第22話 力量の差
「エアブレード!」
ニット君は、気合とともに声を上げる。
手にした小剣……『エアブレード』を左から右へと横薙ぎに振るった。
『エアブレード』の刀身に風の渦が発生し、それは三日月型に形を成して風の刃へと変化する。
風の刃は、勢いよく『エアブレード』の刀身から撃ち出され、目標へと向かって行く。
三日月型の風の刃が向かう先には、薄気味悪い笑みを湛えた子どもくらいの体格をした生き物……ゴブリンがいる。
いたずら好きで、集団で行動し、家畜を襲い、田畑を荒らしまわる害獣のごとき存在だ。
自分よりも弱いと思った人間にも襲い掛かってくる。
ゴブリンたちは、一匹一匹は大した力はない。
けれど、集団で襲い掛かられると厄介な存在ではあった。
人間の子供とほぼ同じくらいの体格で、知能もそんなに高くはないが、悪知恵が働き、狡賢い存在だ。
甚だ迷惑な存在であることは周知の事実だった。
赤茶けた体表をしたこのゴブリンは、かなりやせ細っていて、腰に申し訳程度にボロ布をまとっている。
手には、石を砕いて作ったと思われるナイフもどきが握られていた。
鋭利になった部分をちらつかせている。
そんなゴブリンの首がはじけ飛んだ。
風の刃は、易々とゴブリンの身体を引き裂く。
一匹、二匹と続けざまにゴブリンの身体が両断されていく。
ニット君が『エアブレード』を振り回すたびに生まれ出、風の刃はゴブリンを物言わぬ肉塊へと変え、無残にも地面を転がった。
「はぁ~…はぁ~…」
膝を突き、小剣を地面に突き立てて、もたれかかるようにしてニット君は動きを止めていた。
肩を上下させて、荒い呼吸を繰り返している。
そんな彼に向かって、一匹のゴブリンが飛び掛かった。
「!?」
ニット君は、目を見開いて飛び来るゴブリンを凝視するだけだった。
疲労のためか、動けないようだった。
「えい!」
気合一閃。
私は横から、ニット君に飛び掛かるゴブリンに向かって長剣……『聖剣エクスカリバー』を突き出した。
ゴブリンの左肩に切っ先が突き刺さり、そのまま細枝のような腕を切断し、眩く銀色に輝く刀身は深く突き刺さる。
胸を貫通し、そのまま串刺し状態になった。
驚愕の表情が私を見る。
悍ましく嫌悪感を催すその表情に、私はとっさに『聖剣エクスカリバー』を力任せに横に引く。
ゴブリンの身体を突き破って『聖剣エクスカリバー』の刀身が背を突き抜けた。
ゴブリンは、嗚咽を漏らしながら、血飛沫を撒き散らして地面に転がった。
「大丈夫?ニット君?」
私は、動けない状態のままのニット君のそばに駆け寄る。
「ありがとう、アテナ様」
額から無数の汗を垂らし、「ぜぇ…ぜぇ…」と苦し気にニット君は呼吸を繰り返していた。
「無茶をしたらダメよ」
私は、ニット君を守るように彼の前に立つ。
ゴブリンたちは、まだ残っている。
私たちに向かってくるゴブリンに向けて剣を振るう。
ピョンピョンとカエルのごとく飛び跳ねて、狙いにくい。
けれど、ゴブリンたちは小さなナイフのような武器しか持っていない。
こちらの長剣の攻撃範囲の方が長い。
懐にさえ飛び込まれなければ、どうということはないと思う。
「やあ!」
横薙ぎに振るった剣がゴブリンの膝頭を斬り裂いた。
着地したゴブリンの斬り裂かれた膝が自らの重みを受け止めきれずに拉げる。
そのゴブリンの脳天に『聖剣エクスカリバー』を力いっぱい叩きつけた。
切れ味鋭い聖剣の威力たるや。
豆腐を切り裂くがごとく、スパッと斬れ、遺骸が転がる。
仲間が倒されたことに慌てふためき、私から距離を取るようにゴブリンは後ろへと跳ねた。
「とりゃあ!」
地面を強く蹴って、私はゴブリンに向かって突進する。
突進の勢いをそのままに右手に握った『聖剣エクスカリバー』を勢いよく突き出した。
着地したゴブリンの胸元に吸い込まれるように『聖剣エクスカリバー』の刀身は一直線に飛んでいく。
「ギャヒィィィ」
耳障りな声を上げて、ゴブリンは手足をばたつかせていた。
けれど、すぐに糸の切れた操り人形のように手足はダラリと力なく垂れ下がる。
ゴブリンの胸を貫く聖剣を引き抜くと、ガラクタのように前のめりに倒れ、どす黒い液体が地面を汚した。
「他には?」
私は、『聖剣エクスカリバー』を両手で握りなおすと、周囲を見渡した。
「電撃無双刃」
セレスさんの掛け声が木霊する。
見れば、セレスさんの手にしている短剣……『白銀の刃』と『黒鉄の刃』の刀身部分がビリビリと凶悪な音を立て、眩く発光している。
おそらく電撃の魔法だと思う。
二本の短剣の刀身部分に埋め込まれた複数の魔法石が、セレスさんの魔法を増幅している。
電撃は刀身に絡みつくようにうねりながら、その長さを増していく。
終には、細長く半円型に湾曲した奇妙な姿を形作っている。
その様は、ショーテルという特殊な形状をした刀剣と同じような形を成していた。
そのため、短剣よりも刀身が長い状態になっている。
セレスさんは、ゴブリンの群れに向かて突っ込んでいく。
ゴブリンたちは、セレスさんの手に握られている短剣から延びる電撃の刃の明滅に恐怖し、慌てて逃げ出そうとしていた。
だが、しかし……ゴブリンたちを逃しはしないとばかりに、セレスさんは一陣の風となる。
ゴブリンたちとすれ違いざまに素早く腕を振り、電撃の刃を叩きつけて一気に駆け抜ける。
電撃の刃が、ゴブリンの身体に触れると、雷に打たれたような激しい衝撃と光が襲い掛かった。
電撃の嵐が荒れ狂い、ゴブリンたちの身体を覆いつくして飲み込む。
断末魔の悲鳴を上げて、ゴブリンたちは次々にバタバタとその場に倒れていく。
倒れたゴブリンの身体は帯電し、ビクビクと不気味に蠢いていた。
「あと何匹だい?」
セレスさんは、周囲を見渡す。
「こいつで最後だ」
マックスさんが声を上げた。
手にしていた幅広の巨大な剣……『ドラゴンバスター』を両手で握りしめ、下から掬い上げるように振り抜く。
木の上からマックスさんに向かって飛び掛かっていったゴブリンは、振り上げられた『ドラゴンバスター』の刀身に飛び込むような形となり、幅広な刀身と激突するとグシャリと嫌な音を立てて全身の骨が砕け散っていた。
放物線を描いて、すでに物言わぬ躯と化し、どす黒い体液の海に沈んでいるゴブリンたちのそばに仲間入りをした。
ボロ雑巾のような変わり果てた姿となり、地面に無残な姿を晒すゴブリンたちの死骸は多数転がっている。
「全く…こんなところで、ゴブリンの群れに遭遇するなんてねぇ~」
周囲に魔物の気配がないことを確認し、セレスさんは短剣を太ももに括り付けた鞘に戻していた。
「それに、この数だ…ゴブリンどもの巣でもあったんじゃないのか?」
ゴブリンたちの死骸は三十匹以上はありそうだった。
「それって…まだ、ゴブリンがいるかもしれないってことですか?」
私は、剣を握ったまま周囲を窺った。
「まあ、そういうことだねぇ~。だけど、気配は感じられないから大丈夫じゃないかねぇ~」
セレスさんもマックスさんもさすがはBランクの冒険者。
ゴブリン程度では息切れすらしていない。
私は、多少呼吸が乱れている程度だったけれど、ニット君はいまだに荒い呼吸を繰り返している。
ニット君は、自身の持つ小剣……『エアブレード』が発生させる風の刃で攻撃したり、真正面に構えた状態で発生させることができる風の壁で身を守ったりすることができるけれど、その際に風の精霊の力を借りている。
精霊の力を借りるためには、対価として魔力を提供しなければならないらしい。
精霊が力を行使するには、魔力がないとその力は発揮されないみたい。
そのため、ニット君はかなりの魔力を消費してしまったので、荒い呼吸を繰り返している。
まるで、全力疾走した後みたいに呼吸が荒い。
「ニット君、大丈夫?」
「少し休めば、大丈夫だよ…あははは…」
乾いた笑いを浮かべるけれど、疲労の色が色濃く表情に出ていた。
「ボーヤ、無理のし過ぎだよ。それ以上魔力を使ったら、死んじまうかもしれないんだから、もう少し考えながら戦いな」
セレスさんがバシッとニット君に言って聞かせた。
私もこれくらい言えたらいいんだけれどね。
「うっ…うん…」
ニット君は、セレスさんから視線をそらしながら頷いていた。




