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剣王戦記  作者: 朧月 氷雨


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第26話 戦慄

「ええっ?あれは……?」

 地面の上にあおむけに寝転がる私の上にセレスさんの豊満な肉体が覆いかぶさっている。

 その私たちを見下ろすように巨大な体躯(たいく)が木々の合間からのそりと姿を現した。

 腰から下は茂みに隠れていて良くわからないけれど、私たちの眼前には、一目見て奇妙な人だと思える何者かが立っていた。

 頭に虎の毛皮をかぶった人?

 いえ、違う。

 頭は見紛うことなく虎の頭だった。

 虎の頭をした人間?

「グルルルル」と獣のうなり声のようなものを喉奥から鳴り響かせている。

 口元は大きく裂け、獣の牙がずらりと並んでいる。

 金色に怪しく輝く双眸そうぼうは、凶悪で、一睨みされただけで私の身体は硬直して震え出した。

 恐怖に恐れおののき、声すら上げられなかった。

 虎頭の口元は赤黒く汚れていた。

 その答えは、先ほどの凄惨な現場……ゴブリンたちの姿を思い返せば想像がつく。

 その鋭い牙で嚙み砕き、食いちぎったのだろう。

「何?虎頭人ウェアタイガー?」

 セレスさんが、虎頭の人を見て驚愕の表情を浮かべていた。

「なんでこんなのが、ここにいるんだい?」

 その叫び声は、ひどく動揺し、焦りに震えていた。

 セレスさんにとっても想定できなかった出来事に違いない。

 けれど、私との違いは、セレスさんはすぐさま起き上がり、太ももに括り付けていた鞘から短剣ダガーを素早く抜き放ち、身構えていたことだった。

 凶悪な双眸そうぼうに睨まれ、身動きできなくなっていた自分の心に鞭打つ。

 戦わなければ、やられる。

 本能的に勝てないと悟っているためか、身体が震える。

 立ち上がらなければ……。

 戦わなければ……。

 なけなしの勇気を振り絞る。

 震えは治まらなかったけれど、何とか立ち上がることはできた。

 でも、私にできることはそれくらいしかなかった。

「ガァァァァァァ」

 獣の咆哮ほうこう耳朶じだを打ち、周囲の空気を振るわせて木霊こだまする。

 間近で耳にし、戦意がくじかれそうになる。

 私一人で遭遇していたのならば、どうなっていたか想像したくない。

「うるさい奴だねぇ~。ガタガタ騒ぐんじゃないよ」

 セレスさんは負けじと怒鳴り返しながら、両手に握った短剣ダガーで斬りかかっていった。

 虎頭人ウェアタイガーは、鋭い身のこなしで後ろに跳ね飛ぶと華麗に短剣ダガーの双刃を躱した。

 ズシリと重量感ある音を立てて、ゴブリンたちの死骸の上に虎頭人ウェアタイガーが着地をする。

 当然、ゴブリンたちの肉塊はグシャリと潰れて、さらに無残な姿に変貌していく。

 茂みに隠れていた虎頭人ウェアタイガーの下半身が露呈される。

 全身をよく見れば、人に似て人にあらずな容姿をしていた。

 頭部は間違いなく虎そのものだった。

 だけど、見た目の体型は人間と類似している。

 ただ違うのは、肘から先が虎の腕をしていること。

 黄色と白のモフモフの毛皮に黒い模様がアクセントになっている虎柄をしている。

 下半身も足の付け根から虎の足だった。

 だけど、その足で器用に二足歩行をしている。 

 その姿は非常に奇妙な感じがした。

 奇妙と言えば、この虎頭人ウェアタイガーは、腰回りに鋼鉄製の腰当を身に着けていた。

 どう見ても、あの虎の手で腰当を作成したとは思えなかった。

 武器などを握るには指が短すぎるし、物づくりができるとは到底思えなかった。

 だとすれば、ゴブリンたちが隊商から奪った鎧などを虎頭人ウェアタイガーが奪い取り、身に着けたのかもしれない。

 そうであれば、ゴブリンたちを襲ったことも納得できる。

 虎頭人ウェアタイガーの指先から飛び出た爪は鋭く尖り、赤黒く血塗られていた。

 この爪でゴブリンたちを引き裂いて行ったことだろう。

 そう考えると、恐ろしい凶器だ。

「まさか、ゴブリンの討伐で虎頭人ウェアタイガーと遭遇するなんてねぇ~」

 歯噛みしながら、用心深く虎頭人ウェアタイガーの動きに注意を向ける。

「あの……虎頭人ウェアタイガーって、凶悪な魔物なんですか?」

 見た目からして凶悪凶暴そうだったけれど、私は尋ねていた。

「そうだねぇ~。Bランクの討伐依頼に出てくる魔物だよ」

「ええっ?」

 私は絶句し、立ち尽くす。

 Dランクの冒険者である私とニット君では到底かないっこない相手だった。

「セレスさんとマックスさんなら退治できますか?」

「やれるけれど、あんなでかい身なりで素早いからねぇ~。しかも、パワーもけた違いだから、一撃でも喰らったら終わりだよ」

 なぎ倒された木を指さしてセレスさんは、舌打ちしていた。

「Dランク冒険者がゴブリン退治に出て、虎頭人こいつに遭遇したら間違いなく生きては帰れないだろうねぇ~」

 さらりと怖いことをセレスさんは言って来る。

 そのDランク冒険者は、この私とニット君なんですけれど。

「だけど、お嬢ちゃんたちは運がいいねぇ~。あたいとマックスが一緒にいたんだから」

 セレスさんは両手に握った短剣ダガー……『白銀しろがねの刃』と『黒鉄くろがねの刃』に風の魔法をまとわりつかせる。

 そよ風のようなその風の魔法は、二本の短剣ダガーの刀身に埋め込まれた魔法石が威力を増幅させ、刀身を覆いつくすように急速に渦を巻き、荒れ狂いだす。

 怒り狂った蛇のごとく、刀身の周りを猛烈な風の塊が速度を上げて這いずり回り、嵐へと変貌していく。

切り裂く風エアスラッシュ

 叫び声とともにセレスさんは両手を勢いよく振り抜く。

 短剣ダガーの刀身に渦巻いていた嵐が解放され、扇状の鋭利な風の刃へと形を成して虎頭人ウェアタイガーへと飛び出した。

 一瞬だけ、驚きの表情を見せた虎頭人ウェアタイガーだけど、屈み込むと一気に跳躍した。

 その跳躍力たるや。

 軽々と背の高い木々を飛び越さんばかりの高さまで跳躍している。

 あの巨体でありながら、その脚力は驚くべきものだ。

 風刃ふうじんを飛び越え、セレスさんへと襲い掛かる。

 ゴブリンたちの赤黒い鮮血にまみれた爪が、鈍く怪しく光を放って迫る。

「良くもやってくれたな」

 いつの間に起き上ったのか、マックスさんが巨大な幅広の大剣グレイトソード……『ドラゴンバスター』の柄を両手で握りしめて、セレスさんの前に躍り出た。

 飛び掛かってくる虎頭人ウェアタイガーに向かって、剣を振り上げる。

 『ドラゴンバスター』の刃と虎頭人ウェアタイガーの爪がぶつかり合う。

 虎頭人ウェアタイガーは、驚くべき身のこなしを見せた。

 振り上げるマックスさんの剣に身を任せるかのように、ふわりと身を浮かせた。

 そのままマックスさんとセレスさんを飛び越えていく。

「何?」

 予想だにしなかった動きに、マックスさんは声を漏らしていた。

 虎頭人ウェアタイガーは、セレスさんとマックスさんの後ろにいた私のすぐそばに着地した。

「ああっ!」

 私は驚きの声を上げることしかできなかった。

 剣を構えることも、その場から逃げ出すこともできなかった。

 足がすくんで動けなかった。

 虎頭人ウェアタイガーの口元が殺戮に飢えた獣の嘲笑にニヤリと歪んだように見えた。

 振り上げた虎頭人ウェアタイガーの右手の爪が振り下ろされる。

 斬!

 血飛沫が舞い、視界が真っ赤に染まる。

「ガアァァァァァァ」

 奇声を上げたのは、虎頭人ウェアタイガーだった。

 私へと振り下ろされた右腕が肘から引き裂かれ、地面に転がり落ちた。

「ボーヤ、よくやったよ」

 セレスさんが歓喜の声を上げる。

 見れば、虎頭人ウェアタイガーからかなり距離は離れているものの、背後からニット君が『エアブレード』の風の刃を放ったようだった。

 その風の刃が、私へと向かっていた虎頭人ウェアタイガーの右腕を切り落としたのだろう。

 私は力が抜けて、その場にへたり込んでしまった。

「アテナ様」

 ニット君は、私へと声を掛けながら、『エアブレード』を数回振るい、三日月型の風の刃が虎頭人ウェアタイガーを襲う。

 虎頭人ウェアタイガーは、鋭い牙をあらわにしながらくやし気にうなりながら、二回三回と連続で跳躍して私から遠ざかっていく。

「アテナ様、大丈夫?」

 駆け寄ってきたニット君が、私の顔を覗き込む。

「ありがとう、ニット君。助かったわ」

 私はぎこちない笑みを浮かべながら、彼の小さな身体を抱きしめた。

 私は、まだ生きている。

 ニット君の身体を抱きしめることで、それを実感できた。

 だからこそ、私は立ち上がることができた。

 助けてくれたニット君に悲しい思いをさせないために。

 精いっぱいあがくために。

 『聖剣エクスカリバー』を握りしめて構えた。

 戦えるとは思えない。

 けれど、抗わなくては……簡単に負けを認めるわけにはいかない。

「お嬢ちゃん、ボーヤ。下がっていな」

「さすがに二人には荷が重すぎる相手だ」

 セレスさんとマックスさんが、私とニット君の前に出る。

「でも、私も戦います」

 そう宣言でもしなければ、剣を構えていることすらできないような気がした。

 だから、それを声に出していた。

「そうかい。だけど、無理に戦う必要はないよ」

 セレスさんは、二本の短剣ダガーに水の魔法をまとわりつかせた。

 魔法石によって水の魔法は威力を増幅され、刀身の周りを細く長く伸びた水の紐がグルグルと回転している。

「そんな震えた状態じゃあ、まともに戦えやしないぞ」

 マックスさんにそう言われ、ガタガタと震えている自分の姿に気が付いた。

 虚勢を張っては見たものの、身体は恐怖に打ち震えていた。

「アテナ様は僕が守る!」

 ニット君は、私の前に立ち、小剣ショートソード……『エアブレード』を真正面に構えて、虎頭人ウェアタイガーの攻撃に備えていた。

「ボーズ、嬢ちゃんを頼むぞ」

「うん。絶対に僕が守るもん」

 鼻息を荒くし、ニット君はやる気満々だった。

 この子は私のためだったら命を張ることもいとわないのだろうか?

 いえ、目的があるから、そのためには命を張れる強さを持った子なのかもしれない。

 そうだとしたら、何と情けない私の姿。

 私よりも一回りも年齢も体格も小さな子が勇気を振り絞っているのに。

 ガタガタ震えて恥ずかしい醜態をさらしているわけにはいかない。

 私も戦える……。

 私も戦える……。

 呪文のように繰り返し心の中で叫ぶ。

 ドン!と右足を地面に叩きつけて踏みしめる。

「私だって、やるときはやるんだから」

 まだ、少しだけ震えがあるけれど、虚勢を張った。

 精いっぱいの虚勢を張った。

 戦える自信なんてない。

 だけど、足手まといにならない程度には立ち回らなければならないと思う。

 だから、私は虚勢を張るしかなかった。

 そうでもしなければ、私の弱い心はくじけていたかもしれない。

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