヤがいる場所が分かったのなら、そのローザリアス家って邸宅に行って見ようじゃないかい」
セレスさんにそう言われ、私は元気よく「はい」と返事をしていた。
この後、私に突き付けられる衝撃的な事実を知ることもなく、私はただただニット君に会えると期待に胸を膨らませていた。
絶望のどん底へと突き落とされることを、この時の私はまだ知らなかった。




