第28話 ニット覚醒
新たに現れた三匹目の虎頭人の爪がボーヤに向かって振り下ろされる。
「このぉ~」
ボーヤは、寸でのところで『エアブレード』を正面に構えた状態で虎頭人の方へ身体を向けた。
鈍く死の光をまとった鋭利な爪は、『エアブレード』に接触する寸前で堰き止められた。
『エアブレード』を正面に構えた状態で攻撃を受けた際に、風の壁が発生して魔法攻撃や物理攻撃を弾き返してくれることは今までの経験で確認済みだった。
今回も例外に漏れず、虎頭人の爪は風の壁に阻まれてボーヤには届かない。
そのまま、はじき返していた。
二、三歩とたたらを踏んで後退る虎頭人は何が起きたのかわからず、不思議そうな表情をしていた。
そりゃそうだろうねぇ~。
自分の攻撃が剣に触れることもなく弾かれたら、驚くはずだよ。
「いいぞ、ボーズ。その調子だ。こいつは俺に任せろ」
ボーヤに攻撃を放った虎頭人にマックスは駆け寄り、幅広の大剣……『ドラゴンバスター』を叩きつけるように振り回した。
軽やかな身のこなしで跳躍して、虎頭人は躱す。
だが、マックスはそれは予想済み……いや、ボーヤから距離を離すために放った攻撃なのだから、狙い通りだろうねぇ~。
そのまま追撃のために追いすがっていく。
幅広な大剣の攻撃範囲は広い。
対して、虎頭人の爪は短く、接近しなければ致命傷は当てられない。
マックスに分があるように見えるけれど、虎頭人の身体能力はかなり高い。
特に脚力と腕力は強く、マックスの攻撃を躱した跳躍力は侮れないし、太く強靭な腕から繰り出す一撃は重く、受け止めることはなかなかできない。
特に爪は鋭利で切れ味鋭い。
下手に身体に受ければ、肉を抉られ重傷を負うことだってあり得る。
「どりゃあぁぁぁ」
長い攻撃範囲を利用してやや遠くから『ドラゴンバスター』を横へと薙ぎ払う。
再び跳躍でそれを躱して見せる虎頭人の身のこなしは、まるで猿の様だった。
「全く、ちょこまかと飛び跳ねやがって」
鋭い目つきで虎頭を睨みつけて、マックスは『ドラゴンバスター』を構えなおしていた。
マックスと虎頭人がやり合っているころ。
ボーヤは、あたいの言いつけ通りに黒い三つ編みのお嬢ちゃんの前に立ち、小剣……『エアブレード』を身体の真正面に構えて守りの姿勢を貫いていた。
ボーヤが放った風の刃で右腕を切り落とされた虎頭人は、憎悪と殺意をみなぎらせた双眸をぎらつかせ、ボーヤを睨みつけていた。
口惜し気に口元を歪めて、「グルルルルル」と獣の唸り声を喉奥から漏らしている。
肘から先の失われた腕が痛むようだねぇ~。
時折、苦痛に顔を顰めていた。
赤黒い流血が滴り落ちて、虎頭人の足元付近の地面をどす黒く染め上げている。
「ニット君、無理はしないで」
お嬢ちゃんが、心配そうな声を掛けている。
「大丈夫だよ、アテナ様。僕が絶対にアテナ様を守るから」
勇ましいことを言うようになったねぇ~と、あたいは感心していた。
口先だけではなく、実際に今はお嬢ちゃんのことをきちんと守ってみせている。
あたいもそんなことを言われてみたいもんだよねぇ~。
「ガァァァァァァ」
咆哮を上げ、虎頭人は地を強く蹴ってボーヤへと飛び掛かっていく。
強靭な脚力は、虎頭人の巨体を一気に加速させ、一陣の風となってボーヤへと迫る。
「ニット君」
お嬢ちゃんが悲鳴にも似た声を上げる。
ボーヤは冷静に、迫る虎頭人を真正面に捉えるように身体を少しずらす。
猛烈な勢いで突っ込んできた虎頭人は、ボーヤに接触することはなかった。
構えた『エアブレード』の手前で発生した風の壁に阻まれ、受け止められていた。
それだけじゃあない。
突進した威力が半端なかったんだろうねぇ~。
反発するように弾き飛ばされていた。
ゴロゴロと地面を転がる姿は、猫が転がって遊んでいるように見えて滑稽だったねぇ~。
「グルルルルル」
何故、ボーヤに近づけないのか?
何故、弾き飛ばされたのか?
虎頭人は、少ない脳みそをフル回転させているようにも見えた。
獣風情に分かるはずなんかないのにねぇ~。
虎頭人は身を起こすと、その場をうろうろと歩き始めた。
どう攻めればいいのか考えあぐねている様子だった。
ボーヤは、『エアブレード』を構えた姿勢のまま、虎頭人の動きに合わせて身体の向きを微調整して真正面に捉えるように動いていた。
ボーヤに疲れや魔力を使い果たしたような兆候は見られない。
その調子でお嬢ちゃんをしっかりと守りな。
ボーヤが守りに徹してお嬢ちゃんを守っている横では、マックスの放った『ドラゴンバスター』の刃が虎頭人の身体にいくつもの傷跡をつけていた。
マックスと対峙しているこの虎頭人は、腰にぼろ布をまとっているだけだった。
鋼鉄製の鎧を身に着けていない分、身軽というわけかねぇ~。
『ドラゴンバスター』の凶刃を紙一重で躱していた。
恐るべき身体能力と野生の感で避けているような感じだねぇ~。
縦横無尽に振るわれる『ドラゴンバスター』の剣筋をかいくぐり、虎頭人が一歩、二歩と前に出た。
マックスの懐に潜り込んで、鋭い爪を下から掬い上げるように振るいやがった。
『ドラゴンバスター』を叩きつけるようにして迎撃する。
だが、極太の腕から放たれる一撃は、『ドラゴンバスター』を弾き上げた。
マックスの胴がガラ空きになる。
「舐めるな」
すかさず、右足で虎頭人の胸元に蹴りをぶち込み、その反動で後ろへと飛んで距離を取る。
虎頭人の爪がマックスの胸の鎧を掠ったようで、傷がついていた。
もう少し遅ければ、いや、鎧がなければ胸元を引き裂かれていたかもしれない。
「油断大敵だな」
『ドラゴンバスター』を握りなおし、構えて虎頭人を睨みつける。
虎頭人も体勢を低くして、マックスを睨み返していた。
「お前とこれ以上遊んでなんかいられないんだよ」
脱兎のごとくマックスは飛び出していく。
一気に距離を縮め、最速で剣撃を叩きこんでいく。
虎頭人は、強靭な脚力を発揮し、マックスの頭上を飛び越えて躱していった。
「しまった!」
虎頭人は、マックスを狙っていたわけじゃないようだねぇ~。
その後ろにいたお嬢ちゃん達に狙いをつけていたみたいだった。
だから、マックスの頭上を飛び越えていったんだろうねぇ~。
ボーヤは、ウロウロと動き回る片腕の虎頭人の動きを注視して意識を集中していたため、迫りくるもう一匹の動きには気づいていないようだった。
だけど、お嬢ちゃんがそれに気づいた。
「ニット君」
咄嗟の行動だったに違いないねぇ~。
お嬢ちゃんは、迫りくる虎頭人に対して飛び出していた。
女神が作ったとされる白銀に輝く刀身と金色の柄を持つ美しき長剣……『聖剣エクスカリバー』を振り上げて叩きつけるように振るっていた。
お嬢ちゃんの細腕で放った一撃は、全くの無力だった。
あっさりと虎頭人の剛腕で弾き飛ばされていた。
「きゃあ!」
悲鳴を上げてお嬢ちゃんの細い身体は、枯れ枝のように放り上げられて地面に倒れこんでいた。
血飛沫が宙を舞い、ボーヤがその光景を目の当たりにする。
「アテナ様ぁぁぁぁぁ」
ボーヤの絶叫が木霊する。
片腕の虎頭人は好機とばかりに距離を詰めてボーヤへと飛び掛かっていった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
怒りの叫びか、悲しみの叫びかはわからない。
ボーヤのその叫びに呼応するかのように、足元から風が渦を巻き、地面から垂直に立ち上った。
猛烈な風がボーヤを中心に巻き起こる。
飛び掛かっていった片腕の虎頭人は、立ち上る風の渦に激突して木の葉のようにあっさりと弾き飛ばされて、地面から生え出る一本の木の幹に激突していた。
何が起きたんだい?
ものすごい魔力がボーヤから発せられている。
凄いなんてもんじゃあないよ。
あたいの魔力以上の強い波動を感じる。
まさか、お嬢ちゃんを傷つけられたことに逆上して暴走しているんじゃないよねぇ~。
こんなにも膨大な魔力を一気に放出なんかしたら、下手すりゃ、魔力を使い果たして死んじまうことだってあるのに。
「ボーヤ、やめな。魔力を使いすぎだよ」
あたいの決死の叫びも、どうやら耳には届いていないようだった。
「お前らを許さないぞぉぉぉぉぉぉ」
ボーヤの叫びに応じて、風の渦はその大きさ広げ、回転速度が増していく。
地面に倒れ伏すお嬢ちゃんを守るかのように、風の渦はボーヤとお嬢ちゃんを包み込んでいく。
もしかして、元々あたいよりも強大な魔力を持っていたってことかい?
お嬢ちゃんを傷つけられた怒りで、その眠っていた魔力が解放されたとか?
そう考えないと、この魔力量は納得いかない。
元々、ボーヤの体内に内包していた魔力が解放されたとなれば、これはすごい事だった。
このボーヤは、とんでもない精霊使いになれるんじゃないかとあたいは思っちまったよ。
「許さない!」
ボーヤは『エアブレード』を力の限り振り回していた。
今までに見たこともないくらいの巨大な風の刃が生み出された。
それも一つや二つどころじゃない。
二十……いや、三十くらいあるんじゃないかい。
それが、二匹の虎頭人に向かって襲い掛かってく。
危険を察知した二匹は逃げ出そうとするが、風の刃はしつこいくらいに追尾し、終には逃げ場を奪う様に四方八方から襲い掛かった。
巨大な風の刃に四肢を切り刻まれ、八つ裂きにされていく。
断末魔を上げることすらなく、虎頭人は肉片一つすら残さずに細切れに刻まれて消えていった。
とんでもない魔法を使っているじゃないかい。
こんなことができるなんて、末恐ろしい子供だよ。
虎頭人が消え去ったことで怒りが収まったのか、魔力が尽きたのか、風の刃も立ち上る竜巻も掻き消えるように消滅した。
フラフラとした足取りで、ボーヤは倒れ伏しているお嬢ちゃんの元へと駆け寄っていく。
「アテナ様。アテナ様」
お嬢ちゃんに声を掛けて身体を揺さぶる。
瞳には大粒の涙が溢れんばかりに溜まっている。
「ううっ……ニット君?」
お嬢ちゃんが呻きながら目を開けた。
どうやら生きているようだよ。
身体を起こそうとしたお嬢ちゃんは、激痛に顔をしかめ、呻き声をあげた。
「お嬢ちゃん、大丈夫かい?」
あたいは駆け寄っていき、マックスも心配げな表情で駆け寄って来た。
「肩を……」
お嬢ちゃんは、右手で左肩を押さえている。
左肩の袖が虎頭人の爪で引き裂かれたようで破れている。
そこが真っ赤に血で染まっている。
「見せてみな」
あたいは、お嬢ちゃんの服をめくって肩を露出させる。
若干ではあるけれど肩の肉を抉り取られているけれど、骨が折れたり、腕が使えなくなるような重症ではなさそうだった。
虎頭人の爪先が多少、掠めた程度の様だった。
これくらいなら何とかなりそうだねぇ~。
あたいは魔力を集中し、唇をお嬢ちゃんの負傷した肩に押し当てる。
「リップヒーリング」
あたいが使える唯一の回復魔法。
ちょっとした傷であれば塞ぐことができる魔法だよ。
だけど、抉られた肉を再生するのは骨が折れるねぇ~。
魔力を上げて意識を集中する。
「うううっ……」
お嬢ちゃんが呻く。
痛みを感じるってことは、あたいの魔法で治せているって証拠だよ。
ゆっくりとだけれど、肩の傷が塞がっていく。
お嬢ちゃんの自然治癒力を活性化させて傷を塞いでいくから、やや時間がかかっちまう。
「ふぅ~……こんなもんかねぇ~」
あたいは、かなり魔力を消耗して疲労感を感じながらも、一息ついた。
傷跡は残らないように抉られた肉も元通りには塞ぐことができたようだ。
「ありがとうございます、セレスさん。いたたた……」
礼を言いながら、肩に感じる痛みでお嬢ちゃんは蹲る。
「アテナ様」
半べそをかきながら、ボーヤはお嬢ちゃんに抱き着いた。
「大丈夫よ、ニット君。ちょっと痛みを感じただけだから……」
「まあ、それは仕方ないねぇ~。傷は完全に塞いだけれど、痛みは数日間は感じると思うよ。あたいの魔法は傷を塞ぐ程度しかできないからねぇ~。痛みまでは消してあげることはできないよ」
情けないことに、傷を塞ぐことくらいしかできない。
まあ、自然治癒力を高めているから、そのうち痛みは感じなくなる。
「セレスさん、ありがとう」
涙をポロポロと零しながら、ボーヤがそう言ってきた。
「大事に至らなくてよかったよ」
「嬢ちゃん、すまない」
虎頭人を倒しきれなかったマックスは責任を感じたのか、お嬢ちゃんに頭をさげていた。
「謝らないでください、マックスさん。強い魔物だったんだから仕方ありませんよ」
お嬢ちゃんは、本心でそう思っているような感じにあたいには思えた。
「本当にすまない。Bランク冒険者なのに情けないよな」
「全くだよ。しっかりおし」
マックスのわき腹を肘でど突いた。
「ああ」
あたいの言葉に、マックスは申し訳なさそうに頷いていた。
「ボーヤ、身体は大丈夫かい?」
あたいの問いかけにボーヤは不思議そうな顔で見上げてくる。
「あれだけの魔力を放出したんだ、だるいとかそういったことはないかい?」
「うん、何ともないよ。平気だよ」
ボーヤは、けろっとした表情で言ってのけた。
あれだけの高魔力を放出したのに何ともない?
やはり、ボーヤの中で眠っていた魔力が解放されたって考えるのが、しっくりくるねぇ~。
そうでなけりゃ、あれだけの魔力を使用して平然となんてしていられはしないだろうねぇ~。
「こりゃあ、完全に覚醒したかい?」
ポツリと呟いた一言に、お嬢ちゃんが反応した。
「覚醒?」
「ボーヤの中で眠っていた魔力が解放されたとあたいは見ているよ」
「さっきの、ニット君のもの凄い風の魔法のことですか?」
「そうだよ。この間までは魔力切れを起こしてぶっ倒れたりしていただろう?でも、さっきの恐ろしいまでの魔力の放出は、ボーヤが自分の魔力に覚醒したと言っても過言ではないとあたいは思っているよ」
「何だか、ニット君はドンドンすごくなっていくような気がして……私は置いていかれちゃってますね……あはははは……」
お嬢ちゃんは、乾いた笑いを漏らす。
ボーヤは、Bランククラスの魔物を一瞬で塵にしちまったからねぇ~。
それに対して、お嬢ちゃんはほとんど何もできてはいない。
それを目の当たりにしちまえば、落ち込みもするだろうねぇ~。
「だけど、ここぞって時には動けるのは良い事だ。あの時、嬢ちゃんが飛び出していなかったら、ボーズは対応できていなかっただろうからな」
マックスがフォローを入れていた。
自分の失態でお嬢ちゃんに怪我をさせる羽目になっちまったんだから、これくらいはしないとねぇ~。
「無我夢中でしたから……」
お嬢ちゃんは、心配そうな表情でそばを離れようとはしないボーヤの小さな身体を抱き寄せてしっかりと抱きしめていた。
それを見るだけで、このお嬢ちゃんがボーヤのことをどれだけ大切に思っているかは窺い知れるってもんだよ。
「ところで……あいつはどうしたんだい?」
あたいは、周囲を見渡しながら尋ねた。
「あいつ?」
あたい以外は皆、首を傾げていた。
「ギルドの同行者だよ」
「オルトスさんですね?そう言えば……見てないですね」
「食われたか?」
マックスの一言に、ボーヤは身体をビクンと振るわせてお嬢ちゃんにしがみついていた。
その状況を想像でもしちまって、怖くなったのかもしれないねぇ~。
ほんのちょっと前までは勇ましかったのに、こういう反応は子供らしくていいねぇ~。
「探してあげた方がいいのではないでしょうか?」
「はぁ~面倒をかける奴だねぇ~」
あたいらは手分けをしてギルドの同行者を探した。
虎頭人が現れる前までは、あたいとマックスのそばにいたことは覚えているんだけれどねぇ~。
「あっ!いたよ」
ボーヤの声が耳に入った。
見れば木の陰に身を縮こまらせて隠れていやがった。
「あの……オルトスさん。もう大丈夫ですよ」
お嬢ちゃんが丁寧に声を掛けていた。
あたいだったら、尻を蹴り飛ばしていたよ。
「えっ?虎頭人を討伐したんですか?」
顔を上げて、あたいらの方を見てくるが、その表情は疑い混じりだった。
「ぶちのめしたから、こうやって無事でいられるんだろう?」
マックスが、あたいの雷撃魔法で黒焦げになっている虎頭人を指さした。
「おおっ、さすがBランク冒険者さんですね」
危険がなくなったとわかった途端、勢い良く立ち上がりやがった。
先ほどまでの怯えた状況はどこへやら。
変わり身の早い奴だねぇ~。
「魔物は討伐したんだから、あんたの仕事をしな」
また呆けた顔なんかしたら尻を蹴り飛ばしてやろうと思ったけれど、「はい、すぐに」と声を上げて状況の確認にすっ飛んでいった。
「あの……これってどうなるんでしょうか?」
「どうって?何がだい?」
「ゴブリンは、虎頭人に退治されていたので、私とニット君は何もしてないんですけれど……」
虎頭人に皆殺しにされていたゴブリンの群れ。
一体何匹いたのかすらわからないような有様だから、数はわからない。
それに加えて、予想外の闖入者……虎頭人だねぇ~。
この状況をギルドの同伴者がどう判断するかだねぇ~。
「お待たせしました」
あたいの見解を話そうと思っていたところに、ギルドの同行者が確認を終えて戻って来た。
「さすがにゴブリンの数は正確にはわかりませんでした。ここまでバラバラにされていては、判断できません。けれど、虎頭人一体の討伐は確認済みです」
「それで?」
「はい?」
ギルドの同行者は首を傾げる。
「はい?じゃないんだよ。それでどうするんだい?この後は?」
「ええと……どうしたらいいんでしょう?」
こいつは、本当に役に立たない奴だねぇ~。
ぶん殴ってもいいかねぇ~。
それを判断するのが、あんたの役目だろうに。
「おい、虎頭人一体の討伐確認ってのはどういうことだ?虎頭人は、三体いたんだぞ?」
マックスの言葉に、ボーヤの風の刃で細切れにされちまった二体の虎頭人のことが思い起こされた。
「えっ?ですが、死体は黒焦げになった虎頭人一体しかありませんでしたよ?」
「お前は、三体いたのを確認していないのか?」
「お恥ずかしながら、怖くて隠れていましたので、見ていません」
本当に殴ってもいいかねぇ~。
何しに付いて来たんだいと怒鳴りつけそうになったよ。
だけど、死体がないのは仕方ない。
ボーヤの風の刃で細切れにされちまったんだから、証拠は残っちゃいないだろう。
「ふぅ~仕方ないねぇ~」
あたいは溜め息を吐いて、怒りを治めようとした。
「せっかく、ボーヤが虎頭人をぶちのめしたのに……」
ボーヤの方を見ながら呟くあたいの言葉に「そんなことできるはずがないじゃないですか?子供ですよ。彼はDランクの冒険者ですよ。虎頭人を討伐なんてできるはずがないじゃないですか。冗談にしても笑えませんよ」と同行者はぬかしやがった。
「見てもいなかった奴が抜かすんじゃないよ」
あたいは怒りが爆発し、同行者の顔面に一発パンチをお見舞いしていた。
結局、この後どうするのかは、あたいとマックスが判断した。
この周囲を見回り、ゴブリンの群れがいないかの確認を行った。
ゴブリンの姿は確認できず、討伐完了の宣言をあたいが無理やり同行者にさせた。
報酬に関してはギルド側がどう判断するかだねぇ~。
虎頭人がゴブリンどもを皆殺しにしたとはいえ、ゴブリンを討伐することが依頼内容だから、達成と言えば達成なんだろうけれど。
その虎頭人を討伐したのは、あたいだ。
ボーヤが退治した二匹の虎頭人はノーカンになっちまったから、これは非常に残念だった。
虎頭人の件に関しては、イレギュラー対応になることは間違いないだろうねぇ~。
ただ、ギルドに戻ったら文句を言ってやろうとあたいは思っている。
ギルドの同行者の無能っぷりは、非常に許しがたい。
冒険者が命を張っているのに、見ていなかったってのはどういうことだい。
他にも、Dランクの冒険者が請け負う依頼なのに、そこへBランク冒険者でなければ対応できないような魔物が出現したこと。
これはギルド側がしっかりと魔物の生態を把握していなければならない。
もし仮に、把握していたのなら、一言そういった魔物の存在が確認されているので気をつけろの一言でも欲しかった。
これがあるだけでも、依頼を引き受けるかどうかの判断材料にもなる。
今回は、虎頭人の存在を把握しておらず、突発的に現れただけなのかもしれないが、ギルドの職務怠慢は甚だしいとあたいは思う。
そんなこんなで、時間を食ってしまい、日が暮れかけていた。
そのため、街に戻ることはせずに、第八の湖の近くで野営をすることにした。
暗い中での移動は危険だし、身体を休めなければ有事の際に動けない状態に陥ることも懸念して、あたいとマックスで決めた。
陽が完全に山の向こう側に沈んでしまう前に急いで野営の準備をする羽目になった。




