第33話 宿屋での休息
美味しい夕飯も食べ終わったので、食休みのために宿屋の三階にある部屋へと戻ってきた。
今日、宿泊する宿屋は、いつも通りの四人部屋。
部屋の中央には簡素な丸テーブルが一つとそれを囲むように、これまた飾りっ気のない椅子が四つあるのみ。
あとは、扉を入って右側の壁側に二つベッドがあり、丸テーブルを挟んで左側には窓があってベッドが二つある。
壁側のベッドはセレスさんとマックスさんが使用し、窓側のベッドの一つを私とニット君が一緒に使用する。
一つベッドが空きになってしまうけれど、荷物を置いたりすることに使用していた。
これも、いつものことだった。
私は、いつもニット君と同じベッドで眠っている。
ニット君の体格は小さいので、私と一緒でも十分に寝られる。
ただ、ベッドはそんなに広くないので、寝返りを打つと落ちそうになる場合もあるけれど、今までずっと一緒のベッドで寝ている。
野宿する際も、二人で寄り添いながら眠りにつくので、何だか一人で眠るのは不安に駆られるというか、居心地が悪いというか。
そんな感じがしてしまい、今更別々に寝ようという考えにはならなかった。
ニット君も嫌がっている様子はないし、一緒に眠ると安心感を得られるような気がしていた。
まあ、ニット君が成長して、一つのベッドを二人で使用するのが厳しくなってきたら、別々になるかもしれないけれど。
それまでは、一緒に寝ようとは思っている。
そんな部屋の中を天井に設置された魔法石が明るく照らし出している。
明るいと言っても、本などの文字が読めるくらいの明るさなので、真昼のような明るさではない。
ちょっと薄暗さを感じるけれど、ないよりはいいくらいの明るさだ。
天井に設置された光の魔法石は、壁に据え付けられたスイッチを切り替えることで点灯させたり消灯させたりできる。
どんな仕組みなのかは詳しく知らないけれど、スイッチを入れることで魔力を蓄えている魔法石から魔力が送られ、天井の光の魔法石が光るようになっていると前にセレスさんから聞いたことがあった。
当たり前に使用していたので不思議には思わなかったけれど、よくよく考えたら不思議なことかもしれない。
魔力がない人でも、スイッチを入れるだけで明かりが点くんですもの。
不思議と言わず、なんというのか。
そんなやや薄暗さがある部屋の中。
セレスさんは、椅子に深く腰掛けて丸テーブルの上に魔導書を数冊開いて熱心に読みふけっていた。
勉強家の様で、宿屋にいる時はいつも魔導書を開いては、睨めっこをしている。
一度、魔導書を見せてもらったことがあるけれど、特殊な文字で書かれていたので私では全く読み取れなかった。
確か……古代語って言ったかしら?
大昔に使用されていた文字らしいということしか、私にはわからない。
文字の一つ一つに不思議な力が宿っているということをセレスさんに聞かされたことはあるけれど、私にはさっぱり理解できなかった。
複数の魔導書を交互に見やりながら、時折頷いたりしている。
知りたいと思ったことがあれば、調べなければ気が済まない性格なのかもしれない。
私の持つ『聖剣エクスカリバー』のことも熱心にいろいろと調べていたけれど、結局は何もわからずじまいだったので、ここ最近は剣を調べたいから協力してほしいとか言ってこなくなっていた。
諦めたわけではないと思う。
諦めたのであれば、私と一緒に行動する必要はなくなる。
『聖剣エクスカリバー』は、今のところ私しか所有できないし、私以外が持ち上げることすらできない代物だ。
無理に奪って行こうとしても、私の身体から離れた瞬間に『聖剣エクスカリバー』はとんでもない重さになってしまい、持ち去ることすらできない。
そのことを重々承知しているのでセレスさんもマックスさんも私から奪って行こうとはしなかった。
仮に私から奪っていったとしても、ある一定距離離れると『聖剣エクスカリバー』は勝手に私の元に戻ってきてしまう。
何故、戻ってくるのかは、わからない。
けれど、谷底に落としてもすぐに手元に戻ってきたことがあるので、誰かに盗まれることがあったとしても盗み損になるに違いない。
まあ、『聖剣エクスカリバー』が盗まれるといった心配はしていない。
私以外の人は持ち運べないのだから。
心配するだけ無意味だった。
だけど、この『聖剣エクスカリバー』を欲する人はいるだろう。
セレスさんとマックスさんに出会う前には、何人かの人に譲ってほしいと声を掛けられたことはあった。
その時は、聖剣を抜くことができた直後だったし、突き刺さって誰にも抜けなかったこの『聖剣エクスカリバー』を私が引き抜く姿をその場で見ていた人がいたから、その人たちに声を掛けられていたと思う。
すでに聖剣が長い間突き刺さっていた『聖剣の街ブレーディア』は遥か遠くの場所になっている。
長い距離を旅してきたんだと思い返すと懐かしくも感じる。
セレスさんとマックスさんが力を貸してくれなかったら、こんなところまで旅はできなかったと思う。
だから、二人にはいつも感謝している。
そのマックスさんは、今は荷物の整理をしていた。
「セレス、医薬品と携帯食料を補充しておいた方がよさそうだな」
「そうかい。なら、明日街を出る前に買って補充をしとこうじゃないかい」
「ああ、そうしておいた方が安心だからな」
空いているベッドの上は、マックスさんが広げた荷物でごった返していた。
いつもは、背中に背負っている大剣の『ドラゴンバスター』の手入れをしていることが多い。
ドラゴンの硬質な鱗を紙のように斬り裂ける剣だという。
これまで、ドラゴンと戦ったことがないので、その雄姿を拝んだことはない。
もしもドラゴンと戦うことがあったら、お任せしたい。
私はドラゴンとなんて戦えない。
怖くて震えてしまい、良くて逃げ出せるか、悪くてその場から動けなくなってしまうかのどちらかだと思う。
大きな魔物との戦いは、いまだに怖い。
小鬼や犬人などの体格の小さな魔物とは何度も戦ったので、ある程度慣れたと思う。
でも、戦いは苦手かもしれない。
それでも戦わなければならないときは、『聖剣エクスカリバー』を握りしめて私は力の限り戦うつもりでいる。
守りたいものがあるから。
そう。
それは……。
「ほぇ?どうしたの?アテナ様?」
私の視線に気づいたようで、ニット君が小首を傾げながら尋ねてきた。
彼は、宿屋にいる時は窓から外を眺めていることがある。
街路を行き交う人々や街の喧騒などに興味があるみたい。
「今日は、何が見えるのかしら?」
ベッドとベッドの間にある窓のそばに椅子を置いて、その上に立ちながら窓の外を眺めるニット君に尋ねる。
「この街、いっぱい石像があるよ」
窓の外を指さしている。
「どこにあるのかな?」
ベッドに腰かけていた私は、ふわりとお尻を持ち上げて立ち上がり、彼のそばに歩み寄った。
同じ窓から外の景色を見下ろす。
宿屋のそばにはかなり広い広場があり、その広場では露店が所狭しと並び、人々が行列を作っていた。
美味しそうな匂いが漂ってくる。
先ほど夕飯を食べたばかりだけれど、お腹が鳴ってしまいそう。
「あそこと……あそこと……あっちにもあるよ」
ニット君が指を指して、見つけた石像を教えてくれる。
石像の手には松明の明かりが灯されている。
街中に不規則に設置されているみたい。
「ほんとだわ。たくさんあるわね。よく見つけたわね」
彼の頭を優しく撫でる。
「えへへ」
嬉しそうな笑顔を見せてくれた。
「今日も歩き疲れたし、お風呂に入ってゆっくりしようかな?」
「うん、お風呂行く」
今日は日差しが強かったし、汗もいっぱいかいた。
この街へ辿り着くために頑張って歩いた。
お風呂に入って、その疲れを癒したい。
「じゃあ、行きましょう」
私がそう言うと「うん」と元気よく返事して、ニット君は椅子からピョンと飛び降りた。
椅子の上には裸足で乗っていたので、慌てて靴を履いている。
「慌てなくていいわよ」
私は窓を閉めて鍵を掛ける。
街の外の喧騒は、それだけでシャットアウトできた。
靴を履き終えたニット君は、トテトテとドアの方へと駆けて行った。
「アテナ様、早く。早く」
ニット君が手招きしている。
街を目指して歩いているときは、結構大変そうな様子だったけれど、そんなこと微塵にも感じさせない元気っぷりだった。
美味しいご飯を食べたから、元気が戻ったのかもね。
「今、行くわよ」
彼にそう声を掛け「セレスさん、マックスさん、ニット君と一緒にお風呂に行ってきますね」と告げる。
「ああ、ゆっくり行っといで」
セレスさんは、魔導書から目を離さずに、そう言っていた。
「女湯に入れるボーズが、うらやましいぜ」
マックスさんが小声でそんなことを言っていたのが聞こえたけれど、私は聞かなかったことにしてドアの前で待つニット君の元へと歩いて行った。
「阿保なこと言ってんじゃないよ」
セレスさんは、丸テーブルの上に置いてあった陶器のカップをマックスさんに向かって投げつけていた。
「おっと、あぶねーなぁ~」
本気で投げたわけではないと思う。
マックスさんは、そのカップを両手でナイスキャッチしていた。
そんなやり取りを横目にしながら、私とニット君は部屋を後にした。
セレスさんとマックスさんの仲は良いみたいね。
私とニット君みたい。
ふふふ。




