外伝2 アマゾネスの村 ①
「ほぇ~。アテナ様、見て、見て。おっきい街が見えるよ」
山を登りきり、その頂から眼下を眺めるニット君のはしゃいだ声が聞こえる。
「あら、本当。凄く大きな街みたいね」
見下ろせば、眼下に広がるのは広大な森。
鬱蒼と茂る木々の緑が眩しく映った。
大きな川が、その森を引き裂くように流れを作っている。
川は途中で二本に分岐し、その分岐点近くに壁に囲まれた大きな街があった。
「どこまでも続く木の絨毯かい?」
「緑豊かと言えば聞こえはいいが、魔物も住みつきやすいからな」
私とニット君の後からやってきたセレスさんとマックスさんが眼下を見下ろして目ざとく周辺を見渡していた。
「森の中から煙のようなものが上がっているのが見えますけど、火事でしょうか?」
街からある程度離れた場所の木々が密集する中からか細い煙が三つ、四つほど立ち上っている。
「村があるのかもしれないな」
額に手を当ててマックスさんが目を細めていた。
森が深くて村のような小さな存在は、ここからでは確認できなかった。
「僕たちがこれから行くのは、あの大きな街なの?」
ニット君は、壁に囲まれた街を指さした。
「今のところ、目指すのはあの街でいいだろうねぇ~」
他にめぼしいものは見当たらない。
さらに遠くに街のようなものが朧気に見えるけれど、あんなにも先の街を目指すよりかは近場の街に立ち寄って食料の補充などができればしておきたい。
それに旅をするには、路銀が必要になる。
いつもセレスさんとマックスさんに甘えてばかりはいられない。
私も冒険者の一人として、自分の力でお金を稼げるようにならなくては、とも思っている。
「あと数日は野宿が続きそうだな」
目指す街への距離を考えれば、そのくらいかかりそうだった。
「じゃあ、頑張って歩かなきゃだね」
やる気を漲らせるかのようにニット君は鼻息を荒くした。
「そうね。頑張って歩きましょう」
ニット君の頭に手を乗せた時、ふと思った。
「ニット君?ちょっと髪の毛長くなってきたわね?」
日々、彼のことを見ているからそんなにも気にならなかったけれど、後ろ髪が肩よりもやや下に延びている。
「そうかな?」
ニット君自身、あまり気にしていない様子だった。
「ちょっと待っててね」
私は背負い袋から短めの紐を取り出した。
後ろの髪が野暮ったく見えたので、まとめて縛ってあげた。
短いけれど、お馬さんの尻尾みたい。
「あら、可愛い。髪を縛ったらニット君、女の子みたいよ」
パッと見は女の子のように見えたので、私は素直な感想を漏らした。
「あう~……女の子?」
ニット君は、ちょっと複雑な表情をしていた。
「どれどれ、そうだねぇ~。スカートを履けば、女の子と言っても十分見分けがつかないかもねぇ~」
セレスさんの言葉に、マックスさんは忍び笑いを漏らしている。
「僕、男の子なのに……」
唇を尖らせて、ニット君はやや不満そうに小さな呟きを漏らしていた。
けれど、可愛いのは間違いない。
「可愛い~、ニット君。私は、良いと思うけどなぁ~」
私が彼の小さな身体を抱き寄せて強く抱きしめると、「アテナ様が、そう言うならいいかなぁ~」とも呟いていた。
本当に女の子っぽくて可愛らしかった。
山を下り、森の中の街道をひたすら進むこと数日。
私たちは、山の頂から見下ろした時に見えた街に辿り着いた。
非常に強固で高い城壁に守られた城塞都市ともいえるほど大きな街だった。
街全体をぐるりと囲む城壁の所々には、魔物などの監視を行うためなのか塔が立ち並び、警備のための兵士が何人も確認できた。
「凄く大きな街の様ですね」
山の頂から見えた時から大きいとは思ったけれど、近づいてみるとより大きいことが感じられた。
「これだけ頑丈な壁で街を覆って守っているわけだから、それなりの強さの魔物が生息しているってことだろうねぇ~」
確かに、こんなにも厳重な警戒を行っているからには、セレスさんの言う通り凶悪な魔物が現れることがあるのかもしれない。
でも、私たちがこの街に辿り着くまでに出会った魔物と言えば、いたずら者の小鬼や犬顔の小人くらいだった。
恐れるほど凶悪な魔物ではないけれど、数がそれなりにまとまると厄介な存在ではある。
「警戒するのは、魔物だけじゃあないかもしれんがな」
意味深な言葉をマックスさんが吐いた。
「それって人間同士の争いがあるってことですか?」
「その可能性があるって話だ」
「魔物相手だけに、ここまで強固にする必要はなさそうだからねぇ~」
周囲の木々よりもはるかに高くそびえる城壁を見上げながら、セレスさんは壁に手を触れていた。
経年劣化なのか、はたまた争いによって損傷したのかはわからないけれど、新しく補強されたような跡があり、しっかりと修繕がなされ、監理されているようだった。
「とりあえず、街の中に入ろうじゃないかい。冒険者ギルドに行って、この街や周辺の情報集めをまずはしようじゃないかい」
新しい土地では何が起きるかわからないし、私たちにとっては未知の魔物が生息している場合もある。
だから、冒険者ギルドで情報を仕入れておくことは重要だとセレスさんには教わっていた。
「ニット君、街の中へ入りましょう」
高い壁を見上げてポカーンと口を開けているニット君に向けて手を伸ばす。
ニット君もこんなにも大きな街を目の当たりにするのは初めてなのかもしれない。
「うん」
短く返事をし、彼は私の手を両手で握ると、そのまま共に街の中へと入っていった。
城壁の中は、至って普通だった。
普通というのは、他の街とそんなに遜色はない感じに見えた。
しっかりと区画分けされ、木造の建築物が多く目に入った。
中には、レンガ造りのお洒落なというか、奇抜なというか、非常に目を引くような建物もあった。
お金持ちの人の家なのだろうか?
とても大きくて、異彩を放っているような印象を私は受けた。
「かなり昔からある街なんだろうねぇ~」
街中を見回しながら、セレスさんが呟きを漏らしていた。
「だろうな?向こうにも壁があるし、増築して大きくしていったっぽいな」
見れば、城壁の内部にも壁が作られていた。
その壁は、非常に古いような感じにも見えた。
「どういうことですか?」
「元々、小さな町だったんだろうねぇ~。その街を壁で囲っていたけれど、人口が増えて壁の外に街を増築し、さらに壁を築いた。それでもさらに壁の外に街を作って行って、さらにその外に壁が作られたって感じかねぇ~」
「つまり、街があって、壁があって、さらに街があって壁があってって感じで何層にも壁で覆われた街ってことですか?」
「見た感じは、そんな気がするねぇ~」
街の内側の壁は、大外の壁と比べると古そうな感じにも見えた。
ちょっとした巨大迷路のような感じの街みたい。
「迷子にならないように気をつけろよ」
マックスさんに言われ、ニット君は私の手を力強く握る。
人通りもそこそこあり、手を放してしまったらすぐにでも離れ離れになってしまいそうだった。
「ニット君」
私はニット君の身体をひょいッと抱き上げた。
「こっちの方が、迷子になりにくいわよね」
「うん。そうだね」
ニット君は私の耳元で囁き、私の背に手を回して抱きついてきた。
おっと、そんなことをしていたらセレスさんとマックスさんを見失ってしまうところだった。
私は慌てて、足早に二人のそばへと駆け寄った。
「冒険者ギルドは、あれのようだねぇ~」
今まで見たことのない一風変わった形の建物をした冒険者ギルドだった。
三角屋根で、建物の周囲には巨大な柱が何本も立ち、まるで神様を祭るための神殿を思わせるような造りの建物だった。
「凄い建物ですね?」
「でっかいね?」
私とニット君は、冒険者ギルドの建物を眺めながら、その大きさに口を開けたまま呆けてしまっていた。
「非常に古い建物のようだねぇ~」
「何度も修復されたような跡があるな」
確かに古い建物のように見える。
立ち並ぶ柱には亀裂が入り、崩れかけたところを補修したような跡がみられる。
壁も同じように修復を何度も繰り返しているのだろう。
古い壁と新しく修復した壁で色が違っていた。
古い壁は、長年にわたって受けた陽の光によって変色し、雨風で浸食されて脆くなっていたようだった。
それでも、荘厳な雰囲気を湛えたこの建物は、とても立派な佇まいだった。
冒険者ギルドの戸を押し開いて中へと入っていく。
中に入って一番に目を引いたのは、女神像のようなものの存在だった。
とても大きく、石を削りだして作ったようなものが二体左右に並んで立っていた。
「何の女神像なんでしょうか?」
五メートルくらいはあると思う。
見上げる私は、再び口を開けたまましばらく呆けてしまっていた。
ニット君もその女神像の大きさと美しさに見惚れているかのようだった。
「元々何かの神を祭る神殿だったのかもしれないねぇ~」
「それを冒険者ギルドにしたのか?罰当たりだな?」
もしも神様を祭っていた神殿であるならば、マックスさんの言う通り罰当たりかもしれない。
「くっくっくっ……罰当たりなもんかい。すでに神は死に絶えて存在していないんだから、関係ないだろうに……」
セレスさんは嘲笑を漏らしていた。
数百年も前に、神様という存在はこの世から姿を消してしまったらしい。
魔法大国マジックワンドという、魔法文明を極めた超大国は、人間が神様になる研究をしていたという。
その時に、たまたま生み出してしまった存在があった。
『魔人』という悪の存在だった。
神でもない、人でもない、邪悪なる魔の存在。
それが魔人というものらしい。
その魔人は、『魔人デスゲイザー』と名乗り、魔物の大軍団を引き連れて大暴れしたとか。
その横暴ぶりに怒りを抱いた神様……のちに剣と慈愛の女神と呼ばれることになる『ブレーディア』という名の女神様は、神様の軍勢を引き連れて戦いを挑んだ。
神様たちは苦戦を強いられたけれど、何とか『魔人デスゲイザー』を魔法大国マジックワンドに叩き落とし、残った神様たちは命を懸けて何重にも張り巡らせた結界で封じ込めて、魔法大国ごと海の底深くに沈めてしまったらしい。
この戦いは、のちに『魔神大戦』と呼ばれることとなり、この時に神様たちは滅んでしまった。
そう伝えられている。
すでに数百年の年月が立っているので、それが本当なのか嘘なのかは誰にもわからない。
けれど、神様たちが使用していた武具などが世界各地に残されているらしい。
かくいう私の持つ長剣も『剣と慈愛の女神ブレーディア』が愛用していた剣である。
金色の柄に真紅の宝石が埋め込まれた白銀に煌めく刃を持つこの剣は、『聖剣エクスカリバー』と呼ばれ、女神が使用していたそうだ。
実際にその剣がある。
だから、神様は存在していた証明にはなるのかもしれないけれど、全て死に絶えてしまったかどうかはわからない。
ただ、そう言い伝えられているだけだからだ。
その存在を確認しようとしても、確認のしようがない。
セレスさんは、その言い伝えの通りに神様は存在していないと考えているみたいだった。
私は……そんなこと気にしたこともなかった。
神様というものを身近に感じたこともなかったので、どちらでもない。
ただ、この『聖剣エクスカリバー』を手にするたびに、『女神ブレーディア』は存在していたのではないかと感じることはある。
とても不思議な剣だから。
神様が作ったとされる方が、ロマンチックな気がするから。
「とりあえず、情報収集といこうかい」
巨大な二体の女神像に圧倒されている私とニット君の背を押しながら、セレスさんはギルドのカウンターへと向かって行く。
「初めて見る顔ね?」
冒険者ギルドのカウンターにいた女性が、私たちを見るなりそう声を掛けてきた。
「そりゃそうだよ。今、この街に辿り着いたばかりだからねぇ~」
「そうですか。レイヤードウォールの街にようこそお越しくださいました。私はこの街のギルド職員のプリシェラ・プルシエッタと申します。ご用件をお伺いいたします」
金色の長い髪を無造作に垂らし、やや垂れ目の大きな瞳を優し気に細め、彼女は微笑んだ。
二十代半ばくらいの大人の女性だ。
「この街周辺に生息している魔物の情報が欲しいのと何かいい仕事があれば引き受けたいんだけれどねぇ~」
「魔物の情報ですか?」
プリシェラさんは、手元にある紙の束をいろいろとめくりながら、素早く情報を集めていく。
「え~と……この街周辺で数多く討伐依頼があるのは、小鬼ですね。その次が豚鼻人で……時々、人食い鬼の討伐依頼がある程度ですね」
「大した魔物じゃないな」
マックスさんが、腕組みをしながら呟いた。
小鬼は、子供のような体格をした魔物だ。
一匹一匹の力はそんなに強くないけれど、集団になるとその危険度は増す。
やや臆病な一面を持ってはいるけれど、狡賢く、数がそれなりに集まると大胆な行動をし出す。
いたずら好きな性格もあり、家畜などを襲い、田畑を荒らし、人に襲い掛かることもしばしばあり、討伐依頼はどこの街でもあるようだ。
豚鼻人は、とても好戦的で縄張り意識の強い魔物だ。
縄張りに入り込んだ者には容赦なく襲い掛かる。
知能はそれほど高くないらしいけれど、単体でもそれなりの強さを持つ。
豚のような頭部をした魔物で、ややお腹が弛んでいるのが特徴的である。
足が短いので、動きは遅いけれど、腕力はそこそこある。
五、六匹で群れを成していることが多い。
人食い鬼は、頭部に一本から三本の角を持つ大柄な体格をした魔物で、非常に凶暴で残忍な性格をしている。
筋骨隆々で、知能もそれなりに高い。
非情に厄介なのは、強靭な肉体を持ち、腕力が強いのと武器を扱うことだ。
冒険者を返り討ちにしてその武器を奪って扱ったりするので、私やニット君のようなDランクというランクの低い冒険者にとっては太刀打ちできない相手である。
ゴブリン以外は、結構危険な魔物のような気がするんですけれど。
マックスさんにとっては、どれも大した魔物ではないようだ。
私とニット君では苦戦は必至かもしれない。
「なるほどねぇ~。何か金になりそうな仕事はないかい?」
「う~ん……そうですね……」
再び、手元の紙切れをめくりながら、プリシェラさんは確認をしてくれた。
「魔物の討伐がいいですか?」
「魔物の討伐以外は何があるんだい?」
「え~とですね……女性限定ですけれど、医薬品の購入というものがあります」
「医薬品の購入?」
私は首を傾げた。
医薬品を買ってくるだけのお仕事ってこと?
簡単そうな内容だけれど、なぜ女性限定なんだろうか?
「女性限定って、どういうことだい?」
セレスさんも同じように疑問に思ったみたいだった。
「はい、この医薬品は、『アマゾネス』という名の村にしか売っていないですよ。それで、そのアマゾネスの村は女性しか住んでいないので、男性は立ち入り禁止なんです」
「はっ?女しか住んでいない村?」
「男性は、立ち入り禁止?」
私とセレスさんは、顔を見合わせていた。
「詳しいことはわからないんですけれど、『アマゾネスの村』は女性しか入れないんですよ。女性たちだけで村を作って、すでに何年も暮らしているんです。村に押し入ろうとした男性が何人もいたんですけれど、村に住む武装した女性たちに容赦なく殺されたそうです。だから、女性限定の依頼なんですよ」
依頼書をカウンターに差し出してきたので、覗き込んだ。
「ほぅ~。指定された医薬品を買ってくれば、いいだけかい。なかなかいい報奨金だねぇ~。それに指定された数量以上に購入した場合は医薬品一本につき報奨金の増額とはねぇ~」
セレスさんは、何だかやる気満々みたいだった。
「良いじゃないかい。こいつをあたいとお嬢ちゃんで引き受けようじゃないかい」
「はい?私も引き受けるんですか?」
突然のことに困惑する私。
「女しかその村には入れないってんだから、あたいとお嬢ちゃんの二人で行くしかないだろう?」
「でも、私に出来ることってありますか?」
「医薬品の運搬を手伝ってもらうつもりさ。あたい一人で購入して持ってくるよりも、お嬢ちゃんと二人で購入して持ってくれば、二倍の量が運べるだろう?」
「まあ、そうですね」
「ここに指定した数量を超えた場合は、一本につき増額ってあるからねぇ~。できる限りたくさん持って帰って来たいじゃないかい」
セレスさんが依頼書を指さしているところを覗き込む。
確かに報奨金が増額される旨が明記されていた。
「難しい仕事じゃあないし、これだけ破格の報奨金が出るならやるべきだろう?」
「はっ……はあ……確かに魅力的な報奨金額ですね」
Dランクの私からしたら、かなりの大金になる。
旅をしていると食料品を購入したり、宿屋に泊まったりと何かとお金が必要になってくる場面がある。
私の持つお金は、やや心もとない額になっている。
私でもできそうなので、やるべきかな?
「よし、決めた。あたいとこのお嬢ちゃんの二人でこの依頼を受けるよ」
決めきれず迷っている私をよそに、セレスさんは勝手にこの依頼を二つ返事で引き受けてしまった。
暫く外伝パートが続く予定です。外伝は本編を補足したり、本編とは時間軸がやや前後したりするものになります。その点は、ご了承ください。




