第21話 剣の舞
「なんだ、このガキは?」
「魔法使いなのか?」
「何かに弾かれる」
三人の騎士たちが、ニット君に向かって剣を振るっていた。
ニット君は、剣を真正面に構えたまま直立不動の姿勢をとっていた。
三人の騎士の剣は、ニット君に当たることはなかった。
彼の目前で風の壁に阻まれ、剣は全て弾かれていた。
何が起きているのかわからず、騎士たちは困惑していた。
『エアブレード』を真正面に構えてさえいれば、魔法でも物理攻撃でも風の壁で防げるみたいだった。
けれど、そんなニット君にも限界はある。
風の壁で自分を守れば守るほど、ニット君は自分の魔力を消費するようだった。
風の精霊が力を貸してくれて守ってくれるけれど、魔力がなければその力の恩恵は受けることができないみたい。
徐々にぜぇ~ぜぇ~と荒い呼吸をし始め、肩を上下に揺らしながら息をしている。
「ニット君」
私は、ニット君に向かって駆け出す。
騎士の攻撃を受け止めた後、彼は限界を迎えたようで尻もちをついていた。
そこに騎士の剣が迫る。
私は『聖剣エクスカリバー』を握りしめて、騎士に斬りかかる。
私の姿に気づいた騎士は、攻撃をやめて大きな盾を前に突き出してきた。
私は構わず力いっぱい剣を叩きつける。
ゴン!と重たい音を響かせて防がれてしまった。
「ニット君、下がって」
彼の前に立ちふさがり、三人の騎士の動きを注視しながら声を掛けた。
「大丈夫だよ…僕なら…」
剣を杖代わりにしながら、ニット君は立ち上がろうとするけれど、疲労のためかうまく立ち上がれないようだった。
私は、一気に駆け出すと一人の騎士に向かって切りかかる。
私に注意を向けさせるのが目的だから、倒せるとは思っていない。
騎士は盾を突き出してくる。
マックスさんみたいに力が強ければ力押しで行けるかもしれないけれど、非力な私の力では盾に傷をつけることすらできなかった。
『剣と慈愛の女神ブレーディア』が作り出した『聖剣エクスカリバー』を人間である私が使いこなせるのだろうか?
もともと女神が所有していた剣だ。
特殊な力があってもいいと思う。
今わかっているのは、私以外の人はこの『聖剣エクスカリバー』を持ち上げることすらできない事と私の身体をこの剣が傷つけることはないという事。
他にも、『聖剣エクスカリバー』がある一定以上の距離を離れると、勝手に私の手元に戻ってくること。
そして、剣を放り投げると地面に減り込むくらい重くなるということくらいだった。
騎士たちは、重い盾を前に突き出して私の攻撃に備えている。
立て続けに剣を振るう。
どんなに力を込めて叩きつけても、盾を切り裂くことはできないし、傷一つつけられていない。
動き回れば動き回るほど体力を消耗し、私が窮地に陥っていくことは目に見えていた。
けれど、逃げ出すわけにはいかなかった。
私の後方には、疲労困憊で動けなくなってしまっているニット君がいる。
彼を置いて一人で逃げるという考えは私にはなかった。
かといって、目の前の三人の騎士を倒す方法も見つからなかった。
セレスさんやマックスさん、ミィナさんは、それぞれ騎士たちと激闘を繰り広げている。
助けてもらえるということはないと思った方がいい。
私が何とかするしかない。
「え~い」
渾身の力を込めて『聖剣エクスカリバー』を叩きつける。
もう何度目だろうか?
攻撃しても盾にはじき返されてばかりだった。
動きを止めたら集中攻撃をされてしまう。
だから、動き回って攻撃を仕掛け続けた。
騎士たちは重い鎧兜に大きな盾を持っているので、動き自体はそんなに早くはない。
私の攻撃を警戒して盾を突き出している。
「どうしたらいいの…?」
何も進展しない状況に私は疲労だけを覚えていく。
足が重たく感じる。
身体が重い。
疲れてきて動きが鈍くなっていると自分でも感じる。
「!?」
不意に、騎士の一人が剣を振り下ろしてきた。
私が足を止めたところを狙ってきた。
大きく横に飛んで私は躱した。
三人の騎士たちは、連携して動き出していた。
徐々に私は三人に囲まれていった。
ついには逃げ場がなくなってしまった。
騎士の一人が剣を振り上げる。
「エアブレード」
ニット君の叫び声が聞こえた。
疲労困憊の彼が放った一撃は、私に向かって振り下ろされる騎士の腕を斬り飛ばしていた。
鋼鉄製の鎧などものともせずに、あっさりと切り裂いていた。
腕を斬られた騎士は、悲鳴を上げて地面の上をのたうち回る。
二人の騎士は、膝をついて動けなくなっているニット君の方に視線を向けていた。
騎士がニット君の方に行ってしまう。
それは避けなければならない。
私は渾身の力を込めて目の前の騎士に向かって剣を振る。
バケツのような形の兜の側面に『聖剣エクスカリバー』の刀身が当たるけれど、騎士の頭を微かに揺らす程度の衝撃しか与えられなかった。
「痛いな」
怒気を含んだ声が騎士から放たれる。
下から掬い上げるように剣が飛ぶ。
避けようとした私は、疲労のためか足がもつれてよろけた。
その時だった。
『聖剣エクスカリバー』の刀身が騎士の鎧を撫でるように触れた。
「ぐあっ」
悲鳴のような声を騎士が上げる。
地面に倒れ込んだ私は、慌てて距離を取って立ち上がる。
見れば、『聖剣エクスカリバー』の刀身が軽く触れた騎士の腹部当たりの鎧がスッパリと切り裂かれていた。
何故、斬れたの?
自問自答しても答えは出ない。
意識してやったわけではない。
だから、何がどうなってこうなったのかがわからない。
騎士の鎧が不良品だったのかもしれない。
けれど、それにしては綺麗に切れている。
鎧が切れただけで致命傷までは与えてはいない。
驚き戸惑いながらも、鎧を切り裂かれた騎士は私に向けて横なぎに剣を振るった。
反射的に身体を回転させながら背を反るようにして躱す。
私の目の前を騎士の剣が通り過ぎていく。
躱すので精いっぱいだった。
体勢を崩して私は倒れこむ。
その時に『聖剣エクスカリバー』の刀身が騎士の盾に触れた。
同じ現象が起きた。
触れた『聖剣エクスカリバー』の刀身が、騎士の盾に大きな傷をつけていた。
力いっぱい叩きつけても傷一つつけられなかったのに、軽く触れただけでスパッと鋭く切れていた。
力を入れる必要はないのかもしれない。
それになんとなくだけど、自分の動きが見えたような気がした。
私は無駄に力を入れすぎていたのかもしれない。
力で押せば何とでもなると思っていたところはある。
マックスさんみたいに力押しで行けば、相手を倒せると思い込んでいた。
けれど、今もさっきも剣が軽く触れただけで騎士の鎧や盾を切り裂いていた。
それなら試してみればいい。
盾に傷をつけられた騎士は、目を血走らせながら剣を振るってきた。
それを私は剣で受け止める。
腕に力が入る。
押し込まれないように力で対抗するしかない。
でも、私の力では無理なことはわかっていた。
盗賊との戦いで思い知っていた。
力で押し返そうとしたけれど、できずに押し倒されてしまっていた。
だから。
今回は、弾き飛ばされるように自ら後ろに飛んで距離を取った。
力を抜いて。
リラックスして。
自分に言い聞かせる。
けれど、騎士が向かってくるとどうしても迎え撃つために身体に力が入ってしまう。
どうしたら、力を抜いて動けるのかしら?
どうしたら?
私には、リラックスしながら動ける方法があった。
これならばできると確信できることがあった。
私は、早速試してみる。
『聖剣エクスカリバー』を右手に持ち、軽く握る。
そして、私は動き出す。
舞を舞うかのように。
そう、私には大好きな踊りがある。
踊りを踊っているときは、常にリラックスしている。
その動きを取り入れれば、できるかもしれない。
私の動きを奇妙に感じたのかもしれない。
二人の騎士は、しばらく私の動きを注視していた。
けれど、攻撃してこないことを感じ、襲い掛かって来た。
騎士の剣が私に迫る。
『聖剣エクスカリバー』を振るって、攻撃を受け止める。
それは、ダメ。
力が入ってしまう。
私は、すぐさま受け流す。
踊りをイメージし、それを攻撃に生かす。
いきなりのことでうまくいくとは思えない。
けれど、何かが掴めそうな気がしていた。
騎士の攻撃は全て躱す。
そして、代わりに撫でるように剣を振るう。
スパン!
騎士の手にしていた大きな盾が真っ二つになった。
無駄な力を入れずに振るった一撃は、鮮やかに盾を斬り裂いた。
相手の鎧がいかに強固であろうとも。
盾がすべてを受け止めてしまう状況であろうとも。
私には、それを打ち砕く方法がある。
軽やかなステップを踏み、私は騎士に迫る。
右へ左へと移動しながらの不規則な動きに騎士たちは翻弄され、戸惑っている。
そこへ鞭のようにしなる一閃を入れる。
騎士の胸元に赤い鮮血が迸る。
斬った感触は感じられなかったけれど、騎士の鎧は紙のように切れ、その下の肉体をも切り裂いた。
胸元を切り裂かれた騎士は、口惜しそうな声を漏らしながら、その場に頽れた。
もう一人の騎士が、慌てた様子で私に斬りかかって来た。
さっきの要領で、騎士の剣を躱す。
踊りをイメージした動きは、私の身体を軽やかに、かつしなやかに動かしていく。
良い感じに踊れている。
私の不規則な動きに騎士は翻弄され、困惑しながら攻撃を仕掛けてくる。
その攻撃を躱して、私は『聖剣エクスカリバー』を横に薙いだ。
騎士の分厚く重そうな大きな盾を易々と斬り裂く。
これならいける。
私には、確信があった。
けれど、それは大きな慢心をも含んでいた。
騎士が大振りで上から剣を振り下ろしてくる。
私は剣で捌いて、受け流そうとした。
そのため、つい力が入ってしまった。
円を描くように振るった一撃は、騎士の兜に当たった。
兜は斬れず、『聖剣エクスカリバー』の刀身が弾かれた。
思わず、私はたたらを踏んで、二歩、三歩と後退り、体勢を崩してしまった。
そこに騎士の突き出した剣が迫る。
「!?」
この体勢が崩れた状態では躱すこともままならない。
私の胸目掛けて騎士の剣が吸い込まれていく。
不意に、騎士の上半身が真っ二つになって飛んだ。
騎士の剣は逸れて、私の頬を掠めていった。
私の頬に少しだけ痛みが走った。
ほんの少しだけ刃が触れたようだった。
たらりと赤い雫が頬を伝った。
「ニット君?」
私は、彼の方を見る。
ニット君は、激しい呼吸を繰り返しながら、『エアブレード』の切っ先を真っ二つにした騎士の方に向けていた。
ニット君の放った風の刃が、私を救ってくれたようだ。
安堵して、一気に力が抜けた。
けれど、倒れるわけにはいかない。
私は気力を振り絞り、ニット君のそばまで歩み寄った。
「もう、無茶はしないで」
私が声を掛けると「でも…アテナ様を守れたから…」とニット君は満足そうに呟くと、手から『エアブレード』が零れ落ちた。
前のめりに倒れこむ彼の身体を私は手を伸ばして支える。
「ニット君!」
声を掛けて身体を揺さぶる。
スゥ~…スゥ~…と規則正しい寝息が聞こえてきた。
彼は誇らしげな表情をしている。
魔力を酷使しすぎて、限界を超えてしまったみたい。
驚かせないでほしい。
「ありがとうね。ニット君」
私の腕の中で寝息を立てるニット君の頬に私は唇を押し付けた。
気が付けば、いつの間にか騎士たちは、すべて倒されていた。
ほとんどが動かぬ者となっていた。
「一応、片はついたみたいだが、どうするんだ?こいつらは?」
マックスさんは、左腕を失い気絶したままの中年騎士を足先で突きながら、ミィナさんに尋ねていた。
「まだ息がある者もいるようなので、連れ帰って盗賊との関係を吐かせます。そのうえで、ギバント伯爵の関与が疑われるようであれば対処するつもりです」
「そのギバント伯爵ってのは、後ろ暗い噂のあるやつなのかい?」
「まあ、なくはないですけれど…伯爵の息子がちょっと…」
ミィナさんは、歯切れ悪く言い淀む。
「その息子って、金髪で傲慢な性格していたりしないかねぇ~?」
何か思い当たることがあるのか、セレスさんはピンポイントに尋ねている。
「そうです。金髪で、傲慢な奴です。知っているんですか?」
「多分…そいつも昨夜、お嬢ちゃんにダンスの相手を申し込んできた奴だと思うねぇ~」
そういえば、金髪の若い人もいました。
と、言うことは…
「嬢ちゃんにダンスの相手を申し込んだあの三人は仲間だったかもしれないってことか?」
「まあ、あくまでもそうかもしれないってだけさ。上流貴族なんかと関わり合いにはなりたくないんで、後はギルドに任せることにするかねぇ~」
「任せてください。後はこの中に商人から奪ったものがあるかの確認と回収だけです」
ミィナさんは、盗賊のアジトと思われる洞窟に視線を移すと洞窟内へと足を踏み入れていった。
洞窟に入って少し進むとやや広い空間になっていた。
そこには武器や鎧が無造作に置かれていた。
どれもこれも新品のように真新しい。
納品されようとしていた武具の様だった。
他にもお金の入った皮袋や煌びやかな宝石をふんだんにあしらった壺、女性の姿をかたどった胸像、誰が描いたのかわからない絵画など商人が運んでいたと思われる品々がそこにはあった。
「間違いないですね。商人たちから奪い取った品でしょう」
ミィナさんは、品物を確認して呟いた。
「けれど、こんなにたくさんの品をどうやって持ち帰るんだい?あたいらだけじゃあ、持ちきれないねぇ~」
品々を見回してから、セレスさんは私たちを順にみる。
手が空いているのは、セレスさんとマックスさんとミィナさんだけだ。
私は安らかな寝息を立てて眠っているニット君を抱きかかえている。
とても三人だけでは持ち帰れないし、私やニット君がいたとしても何往復もしないと持ち帰れないほどの量だった。
「それならば心配無用です。私は用意周到な女ですから」
ミィナさんはそう言うと背負っていた背負い袋に手を入れて何か竹筒のようなものを取り出すと洞窟の外へと向かって行く。
洞窟の外に出たミィナさんは、紐が付いた竹筒を空に向けて掲げる。
何をするのか見ていると、竹筒についている紐を引っ張った。
一瞬の間を置き、竹筒からポン!と赤い光が飛び出した。
その光はある程度の高さまで登ると数秒間中空で赤々と輝いた。
赤い光が消え去ると、再び別の竹筒を同じように空に向かって打ち出す。
同じ赤い光が打ち上がり、発光した。
「何をしているんですか?」
ミィナさんの不可解な行動が理解できずに、私は尋ねていた。
「信号弾です。あの赤い光は、他のギルド職員への合図です。商人の品を見つけて回収できるようだったら、駆けつけてもらう様に少し離れた場所で馬車に待機を元々命じていたんです。あの赤い光を見れば、そのうちやってくると思います」
そう言って、三回目の赤い光を上空に打ち上げていた。
しばらく待っていると。
二台の馬車が近くを通りかかった。
ミィナさんは、その馬車を盗賊のアジト付近まで誘導してきた。
その馬車には、それぞれ二人づつギルドの職員が乗っていた。
ミィナさんは、ギルド職員に洞窟内の品を馬車の荷台に積むように指示している。
職員たちは手際よく運び出し、馬車の荷台に次々に運んでは積んでいく。
馬車を待っている間に息のある騎士を数人縛り上げておいたミィナさんは、その騎士も馬車の荷台に放り込んでいた。
その間、私たちは疲れた身体を休めていた。
と言っても、疲労しているのは私だ。
それと、私の胸の中で眠っているニット君の二人だけ。
セレスさんとマックスさんは、地面に座り込んでいたけれど疲れている様子は見られなかった。
さすがは、ベテランの冒険者だと思う。
様々な魔法を臨機応変に使って騎士を倒していったセレスさん。
力押しで相手を叩き伏せていったマックスさん。
素早い動きで騎士を翻弄して、時には力強く攻撃していたミィナさん。
それぞれが自分の持ち味を理解し、昇華しているんだなと私は考えていた。
そう考えると私の持ち味って何だろう?
秀でるものが何もない。
力でも男の人と対等に渡り合えない。
素早い動きもできない。
戦いの駆け引きのようなものも、あまりよくわかってはいない。
ただ無我夢中で戦っているだけだった。
でも、騎士との戦いの中で気づいたことがある。
この『聖剣エクスカリバー』が騎士の鎧や盾を切り裂いていた時のことを思い返す。
疲労で身体は、うまく動かなかった。
でも、そんなときに『聖剣エクスカリバー』の刀身が軽く触れる程度で騎士の鎧や盾に当たった。
それだけで綺麗に金属製の鎧や盾が斬り裂けていた。
力押しで行こうとしたときは、傷一つつけられなかった。
でも、リラックスした状態で振るった剣は、どんなに硬いものでも紙のように切り裂いてしまうようなそんな錯覚に陥った。
実際にそうなった。
『聖剣エクスカリバー』の特徴なのかしら?
そんなことを考えているとセレスさんとマックスさんが歩み寄って来た。
「ボーとしているけれど、大丈夫かい?」
考え事をしていたので、突然、声を掛けられて私は驚いた。
「はい、大丈夫です。結構、疲れましたけれど…」
今のところ立ち上がる気力はないので座り込んだままだ。
「そうかい、まだ積み込みには時間がかかりそうだから休んでいるといい」
ミィナさんとギルド職員は忙しそうに馬車の荷台に品物を運び込んでいる。
「ところで嬢ちゃん。嬢ちゃんが倒した騎士のことなんだが…あの切れ味鋭い切れ方は『聖剣エクスカリバー』でやったのか?」
騎士の胸元と腹部の鎧が切り裂かれ、真っ二つになって転がっている盾を指さしながらマックスさんが尋ねてきた。
「え~と…」
ニット君の『エアブレード』から放った風の刃は、騎士の鎧をあっさりと切り裂いていたことと私の『聖剣エクスカリバー』が力押しでは切れなかったけれど、力の抜けた状態で触れた時には切り裂けたことを簡単に説明した。
「ほ~う…」
セレスさんとマックスさんは、同時に声を上げ、顔を見合わせていた。
「私にもよくわからないんですけれど、力を抜いた状態で斬れたんです」
「嘘か誠かは知らないが、剣の達人は力を抜いた状態で剣を振るい、どんなに硬いものでも、どんなに大きなものでも、全てを思い通りに斬ることができるらしい。そんな達人の域に達したことがないからわからないが、嬢ちゃんの場合は無駄な力が入らず、『聖剣エクスカリバー』の本来の鋭さが増した結果かもしれないな」
「私は…剣の達人ではないですよ…」
「達人が剣を振る時の状態に近かったんじゃないか?その結果があれだ。達人の境地に至る素質があるってことだろうな」
マックスさんはそう言って持ち上げてくれるけれど、自分が剣の達人になれるとは思えない。
あれはたまたま、ああいう状態になっただけだと思う。
意識してできるかと言われたら「無理です」と私は胸を張って答える。
でも、踊りながら戦うっていうのは、なんとなく私には合っているような気はしていた。
戦いの最中に踊り出したら、変な人にしか見えないかもしれないと思ったら、何だか恥ずかしい気持ちが沸き起こって来た。
踊りながら戦うっていうのは、ちょっと保留かな。
「ボーヤの方は、魔力が尽きるまで剣を振るうとはね…ちょっと危険な気がするよ」
セレスさんは、私が抱きしめているニット君を見つめながら溜め息を一つ漏らした。
「魔力を使わないですむ方法ってないんでしょうか?」
「それは風の刃や風の壁を使わないことだねぇ~。まあ、ボーヤにそれを言っても無駄だと思うよ。お嬢ちゃんが窮地に立たされた時、迷うことなくそのボーヤは剣を振るうだろうからねぇ~」
「それって、私が強くなるしかないってことでしょうか?」
「まあ、それが一番かもしれないとあたいは思うねぇ~」
セレスさんにそう言われ、私は寝息を立てるニット君の小さな身体を抱きしめた。
私が強くならないとこの子は、私のために無理をしてしまう。
無理をすれば身体に負担がかかってしまい、今回みたいに倒れてしまうことになってしまう。
いえ、下手をすれば魔力の使い過ぎで命を落とすことにもなりかねない。
そんなことになったら、私は耐えらなれない。
この子を失いたくないと、心の底から思った。
だから、強く抱きしめた。
強くなって、私がニット君を守らなきゃいけない。
抱きしめる私の腕の力が強かったのだろう。
「アテナ様…痛いよ…」と小さな声がした。
「ニット君!ごめんね」
慌てて私は、腕の力を緩めた。
ニット君は、大きく欠伸をする。
眠たそうにしているけれど、顔色も悪くないし、見た目的には大丈夫そうだった。
「身体は大丈夫かい?ボーヤ?」
「うん、まだちょっと眠いけれど、大丈夫だよ」
私の腕の中で、彼はにっこりと微笑んだ。
「私のために無茶はしないでね」
心配そうな表情でニット君の顔を見つめる。
ニット君は申し訳なさそうな顔をしながら「うん、気を付けるよ」と小さく呟いた。
そんな時、ミィナさんが私たちの元に駆け寄って来た。
「積み込みが終わりましたので、街に戻りたいと思っているんですが…」
私たちの顔を見渡して一度言葉を区切る。
「皆さんに護衛の依頼をお願いしたいのですが…引き受けてもらえますか?」
「護衛?」
私は、首を傾げる。
ミィナさんは、強い。
護衛なんて必要ないと思うけれど。
「私一人では何かあった場合に馬車やギルド職員を守り切れないかもしれません。どうせ街に戻るのなら引き受けてもらえませんか?」
なるほど、戻る場所は同じだから一石二鳥だと思う。
「報奨金が出るのなら、引き受けるよ」
「当然です。それなりにお支払いしますので、よろしくお願いします」
ミィナさんは、私たちに向かって頭を下げた。
私たちに?
それって私も含まれるのかしら?
「あの~私とニット君も護衛をするってことですか?」
恐る恐る、私は尋ねる。
「そうです。人数は多い方が助かりますから」
「でも、ギルドの職員さんは元冒険者ではないのですか?」
「私みたいに元冒険者もいれば、そうでない人もいますから。あそこにいる私以外の職員は戦いの経験すらないです。ですから、アテナさんもニットさんもよろしくお願いします」
改めて頭を下げられ「はい、お願いします」と私は返事をしたけれど、護衛ってどうしたらいいのかしら?
「なに、魔物や盗賊が襲ってきたら、ぶちのめせばいい。ただ、それだけだ。何も襲ってこなけりゃ、楽な仕事だぞ、嬢ちゃん」
マックスさんは、不安が顔に出ていたのか私のためにそう言ってくれた。
「お金貰えるなら、僕もやるよ」
私の腕の中から抜け出して、ニット君は元気に声を上げた。
盗賊のアジトにあった商人から奪い取った品々は、馬車一台には目いっぱい積み込み、もう一台は半分ほど埋まる形となった。
それを護衛しながらミュージダリアの街まで戻っていった。
帰りは、魔物に襲われたりしないかと気が気ではなかったけれど、何事もなく街まで戻ってこれた。
街に戻るとミィナさんは、すぐに私たちの依頼達成の処理に取り掛かってくれた。
「これがセレスさんとマックスさんの報奨金になります」
皮袋が三つパンパンになったものがカウンターに置かれた。
あの皮袋の中にお金がいっぱい入っていると思うと、尻込みしてしまう。
あんな大金手にしたことがない私は、戸惑ってしまうことだろう。
セレスさんとマックスさんは、さも当たり前のように受け取っていた。
「え~と…こちらがアテナさんとニットさんの報奨金になります」
カウンターに置かれた皮袋に驚き、私は絶句した。
渡された皮袋は一つだったけれど、パンパンに膨れていた。
こんなに貰ってもいいものかしら?
「これ…私とニット君の分ですか?間違ってないですよね?多いような…」
「薬草の納品と犬人の討伐、イレギュラー対応の騎士たちの討伐に馬車の護衛の報奨金です。間違っていないですよ」
盗賊と戦った分は入っていないみたい。
盗賊団の壊滅の依頼はセレスさんとマックスさんが受けたものだから、含まれないのは当然かもしれない。
「お嬢ちゃんとボーヤの分なんだから、受け取っておきな」
セレスさんに促されて、私はニット君と顔を見合わした後、報奨金の入った皮袋を手にした。
ズシリと重く、今までもらったことのない金額が私の手を震えさせた。
落とさないようにすぐさま背負い袋にしまい込んだ。
こんな大金を持つのは、ちょっと怖い気がする。
でも…これだけあれば、しばらくはお金に困ることはないと思う。
贅沢さえしなければだけれど。
「あと、アテナさんとニットさんの『冒険者登録証明書』をお返ししますね」
返してもらった『冒険者登録証明書』を受け取った私の目が一転に集中する。
「あの…Dランクになっていますけど…」
今までEランクとなっていた箇所がDランクに格上げされていた。
ニット君の『冒険者登録証明書』も同じくDランクになっていた。
「私の権限で、ランクを上げさせてもらいました。一緒に同行し、あなたたち二人の働きぶりを見て、Dランクに上げても問題ないと判断したので上げさせてもらいました」
「私たち…Dランクになってもいいんですか?」
「はい、冒険者ギルドに登録したばかりだと新人冒険者である証のEランクですが、ある程度依頼をこなしていけばDランクには上がります。もう、新人冒険者であるEランクの必要はないと思ったので、Dランクとしました」
私はセレスさんとマックスさんの方を見る。
「新人脱出おめでとう。お嬢ちゃん、ボーヤ」
「ランクが上がってよかったじゃねえか。これで、そこそこの報奨金がもらえる依頼が受けられるようになるぞ」
セレスさんもマックスさんも喜んでくれているようだ。
「でも、私たち…そんなに実力があるわけじゃないし…」
「そうです。ここから上のランクに上がるにはそれなりの実力と実績が必要になります。本当に力がない人はずっとDランクのままですし、そういう人が多いです。できることならば、上を目指して努力をしてください」
きっぱりと言い切られてしまった。
どうやら、Eランクは新人を現すもので、新人でなくなればDランクに上がる仕組みみたい。
ここからCランクに上がるためには、私もニット君も努力しなければならない。
私はランクにこだわるつもりはない。
けれど努力目標の一つとしてCランクを目指すというものを掲げてもいいのかもしれないと思った。
「さてと…報奨金も入ったことだし、うまい飯でも食おうじゃないかい」
セレスさんが、そう切り出す。
「それなら、また外で食おうぜ」
「それがいいですよ。毎晩、イベントは開催されていますからね」
ミィナさんが、そう言ってくれた。
窓の外は薄暗くなってきている。
ギルド内にも外の演奏が微かに聞こえてくる。
異論はなかったので、私は頷く。
ギルドの外へ出ると、大広場には徐々に人が集まってきていて、テーブルには多くの人々が詰めかけていた。
開いているテーブル席に私たちは座った。
すかさず、メイド服を身に着けた女性が駆け寄って来た。
注文を取りに来てくれたのだ。
セレスさんは、飲み物と食べ物を適当に頼むとお金を支払おうとした。
「あの…私が出します」
私は、そう声を上げた。
「その必要は、ねーよ。その金は、嬢ちゃんたちが有意義に使いな」
マックスさんが、そう言ってくれた。
「でも…」
「気にすることはないさ。何かと必要だったりするだろう?自分たちのために使えばいいさ」
セレスさんは、メイド服の女性にお金を渡していた。
いつもごちそうになってばかりで申し訳ない気がしてくる。
「さあ、今宵も音楽とダンスの街ミュージダリアにようこそ。素敵な演奏とダンスショーをお楽しみください」
男の人が声を張り上げた。
大広場に集まってきていた人たちが拍手と歓声を上げる。
噴水前に陣取った数十人の楽団員は、それぞれの担当する楽器を手に演奏を始める。
ゆったりとした曲調の調べが耳に心地よい。
それは次第に激しさを増し、荒々しい曲調へと変化する。
昨日、演奏されていたものもよかったけれど、今日の曲も良いものだった。
私は、数々の楽器が奏でる音のハーモニーに聞き入り、自然と身体が揺れていた。
気分が高揚してくる。
煌びやかなドレスをまとった女性とワイルドさを際立たせたような服装に身を包んだ男性たちが楽団員の前に現れる。
その男女はペアを組み、ダンスショーも併せて始まった。
音楽に合わせて楽し気に踊るペアを見て、私も踊りだしたい衝動に駆られる。
ウキウキワクワクしている自分がいるのを感じる。
「さあて、皆さま。ここからはだれでも参加自由のダンスタイムです。参加されたい方は自由に前に出てきてもらって構いませんよ」
男性が叫ぶと、ダンスをしたい人たちが席を立って前に出ていく。
私は立ち上がりかけて、セレスさんとマックスさんの方を見てしまった。
二人は苦笑しながら「行って来るといい」と言ってくれた。
私は、ニット君の方を見る。
「一緒にダンスを踊ってくれるかな?」
ちょっとためらいがちに私はニット君に声を掛けた。
「へたくそだけど…それでもいいの?」
上目づかいでニット君は尋ねてくる。
「上手い下手なんて関係ないわ。私はニット君と一緒にダンスを楽しみたいわ」
口にした言葉は、私の本心だった。
ただ、ダンスがしたい。
ニット君と一緒に楽しみたい。
それだけだった。
「ぼっ…僕も…アテナ様と踊りたいかな…」
もじもじしながら、小さな声でニット君は呟いた。
「じゃあ、行きましょう」
私はニット君に手を差し出して椅子から立ち上がる。
その手をニット君は掴むと「うん」と可愛らしく微笑んだ
ダンスを楽しむ人たちに紛れて私とニット君は踊った。
思い思いに踊った。
上手い、下手なんて関係ない。
この素晴らしい音楽とともに私はダンスを踊った。
ニット君の小さな身体を振り回しながら、自由に踊る。
楽しくなって笑顔がこぼれた。
ニット君も楽しんでいるようで笑っている。
こんな時間がいつまでも続けばいいなと思いながら私は気が済むまで踊り続けた。
次にいつこんな風に踊れるかはわからない。
だから、今を精一杯楽しんだ。
いつ終わるとも知れない人生だ。
楽しまなきゃ損をする。
だから、今夜は心の底から楽しんで踊りあかした。
私のわがままにニット君を付き合わせてしまったことを後々後悔したけれど、今を私は楽しんだ。
こんなに楽しい時間がいつまでも続くように願いながら。
私は、ニット君とともに楽しくダンスを踊った。




