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剣王戦記  作者: 朧月 氷雨


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第34話 独り善がり

 ニット君と一緒に、宿屋の二階から階段を降り、さらに階段を下りて地下に作られている入浴施設へと向かう。

 階段を下りきると左右に通路が伸びている。

 左手側へと進んでいくと男湯の入り口に、右手側に進んでいくと女湯の入り口にぶつかる。

 私とニット君は、ともに女湯の脱衣場に入っていく。

 脱衣場には、私たち以外誰もいなかった。

 夕飯真っただ中の時間帯なので、この時間帯の時はいつもお風呂は空いていた。

 これがもう少し遅い時間帯になると込み合うらしい。

 セレスさんがお風呂に入る頃は、そこそこお客さんがいるみたい。

 ニット君は慣れた手つきで服を脱いでいく。

 私も服を脱ぎ、素早くバスタオルを身体に巻き付けていく。

 ニット君が子供と言えど、裸を晒すのはさすがに恥ずかしい。

 なので、しっかりとバスタオルでガードしておく。

 髪の毛も洗いたいので、いつも三つ編みにしている髪もほどく。

 解放された黒髪は、しなやかに揺れる。

「ほぇ~」

 ニット君が私を見上げながら、小さく声を漏らしていた。

「どうしたの?」

「いつものグルグル~てなっている髪の毛の方が僕は好きかな」

「いつものグルグル?」

 何を言っているのかな?と一瞬思ったけれど、どうやら普段からしている三つ編みのことを言っているのだと理解した。

「何か、別の人みたい」

 ニット君はそんな風に言うけれど、お風呂に入るとき以外は普段からずっと三つ編みでいるし、ニット君は私の三つ編み姿を常に目の当たりにしているので、三つ編みをほどいた姿には違和感を感じるみたい。

 別人とまで言われてしまったけれど、そんなにも印象が変わるものなのかしら?

「髪の毛を洗うからほどいただけよ。お風呂から上がったら、また三つ編みにはするわよ」

 私は、そう言いながら手を差し出す。

 ニット君は私の手を握る。

「お風呂場に行きましょう」

「うん」

 手を握り合って、お風呂場へと進んでいった。



 どこの宿屋に泊まってもそうだけれど、お風呂場はかなり広い。

 洗い場は横一列になって十人ほどが洗える。

 壁から生え出た固定式のシャワーが備わっている。

 壁にある取っ手を押し込んだり手前に引いたりすることで、水を出したり、止めたり、またはお湯を出したり、止めたりできる仕組みになっている。

 頭上のシャワーと低い位置にある水の出口ともいえる出っ張り……ちょっとだけ手を洗ったりしたいときに水やお湯が出てくる部分の切り替えも専用の取っ手を押し込んだり、手前に引いたりすることで切り替えることができる。

 シャワーに水や熱湯を送るための取っ手を手前に引くと水やお湯が出てくる。

 止める時はその逆で、取っ手を押し込めば止まる。

 低い位置にある出っ張りも同じで、手前に引けば出てくるし、押し込めば止まる。

 使い方は非常に簡単だけれど、熱湯の取っ手を引いた状態で操作してしまうと、熱湯が出てきて火傷することもあるので、そこは気を付けなければならないところだった。

「はい、ニット君。座って」

 洗い場の椅子に見立てた石が置いてあるところにニット君を座らせる。

 宿屋によっては、綺麗に正方形に切り出された石だったり、木の丸太だったりするけれど、ここの宿屋はその辺に落ちているような大きな石がほぼそのままの形で座る部分だけを平らにしたものだった。

 ニット君とは、何度もお風呂には一緒に入っているので慣れたものだ。

 彼は椅子の上に座る。

 低い位置の出っ張りの取っ手を手前に引く。

 その後に水の取っ手を半分くらい手前に引いた。

 出っ張りから水が出てきた。

「ゆっくりと熱湯の取っ手を引いて」

 指示すると、ニット君は熱湯の取っ手に手をかけて、ゆっくりと手前に引いていく。

 出っ張り部分から徐々に温かいお湯が出てくる。

 出っ張りから出てくる手前で水と熱湯が混合される仕組みなので、ちょうどよい湯加減で取っ手から手を離す必要がある。

 水と熱湯の出方を取っ手によって調整するので、なかなかいい湯加減にするのが難しい。

「これくらいかな?」

 出っ張りから流れ出てくるお湯の温度を手で確かめながら慎重に取っ手を操作していく。

「そうね。これくらいでいいと思うわよ」

 私も湯加減を手で確認した。

 初めの頃は水と熱湯の取っ手を間違えて操作してしまい、あわや大火傷しそうになったこともあったっけ。

 まあ、その経験があるから、ニット君は慎重に取っ手を操作していた。

 備え付けてある固形の石鹸をタオルに擦り付けて泡立てていく。

 泡立った石鹸を頭にのせてニット君は自分で髪の毛をわしゃわしゃと洗っていく。

 その間に私はタオルに泡をつけて彼の身体を洗っていく。

 初めての頃は、私が頭から足の先まですべて洗ってあげていたけれど、少しずつ自分でやらせるようにしていた。

 私がすべてやってあげてしまうと、ニット君は何もできないままになってしまう。

 私がいなくなっても、一人でやって行けるように少しづつやらせている。

「じゃあ、流すわよ」

 ニット君は首を縦に振って頷く。

 頭を洗っていた泡が垂れてきて、目が開けられず、口のあたりにまで流れてきたので口も開けられなかった。

 まだまだうまく洗えないみたい。

 シャワーをあつかったりするのは、私と出会ってから知ったみたいなので、お風呂に入ること自体、まだ慣れていないみたいだった。

 低い位置の出っ張りから水を出す取っ手を押し込むと、出っ張りから出ていたお湯は出なくなり、代わりにシャワーへと通じる取っ手を手前に引いた。

 水と熱湯の取っ手はそのままの状態なので、湯加減は変わらないお湯が壁に固定されたシャワーから雨のように降り注ぐ。

 そのお湯で泡を流していく。

「ふい~」

 泡を流し終えて、ニット君は大きく息を吐いた。

「じゃあ、交代ね」

 ニット君は椅子代わりの石から立ち上がる。

 代わりに私はその石に座る。

「アテナ様のお背中、僕が流すよ」

 いつも彼は、そう言ってくれる。

「じゃあ、いつも通りにお願いね」

 泡を付けたタオルをニット君に手渡し、身体に巻き付けていたバスタオルを取ると、ニット君は泡のついたタオルで私の背中を優しくゴシゴシと洗い出した。

 その間に私は自分の前側の身体を洗い、髪の毛も洗っていく。

「どう?綺麗に洗えた?」

 尋ねると「うん、綺麗に洗えたよ」と返事が返って来た。

「じゃあ、ニット君。向こうを向いていてね」

 指示すると、ニット君は素直に私に背を向けた。

 素直に言うことを聞いてくれるのはありがたい。

 私はシャワーのお湯で髪や身体についた泡を洗い落としていく。

 流し終わった後、素早く身体にバスタオルを巻く。

 二人で一緒にお風呂に入る時は、いつもこんな感じだった。

「それじゃあ、湯船に浸かりましょう」

 立ち上がり、ニット君に手を差し出す。

 ニット君は、すぐに私の手を握って来た。

「アテナ様、見て見て。変なのからお湯が出ているよ」

 ニット君は、湯船の一番奥に設置されているオブジェを指さした。

「あれは……お魚さんじゃないかしら?」

「お魚なの?」

 ニット君は、小首を傾げていた。

 数匹のお魚が天を向いて飛び跳ねているようなそんなオブジェだった。

 その数匹のお魚のオブジェの口からは、それぞれお湯が豪快に溢れ出ていた。

 ちょっとごちゃごちゃしていて、ぱっと見ではこれは何かしら?と考えてしまうようなデザインのオブジェだった。

 このお湯が出てくるオブジェは各宿屋によって特徴があり、龍をかたどったものや肩にかめを担いだ女神像のようなものや火山が噴火している状況をしたようなものなど、独特の感性で作られていた。

 こだわっている宿屋は、ものすごく緻密で繊細なデザインのオブジェを置いていると感じている。

 そんなオブジェが鎮座しているこの宿屋の湯船は、非常に簡素で縦長の長方形をしていた。

 三十人くらいは、両手を広げた状態でいっぺんに入れるほど広い湯船だ。

 その湯船内の所々には柱がある。

 円柱の柱は、何本かは湯船から飛び出しているものがあり、また何本かは柱のてっぺんが湯船の中に沈んでいた。

 これも、どの町の宿屋にも共通した特徴だ。

 湯船の底は、手前から徐々に下り坂になっていたり、階段状になっている。

 湯船の奥の方……先ほどのお魚の口からお湯が垂れ流しになっているオブジェの方へと進んでいくごとに深さが増していく。

 ある程度の深さまで行くと平らになり、一番深い場所で百八十センチくらいはあるらしい。

 背の高い人でも肩まで浸かれるように配慮されているとのことだ。

 けれど、一番深い場所で百八十センチってことは、二メートルくらいある人じゃないと溺れてしまうかも。

 しかも、小さな子供はどうやっても足が着かない。

 ニット君を抱きかかえながら、湯船の中へと入っていく。

 この宿屋の湯船は、入り口が階段状になっている。

 ゆっくりと足元を確認しながら歩を進めていく。

 私の肩が湯に浸かる位の場所で足を止め、手近にある円柱を探す。

「ここは、どうかしら?」

 ニット君を湯船の中に沈む円柱の上に立たせた。

「ちょっと高いかも……」

 ニット君が屈んでも、腰の辺りまでしかお湯に浸かれない。

「もう少し低い所がいいわね……こっちなんてどうかしら?」

 ひょいっと彼の小さな身体を持ち上げて、別の柱の上に立たせてみた。

 ニット君が立った状態で、胸元くらいが湯に浸かっている。

 少し屈めば肩まで浸かれそうだった。

「ここでいいかも」

 ニット君は、ちょっと屈んでみて、肩まで浸かれることを確認して、頷いていた。

 私は、ニット君と面と向かう様に湯船から飛び出した円柱に背を預けて、湯船に浸かった。

 円柱に寄りかかっているので、倒れる心配はない。

「う~ん……いいお湯ね。疲れが取れそう」

 私は腕を上げて、湯船の中で大きく伸びをした。

「ねえ、ニット君」

 私が声を掛けると「なあに?アテナ様?」と返事を返してきた。

「ニット君て、何かやりたいこととかある?」

「あうっ?やりたいこと?」

 突然の私の質問に、ニット君は困惑していた。

「そう、やりたいこと。例えば、お料理を作ってお店で売りたいとか……強い冒険者になりたいとか、世界一の魔法使いになりたいとか……将来的に何かやりたいってことはないかな?と思って……」

 ザックリとした具体的な例をいくつか挙げてみたけれど、ニット君は首を傾げるばかりだった。

「何も考えてない……」

 しばらくして、彼はそう答えた。

「もしも、何かやりたいこととか、興味があるようなことがあったら言ってほしいな」

「どうして?」

 ニット君は、不審げな表情で私を見つめてくる。

「例えば、強い冒険者になりたいなら、セレスさんやマックスさんにお願いして剣のお稽古をして鍛えてもらえば強い冒険者にはなれると思うわ。魔法に興味があれば、セレスさんに指導してもらえそうだし……歌やダンスに興味があれば私が教えてあげられるわ。ニット君がいずれ独り立ちする時に備えて今からやれることをやっておいた方がいいんじゃないかと思ってね」

「独り立ちって?」

「私だって、いつまでもニット君と一緒にいられるわけじゃないと思うし、もしも私がいなくなった時にニット君が一人で生きて行けるようにしておきたいって思うの……」

 私の言葉を遮って「やだっ!」とニット君は大きな声を張り上げた。

 あまりの大きな声に、私はびっくりしてしまった。

「僕は、アテナ様とずっと一緒にいる」

 ニット君はおもむろに立ち上がると、円柱の天辺てっぺんから飛び跳ねるようにして飛び降りた。

 円柱の上で立ち上がっても彼の胸まで湯船に浸かっていたので、思ったほど飛距離が出ず、私の遥か手前にニット君は落ちて湯船の中に沈んでいく。

 背の低いニット君では、湯船の底には足が着かない。

「ニット君!」

 私は慌てて、湯船に沈んでいくニット君の腕を掴み上げると、一気に湯船から引き揚げた。

「げほっ……げほっ……」

 胸元に抱き上げて、むせるニット君の背を擦る。

「大丈夫?ニット君?」

 声を掛けると、ニット君はわずかに頷いた。

「僕は……アテナ様とずっと一緒にいたい。離れたくないもん」

 バスタオルに覆われた私の胸に顔をうずめ、小さな手が私の背中に回された。

 しっかりと私に抱き着き、離れたくないことを全身でアピールしていた。

「今すぐに離れ離れになるとか、そういう話しじゃないわよ。ニット君が大人になったときに、生きていくのに困らないようにしてあげたいって私は思っているの」

「やだ。アテナ様と離れたくないもん。絶対に一緒にいたいもん」

 ニット君は、力を込めて私に抱き着いて来た。

 この先、私の行く末……人生はどうなるかはわからない。

 旅をしていれば魔物と遭遇することがある。

 小鬼ゴブリンなどの比較的弱い部類に入る魔物は何とかできそうだけれど、私の実力ではどうにもできないような魔物と遭遇した場合、その魔物との戦いで命を落とすかもしれない。

 そうなったときに、ニット君が一人ででも生きて行けるようにしてあげたかっただけなんだけれど。

 唐突すぎたかな?

「アテナ様と離れ離れなんて嫌だよ……」

 私だって、今すぐニット君と離れ離れになるのは嫌だ。

 独りぼっちになってしまう寂しさは誰よりもわかっているつもりだ。

 ただ、ニット君の将来を考えた上で、彼が困らないようにしてあげたかっただけなんだけれど。

「今すぐ、離れ離れになるとかそういう話しじゃないわ。ニット君がやりたいこととか興味があることを経験させてあげたかっただけよ。それがいつかニット君のためになるんじゃないかと思ったんだけれどね……」

「僕は……アテナ様と一緒にいたいよ……アテナ様と一緒にいられればそれでいいよ」

 瞳に大きな雫を溜めながら、私の顔を見上げてきていた。

「わかったわ。私も今はニット君と一緒にいたいと思っているわ。だから、そんな顔しないで」

 ニット君の頭を撫でてあげようと思ったけれど、がっしりとニット君の腕と足で私の両腕は抑え込まれているので、それができなかった。

「本当?」

「ええ、本当よ」

 私は、そっとニット君の額に唇を押し当てた。

「ほえ?」

「足を放してくれないかしら?ニット君を抱きしめられないじゃない」

 ニット君の足は、私の肘をガッシリと抑え込んでいた。

 彼の小さな身体にこんなにも強い力があったなんて、少し驚いた。

 ニット君としばらく視線が合い、見つめ合う。

 私が微笑むと、少し躊躇ためらいがちにだったけれど、彼の足から力が抜けていった。

「ごめんね。私が早計そうけい過ぎたわ」

 解放された腕で、ニット君の身体を優しく抱きしめた。

 今思ったけれど、ニット君の身体は小刻みに震えていた。

 それほどまでにショックを受けたのだと思う。

 彼に悲しい思いをさせたいわけじゃなかった。

 彼の将来ある未来を明るく照らしてあげたかっただけなんだけれど。

 私の独りがりだったのかもしれない。

 もう少し時間をかけて、彼にいろいろなことを経験させ、ともに旅をしながら世界を自らの目で見て、様々な人々の声を聞き、自分のやりたいこと興味を持ったことを見つけ出させてから考えても遅くはないのかもしれない。

 しばらく、ニット君の小さな身体を抱きしめながら、湯船の中にその身をひたしていた。



 何も語らず、ニット君は私の胸に顔をうずめたままだった。

 よく見れば、彼は小さな寝息を立てて眠っていた。

 私の背に回された腕には、まだそれなりの力が入ったままだった。

 けれど、それは簡単に振りほどくことができた。

 ニット君を起こさないように湯船から出て、脱衣場で服に着替えた。

 いつもなら、ニット君は自分で服を着てくれるのだけれど、眠ってしまったのではそれもできない。

 身体を拭いて、服を着せてあげた。

 私も服を身に着け、ほどいていた髪をいつも通りの三つ編みに結い上げる。

 三つ編みの毛先の方は小さなリボンで縛り上げておく。

 鞘に金色の柄の剣が納められた『聖剣エクスカリバー』とニット君が普段は腰に帯同している小剣ショートソードの『エアブレード』を左手に持ち、右手でニット君を脇に抱え上げた。

 そんな状態で、宿の二階の部屋へと戻っていったのだった。

「早いじゃないかい」

 普段はもう少しゆっくりと湯船に浸かっていたりするんだけれど、ニット君が眠ってしまったので着替えを優先させた。

「ニット君が眠ってしまったので」

 ベッドわきに『聖剣エクスカリバー』と『エアブレード』を立てかけてから、右手で脇に抱えていたニット君を両手で胸元に優しく抱きかえる。

 ニット君は私の胸の中でスヤスヤと寝息を立てている。

「よほど疲れていたんだねぇ~」

 セレスさんは、ニット君の寝顔を覗き込んでいた。

 可愛い寝顔だけれど、やや悲しそうな顔に見えるのは私だけであろうか。

「それもあるとは思うんですけれど……」

「んっ?他に何かあったのかい?」

「ええ……まあ……」と曖昧に答えたけれど、先ほどのお風呂場でのことを簡単にセレスさんに話した。

「なるほど……お嬢ちゃんの考えはわかるよ。ボーヤのことを思ってのことだと思うけれど……ボーヤ自身、様々な経験が足りないからねぇ~。何をしていいのか、何ができるのか、そういったことをもう少し見つけさせてからでいいと思うよ」

「やはり……そう、思いますよね?」

「焦ったところで、いい結果には結びつきはしないさ」

 ベッドの上で横になりながら、マックスさんが言った。

「ボーヤ自身が興味を持たなけりゃ、無理やりやらせても長続きはしないし、逆に嫌になっちまうことだってあるからねぇ~」

「でも、早いうちに何か目標を持たせた方がいいかなって思ったんですけれど……」

「目標なんてものは、そのうち自然と持ち始めるもんだよ。そうなったときに力を貸してやりゃあいいんだよ。それまではボーヤを見守ってやりな。お嬢ちゃん」

 セレスさんは、もっと肩の力を抜くようにと言いたげな表情でポンと軽く私の肩に手を乗せた。

「そうですね……私の考えを押し付けるのは良くないですよね」

 ニット君のためを思ってのことだけど、それは結局、私の押し付けだ。

 それでは受け入れてもらえなくて当然かもしれない。

「ボーズの気持ちは、もうわかっているはずだろう?」

「ニット君の気持ち……」

 私とともに一緒にいたい。

 私を守りたい。

 ニット君の思いは、それが強いのは知っている。

 一緒にいたいと言ってくれることはすごく嬉しい。

 私のことを守りたいと思ってくれることも嬉しい。

 けれど、私に依存しすぎではないかとも思う。

 ニット君がこの先、どんな人生を送るのかはわからない。

 せめて、彼が生きてゆくのに困らないような状況にしてあげたいとは思う。

「お嬢ちゃんと一緒にいたい。今はそれでいいじゃないかい。あたいもそんな風に言い寄られてみたいもんだけどねぇ~」

 やや羨ましげな声をセレスさんは漏らした。

「俺が耳元で囁いてやろうか?」

「遠慮しておくよ」

 マックスさんの軽口に、セレスさんは肩をすくめて断っていた。

「私と一緒にいたい……そう言ってもらえるってことは……すごく幸せなことなんですね……」

 少し当たり前に思っていた部分があった。

「ああ、そうさ。ボーヤのことを大切にしてやりな」

「もう十分に大切にしてやっていると俺は思うがな」

「いちいち、うるさいね~……あんたは」

 セレスさんは、ベッドの上で寝転がっていたマックスさんを横目で睨んでいた。

「ありがとうございます。セレスさん。マックスさん」

 二人に向かって軽く頭を下げた。

「ニット君」

 私は、胸に顔をうずめて寝息を立てているニット君をギュッと抱きしめた。

 彼の寝息と鼓動が伝わってくる。

「いい夢、見てね」

 小さく呟き、彼の額に軽く唇を当てた。

「アテナ様……」

 少しだけ嬉しそうな表情をして、ニット君が声を漏らした。

 この可愛い笑顔を私が守ってあげなければいけないと感じた瞬間だった。


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