第32話 仲良しな二人
「う~ん……このお肉、すごく美味しいわ」
一口大に切り分けたお肉を口に入れて、噛めば噛むほど旨味が溢れ出すお肉の美味しさに舌鼓を打つ。
私が注文した掌大サイズの牛ステーキは、熱々の鉄板皿の上でジュゥゥゥゥゥ……と美味しそうな音を立てながら、香ばしい香りを周囲に放っていた。
デミグラスソースが合う。
もう一口食べようとステーキにナイフを入れていると、私の横の椅子に座るニット君がうらやましそうに見つめながら喉を鳴らしていた。
ニット君は、俵ハンバーグを注文していて、すでに半分ほど食べている。
「フフフ……はい、お口開けて」
一口大に切り分けたステーキ肉をフォークに突き刺して、ニット君の口元へと運ぶ。
彼は、恐る恐る口を開けていた。
そのお口目掛けて、お肉が突き刺さったフォークを近づけていった。
パクッとまるでお魚のように食いついた。
「もぐもぐもぐ……美味しい!」
じっくりと味わったのちに、ニット君は大きな声を上げていた。
よほど美味しかったみたい。
歓喜に身を震わせていた。
「美味しかった?」
私が尋ねると「うん」と物欲しそうな顔で私のお皿のお肉を眺めていた。
「はい、お口あ~んして」
再び切り分けたお肉をフォークに突き刺し、彼の口元へと運んでいくと先ほどと同じように食いついていた。
「アテナ様と同じお肉にすればよかったな~」
そんなことを漏らしている。
「あら?そのハンバーグ、美味しくないの?」
「美味しいけど、アテナ様のお肉の方が美味しい気がする」
「ふふふ……隣の芝生は青く見えるっていうことね」
「ほえ?」
ニット君は意味が分からなかったみたいで、首を傾げていた。
「人の物の方が自分の物よりも、より良く見えるっていうことわざだねぇ~」
サイコロステーキを頬張りながら、セレスさんが口を挟んできた。
「まさに今のニット君の状況のことよ。自分が頼んだハンバーグよりも私が頼んだお肉の方が美味しそうに見えるっていう状況ね」
「でも、本当に美味しいんだもん」
「じゃあ、交換する?」
私が尋ねると、ニット君は私のお肉と自分が食べていたハンバーグを交互に見やり、悩んでいる様子だった。
「う~ん……もっ……もう一口だけ欲しいかな?」
悩んだ末に、控えめに上目遣いでそう言ってきた。
「ふふふ……はい、もう一口」
私は、手元のお肉をナイフで大きめに切り分けるとフォークに突き刺してニット君の口元へと運んであげた。
「おっ……大きいね」
ちょっと遠慮がちに言うけれど、目は早く欲しそうに輝いていた。
「はい、あ~ん」
「あ~ん、パクっ」
ニット君はお肉に食いつくと嬉しそうに、噛みしめながら味わっていた。
いつの頃からか、ニット君はお肉が大好きになっていた。
お肉の時は嬉しそうに食べるけれど、お野菜は苦手みたい。
食べれないわけではないけれど、私に促されて渋々食べることはある。
まあ、私も無理やりに食べさせるつもりはないけれど、出来るだけ好き嫌いなくお野菜も食べてほしいとは思っている。
お肉ばかりでは栄養も偏るし、健康的ではないからだ。
「サラダも食べようね」
ハンバーグの付け合わせとしてお皿にのっているほうれんそうのお浸しと茹でた人参とそぎ落としたコーンを食べるように促した。
「うっ……お野菜……」
一瞬だけ嫌そうな表情を見せた。
「お野菜も美味しいわよ」
お皿にのっていたキャベツの千切りを私は頬張って見せた。
ニンジンをフォークでツンツン突いて弄んだ後、意を決したようにフォークで突き刺してニット君は口に入れていた。
すぐにハンバーグを追加でお口に投入して、飲み込んでいた。
「そんなにお野菜苦手なの?」
「うん……苦手かも……」
「でも、お皿にのっているお野菜の量は少ないから食べられそうじゃない?それにコーンだったら甘くて美味しいと思うわよ」
私の指摘に、ニット君はフォークで黄色い粒のコーンを一粒だけ突き刺していた。
恐る恐る口に運んでいく。
「どう?」
「あう?これ、甘い」
先ほどの人参とは違った反応を見せた。
「美味しいでしょう?」
「うん、これなら食べられるかも」
もう一粒フォークに突き刺して食べてみる。
「これ、美味しいかも」
コーンを次々にフォークに突き刺してパクパクと食べている。
苦手だと思いながら食べているから、美味しいものも美味しくないと感じてしまっているだけだと思う。
「お野菜って、美味しいものなのよ。ほうれん草も食べてごらん」
コーンをすべて平らげてしまったので、残っているのは二口ほどのハンバーグとほうれんそうのお浸しだけだ。
ニット君は、ブスリとお浸しにフォークを突き刺した。
一口で食べるつもりみたい。
ニット君のお口ではちょっとだけ量が多そうだけれど、大丈夫かしら?
ほうれんそうのお浸しをパクリと口に放り込んだニット君の表情が見る間に青くなっていく。
「うっ……これは、甘くない……」
半泣きになりながらも、口を動かして何とか飲み込もうとしているようだった。
さすがにお口いっぱいのため、ハンバーグを投入して味をごまかすという方法はできなかったようだ。
何とか飲み込み、大慌てでハンバーグを口に放り込んでいた。
口直しのハンバーグは、噛みしめながら味わっていた。
「どう?お野菜は美味しかった?」
意地悪く、私は彼に尋ねてみた。
「コーンって言うのは美味しかったけれど、それ以外はダメかもしれない……」
最後のハンバーグを頬張りながら、答えてくれた。
少量のお野菜たちだったけれど、しっかりと食べてくれた。
なので。
「でも、お野菜しっかりと食べれてえらいわよ」
ニット君の頭を撫でながら、彼の頑張りを褒めてあげた。
大した頑張りではないかもしれないけれど、苦手なものを食べたのだから、そこはちゃんと評価してあげたい。
「えへへへ……」
私に褒められたのが嬉しかったのか、ニット君は嬉しそうにしていた。
「頑張ったニット君には、ご褒美よ」
私は、自分が食べていたステーキを切り分け、彼の皿に少しだけ分けてあげた。
「いいの?」
「ええ、食べていいのよ」
「わーい、ありがとうアテナ様」
ニット君は早速、お肉に食いついていた。
こんな感じの私とニット君のやり取りを見つめながら、セレスさんとマックスさんが微笑ましそうにしていた。




