第42話 有力な情報
下り坂になっている街道を駆け下り、断崖絶壁沿いに森の中を抜けていく。
木々の合間をすり抜け、行く手を遮るように立ち塞がる茂みをかき分けて私は歩みを止めない。
「どこ?どこに落ちたの?ニット君」
私は周囲を見渡しながら、ニット君の姿を探す。
「きゃあ」
私は、木の根に足を取られて転んでしまった。
「大丈夫かい?お嬢ちゃん?」
後から追いついて来たセレスさんが、私を抱き起してくれた。
「すみません、大丈夫です」
立ち上がって、再び駆けだそうとした。
「嬢ちゃん、セレス。こっちだ」
私たちの少し前方でマックスさんが手を上げながら声を掛けてきた。
何かを……ニット君を見つけたのかしら?
私は、慌ててマックスさんのそばへと駆け寄った。
けれど、そこには人影はなかった。
「ニット君は?ニット君は、どこですか?」
マックスさんに縋り付いて私は叫んでいた。
「落ち着け、嬢ちゃん。足元を見て見な」
そう促されて、私たちがいる周囲を見渡した。
無数の折れた枝葉が、この辺に集中して落ちていた。
「折れて、まだそう時間が経っていないみたいだねぇ~」
枝の一つを拾い上げて、セレスさんはまじまじと確認していた。
「それに、ここに何かが落下した形跡がある」
マックスさんは、地面を指さしていた。
確かにそう言われると、何かが落ちた形跡が見て取れた。
私たちが通って来たのとは別の街道がそばを通っているのが見えた。
この落ちたと思われる場所からもう少し外れていたら、木々の上ではなく、土が剥き出しの街道に直に落着していたと思われる。
そうだったとしたら……。
到底、無事で済むとは思えない。
それを想像してしまい、私は身震いするとともに戦慄に襲われた。
それでなくても木の上に落ち、枝葉がクッションの役目を担ってくれたとしても、無事ですむような高さから落ちたわけではない。
怪我を負っている可能性が高い。
「この辺りに、ニット君は落ちたってことですか?」
「多分そうじゃないかねぇ~。落ちた際に木の枝をへし折りながら、この地面に落下したと考えられるねぇ~」
「この辺に集中して、へし折れた枝が落ちているから、恐らくそうだと思う」
そう言って、マックスさんは上を見上げた。
「おい、セレス。あれって……」
マックスさんは、見上げた先を指さした。
つられて私とセレスさんは、指さす方を見上げた。
「あれは……背負い袋かい?」
私たちの頭上の枝に背負い袋のようなものが引っかかっていた。
セレスさんは、太ももの鞘から漆黒の短剣……『黒鉄の刃』を抜き放つと、その刀身に風の魔法をまとわりつかせた。
その風の魔法を背負い袋の周囲の枝を切り落とすように放った。
斬り割かれた木の枝はポトポトと音を立てて落ちてきた。
引っかかっていた背負い袋も落ちてくる。
私は両手を広げて、落ちてきた背負い袋を受け止めた。
見覚えのある背負い袋だ。
私はその背負い袋の口を広げると中身を確認する。
おもむろに掴み上げたものを取り出すと、『プリンセスナイト』とタイトルが書かれた絵本だった。
「私が買ってあげた絵本……」
そう、ニット君のために買ってあげた絵本だった。
ニット君が『宝物』だと言って大事にしてくれているものだ。
他にも丸い球があった。
真紅の魔法石。
「それは……魔法使いの小鬼の杖の先に付いていた魔法石だねぇ~」
退治した魔法使いの小鬼から得た戦利品だ。
もうこの時点で、ニット君の背負い袋であることは間違いない。
手を突っ込んだ私が次に引っ張り出したのは、一枚の紙きれだった。
折り畳まれた紙切れ。
よく知った手触りの紙切れ。
広げると、そこにはニット君の名前が書かれた『冒険者登録証明書』だった。
「ボーヤの持ち物に間違いないねぇ~」
「やっぱり……この辺に落ちたってことだな」
マックスさんは、木の枝にニット君が引っかかていないか確認するために見上げている。
「ニット君……」
一気に不安と心配のさざ波が大きな津波となって私の心を揺さぶってくる。
不安で押し潰されそうになり、ニット君の背負い袋を胸元に抱きしめていた。
「多分、落下した際に枝が衝撃を受け止めてくれて、無事だったのかもしれないねぇ~。あたいらと合流するために、この辺を彷徨っているかもしれないねぇ~」
「だったら、早く見つけてあげないと……」
「そうだな。手分けして、この周辺を探すか?」
「そうだねぇ~。とりあえず……一旦手分けして、この周辺を探そうじゃないかい。ボーヤを見つけても、見つけられなくても、ここに再び集合だよ」
セレスさんにそう言われた直後、頷き返すと同時に私は駆け出していた。
ニット君がこの辺を彷徨い歩いているのなら、私が見つけてあげたかった。
だから、即座に行動していた。
「ニット君、いたら返事して」
声を上げながら、私は森の中を駆け抜けた。
走り出して、すぐのことだった。
再び、私は何かに足を取られて転んでしまった。
ニット君を見つけなければという思いが強すぎて、足元への警戒がお留守になっていた。
落ち着かなければと思うけれど、はやる気持ちが先行してしまう。
私は、その場から立ち上がろうとした。
その時、私の足に絡まった物に目がいった。
「これって……ニット君の『エアブレード』?」
足に絡まっていたものは、鞘に納められた一振りの小剣。
銀色の柄には、紫色の魔法石が埋め込まれている。
私は確認のために、鞘からその小剣を抜き放った。
刃がない。
ニット君の所有していた『エアブレード』は刃がない剣だった。
もう一つ、私は確認した。
柄に埋め込まれていた紫色の魔法石の中を覗き込む。
そこには、小さな女の子が眠っているように封じ込められている。
風の精霊の女の子。
しかも、風の精霊の女王だという。
名前は、確か……シルフィード・シルフィーユって言っていたはず。
その精霊の女の子の姿が、はっきりと見える。
私とニット君だけにしかその姿は見えないみたいだったけれど、この拾った剣には確かに風の精霊の姿が見て取れた。
ニット君の『エアブレード』に間違いはない。
でも、なぜこんなところに落ちているのかしら?
ニット君が落ちたと思われる落下地点からは少しだけ離れている。
よく見れば、鞘に着けられていたベルトが引き千切れていた。
木の枝に引っかかった際に切れたのかもしれない。
それで、ここに落ちた可能性がある。
でも、何か変だ。
ニット君は、この剣を大切にしていた。
私たちと合流しようとして、森の中を彷徨い歩いていたとしても、剣がなくなれば気が付くはず。
背負い袋は手の届かない木の上に引っかかっていたので、回収できなかったにしても、『エアブレード』は地面に落ちていた。
そのままにして私たちを探して歩き回るものだろうか?
「ニット君、いたら返事をして。ニット君」
精いっぱいの声を張り上げて私は叫ぶ。
私の声は、虚しく森の中へと消えていくだけだった。
何の反応も返ってはこない。
「ニット君、無事ならば返事をして」
返事が返ってくることを期待して私は声を上げた。
ガサガサと近くの茂みが揺れ動いた。
「ニット君?」
視線を向ける。
茂みから、のっそりと姿を現したのは。
平凡な……と言っては失礼だけれど、やや年老いたおじさんだった。
「どうしたんだ?お嬢さん。でかい声出して。迷子にでもなったのか?」
手にした斧を右肩に担ぎあげていた。
戦闘用の斧ではない。
木を切るのに適した形の斧だった。
「あなたは?」
「俺かい?俺は、この辺で木こりをしている者だ。迷子になって困っているんであれば、街道まで案内してやるぞ」
人の良さそうなおじさんだった。
「あの……人を探しているんです。7~8歳くらいの男の子で、私の腰あたりくらいの身長の男の子なんですけれど、見ませんでしたか?」
私は、焦りのためにやや早口になっていた。
「子供が迷子かい?俺は暫くこの辺りにいたけれど、子供なんて見なかったな。何で、はぐれたんだ?」
「崖……崖から落ちてしまって……」
私の言葉におじさんは、驚いた表情をしていた。
「何?子供が崖から落ちたのか?」
おじさんはおもむろに崖がある方へと視線を向けていたけれど、森の木々に覆われたこの場所からその崖を覗くことはできなかった。
「落ちた周辺にはいなかったんです。だから、この辺を彷徨っているかもしれなくて……」
「ん~……もしかしたら……」
おじさんは、担いでいた斧を地面に下ろし、顎に手をあてがいながら何かを思い出すように宙に視線を向けていた。
「子供の姿は見なかったんだが、ちょっと前に一台の馬車がものすごい勢いで街の方へと走って行ったのは見かけたんだよな」
「馬車?」
それがニット君と何か関係があるのか全く分からない。
「普通、馬車ってのはゆっくりと移動するもんだ。街道は轍なんかがあって、車輪を取られちまったら立ち往生しちまうからな。さらに、凸凹道なうえに、速度が増せば増すほど揺さぶられて乗り心地も最悪になる。でも、俺の見た馬車はものすごい勢いで走って行った。何か慌てているようだったな。もしかしたら、街道を通っていた馬車が、あんたが探している子供を見つけて街へと運んだんじゃないか?それであれば、馬車を慌てて走らせるのも納得がいくんだが……」
確か……ニット君が落下したと思われる場所は、街道からほど近かった。
街道から倒れている姿が見えていてもおかしくはない。
だとしたら、ニット君は無事で……生きている可能性が高い。
亡くなっていたとしたら、慌てて街へと向かって運ぶ必要はない。
ニット君は崖から落ちた後、さっきの場所で倒れていた。
それを見つけた誰かが街へと向かって運んでいった。
だから、大切にしていたこの『エアブレード』や背負い袋が残されたままになっていたと考えれば……大分、都合のいい考え方かもしれないけれど、希望が持てる。
「あの……その馬車って、どんな馬車でしたか?」
「確か……真っ赤な幌に覆われた馬車だったな。葦毛の馬が二頭で引いていたはずだ。多分……あれは貴族様が乗る馬車だと思う。乗り合い馬車にしては、派手で豪勢な感じがしたからな。向こうの街へと行ったぞ」
木こりのおじさんは、左腕を伸ばしてあっちだと指を指してくれた。
森の木々に邪魔されて、街の姿は見えないけれど、希望が見えてきた。
「ありがとうございます。行って見ます」
私は、大きく頭を下げると駆け出した。
セレスさんたちに報告して、すぐにでも向かわなければ。
拾った『エアブレード』を胸元に抱えながら、私はニット君が落下したと思われる場所へと駆け戻った。
すでにセレスさんとマックスさんは戻ってきていた。
「お嬢ちゃん、ボーヤは見つかったかい?」
駆け戻って来た私に向かってセレスさんが尋ねてきた。
「ニット君は見つけられませんでしたけれど、これを見つけました」
胸元に抱いていた小剣を見せた。
「ボーヤに買ってあげた『エアブレード』じゃないかい」
「はい、それにニット君の情報も得られました」
私の言葉に、セレスさんとマックスさんは意味が分からないといった様子で互いに顔を見合わせて、首を傾げていた。
なので、私は先ほど木こりの人から聞いたことを二人に話した。
ニット君は、貴族の馬車に保護されて街へと連れて行かれた可能性が高いと。
「あり得る話だな。そこの街道からここは見えるからな」
私たちがいる場所から街道は目と鼻の先だ。
ニット君がここに倒れていたとしたら、街道を通った人はその姿に気づくはず。
「ここで探し回っても、見つかるかはわからないけれど……その木こりの言ったことを信じるなら、街へ向かおうじゃないかい」
「はい」
本当にそうなのかは半信半疑だったけれど、木こりの人の目撃情報をもとに推測するなら、希望を見いだせた。
だから、私たちは街道へと進み出る。
向かう先は、馬車が向かったとされる街。
そう、そこは元々、私たちが目指していた街だった。
『ニット君、無事でいて』
私は心の中で強く祈りながら、街道を早足で歩いた。
胸元には、彼の背負い袋と『エアブレード』を抱きしめながら、私は歩いた。




