第38話 出発
「う~ん……痛い出費だわ……」
私は、つい口に出して呟いてしまった。
宿屋のベッドに腰かけながら、お金の入った袋を逆さにしてベッドの上にお金をぶちまけていた。
ぶちまけたお金を丁寧に数えていく。
私は、今持っている所持金を確認していたのだ。
「うん?どうしたんだい?お嬢ちゃん?眉間に皺を寄せて、金なんか眺めて珍しいねぇ~」
いきなり声を掛けられて、私はびっくりした。
「セレスさん?いつの間に戻って来たんですか?」
「今、戻って来たばかりだよ」
振り返れば、マックスさんが部屋の扉を潜って入って来たところだった。
本当に今、戻って来たばかりのようだ。
セレスさんとマックスさんが出かけている間に所持金の確認を私はしていたのだった。
そのため、二人が戻ってきたことに全く気が付かなかった。
「あれ?ボーズがいねぇ~な」
部屋に入って扉を閉めたマックスさんが部屋の中を見渡して呟いた。
私もセレスさんも部屋を見渡していた。
確かにニット君の姿がなかった。
「あれ?ニット君?どこに行ったのかしら?」
私はニット君が部屋の中にいないことに気がつかなかった。
所持金の確認に夢中になっていて気付かなかったとは情けない。
「ほえ?どうしたの?」
私が腰かけていたベッドから立ち上がるのと同時だった。
部屋の中に設置してあるトイレの扉が開いてニット君が出てきた。
三人の視線がニット君に集中したので、何事?と不思議に思ったみたいだった。
「ニット君。おトイレにいたのね?」
「うん、アテナ様に声を掛けたけれど、難しい顔していたから一人でトイレに行ったの」
ニット君に、そう言われてしまった。
それほどまでに所持金の確認に気を取られていたみたいだった。
安堵の吐息を吐くと、自然とお尻がベッドの上に戻っていった。
「まあ、ボーヤが一人で出かけて行くわけはないか」
「そりゃそうだよな。嬢ちゃんにいつもべったりだもんな」
セレスさんもマックスさんもそうは言っているけれど、ニット君の姿を認めると安堵したような表情をしていた。
「金欠なのかい?」
ベッドの上に広げていた私の所持金に視線を落とし、セレスさんが尋ねてきた。
「え?いえ……その……」
ちょっとだけ言い淀んだけれど、お金を広げて難しい顔をしていれば誰だって気になるはずだ。
「ニット君が病院に入院したお金を支払ったので、一気にお金が減ってしまって、ちょっと心配になって数えていました」
「あぅ~……」
ニット君は自分の名前が出たので反応し、私のそばまで駆け寄って来た。
「お金ないの?」
不安げな表情で私のことを見上げてくる。
「ええと……大丈夫よ。今すぐピンチってわけではないわ。贅沢しなければ暫くは大丈夫だから。ただ、入院費が高くてちょっと痛いなと思ってね……」
「あぅ~……ごめんなさい……アテナ様……僕のせいで……」
ニット君は、本当に申し訳なさそうな表情をして落ち込んでしまった。
「違う、違うの。ニット君は悪くないわよ。気にしなくていいのよ」
そうは言っても、風邪をひいてしまい、入院してその費用が思った以上に高かったと聞かされれば、誰だって同じ反応をするはずだ。
うかつすぎる言葉を私は吐いてしまったと、後悔したがもう遅い。
言葉に出してしまっているのだから。
「僕のお金で足りる?」
紐で首からぶら下げているお金の入った袋をニット君は私に差し出してくる。
「それはニット君の大事なお金よ。ニット君が自分のために使いなさい」
「でも……風邪ひいた僕のせいだから……」
「次の街で冒険者のお仕事をすれば大丈夫よ。まだ、多少はお金はあるから、ニット君は心配しなくていいのよ」
「でも……」
上目づかいで私の様子を窺っている。
「まあ、そうだねぇ~。今日、この街を発つ予定だから、これ以上の出費はないし……次に向かう街はここよりでかい街らしいからねぇ~」
「嬢ちゃんとボーズができそうな仕事もわんさかあるだろうな。そこで稼げばいいだろう」
二人は、ベッドに広げていた私の所持金を覗き込んで、そう言ってくれた。
ニット君の不安を取り除こうとしてくれたみたい。
「本当に大丈夫なの?」
心配げに確認してくる。
「大丈夫よ。ニット君は心配しなくていいわ。セレスさんとマックスさんもこう言ってくれているし、今のところは問題ないわ」
「……もしも……お金が必要だったら、僕のお金を使ってね」
両手でお金の入った小袋を抱え上げて私に向かって差し出してくる。
「わかったわ。その時はニット君のお金を使わせてもらうわ。だから、今はそれはニット君が大切に持っていてね」
そっとニット君の両手に私の両手を重ね合わせて、やんわりと押し返した。
しばらく無言で私のことを見上げてくるニット君。
「大丈夫よ」と私が微笑むと「うん、じゃあ、僕が持っているね」と言って、首からぶら下げると服の下にしまい込んでくれた。
うかつなことを言うもんじゃないと改めて自分に言い聞かせた。
「準備ができたら出発するよ」
セレスさんは、自分の荷物をベッド下から取り出すとそう言った。
「はい、すぐに準備しますね」
私は、ベッドの上に広げていたお金をかき集めて袋に詰めると、背負い袋の中にしまい込んだ。
私の荷物はそんなに多くはない。
背負い袋には、今入れたお金の入った皮袋と冒険者の証である『冒険者登録証明書』、野宿する際に使用する薄手だけれど保温性に優れた薄手の毛布、飲み水が入った竹筒でできた水筒、濡れないように油紙で包んだ予備の着替え、若干の日持ちする干し肉や乾パンなどの食料。
そして、大事な母の形見である『真実の愛』というタイトルの小さな小説本くらいしか入っていない。
右腰の小さなポーチには、すぐ使えるように多少のお金と非常食の干し肉が入っている。
次の街までは、二日ほどで辿り着けることを冒険者ギルドで確認済みなので、これで十分と言える。
ニット君も彼専用の背負い袋を持っているので、その中にあれこれ入れていた。
冒険者登録証明書、毛布、水筒、予備の着替え、食料に加え、私が買ってあげた宝物と彼が豪語する『プリンセスナイト』と言うタイトルの絵本が入っている。
私とニット君は、本当に必要最低限の物しか持っていない。
歩いて移動するので、出来るだけ荷物は少ない方がいいのだ。
セレスさんとマックスさんは、医薬品なども所持しているみたい。
さすがに傷薬の類は良いお値段するので、なかなか手が出せない。
それを買えるだけの財力がセレスさんとマックスさんにはあるのだ。
冒険者のランクに違いがあるのだから、こればかりは私とニット君は頑張ってランクを上げるしかない。
ランクが上がれば報奨金の額も上がる。
けれど、それはより危険な依頼を受けるということにも繋がる。
今の私とニット君には、それなりの実力しかないため、高額の報酬がもらえる依頼は受けられない。
危険な依頼を引き受けて高額の報酬を得ようとは思っていない。
無難な依頼を受けて、それなりに生きてゆければいいのではないかと私は思っているけれど、所持金が心もとなくなってくると、やはり焦りは湧いてくる。
次の街で、今の私とニット君の冒険者ランク……Dランクだけれど。
このランクで受けられる良い報奨金の依頼を受けるべきか、報奨金は少ないけれど危険が少なく確実に達成できる依頼を複数こなすか、考え所だ。
まあ、今それを考えても意味はない。
私とニット君に出来る仕事がなければ、依頼を受けることができないのだから。
良い仕事がありますようにと祈るだけだ。
「ニット君。準備はどう?出来たかしら?」
私は、背負い袋を背負うと、腰に鞘に納められた『聖剣エクスカリバー』を吊るした。
「うん、できたよ。剣もちゃんと持ったよ」
背中を向けて背負い袋を見せてきた。
その後、前に向き直り、左の腰に小剣……『エアブレード』を吊るしてあることをこれ見よがしに主張してきた。
私とニット君の準備は整った。
後は、セレスさんとマックスさんの準備が整えば出発できる。
「俺は、いつでも行けるぜ」
背中にそれなりの荷物を詰め込んだ背負い袋と大剣……『ドラゴンバスター』をマックスさんは担ぎ上げていた。
「あたいも準備完了だよ」
むっちりとした両太腿に括り付けた鞘に白銀と漆黒の短剣……『白銀の刃』と『黒鉄の刃』を収め、背負い袋を背負ったセレスさんが声を発した。
「では、出発ですね」
私は、セレスさんに尋ねた。
「ああ、次の街を目指して行こうじゃないかい」
部屋の扉へとセレスさんとマックスさんは向かっていく。
「私たちも行きましょう」
ざっと自分たちが過ごしたベッド周りに視線を巡らせて忘れ物がないことを私は確認し、ニット君に向かって左手を差し出した。
「うん。行こう、行こう」
元気よく声を上げて、ニット君は差し出した私の手を握りしめた。
彼の手の感触と仄かに伝わるぬくもりを感じながら、元気になってくれて良かったと私は安堵した。
風邪をひいた後の病み上がりだから、心配もあったけれど、取り越し苦労のようだ。
私はニット君の手を引き、部屋を後にした。
次の街は、どんなところなのかと期待に胸を膨らませて、私は歩を進めた。
明けましておめでとうございます。2026.01.01 新年です。昨年は、ご愛顧いただいた皆様、誠にありがとうございます。本年も変わらず、『剣王戦記』を書いて投稿していきたいと思っております。挿絵もできるだけ描いて挿入していきたいと考えていますので、投稿間隔が空いてしまうこともあるかと思いますが首を長くしてお待ちしてくださればありがたいです。また『召喚獣戦士 ヴィオ』という作品も同時並行して書いて投稿もしています。こちらも一読いただければ幸いです。本年もよろしくお願いいたします。




