第40話 魔法使いのゴブリン
挿絵あり
「ニット君、病み上がりなんだから、無茶しちゃだめよ」
ボロ布をまとった豚鼻人に向かって『聖剣エクスカリバー』を突き付けるように、私は構えた。
革の鎧を身にまとっていた豚鼻人と比べると一回りくらい小柄な個体だった。
「大丈夫だよ、アテナ様。もう、風邪は治ったし、元気いっぱいだもん」
『エアブレード』を身体の真正面に構えながら、ニット君は元気に声を上げた。
確かに元気いっぱいで心配する要素はないけれど、油断をしたら痛い目を見る可能性が高い。
慎重すぎるくらいの方が、今の私たちにはちょうどいいと思う。
ドスドスと鈍重な足音を立てて、小ぶりの豚鼻人は私に向かって走り込んできた。
石斧を頭上に振り上げている。
それは振り下ろすしか選択肢はない。
私はタイミングを見計らい、石斧が振り下ろされる直前に地面を強く蹴り上げて右へと、その身を躍らせた。
振り下ろされた石斧は、私の背後にいたニット君へと向かっていく。
けれど、もともとニット君は守りの体勢に入っていた。
『エアブレード』を身体の正面に来るように抱えていたので、石斧は『エアブレード』の眼前で防がれた。
『エアブレード』の特殊能力ともいえる防御機能。
風の壁が発生して、石斧を受け止め、はじき返した。
ニット君にも、『エアブレード』にも石斧は触れていないので、ニット君は剣を抱えた姿勢のままだった。
逆に石斧で攻撃してきた豚鼻人は、風の壁によって石斧が弾き返され、体勢を大きく崩していた。
たたらを踏んでよろけ、尻もちをつこうとしていた。
そこへ私は『聖剣エクスカリバー』を突き立てる。
豚鼻人の左脇腹に吸い込まれるように『聖剣エクスカリバー』の白銀の刀身は易々と突き刺さった。
苦鳴を張り上げ、身をよじりながら街道の上に派手に転がって尻もちをついていた。
それにより、切れ味鋭い『聖剣エクスカリバー』の刀身が突き刺さったわき腹の傷口がより大きく広がった。
さらに大きな声を張り上げて、豚鼻人は私のことを睨んできた。
石斧を持った腕が振りかぶられる。
私は慌てた。
剣の柄から手を離して逃げるべきか、何とか止めを刺すべきが逡巡してしまった。
その一瞬の判断が生死を分ける。
石斧を持った腕が動いた。
ズドン!
石斧ごと、豚鼻人右腕は肘のあたりから切断されていた。
その切断された腕ごと石斧が街道の上に落ちたのだ。
何が起こったのかと見れば。
ニット君が彼愛用の小剣……『エアブレード』を突き出したような構えをしていた。
その様から私は察した。
彼に助けられたのだと。
『エアブレード』のもう一つの能力として、風の刃がある。
刃のない刀身だけれど、ニット君の魔力を使用し、刀身を風の魔法で包み込むことによって刃を形成することができる。
その風の刃を遠くにいる相手に向かって飛ばすことができるのだ。
豚鼻人の石斧を持った腕は、ニット君が放った三日月型の風の刃で見事に切断された。
「ありがとう、ニット君」
彼に向かってお礼を言うと、私は突き立てていた『聖剣エクスカリバー』を引き抜いた。
どす黒い体液が、風穴が空いた脇腹から流れ出て水溜まりを形成していった。
「お嬢ちゃん、まだだよ」
不意にセレスさんの声が耳に入った。
反射的に私は、後ろへと飛び退いていた。
一瞬遅れて、先ほどまでいた場所を横切るように火の玉が通り過ぎて行った。
「えっ?」
何が起きたのか理解ができなかった。
豚鼻人からではなく、私の右手側から火の玉が飛んできたのだった。
セレスさんの声がなければ、火の玉が私の顔を直撃していたことだと思う。
「何だい?」
セレスさんも驚いた表情をしていた。
この飛び込んできた火の玉は、セレスさんにも予想外だったみたい。
だとしたら、セレスさんは何に対して『まだだ』と叫んだのだろうか?
その答えは、すぐに分かった。
わき腹を抉られた豚鼻人は、動き出そうとしていたからだった。
けれど、ニット君の「エアブレード」の掛け声とともに飛び出した新たな風の刃が、豚鼻人の顔面を真っ二つに切り裂いていた。
豚鼻人の顔は、鼻のあたりから上下に切断され、断末魔の悲鳴を上げる暇すらなく、仰向けに倒れると動かなくなった。
「まだ、何かいるぞ」
マックスさんが警戒の声を上げた。
そうだ。
火の玉が飛んできた原因は何なのか?
自然と火の玉が発生して、飛んでくるはずはない。
何者かか、私に向かって放ったはずだ。
「そこかい」
色とりどりの小さな魔法石が埋め込まれた短剣の刀身に風をまとわりつかせ、セレスさんは腕を大きく振るった。
球体のように圧縮された風が一本の木に向かって飛んでいき、その木の幹に当たるとあっさりとその木を粉々に粉砕していた。
粉々になった木の後ろにいた何者かの姿が露わになった。
小さな子供のような体格をした何かだ。
三角の帽子のようなものをかぶり、茶色く薄汚れたローブのようなものをその身にまとっているように見えた。
「何だ?ありゃあ?」
不思議なものでも見るかのような声をマックスさんが上げていた。
「小鬼だよ」
セレスさんの冷静な声が響き渡る。
「小鬼?」
私とニット君の声が重なり合った。
お互いに顔を見合わせてしまった。
初めて見る身なりの小鬼だったからだ。
よく見れば、手に木の棒……いえ、木の根が絡み合ったような奇怪な杖のようなものを握っていた。
その杖の先端には、赤い魔法石が埋め込まれている。
「魔法使いの小鬼だよ」
セレスさんの声に、私とニット君は同じことを復唱し、首を傾げ合っていた。
「小鬼が、魔法を使うのか?」
不思議そうな表情をしながらマックスさんが、セレスさんの方を見た。
「極稀だけれど、小鬼の中にも魔法を使える奴がいるのさ。それが魔法使いの小鬼だねぇ~。前にも弓矢を射ってくる小鬼がいただろう?そいつと同じで、なかなかに希少な小鬼だねぇ~」
確かに、以前弓矢を使ってくる小鬼に襲われたことがある。
その時以来、弓矢を使用する小鬼と遭遇したことはない。
まさか、魔法を使うことができる小鬼がいるなんて思いもしなかった。
小鬼と言えば、木の棒やナイフのような鋭利な刃物を振り回して多勢の集団で襲ってくる魔物という認識しかない。
でも、この魔法を扱う小鬼は一匹の単体のようだ。
魔法使いの小鬼は、口元をもごもごと動かして何やら呪文のようなものを唱えている。
耳障りな雑音のような声だった。
呪文を唱え終えたのか、手にしていた杖を前に突き出してきた。
刹那。
杖に括り付けられた赤い魔法石が仄かに輝いた。
火の玉が出現し、それは私とニット君の方に向かって放たれた。
「アテナ様」
ニット君は、私の前に駆け込んでくると、『エアブレード』を身体の正面に向けて構えた。
火の玉は、『エアブレード』の手前に発生した風の壁によって防がれた。
いえ、風の壁に触れた途端、ゆらゆらと揺らめき、火の玉は消滅してしまった。
まるで、ろうそくの火を吹き消したかのような感じで消えたのだった。
「!?」
目深に被った三角帽子を揺らしながら、驚いたような表情を見せていた。
自慢の火の玉が、こんなにもあっさりとかき消されてしまうとは思ってもみなかったみたい。
「お嬢ちゃん、ボーヤ。二人だけで、あの魔法使いの小鬼をやっちまいな」
セレスさんが、太股の鞘に『白銀の刃』と『黒鉄の刃』を収め、腕組みをしながら叫んでいた。
「ええっ?私とニット君でですか?」
突然のことに、私は困惑した。
魔法を使ってくる小鬼と戦うなんて初めてだし、セレスさん自身、戦う気はないようなそぶりを見せていた。
「おいおい、セレス。本気か?」
マックスさんは、『ドラゴンバスター』を手にしながら、セレスさんの背に不安げな声を漏らしていた。
「何、たった一匹の小鬼だよ。あの二人なら問題なくやれるさ」
セレスさんは、そう言ってくれているけれど、本当に私とニット君だけで倒せるのかしら?
小鬼は、火の魔法を使ってきている。
魔法使いの小鬼なんて魔物と戦うことは初めてのことだ。
どう攻めていいのか、わからない。
撃ち出される火の玉は当たったら火傷しそうだし、連続で撃ち出されでもしたら近寄ることもできそうにない。
魔法使いの小鬼は、突き出した杖の先から火の玉を撃ち出してくる。
けれど、その火の玉はニット君の『エアブレード』が発生させる風の壁によってことごとく消滅していた。
「相手のことをよく観察しな」
セレスさんは、アドバイスをしてくれている。
観察しろと言われても、何を見ればいいのかわからない。
魔法使いの小鬼は、奇怪な言葉を呟く。
おそらく呪文を唱えているはず。
不快な雑音とも言える呪文の詠唱が終わると、杖を突き出してきた。
杖の先に火の玉が生み出される。
それは、私たちに向かって撃ち出された。
でも、これもニット君が風の壁で受け止めて消滅させていた。
魔法使いの小鬼は、口惜しそうに歯ぎしりをしたのちに、耳障りな声を漏らした。
呪文を唱えている。
「あれ?」
私は気づいた。
魔法使いの小鬼は、一回一回呪文を唱えては、火の玉を作り出してから撃ち出してきている。
絶え間なく連続で火の玉を撃ち出してはこない。
と、するならば。
次の魔法を撃ち出すまでには、タイムラグが発生している。
呪文を唱え、火の玉を生み出し、それを放つ。
この一連の流れを繰り返さなければ、魔法を放つことはできないみたい。
それならば、チャンスは十分にある。
「ニット君。もう一度、火の玉を防いで」
私は『聖剣エクスカリバー』の柄を握りしめる。
いつでも飛び出せるように、準備した。
「うっ……うん」
ニット君は、私の前に立つと『エアブレード』を身体の正面に構えた姿勢をとった。
魔法使いの小鬼は、杖の先に生み出した火の玉を撃ち出してきた。
よくよく見れば、火の玉はヒョロヒョロで、今にも消え入りそうなほどに弱弱しく見えた。
魔力が枯渇しだしているのか、はたまた、私が冷静さを欠いていたために火の玉を激しく燃え盛るものだと思って見ていたのかはわからないけれど。
風の壁に当たって、火の玉はあっけなく消滅した。
それと同時に私は駆け出した。
魔法使いの小鬼に向かって全力疾走する。
まさか、私が突進してくるとは思っていなかったみたいで、三角帽子を振り乱して慌てた様子で呪文を唱えだしている。
呪文を唱え終わる前に。
火の玉が形成される前に。
私が、小鬼を倒すしかない。
「間に合って」
思わず叫んでいた。
呪文が唱え終わったようだ。
杖を私に向かって突き付けてきた。
杖の前に火の揺らめきが立ち上る。
私は怯むことなくそのまま突進し、『聖剣エクスカリバー』を右下から斜め左上へと斬り上げた。
魔法使いの小鬼の持つ木の杖を半ばから斬り割いた。
杖の先に括り付けられてた赤い魔法石が私の頭上を越えて後方へと飛んでいく。
同時にその魔法石の付近で形作られていた火の玉は力なく、掻き消えた。
恐れるものは、なくなった。
もう一歩踏み出して距離を詰める。
返す刀で『聖剣エクスカリバー』を力いっぱいに斬り下ろす。
魔法使いの小鬼のローブに包まれた首筋から股下にかけてを『聖剣エクスカリバー』の刀身が駆け抜けていった。
「ぐぎゃあぁぁぁ」
不快な絶叫を張り上げて、魔法使いの小鬼は仰向けに倒れた。
被っていた三角帽子が脱げて、ふわりと地面に転がった。
露わになった醜いその顔は、確かに小鬼そのものだった。
藻掻くように右手が天に向かって仰ぐ。
けれど、それは暫く宙を彷徨った後、糸の切れた人形のようにパタリと地面に落ちて、動かなくなった。
「たっ……倒したのかしら?」
私は、無意識に腕で額を拭うような仕草をしていた。
別に汗をかいたわけでもないんだけれど。
「なかなかやるじゃないかい、お嬢ちゃん」
セレスさんが意味深な笑みを浮かべながら歩み寄って来た。
「セレスさんは、わかっていたんですね?この小鬼の魔法が連続で撃ち出せないことを……威力もそんなにないことも……」
魔法使いの小鬼の火の魔法は、ニット君の『エアブレード』が発生させる風の壁に当たって簡単に消滅していた。
それほどまでに脅威となるような威力ではなかったと思う。
けれど、火は火である。
直撃を受ければ、火傷を負うことになるのは当然だと思う。
「ああ、所詮は小鬼だし、火の魔法石を使用した魔法だからねぇ~。大した威力もないし、問題ないだろうと判断したまでさ。余裕だったろう?」
「余裕とまでは言いませんけれど、セレスさんのアドバイスがなければ、どう攻めていいのか迷っていたと思います。相手のことを観察するってことは活路を見出すのに大切なことなんだなと思いました」
「それが分かれば、大収穫だよ。冷静に相手を観察すれば、癖や挙動なんかが見えてくる。それが分かれば多少は戦いやすくなるもんさ」
セレスさんの言葉に私は頷いた。
戦いになるとどうしても焦ってしまい、冷静さを欠いてしまう。
生死を掛けた戦いとなれば冷静さを失うのは当然かもしれないけれど、それでも冷静さは必要だと学んだ。
次も冷静に戦えるかはわからないけれど、それができなければ、私に待ち受ける末路はただ一つしかない。
最悪の末路だ。
そうならないためにも、この経験を生かしたい。
「アテナ様~」
不意にニット君が声を上げた。
チョコチョコと小走りに私に駆け寄って来た。
手に何かを抱えている。
「どうしたの?ニット君?」
「これ、拾ったよ」
ニット君は、両手で抱えていたものを持ち上げて見せてきた。
「これって……」
「魔法使いの小鬼の杖の先端だねぇ~」
セレスさんは、ひょいっと摘まみ上げて手に取った。
ねじれた木の根のようなその杖の先端には、赤い魔法石が埋め込まれていた。
「魔法石だな」
マックスさんは、さらにセレスさんの手から杖の先端を奪い取ると、力づくで木の根部分をねじ切っていた。
埋め込まれていた丸くて赤い魔法石が外れた。
それをセレスさんは親指と人差し指で摘まみ上げる。
そのくらいの大きさの魔法石だった。
「意外と綺麗な火の魔法石だねぇ~」
魔法石を眺めながら呟いていた。
「その魔法石が火の玉を作り出していたんでしょうか?」
「ああ、そうだよ。この火の魔法石を使用した魔法だよ。特に呪文の詠唱なんて必要ないんだけれどねぇ~」
セレスさんは、右手に赤い魔法石を握りしめると、ぐっと力を込めた。
魔力を送り込んでいるんだと思う。
すぐにセレスさんの拳を覆う様に赤々と燃え盛る火が出現した。
「火が出た」
天に向かって飛び上がるように火柱が上がり、ニット君は驚いたような声を上げた。
「小鬼なんぞの火の玉とは、比べ物にならないデカさだな」
マックスさんも驚きの声を上げている。
セレスさんの拳からは、マックスさんの身長を超えるほど高く火柱が上がっている。
メラメラと力強く燃え上がり、魔法使いの小鬼のヒョロヒョロの今にも消え入りそうな火の玉とは大違いだった。
「まあ、魔力の違いだねぇ~。あたいが使用するとこんなもんさ」
セレスさんは、ちょっと自慢げだった。
「あの~、セレスさん。呪文の詠唱って必要だったんでしょうか?」
小鬼は、火の玉を作り出す前に何か呪文のようなものを唱えていた。
けれど、セレスさんはそんなことをせずに火柱を生み出している。
何が違うのだろうか?
「ああ、多分……火の玉を生み出すのに呪文が必要と教えられたから唱えていたのか、もしくは魔力を集中させるために呪文のようなものを詠唱する必要があったんじゃないかねぇ~。呪文を口に出した方が魔力を集中させやすい奴もいるからねぇ~」
「そうなんですね」
魔法を扱うレベルが低い相手だったと言われているような気がした。
まあ、そのおかげで私でも勝つことができたんだけれどね。
「セレスさん、凄い、凄い。僕にも出来るかな?」
ニット君は目を輝かせて、火柱を上げるセレスさんの右腕を見つめていた。
「う~ん……魔力があればできるけれど、相性ってもんがあるからねぇ~」
魔力の注入をやめると、立ち上っていた火柱は一瞬にして消えてしまった。
「相性ですか?」
「そう、相性だよ。あたいは、どんな属性の攻撃魔法でも扱えるから、こんなもんだけれど……ボーヤの場合は、風の精霊との繋がりがものすごく強いからねぇ~。火の属性とは相性が悪いかもしれないねぇ~」
セレスさんは、ニット君に火の魔法石を手渡した。
それを両手で抱え込み、「どうすればいいの?」とニット君は尋ねていた。
「魔法石に向かって魔力を送り込むだけでいいんだよ」
「それだけでいいの?」
「とりあえずやってみな、ボーヤ」
セレスさんに促されて、ニット君は神経を集中しだした。
魔法石が淡く輝いた。
チョロリ……
ニット君が両手で包み込むように抱えた赤い魔法石から火が出た。
「ほえ?」
ニット君は、目を丸くして驚いていた。
「小さいな……」
さすがに口に出すことは可哀想と思ったので私は黙っていたけれど、飛び出した火を見てマックスさんが呟いていた。
火の魔法石からは、ろうそくの火と同じ程度の小さな小さな火が立ち上っているだけだった。
どうして?と困惑気味の表情をしながら、ニット君はセレスさんを見上げていた。
「さっきも言ったけれど、相性が悪いようだねぇ~。ボーヤには火の属性はあっていないってことだねぇ~」
はっきりとセレスさんに言われ、ニット君はしょぼんと落ち込んでしまった。
「気にする必要はないよ。ボーヤには頼りになる風の精霊が付いているじゃあないかい」
セレスさんは、ニット君の頭に手を置くとクシャクシャっとやや乱暴に撫でた。
セレスさんなりの励ましのようだ。
「僕もいろんな魔法が使えるようになるかなって思ったんだけれどなぁ~」
「こればっかりは仕方ないねぇ~。でも、風の精霊を味方につけている人間なんてそうそういやしないんだから、あたいからしたらボーヤが羨ましいけれどねぇ~」
セレスさんから羨ましがられ、「シルフちゃんは、僕だけのものだも~ん」とニット君は嬉しそうに腰に下げた愛剣の『エアブレード』に手を伸ばした。
柄に埋め込まれている紫色の魔法石を愛おしそうにそっと撫でていた。
「この赤い魔法石は、価値があるものなんでしょうか?」
希少価値があるのか気になったので尋ねてみた。
「火の魔法石だからねぇ~……希少価値がそれほどあるわけじゃあないけれど、曲がりなりにも魔法石だから価値があると言えばあるけれど……」
「何だ、セレス。はっきりとしねぇ~な」
「火の魔法石は、街では松明の代わりなんかに使われる程度の代物なんだよ。夜の街中で松明の火を携えた石像なんかがあるだろう?」
え~と……街中で、広場などに何体か石像が置かれていることは見たことがある。
その石像は、夜になると手にした松明を模したオブジェから火が立ち上り、広場に明かりを灯してくれていることがある。
セレスさんは、そのことを言っているみたい。
「ありますね。石像の手元から火が立ち上っている姿を見たことがあります」
「松明の代わりや調理なんかをする際に竈に入れて使用する程度の代物だから、一般的にありふれている魔法石なんだよねぇ~。けれど、これだけ綺麗な球体の魔法石となれば、多少は良い値で買い取ってもらえると思うけれどねぇ~」
摘まんだ魔法石を眺めながら値踏みしている。
「買い取ってもらえるんですか?」
「ああ、魔法装身具屋に行けば、買い取ってもらえるよ。ただ、あまり過度な期待はしない方がいいけれどねぇ~」
ニット君の手に赤い魔法石を返しながら、セレスさんが言った言葉で初めて聞く単語があった。
「魔法装身具屋?」
ニット君も疑問に思ったみたいで、二人で同じことをハモってしまった。
「ああ、知らないのかい?あたいが身に着けているこのブレスレットのように魔法石を使用した道具を売買している店だよ。次の街はでかい街だって話だから、魔法装身具屋もあるだろうから、行ってみようじゃないかい」
セレスさんは、ニット君の手の中にある魔法石を売るつもりみたいだけれど、それでいいのかしら?
「ニット君は、その魔法石をどうしたいの?」
「ほえ?どうって?」
訳が分からないといった顔をしながらニット君は首を傾げていた。
「セレスさんは、売るみたいなことを言っているけれど、それでいいのかなって思って……」
「僕が持っていても使えないし、セレスさんが使ったら?」
ニット君は、セレスさんへと差し出すように魔法石を掲げた。
「あたいは、十分持っているからねぇ~。そんなに必要はないよ」
セレスさんは、腕や足に着けた魔法石がふんだんに埋め込まれた装飾品と太股に括り付けた鞘に納められた二本の短剣を指し示していた。
こうしてみると、セレスさんはたくさんの魔法石を身に着けている。
それを自在に使いこなしているのだから感心してしまう。
「じゃあ、これは……」
ニット君は、困ったような顔をしていた。
「必要ないなら、売ればいい。買い取ってくれる場所があるんだから、売れば旅費に出来るだろう?だから、次の街までしっかりとボーヤが持っていな」
セレスさんにそう言われ、助けを求めるように私の方を見上げてきている。
「ニット君が拾ったんだから、ニット君の物で良いんじゃないかしら」
「そうだな。しっかりと持っていろよ、ボーズ」
誰も、ニット君がこの魔法石を持っていることに異を唱える者はいない。
もともと私たちに襲い掛かって来た魔法使いの小鬼の持ち物だ。
その小鬼は、私の一太刀を受けて絶命している。
所有者のいなくなった物をどうしようと誰にも文句を言われる筋合いはない。
ましてや、ニット君が拾って持ってきたのだから、ニット君が持っていても何もおかしなことはない。
杖を斬り割いたのは私だけれど、杖の先についていた魔法石のことなんてまったく気にしていなかったので、ニット君が拾って持ってこなかったら、そのまま地面に転がったままだったと思う。
「じゃ……じゃあ、僕が持っているね」
本当に良いのかな?といった様子でニット君はおずおずと背負い袋の中に仕舞っていた。
「街の中に魔法装身具屋なんてところがあるんですね?」
「ああ、あたいのように魔法関連の商品を好む人間相手に商売をする場所だからねぇ~。魔力がある人間しか行かないような店だから、知らなくても仕方ないよ。まあ、目ん玉が飛び出るくらい高額なもんしか置いてないような店だからねぇ~。なかなか、買えるもんじゃないよ」
笑いながらセレスさんは言っていた。
高額って……いったいいくらなんだろうか?
セレスさんの身体には、たくさんの魔法石が散りばめられた腕輪や足首飾りが身につけられている。
それを全て合わせると、いくらになるんだろう?
気になるけれど、聞くのは憚られた。
高額と言っているのだから、私なんかには購入できないくらいの金額だと思う。
それを身に着けている。
私だったら、気が気でないかもしれない。
一時も身体から離せないと思う。
そんな思いをしたくはないと思うので、私には必要ない。
まあ、魔力がないので、身に着けたとしても何の恩恵も受けられないので、考えるだけ意味がなかったと今更ながらに思った。
「じゃあ、出発しようかねぇ~」
セレスさんがそう声を上げると「おいおい、待てよ、セレス。こいつらの後始末をしておかないと」とマックスさんが街道の上に転がる豚鼻人と魔法使いの小鬼の死体を指さした。
「ああ、そうだったねぇ~」
完全に忘れていたようだった。
魔物を退治した後は、処理をしておかないと面倒なことになってしまう。
魔物の死体に獣や魔物が群がってきたりして食い荒らすなんてことにもなりかねないし、新たな魔物や獣をこの場所に呼び寄せる原因にもなってしまうらしい。
「あれ?ギルドに報告はしないんですか?」
私は疑問に思ったので尋ねた。
街道に現れる豚鼻人の討伐などの依頼があったかもしれない。
私たちが倒してしまったので、もしもそんな依頼を受けた人がいたら依頼を達成できなくなってしまうのでは?
「街に戻るつもりはないよ」
「それにわざわざ報告する必要はないぞ。俺たちはギルドから依頼を受けてやってきたわけじゃないからな。そんな義務はないぞ」
「でも、この街道に現れる豚鼻人の討伐依頼があった場合はどうなるんでしょう?」
「街道が安全なら何も問題はないじゃないかい?」
「それはそうですけれど……依頼を受けた人は?」
「そん時はそん時だ。俺らは、依頼を受けた奴の獲物を横取りしたわけじゃない。たまたま街道を歩いていたら豚鼻人と遭遇して返り討ちにしてやっただけだ。何も悪くはない。ギルドに報告する必要もない」
「あたいらがギルドから依頼を受けて、同行者がいない場合には討伐した証拠としてこいつらの死体は残しておくけれど、そうでない場合は処理は必要だからねぇ~。新たな魔物なんかが寄ってきちまったらこの街道は危険地帯になっちまうよ」
セレスさんは、短剣に炎の魔法をまとわせると、手際よく豚鼻人と魔法使いの小鬼の遺体に火を放って燃やしていた。
処理する場合は穴を掘って埋めるか燃やすしかない。
穴を掘って埋めるのは重労働だ。
魔法が使えれば、セレスさんのように燃やしてしまうのが手っ取り早い。
「こんなもんでいいだろうねぇ~」
燃え尽きた遺体を街道脇に浅く掘った穴に投げ捨てて土をかぶせて処理は終わった。
セレスさんとマックスさんの手際は実によかった。
手慣れている様子だった。
「魔物を退治しなけりゃ報奨金がもらえないわけじゃあない。街道の安全を確保するのが目的であれば、見回りして終わりなこともある。ギルドの同行者が優秀であれば、その場その場で的確な判断をしてくれるもんさ」
「そうだな。その指示に従って行動すればいいんだ。俺らは別に悪いことをしているわけじゃあない。降りかかる火の粉を打ち払っただけだ。文句を言われる筋合いはない」
「はあ……そういうものなんですね?」
言わんとしていることはわかるけれど、もしも依頼を受けた人がいたらと思うと申し訳ないような気持ちが少しだけ湧いた。
「今度こそ、出発だよ」
セレスさんは、歩きだす。
「もうしばらくしたら野宿できそうな場所を探さないとな」
セレスさんの後に続いてマックスさんも歩き出した。
いろいろと私の知らないことがある。
私一人では、どうしていいのかわからず迷うことはあるだろう。
ベテランとも言える、この二人が今はいてくれる。
今のうちに、この二人からいろいろと学ぼう。
学ぶべきことは、まだまだ山のようにあるはずだ。
「アテナ様、僕たちも行こうよ」
ニット君が、立ち呆けていた私の手を握りしめた。
「ええ、そうね」
ニット君に引っ張られるようにして私も歩き出した。
私は良い人たちと巡り合った。
この人たちとともに出来るだけ長く一緒にいたいと、そう思った。




