第39話 オーク襲来
宿屋を後にし、街の出入り口である大門を通り過ぎる。
目の前には、多くの人がこの街から旅立つ際に踏み出し、歩いて行ったであろう街道がある。
固く踏み慣らされた街道ではあるけれど、馬車などの車輪で土は削られ、気を付けないと轍に足を取られてしまうようなところを私たちは歩いていく。
街道には草一本生えてはいないけれど、街道脇には申し訳程度に伸びた草と赤や黄色の花が私たちの旅路の始まりを出迎えてくれていた。
街から離れると、街道はすぐさま林立する木々の合間を通って行くことになる。
しばらくは、森の中を通るルートのようだ。
馬車の往来ができるように、街道は幅を広くとってあるみたい。
街道の左右に立ち並ぶ木々の合間から空を見上げると、つい先日の強風と豪雨とはうって変わって、雲一つとない晴天に見舞われていた。
旅立ちには、良い天気だった。
降り注ぐ日差しは柔らかく暖かいし、小鳥のさえずりが耳に心地いい。
足取りも軽く、順調な滑り出しだ。
進んでいく街道は徐々に右へと緩やかにカーブしていく。
何だか登り坂になっていっているような気がする。
急な登りではないので、登っているような感覚はないけれど、背後を振り返ると明らかに登り道だということに気が付かされた。
まあ、これだけ緩やかな登り坂であれば、大きな疲労を感じることはないと思う。
「アテナ様、アテナ様。次に行く街ってどんなところなの?」
ニット君が、ウキウキした様子で尋ねてきた。
「ええと……さっきまでいた街よりも大きな街ってことは聞いたけれど……どんなところかは行ってみないとわからない……かな?」
冒険者ギルドで、次に向かう街の情報を得ていたけれど、話を聞いただけでは想像がつかなかったので、私はニット君に答えてあげられなかった。
「お嬢ちゃんが言う様に行って見なけりゃわからないけれど、確か……貴族とかが住んでいる区画があるような街って言っていたよねぇ~?」
「そういやぁ~、そんなこと言っていたな。けれど、貴族なんかとはかかわる気はないから、気にしなくていいだろう」
私たちの会話が聞こえたようで、先を行くセレスさんとマックスさんが答えてくれた。
「貴族ですか……」
私は、あまり貴族に良いイメージを持っていない。
高飛車で、貴族だということを鼻にかけて権威を振りかざすような人たちだという認識を持っている。
お金も持っていることだから、贅沢な暮らしをしているとも思う。
羨ましいと思う気持ちもないことはないけれど、私は貴族なんかにはなりたくはない。
別に毛嫌いをしているとかではない。
貴族と言う人たちに対するイメージがあまり良くなく、関わり合いになりたくないと思っているだけだ。
「顔が……嫌そうな顔をしているねぇ~」
セレスさんが私を見つめながら、そんなことを呟いて来た。
露骨に顔に心情が出てしまっていたようだ。
そう言えば、病院でも女医さんに同じことを言われた気がする。
ちょっと気を付けた方がいいかもしれないわね。
「え~と……貴族には、あまり良い印象が持てないので……」
「ああ、俺も貴族って奴らには、いい印象はないな」
同意するようにマックスさんが首を大きく縦に振って頷いていた。
「まあ、関わり合いにならなきゃいいだけさ。それに、百歩譲っても、貴族の方からあたい達にかかわろうなんてことは思わないだろうねぇ~」
それはそうだ。
私たちにかかわっても、貴族には何一つメリットがない。
考えるだけ、時間の無駄だし、気分が落ち込んでしまうだけのような気がする。
「次の街では、冒険者ギルドで私とニット君ができるお仕事を探して、楽しく過ごせればそれでいいですよね?」
「そういうことだねぇ~。消極的より、前向きに考えた方が物事上手く行く気が、あたいはするよ」
セレスさんのこういう考え方は羨ましく思う。
私はどうしても考え込んでしまうし、やや消極的な考えに浸ってしまうところがあると自負している。
楽しく過ごそうと、無理やりに考えを変えてみようと思った時だった。
「嬢ちゃん、ボーズ。気をつけろ」
突然、マックスさんが声を荒げた。
見れば、マックスさんは背負っていた幅広の大剣……『ドラゴンバスター』を引き抜いて構えていた。
何が起きたのかは瞬時に理解できなかったけれど、剣を抜いていることから危険が迫っているとすぐさま感じた私も腰に帯びていた金色の柄に真紅の魔法石が埋め込まれた長剣……『聖剣エクスカリバー』を抜いた。
セレスさんも両方の太ももに括り付けた鞘に納められていた白銀と漆黒の短剣……『白銀の刃』と『黒鉄の刃』を逆手に持って戦闘態勢をとっていた。
ニット君だけが、周囲をきょろきょろと見渡した後、私と目が合うと慌てた様子で腰の鞘から刃のない小剣……『エアブレード』を抜き放った。
ガサガサと茂みをかき分ける音が近づいて来るのが聞こえてくる。
私たちの行く手の左前方の茂みが激しく揺れ動いた。
何か大きな影が見える。
それは茂みから、のそりと姿を現した。
大きな豚の鼻を持つ醜い顔をした人型の生物。
でっぷりとした体格で、お腹の三段腹が目を引いた。
その体格に不釣り合いな胸元を覆う革の鎧を無理やり身に着けていた。
腰にも革製と思われる腰当を胸元の鎧から伸びる紐で吊るすようにしていた。
体格と装備が見合っていない。
冒険者や盗賊などから奪い取ったものなのかもしれない。
頭部にも今にもはち切れそうなほど伸び切った革の兜……帽子のようなものをかぶっていた。
「ブヒィィィィィィ……」
私たちの存在に気が付くと、嘶きのような声を上げてきた。
しかも、木の棒に大きな石を蔓で結び付けたお粗末な石斧を手にし、それを威嚇するかのように振り上げていた。
「豚鼻人だねぇ~」
一目見て、セレスさんが呟いた。
特徴的な豚鼻を持つ魔物……豚鼻人は、数匹の群れで行動する魔物らしい。
となれば、この一匹だけではないと思う。
案の定。
目の前に現れた豚鼻人の声を聞きつけたためか、茂みを揺らしながらさらに三匹が姿を現した。
他の三匹は、ボロ布だったり、獣の皮を腰に巻いていた。
けれど、手には同じようなお粗末な石斧を握っている。
豚鼻人は、子供と同じくらいの体格の小鬼とは違い、大人の男性くらいの背丈はある。
やや肥満気味の小太りのおじさんと言ってしまっては、その人に対して失礼かもしれないけれど、体型的にはそんな感じの魔物だ。
腕力も小鬼などよりも強く、気性は荒い。
セレスさんとマックスさんにとっては、取るに足らない相手だろうけれど、実力がはるかに劣る私とニット君にとっては強敵ともいえる相手だった。
「こんなところで豚鼻人と出くわすとはな」
何のためらいもなく、マックスさんは一匹の豚鼻人に向かって走り込んでいく。
黒っぽい体毛の獣の皮を腰に巻いた豚鼻人は、自分に向かってくるマックスさんに向かって唸り声を上げた。
それに怯むマックスさんではない。
間合いを詰めると、剛腕から繰り出される一閃が豚鼻人を襲う。
『ドラゴンバスター』を上段から袈裟懸けに叩きつける。
豚鼻人は手にしていた石斧を振り上げて、『ドラゴンバスター』を受け止めるつもりみたいだった。
『ドラゴンバスター』の刀身が石斧とぶつかり合う。
石斧の石頭は、あっさりと崩れ、粉々になって豚鼻人に降り注ぐ。
勢い衰えず、そのまま『ドラゴンバスター』は、豚鼻人の右肩から左脇腹までを突き抜けた。
骨が砕ける音と肉が引き裂かれる音が同時に奏でる不協和音は、とても不快だった。
「ブギィィ……」
短い断末魔を上げて、豚鼻人はうつぶせに倒れ伏した。
あっさりと切り捨てられた豚鼻人の姿を目の当たりにした他の豚鼻人たちは、慌てふためていた。
仲間の豚鼻人が切り捨てられる前までは、自分たちが有利と思っていたみたい。
けれど、一匹目が拍子抜けするくらい一撃で切り伏せられてしまったことで戦慄に彩られた表情を見せていた。
マックスさんは、地を蹴り上げてもう一匹の豚鼻人に向かって飛び掛かっていく。
茶色い獣の皮を腰に巻いた豚鼻人は、向かってくるマックスさんに対して臨戦態勢をとった。
「おりゃあぁぁぁぁぁぁ」
気合一閃。
攻撃範囲の長い『ドラゴンバスター』をマックスさんは横薙ぎに振るう。
いくら攻撃範囲が長いと言っても、明らかに届かない距離から横に薙ぎ払っていた。
豚鼻人も剣戟が届かないことをわかっていたようで、口元に薄ら笑いを浮かべながらゆったりとした動作で石斧を振り上げていた。
突っ込んでくるマックスさんの頭に向かって豚鼻人は、石斧を振り下ろそうとしていた。
けれども、それが振り下ろされることはなかった。
『ドラゴンバスター』を横に薙ぎ払った勢いそのままで、遠心力を利用して横に一回転しながら力強く地面を蹴り上げて距離を一気に詰めていく。
再び『ドラゴンバスター』の刃が豚鼻人に向かって飛んでいく。
綺麗な曲線を描き大剣の切っ先が、豚鼻人の丸太のような太首を勢い良く撥ねた。
胴体から切り離された頭部は、薄ら笑いを浮かべた表情のまま街道の土の上に転げ落ちていた。
「ふん、相手にならねぇ~な」
マックスさんは、余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)で言葉を吐いていた。
石斧を右に、左にとブンブンと振り回す革の鎧を身につけた豚鼻人。
その攻撃は、セレスさんを執拗に襲うけれど、身軽なセレスさんには掠りもしない。
豚鼻人の腕力は、それなりに強い。
セレスさんのしなやかな細腕では、石斧の攻撃を受け止めることはできないと思う。
それをわかっているからこそ、セレスさんは受け止めようとはせず、足を使って動き回って躱していた。
小太り気味な体型の豚鼻人の動きは、見た目通りにやや遅い。
細身体型で素早い動きを得意としているセレスさんにとっては、難なく躱すことができるはず。
必殺の一撃のつもりで石斧を振り下ろした豚鼻人は、空振りしたために勢い余って体勢を崩していた。
街道の土の上に顔を叩きつけるようにして無様な姿で倒れ込んだ。
その豚鼻人の後頭部にセレスさんが一撃を入れる。
容赦なく靴底で踏みつけていた。
尖った踵が後頭部に穿たれ、どす黒い鮮血が一筋の涙のように垂れた。
「とろい奴だねぇ~」
グリグリと靴底を擦り付けて踏みつけながらそう声を飛ばすと、豚鼻人はセレスさんの足を掴もうとするかのように腕を振り回した。
素早く跳躍して、セレスさんは距離を取った。
足蹴にされ、豚鼻人は怒り心頭の様だった。
豚鼻から荒い息を吐き、目が血走っていた。
魔物なりにもプライドと言うものはあるみたい。
「ブギィィィィィ」
怒声とも取れる声を発しながら、豚鼻人は石斧を振り上げながら猛然と突進していく。
「豚鼻人ごときが、生意気にも憤慨なんてしているんじゃないよ」
セレスさんが両手に握った短剣が淡い光を放つ。
その淡い光は突如、バチバチと火花へと変貌し、電撃が二本の短剣の刀身を包み込んだ。
短剣の刀身に埋め込まれた色とりどりの魔法石が、纏わりついた電撃の威力を増幅していく。
荒れ狂う雷を帯びた龍のごとく、刀身の周りを電撃が覆いつくす。
突進してくる豚鼻人に向かって、セレスさんは駆け出した。
豚鼻人は、学習能力に欠けているのか石斧を力任せに振り下ろす。
身を翻してセレスさんは、余裕で躱す。
すれ違いざまに、今にもはじけそうなほどに膨れ上がった電撃を豚鼻人の三段腹に突き立てた。
バリバリバリ……と電撃の嵐が一瞬にして豚鼻人の全身を駆け巡り、襲う。
「ピギャァァァァァ」
断末魔の悲鳴を上げた後。
二歩……三歩と足を踏み出して、街道に前のめりに倒れ込んだ。
「豚鼻人ごときが……」
セレスさんは吐き捨てるように呟き、動かなくなった豚鼻人の後ろ姿を見下ろしていた。




