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剣王戦記  作者: 朧月 氷雨


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第41話 落下

「はあ……はあ……」

 息を切らせながら、私は足を前へと進める。

 先ほどまでの緩やかな傾斜は、どこへ行ったのやら。

 急激に傾斜が険しくなった登り坂を恨めしそうに見上げていたと思う。

 街道の両端には緑豊かな木々が立ち並び、声援を送っているかのように風に揺られてザワザワと木の葉を揺らしている。

「ニット君、大丈夫?」

 私の後ろから荒い呼吸を繰り返しながら、必死についてきているニット君に振り返って声を掛ける。

「大丈夫だよ」

 顔を上げ、無理やりに笑顔を作っているようだった。

「ゆっくり行きましょう」

 手を差し出すと、辛そうだった表情はどこへやら。

 一転して満面の笑みが顔を満たしていた。

 私の手を、小さな彼の手がしっかりと握りしめる。

 足取りはゆっくりだけれど、一歩一歩確実に登って行く。

 私とニット君の後方から、セレスさんとマックスさんはゆっくりと登ってきていた。

 緩やかな登りだったので、調子に乗って二人を追い越して先を歩いていたのだけれど、こうも勾配がきつくなると私とニット君には荷が重い。

「あら?」

 両脇を木々に挟まれた街道の先に光が見える。

 森を抜けるようだ。

 森を抜けた先。

 そこは、右手側にはそそり立つ岩の壁があり、その岩壁を回り込むように下り気味の街道が続いている。

 逆に、左手側には断崖絶壁が広がっていた。

 その絶壁の下には、濃緑色の絨毯が広がっている。

 広大な森がある。

 その森を突き抜けるように、巨大な蛇が這いずったあとを思わせる街道も見えた。

 途中で森は途切れ、街道だけが旅人の行く先を示すかのように城壁に囲まれた街へと続いている。

「アテナ様、街が見えるよ」

 断崖のそばへと駆け寄ってニット君が指を指している。

 ここから下っていけば、街まではもうすぐ辿りつけそうだった。

「あそこが、私たちが目指している街ね」

 ニット君のそばへと歩みを進めながら、街の場所を視認した。

 思ったよりも近い気がした。

 いえ、街の規模が大きいから、そう感じただけかもしれない。

「ほぇ~……下には木がいっぱいだ……森があるよ」

 断崖から、四つん這いになってニット君は覗き込んでいる。

「ニット君。そんなことしていると落ちちゃうわよ」

 私が、そう声を掛けた時だった。

 右手側の岩壁の上から何かが落ちてきた。

 人だ。

 人相の悪い男の人だった。

 その人は、何の前触れも躊躇ちゅうちょもなく、いきなりニット君のお尻を蹴り飛ばした。

「えっ?」

 私もニット君も戸惑いの声を上げることしかできなかった。

「うっ……うわぁぁぁぁぁぁ……」

 崖下へとニット君の身体が落ちていく。

 彼は戸惑いと恐怖の入り混じった悲鳴を上げた。

「ニット君!?」

 私は慌てて崖の縁へと駆け寄った。

 けれど、ときすでに遅し。

 ニット君の身体は、崖下へとどんどん小さくなって落ちていく。

「ニット君」

 崖の縁で手を伸ばしながら、私は彼の名を叫ぶことしかできなかった。

 助けるには、すでに手が届かないところまで落ちて行っていた。

「アテナ様ぁぁぁぁぁ……」

 ニット君の声は、眼下の森の中へと吸い込まれていった。

「どうしたんだい?お嬢ちゃん?」

「何かあったのか?」

 私の声に驚いた様子でセレスさんとマックスさんが街道を駆け上がって来た。

「ニット君が……ニット君が……」

 セレスさんたちの方へ視線を向けて、私は悲鳴にも似た声を上げて叫ぶしかできなかった。

 その時に気づいた。

 私たちのそばに複数の人が立っていた。

 どの人たちもくたびれた茶色の革の鎧を身に着け、手にはそれぞれ長剣ロングソードや小さめの戦斧バトルアックス、ナイフなどを所持していた。

「盗賊かい……」

 その人たちを一目見て、セレスさんが言い放つ。

 すぐさま、太ももにくくり付けられていた鞘から短剣ダガーを抜き放って応戦の構えをとっていた。

「ボーズは、どうしたんだ?」

 マックスさんは、背負っていた大剣グレイトソードを構えながら私に向かって尋ねてきた。

「ニット君が、崖下に……」

 私は気が動転したまま、悲鳴にも似た声を上げながら、崖の縁で眼下を覗き込んだ。

 森の木々の中にニット君の姿は消えてしまい、彼の姿は確認できない。

 彼が、どうなってしまったのかがわからない。

 無事でいてと思うけれど、こんな高さから転落したら、最悪は……。

 私は、その最悪な状態を考えたくはなかった。

 かぶりを振って、その最悪な考えを振り払う。

 私のそばに立つ男の人は、ニット君を蹴り飛ばしたときの足を蹴り上げた姿のままで佇んでいた。

 口元には、楽し気な笑みが浮かんでいた。

 この人は、ここからニット君を蹴り落したらどうなるかわかっていてやったようだ。

 許せない。

「てめえ、ボーズを蹴り落としやがったのか?」

 すぐさま、マックスさんはその状況を把握し、今までに見せたことのない怒声を張り上げていた。

「ああ、ガキはいらないんでね。蹴り飛ばしてやったぜ。ひゃひゃひゃひゃひゃ」

 かんさわる笑い声だった。

「何で、こんなことをするんですか?」

 私は、笑い声をあげる男の人を睨みつけた。

「おもしれ~から」

 その言い草に私は、腰の鞘に納めていた『聖剣エクスカリバー』を一気に引き抜いて、斬りかかっていた。

 初撃は、あっさりと躱されてしまった。

「あまり抵抗するなよ。傷がついちまうと商品にならね~んだ」

 ニット君を蹴り落した男は、腰に吊るしていた長剣ロングソードを抜いて、笑いながらそう言った。

「ふざけんじゃないよ、糞野郎が!」

 怒り心頭のセレスさんが叫ぶと同時に、握りしめていた短剣ダガーを左右に振るった。

 扇形の風の刃が飛び出した。

 男の人は、慌てた様子で飛び退いていた。

「てめえら、五体満足でいられると思うなよ」

 マックスさんは盗賊の男たちに向かって斬りかかっていった。

 長剣ロングソードを手にした盗賊は、体勢を低くして迎え撃とうとしていた。

 けれど、マックスさんの剣速の方がはるかに速かった。

 振り落とされた『ドラゴンバスター』の巨大な刀身は、男の背中に叩きつけられ、背骨の砕ける音とその重量が地面を穿うがつ音が同時に響き渡った。

 マックスさんの膂力りょりょくと振り下ろす剣の速さを甘く見た盗賊の末路は悲惨だ。

 そばにいた戦斧バトルアックスを持った男に『ドラゴンバスター』が横薙ぎに飛ぶ。

 対抗するように戦斧バトルアックスを合わせて打ち込んできた。

「うりゃああぁぁ」

 マックスさんの気合がまさった。

 戦斧バトルアックスを弾き飛ばし、男の胴が二つに分かれた。

 弾かれた戦斧バトルアックスは、運の悪いことにそばにいたナイフを持った男の脇腹を深くえぐり込んだ。

「ぐあっ」

 男が悲鳴を上げた瞬間、『ドラゴンバスター』の刀身はその喉元をとらえていた。

 頭と体が首を視点にして、くの字に折れ曲がった。

 『ドラゴンバスター』が振り抜かれると、男の身体は宙を舞い、岩壁に激しく叩きつけられた。

 ドサリと音を立てて街道に転がった男は、ビクビクと身体を痙攣させながら、絶命していた。


「よくも、ニット君を……」

 私は、ニット君を崖下へと蹴落とした男に向かって『聖剣エクスカリバー』を振るった。

 手にした古びたさびまみれの長剣ロングソードが、『聖剣エクスカリバー』の白銀にきらめく刃を受け止めていた。

「良い剣、持っているじゃねぇ~か。それをくれよ」

 力押しで、押し込んできた。

 私は、押し倒されまいと四肢に力を入れてこらえる。

 明らかに力では、この目の前の男の人にはかなわない。

 けれど、負けるわけにはいかない。

 ニット君を崖下に突き落とすような人は許せない。

「あなたを許さない」

 負けじと声を発する。

 自分を鼓舞するように声を上げた。

「崖下に落ちて行ったガキ……情けない声を出していたよな?思わず笑っちまったぜ」

 ニット君を侮辱する発言。

 絶対に……絶対に許せない。

 突然、崖下へと蹴り落されたら、訳が分からないし、情けない声だって出てしまう。

 それは仕方ないと思う。

 私だって、いきなり崖下に落とされたら、情けない声を上げるはず。

 それを馬鹿にすることが許せないし、ニット君を崖下に蹴り落したことも許せない。

 無事なのかどうかもわからない。

 早く彼の元へ駆け寄り、無事を確認したい。

 その思いが私に焦りをもたらしていた。

 早くこの男を倒さなければ。

 そのあせりが、私に冷静な判断をさせてはくれなかった。

 全身に力を入れて、男の剣を押し返そうとしていた。

 絶対に力では敵わないとわかっていたのに、そんな愚行を私は犯してしまった。

 男は、いきなり力を緩めた。

 目いっぱいの力を込めて押し返そうとしていた私は、突然のことにつんのめる。

「きゃあ」

 小さな悲鳴を上げて、私は体勢を崩した。

「弱すぎ」

 男は左手側に回り込んで、私の左腕を掴み上げる。

 地面に顔をぶつける寸前で引っ張り上げられた。

「おっとっと、商品に傷がついちまうところだったぜ」

 商品?

 私のことを何だと思っているの?

 この人は。

 私は右手に握っていた『聖剣エクスカリバー』を横薙ぎに振るおうとした。

「抵抗すれば、首が飛ぶぞ」

 その前に私の首筋に男の持つ錆びついた長剣ロングソードが突き付けられた。

 悔しい。

 手も足も出ない。

 ニット君にした仕打ちを少しでもこの男に、仕返したいのに。

 何もできない。

「その剣を渡しな。実力もないのに持つにはふさわしくない。この俺様のような人間が持つにふさわしいと思わないか?」

 私の顔を覗き込むように男が顔を近づけてきた。

「……」

 私は何も答えず、睨むだけだった。

「ほら、渡せよ」

 男が、腕をよじる。

「あああああ……」

 掴み上げられた左腕がねじれ、激痛が走った。

 情けない悲鳴を上げることしかできない。

「渡せよ、その剣を」

 男は、よほど私の持つ『聖剣エクスカリバー』を気に入ったみたい。

 それは、そうだと思う。

 男の持つ錆びた長剣ロングソードとは対照的で、神々こうごうしい美しさを持つ『聖剣エクスカリバー』を強欲深い盗賊なら欲することだろう。

 ならば、渡すのもいいかもしれない。

 ニット君にした仕返しをするのには、うってつけだと思った。

「渡します……」

 私は、小さな声を漏らした。

 おもむろに男へと『聖剣エクスカリバー』を投げ渡す。

 男は、私がこんなにもあっさりと渡すとは思っていなかったみたい。

 いえ、むしろもっと私をいたぶって楽しもうとしていたようだった。

 男は、自分が予想していた展開と違ったことに慌てた様子で、自分の持っていた錆びた長剣ロングソードを手放すと、投げ渡した『聖剣エクスカリバー』の柄へと手を伸ばしていた。

 男の手が、中空を羽毛のようにゆっくりと舞う『聖剣エクスカリバー』の金色に輝く柄に触れた。

 刹那。

 『聖剣エクスカリバー』は突然、牙をむいた。

 重量が重くなり、男は柄を握ったまま『聖剣エクスカリバー』を支えることができず、腰から崩れ落ちて両膝を地面に着いた。

 男の手は、『聖剣エクスカリバー』の柄の下敷きになって、街道の地面に埋もれた。

「ぎゃあああああ」

 張り裂けんばかりの大声を上げて、男の人の手が私の左腕を解放した。

 私は逃げ出すように、男のそばから一目散に離れた。

「何しやがった?小娘」

 『聖剣エクスカリバー』の柄と地面に手を挟まれて動けない状態になっている男は、私に向かって怒声を張り上げた。

 手を引っ張って抜け出そうとしているけれど、抜け出せるはずがない。

 男の手は、柄と地面に挟まれて潰されてしまっている。

「私の剣をあげただけですよ」

 ねじられた左腕を擦りながら、私も言い返す。

 『聖剣エクスカリバー』は、『剣と慈愛の女神ブレーディア』という名の女神様が作り、所有していたとされる剣だ。

 なぜかはわからないけれど、私以外の人は持ち上げることすらできない代物だった。

 この男の人も例外ではない。

 『聖剣エクスカリバー』を持ち上げることすらできず、地面と柄に挟まれて手はグシャリと潰されていた。

「あとは、あたいに任せな」

 セレスさんは、疾風はやてのごとく駆け寄ってくると男の顔面に右足を突き出した。

 ヒールが男の鼻面を圧し潰す。

 鼻血を吹き出し、「あがっ」と情けない声を漏らしていた。

 その男の顔面をこれでもかというほど両の拳で殴りつけている。

「やっ……やめ……」

 やめろと言いたかったみたいだけれど、セレスさんはそれを許さず、殴り続ける。

「ボーヤを蹴り落しておきながら、タダですむと思うんじゃないよ」

 セレスさんは、ひとしきり殴り続けた後。

 唐突に殴りつけるのをやめ、両足を地に着けて踏ん張った。

 腰を低く落として力を溜めているみたい。

 鋭い一撃が男の喉元をえぐるように蹴り上げた。

 つま先が男の喉仏を圧し潰していた。

 呼吸ができなくなって、男は白目を剥いて仰向けに倒れた。

 その男の横っ面をヒールで、これでもかと踏みつけていた。

 泡を吹いて、男は半死半生状態だった。

「ふん、情けないのはどっちだい」

 吐き捨てるように男に向けて言い放った。

「あっ!?ニット君」

 私は、ニット君が落ちていった崖のそばへと歩み寄り、慎重に眼下を覗き込む。

 鬱蒼うっそうと茂る木々に視界を奪われ、ニット君の姿は確認できなかった。

 この高さでは……。

 最悪、ニット君は……。

 諦めにも似た感情が、私の心を塗り潰そうとしていた。

「まだ諦めるんじゃないよ。ボーヤの元へと行くよ」

 セレスさんは諦めていない。

 その言葉が心強かった。

 折れかけていた私の心を繋ぎとめてくれた。

 ニット君のことを確認するまでは、最悪の状況は考えないようにしよう。

 不安な気持ちがふつふつと湧き上がってくる自分に言い聞かせるように何度も何度も心の中で叫んだ。

「ここを下って、多少回り込む形になるようだけれど、ボーヤの落ちた場所には行けそうだよ」

 辺りの状況を見渡して、セレスさんは冷静に判断していた。

「ニット君のことが心配です。早く行かないと」

 私は、地面に減り込んだままの『聖剣エクスカリバー』を拾い上げもせずに走りだしていた。

「おい、嬢ちゃん」

「エクスカリバーを忘れているよ」

 マックスさんとセレスさんの声が背後から聞こえたけれど、私は気にしなかった。

 どうせ、ある一定の距離を離れたら自然と私の元へと戻ってくるのだから。

 私は振り返りもせずに下り坂になっている街道を駆け下りて行った。


 案の定。

 街道を駆け下りている途中で、『聖剣エクスカリバー』は私の元へと戻ってきた。

 私のことを所有者として認めているようだ。

 戻って来た『聖剣エクスカリバー』を腰の鞘に納めると、再び私は走り出す。

 一分でも、一秒でも早く、ニット君の元へと駆けつけなければ。

 その思いだけで、一心不乱に走った。

 そんな私のあとをセレスさんとマックスさんが追いかけてきていた。


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