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剣王戦記  作者: 朧月 氷雨


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第25話 想定の範囲

「なかなか良かったんじゃないかい」

 物言わぬゴブリンたちの遺骸いがいを足蹴にしながら、セレスさんは総評を下す。

「エアブレードの力に頼らずとも、ボーヤはそれなりに戦えるようになっていると思うよ」

「そうだな。なかなか良かったと俺も思うぞ」

 セレスさんとマックスさんの言葉にニット君は嬉しそうな笑みを浮かべている。

「良かったわね、ニット君」

 私が彼の頭を撫でると、さらに嬉しそうにしていた。

「お嬢ちゃんの方は、もう少し非情になりな。ゴブリンなんかに遠慮していたら、自分がやられちまうよ」

「だが、これだけの数相手に戦えていたから……とりあえずは、まずまずってところだな」

 あれ?何だか、私に対してはちょっぴりと厳しくないですか?

 まあ、遠慮ってわけじゃあないけれど、お肉の取り合いをしているところを不意打ちってどうなのかな?って思ってしまった部分はある。

 ゴブリンたちの数に対して、私とニット君の二人だけで戦うことを考えたら、私の考えは甘いのかもしれない。

 セレスさんやマックスさんがいない状況で、こんな考えをしていたら私やニット君は返り討ちに会っていたかもしれないと思うと反省が必要かな。

「それよりもだ」

 セレスさんは、腰に手を当ててオルトスさんの方に向き直る。

「あんたはもう少しものを考えながら行動をしな。何とかなったからいいものの。ゴブリンどもを招き寄せるようなことをして、いい迷惑だよ」

 本来ならば、もう少し先の方で現れると思われていたゴブリンたちをお肉の焼ける香ばしい匂いで引き寄せてしまったのだから、これは言われても仕方ないと思う。

 まだ、ゴブリンだったからよかったのかもしれない。

 もっと凶悪な魔物を呼び寄せてしまったら、どんなことになっていたかわからない。

 これを教訓に、私も気を付けようと思った。

「すっ……すみません。まさか、こんなことになるとは……」

 申し訳なさそうな顔をしながら、オルトスさんは上目遣いでセレスさんの様子を窺っているようだった。

「ギルドには報告させてもらうぞ」

「いや……それはちょっと……」

「だったら、さっさと自分の仕事をしな」

 セレスさんは顎をしゃくった。

 オルトスさんは意味が分からなかったみたいで呆けている。

「はぁ~…お嬢ちゃんとボーヤが討伐したゴブリンの確認をしなって言っているんだよ」

 大きな溜め息をセレスさんは吐いていた。

 最初に感じた頼りなさそうな人というのは当たっていた。

 オルトスさんは「はい、すぐに確認します」と言って、私とニット君が退治したゴブリンの遺体の数を数え始めた。

「……全部で二十三体ですね」

 オルトスさんは、紙にペンを走らせながら呟いた。

「二十三体か……どう思う?セレス」

「う~ん……どちらとも言えないねぇ~。その数だと……」

 マックスさんもセレスさんも微妙な表情をしていた。

「あの~何か問題でもあるんですか?」

 二人の様子に私は口を挟んだ。

「問題っていうか、この数だとどちらの群れかってことが気になるだけさ」

「それって、二十匹の群れなのか、三十匹の群れなのかってことですか?」

 私は首を傾げる。

 全部で五十匹を退治するだけなのだから、何が気になるのかわからなかった。

「こいつらが二十匹の群れだったとしたら、依頼が出されてから三匹増えたとみるのが自然だろう?だけど、三十匹の群れだったら縄張り争いをして七匹減ったと言える」

「はい……」

「こいつらが二十匹の群れなら、後は三十匹の群れを狩るだけだよ。それならば、今以上に慎重に行動しなきゃならない。何せ三十匹と数が多いんだからねぇ~」

「そうですね」

 セレスさんが何を言いたいのかイマイチ、私にはピンとこなかった。

「けれど、こいつらが三十匹の群れだったとしたら、残るは二十匹の群れ。縄張り争いで数が減っている可能性がある」

「んっ?そうだとしたら全部で五十匹に満たないから、依頼条件を満たせずに失敗になるってことですか?」

「セレスが懸念しているのは、そこじゃないんだよ。嬢ちゃん」

「違うんですか?」

「残りの群れが二十匹の群れなら、心配はないさ。けれど、三十匹の群れの場合、増えている可能性があるとしたらどうだい?」

 二十匹の群れが二十三匹に増えていたのなら、三十匹の群れはもっと増えているかもしれないってこと?

 そう考えると、私とニット君の二人で何とかできるのか不安になってしまう。

 それに、ニット君がエアブレードの力を乱発してしまうことも予想ができた。

「四十匹とかに増えていたら、私とニット君で何とかできるかわかりません」

「そう……そこなんだよねぇ~」

 セレスさんは額に手をあてがって考えあぐねている。

「ゴブリンの群れにそれぞれ特徴はないのか?」

「特徴ですか?いやぁ~そう言われましても……それぞれがグループを作って縄張り争いをしているらしいとしか伺っていませんので……」

 オルトスさんは、依頼書に目を通しながら言葉を紡ぐ。

「全く……役に立たない奴だねぇ~」

「しっかりしてくれよ」

 オルトスさんは、セレスさんとマックスさんに言われ放題だった。

 ちょっと可哀想な気もするけれど、情報は重要だった。

 何か特徴があればどちらの群れのゴブリンを討伐できたのかの判断ができるし、これからの対策も立てやすいことだと思う。

「そうなると、三十匹の群れが残っていると考えておく方がいいねぇ~」

「どうしてですか?」

 私は疑問に思い尋ねていた。

「残りは二十匹の群れと思い込んでいたら実際は三十匹の群れだった場合、想定していた数よりも多いわけだから、慌てちまうだろう?」

 確かに過小評価していたら、それを上回る事態に遭遇して慌てることは想像ができる。

「でも、残り三十匹以上いるかもしれないと思っていれば、とっさの時に慌てずに対処できると思うんだけれどねぇ~。まあ、心の持ちようってやつだねぇ~」

「想定の範囲を超えた事態に陥ると誰でもうろたえちまうもんだ。だが、想定の範囲内であれば慌てず冷静に対処できるだろう?」

「そうですね。慌ててしまうと何をどうしていいかわからなくなってしまいますものね」

「なら、最初から最悪の事態を想定しておけば、慌てずに対処ができるはずさ。そこが生き残れるかどうかの分かれ道に繋がるとあたいは考えるけれどねぇ~」

 やっぱりベテランの冒険者になると行き当たりばったりではなく、様々な想定をしながら対応を考えているんだなと感じる。

 私だったら、もう一つのグループのゴブリンを倒しに行きましょうって感じで、何も考えずにそのまま突っ走ってしまいそう。

 それでは自分の身を危険にさらすだけだし、返り討ちに会うのは必然かもしれない。

 こういった考え方などは、やはりベテランから学んで自分のものとしていくしかないと思う。

「じゃあ、この先の街道には三十匹以上のゴブリンの群れがいて、遭遇するかもしれないって思っていた方がいいってことですよね?」

「とりあえずは、その面持ちでいいと思うよ」

「できれば、ゴブリンどもを先に発見して先制攻撃で仕留めたいもんだがな」

 確かに不意打ちの先制攻撃でゴブリンの数を減らせれば、私たち自身の危険度も下がるというものだ。

 より安全に、より確実に相手を倒すことを考えないと、いくら弱いゴブリンとは言え、集団で襲い掛かられたらひとたまりもない。

「警戒しながら、慎重に進めってことですね」

「そういうことだよ」

 セレスさんは頷いてくれた。

「あとはそいつが余計なことをしないように祈るばかりだな」

 マックスさんは、ジロリと睨むようにオルトスさんに視線を向けた。

「余計なことをしたらぶっ飛ばすよ」

 セレスさんは、オルトスさんに向かって殴る真似をする。

「ひぃ!暴力反対」

 オルトスさんは、声高らかに叫んでいた。


 私とニット君は、それぞれが手に剣を持ち、周囲を警戒しながら街道を進んでいた。

 立ち並ぶ木々がゴブリンたちの姿を隠すかのように立ち並び、風が吹き抜けるたびに枝葉を揺らす。

 その音に私もニット君も緊張が走り、視線と身体をその方に向けることしばしば。

 ゴブリンの姿はなく、安堵の溜め息を吐くことが続いていた。

 ゴブリンたちがどこから襲い掛かってくるかわからない恐怖とすでにここはゴブリンたちのテリトリー内であることが私たちに緊張状態をもたらしていた。

 セレスさんとマックスさんとギルド職員のオルトスさんは、やや離れて私たちの後を付いてきている。

 ゴブリンの討伐は私とニット君が受けた依頼だから、セレスさんとマックスさんは手出しをしないつもりだということをアピールするかのような位置取りをとっていた。

 二人を頼りにしてはいけないと自分に言い聞かせる。

 そばにいれば安心するけれど、頼ってしまう。

 それでは私の成長には繋がらない。

 そのための距離だと思う。

「ゴブリンたち、いないね」

 ニット君が小さく呟く。

「でも、油断しちゃだめよ。三十匹なんて私とニット君で対処できるかどうかはわからない数だから。気を抜かないで」

 周囲に視線を巡らせて、ゆっくりと私は歩を進めていく。

「うっ……うん」

 ニット君は、エアブレードの柄を握りなおして、私の後をついてくる。

 ざわっ……と風に撫でられて木の枝が揺れた。

「うっ!」

 何か不快な臭いが鼻を突き、私はとっさに腕で鼻を押さえていた。

 血なまぐさい匂い。

 誰か襲われた?

 襲ったのはゴブリン?

 こんなにも強烈な血の匂いが私の鼻腔にまとわりついてくる。

 何か異常な事態が起きている。

 襲われたのは誰?

 街道を行き来する隊商?それとも乗り合い馬車?

 一人、二人の血の匂いではないことは本能的に悟った。

「ニット君、気を付けて」

 私は声を発し、『聖剣エクスカリバー』をしっかりと握りしめて構えた。

 いつ飛び掛かられても対応できるように意識を集中させる。

 ニット君もこの異様な血の匂いに眉をひそめながらも異常を感じ取り『エアブレード』を構えていた。

「キシャァァァ」

 奇声が耳に入る。

 私の真正面の茂みがガサゴソと揺れ動き、そこから一匹のゴブリンが飛び出してきた。

「ゴブリン」

 私が声を張り上げる。

 ゴブリンと私の視線がかち合うと、ゴブリンは驚いた様子で急制動をかけて立ち止まった。

 ゴブリンが出没するとわかっていたから、私はとっさに動けた。

 立ち止まったゴブリンに向けて一気に駆け寄ると躊躇ためらいなく胴を横に薙ぎ払った。

 臓物と赤黒い飛沫を撒き散らして、そのゴブリンは地面に倒れた。

 何も情報がない状態で遭遇していたら、私はあたふたして対応できなかったと思う。

 ゴブリンが飛び出してきた茂みから新たなゴブリンが飛び出してきた。

 それも三匹が背後を気にするかのようにそっぽを向いていた。

 飛び出してきたゴブリンたちは私たちに気づいてはいない。

「うりゃあ!」

 ニット君がタイミングを合わせて飛び出してきたゴブリンに向かって『エアブレード』を振り回す。

 ゴブリンの顎を刀身がクリーンヒットして仰向けにひっくり返り、そのゴブリンにつまずいてもう一匹が地面に倒れ込んだ。

 その二匹のゴブリンに向けてニット君は『エアブレード』を突き立てた。

「グエッ」

 カエルを圧し潰したようなくぐもった声が漏れ、息の根が途絶える。

「やあ!」

 あと一匹を私の聖剣が両断し、出だしで四匹を仕留めることができた。

「ニット君、油断しないで」

 彼に声を掛け、手近な木に身を預けるように隠れながら、ゴブリンたちが飛び出してきた茂みの先を覗き見た。

「うっ!」

 あまりの光景に私は絶句した。

 目の前に広がるのはあまりにも悲惨な光景だった。

 腕を千切られ、足を折られ、胴体を引き裂かれ、顔面がぐしゃぐしゃに潰された遺体が赤黒く染まった大地に多数転がっていた。

 いったい何体いるのかすぐにはわからなかったけれど、十や二十ではなく、それ以上の数が転がっていると思う。

 一体誰が?

 なぜこんなことを?

 そこには立っているものは一人もいない。

 その状態を作り出したであろう犯人もいなかった。

「何なの?これってどういうこと?」

 私は混乱していた。

 こんなの想定していたこととは違う。

 どうすればいいの?

 木の陰に身をひそめたまま、私は考えあぐねていた。

「アテナ様。これってゴブリンだよね?」

 凄惨な状態を目にして、ニット君は確かめるように私に尋ねてくる。

 そう。

 赤黒く染まった大地に転がるのは、ゴブリンの群れに間違いなかった。

 薄緑色の肌をしたゴブリンたちだ。

 先ほど茂みから飛び出してきた個体と同じゴブリンだった。

「ええ……ゴブリンだと思う。でも、誰がこんなことを?」

 私たち以外の冒険者がやったとは思えない。

 あまりにも惨状がひどすぎる。

 ものすごい力で頭をザクロのように爆ぜ、腕や足を引きちぎり、はらわたをほじくり出すような所業は人間のすることではないと思う。

 そんなことができるのは人の心を持たぬ者の仕業としか思えない。

 いえ、もしもこのようなことができる人間ひとがいるのなら、その人は『鬼』と呼ばれるような畏怖いふな存在であろう。

 私は、少し離れた位置にいるセレスさんたちに助けを求めようとした。

 その時。

 背後に悪寒を感じた。

 それは命の危険をも察したと言える。

 反射的に背をもたれていた木から飛び退るように離れた。

 メキメキメキときしみ音を立てながら、木が裂けた。

 その場にいたら、私の背中がどうなっていたか想像するとぞっとした。

 何か巨大な力で引き裂かれたようだ。

 地面にしっかりと根を張っていた木が半ばから爆ぜ割れて、横倒しになって地面に転がった。

「お嬢ちゃん」

 異変を察したセレスさんとマックスさんが駆け寄ってくる。

「セレスさん、マックスさん、気を付けてください。何かいます」

 私は声を上げていた。

 何がいるのかはわからない。

 でも、何かがいる気配はする。

 ここにいてはいけないと本能が叫んでいる。

 木が裂けたことにより、視界が広がる。

 その先の光景が覗けるようになり、セレスさんとマックスさんは唖然とした様子だった。

「こりゃあ、いったいどういうことだ?」

「何が起きているんだい?」

 無数のゴブリンたちの死骸を目の当たりにし、困惑していた。

 まさに想定の範囲を超えた状態で、どうしていいのかわからなかった。

「気をつけろ!」

 マックスさんが叫んだ。

 それと同時に、マックスさんの身体が吹き飛んだ。

 大柄な体格で、胸に鎧を身に着けたマックスさんの身体が宙に浮いて飛んでいく光景は、何が起きたのか瞬時には理解しがたかった。

「うおっ!」

 悲鳴とも驚嘆ともつかぬ声を上げて、マックスさんの身体が地面を二転して倒れ伏す。

「いったい、何が?」

 声を上げたセレスさんは、反射的に身体が動いていたみたい。

 私を押し倒すように地面に突っ伏した。

 その頭上を何かものすごい風圧が通り過ぎて行った。

 マックスさんは、その何かによって吹き飛ばされたみたいだった。


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