第20話 盗賊団をやっつけろ
犬人に襲われていた吟遊詩人の男の人とともに森の南へと向かっている私たち一向。
吟遊詩人の人は、森のさらに南にある街へ行くらしい。
私たちは、森の南付近に出没するという盗賊退治をするために向かっていた。
この依頼をギルドから受けたのはセレスさんとマックスさんだったけれど、私もニット君も一緒に行動していた。
吟遊詩人の男の人は先頭を歩き、その後ろにミィナさんが続き、セレスさんとマックスさん、一番後ろを私と手を繋いだニット君が歩いていた。
ニット君は、さっきから上機嫌で元気な足取りで歩いている。
「ニット君、ずいぶんとご機嫌ね?」
「うん。悪い魔物をやっつけたから」
犬人を退治したことで、ニット君は自信をつけたみたい。
そういえば、『エアブレード』をうまく使いこなしていたようにも思う。
コボルトが飛び掛かってくれば、剣を真正面に構えて風の壁を発生させて身を守り、ここぞという時は風の刃を撃ち出して退治していた。
コボルト十匹の内の半分以上をニット君が退治していたと思う。
そうであれば、自信を持ってしまうのは仕方のない事。
でも、あまり過信はしてほしくないけれど、ニット君の気分を害するのは可哀想だから、今は何も言わずにおこうと私は思った。
そんな私の耳にセレスさんとマックスさんが小声で話をしている声が聞こえてきた。
「セレス、あいつの足元を見てみろ」
「ああ、間違いないみたいだねぇ~」
あいつ?…って誰のことかしら?
二人の前を歩いているのは、ミィナさんとさらにその前を吟遊詩人の人が歩いている。
二人の足元に視線を向けると、ミィナさんは長年愛用しているような感じの靴だけれど、綺麗にしているみたいで汚れはあまり付いていない。
けれど、吟遊詩人の男の人はかなり使い古した、くたびれた靴を履いていた。
靴底に穴が空いているのかしら?
時折、変な歩き方をしているようにも見えた。
歩き方っていうよりは、足の運び方が変って言った方がいいのかもしれない。
独特な歩き方をしていた。
私の前を行くセレスさんは、容姿の見た目もそうだけれど、歩き方も綺麗だった。
一挙手一投足に品があるといったらいいのかな?
がさつに見える時があるけれど、それはわざとやっているような感じを私は以前から受けていた。
だから、セレスさんはいい所のお嬢様ではないかとも思っているけれど、さすがにそんなことを聞くことはできなかった。
マックスさんは、足音を立てて地面をしっかりと踏みしめながら歩いている。
男らしい歩き方と言えば、そう見える。
ニット君もそれを真似しているのか、今はそんな歩き方をしていた。
私は、普通に歩いていた。
自分が歩きやすい歩き方で歩く。
それが一番疲れずに歩けるからだ。
「そう言えば、盗賊ってどのあたりに出るんでしょうか?」
犬人を退治してから、ある程度の距離を私たちは歩いていた。
盗賊の姿はおろか、動物の姿すらも見かけなくなっていた。
「とっ…盗賊?盗賊が出るのですか?」
吟遊詩人の人は、驚いた表情をしながら声を上げた。
「盗賊なんて僕がやっつけちゃうよ」
ニット君は、犬人を退治して自信をつけたことで、強気な発言をしている。
「あなたのような子供に盗賊が倒せるわけがないでしょう?盗賊を馬鹿にしているの?」
「僕だって、盗賊くらいやっつけられるもん。さっきの犬の…」
「犬人よね?」
犬人の名前が出てこなかったようなので、私が助け舟を出す。
「うん。犬人だって退治できたもん。アテナ様と一緒に退治したもん。盗賊だって簡単に退治できちゃうもん」
ニット君は、私の足にしがみつきながら、吟遊詩人の人に向かって言い放っている。
「お嬢さん、まさか…あなたも盗賊をあっさりと倒せると思っているんじゃないでしょうね?」
一瞬だけれど、この吟遊詩人の人の目つきが鋭くなったように感じられた。
「5~6人くらいだったら、退治できるかもしれません…」
私の実力では一人相手にするので精いっぱいだと思うけれど、なんとなく流れで5、6人と見栄を張ってみた。
「盗賊は二十二人もいるんだから、Eランク冒険者が敵うわけないでしょう。あ~やだ、やだ。自分の実力を把握できていない人はこれだから…」
この人は、人を馬鹿にしないといられない質なのかしら?
「二十二人くらい余裕だと言ったら?」
腕組しているマックスさんの言葉に「薬草集めくらいしかできないEランク冒険者じゃ、盗賊には太刀打ちできないって言っているの。わかる?」と馬鹿にしたような態度を取りながら、周囲に喚き散らすように大きな声を上げていた。
そんなに大きな声を張り上げるような事でもないと私は思うのだけれども。
「わからないねぇ~…盗賊どもの実力もわからないのに…」
「じゃあ、わからせてやるよ」
セレスさんの声を遮って、男の声がした。
セレスさんは、すでに太ももに括り付けていた短剣の『白銀の刃』と『黒鉄の刃』を両手に握りしめていた。
まるで分っていたかのような反応だった。
マックスさんも剣を抜いてはいないけれど、柄に手をかけていた。
ミィナさんもいつでも戦えるように身構えている。
木々の合間から男たちが次々に姿を現す。
私たちを囲むように。
「ふ~ん…二十一人いますね」
ミィナさんは見渡して、盗賊の数を数え上げていた。
盗賊の数は多い。
どの人も口元に薄ら笑いを浮かべている。
人相は、悪人なのでお世辞でもいいとは言えない。
すごく悪い面構えをしている人ばかりだ。
盗賊になる人で人相がいい人って見たことがないかもしれない。
どの人も、くたびれかけた革製の鎧を申し訳程度に身に着けている。
手には、それぞれが得意としている武器を持っている。
長剣を使用している人が多そう。
扱いやすそうな小さめの斧やナイフを手にしている人もいる。
「この人たちが…盗賊?」
遅れて私は、腰の鞘から『聖剣エクスカリバー』を抜き放ち、構える。
それを見たニット君も鞘から『エアブレード』を抜き放った。
「ぎゃはははははは…おいおい、そこのガキも戦う気か?おもちゃの剣で俺らと戦えるのか?」
盗賊の一人がニット君を見て、声を上げた。
こういう人たちは、どうして人を馬鹿にするのかしら?
「くっくっくっ…ボーヤ、やっちまいな」
忍び笑いを漏らしながら、セレスさんが顎をしゃくった。
「良いの?」
さっきまでは自信満々だったニット君だけれど、こうも人相の悪い人が多い盗賊に囲まれるとさすがにさっきまでの傲慢な態度はとれないらしい。
ちょっとオドオドしている。
「いっちょ、ぶちかましてやれ」
マックスさんは、背中の鞘から『ドラゴンバスター』を引き抜きながら、ニット君に促した。
「うん。やるよ」
ニット君は『エアブレード』を握りしめると、横一文字に振り抜く。
「エアブレード」
掛け声とともに刀身から風の刃が飛び出した。
ニット君のことを嘲笑った盗賊の胴が真っ二つになって頽れる。
風の刃は、さらにその後ろにいた盗賊の左腕を肘から斬り飛ばし、わき腹を深くえぐり取った。
何が起きたのかわからず、困惑しながら男は悲鳴を上げて倒れた。
それが開戦の合図だったようにマックスさんが一気に駆け出し、手近にいた盗賊の一人を袈裟懸けに切り伏せる。
切り裂かれた盗賊は吹っ飛び、背後にいた盗賊二人を巻き込んで地面に倒れ込んだ。
すかさず、その倒れ込んだ二人に止めを刺すマックスさん。
戦いに迷いがなく、確実に盗賊を倒していく。
セレスさんも風の魔法を『白銀の刃』と『黒鉄の刃』にまとわせて増幅し、それを盗賊目掛けて打ち出している。
放った風の魔法は、鋭い刃となって盗賊たちの身体を斬りつけ、周囲に立ち並ぶ木々をも切り裂いていく。
運悪く根元から切り倒されてしまった巨木が倒れこむ。
それに巻き込まれて一人の盗賊は圧し潰されていた。
ミィナさんにも盗賊が襲い掛かっていた。
ナイフを持った盗賊が切りかかっていく。
だけど、ミィナさんは腕にはめた手甲で受け止めている。
「そらそら、いつまでも受け止められるかな?」
下卑た笑いを浮かべながら、楽しそうに盗賊はナイフを振り回す。
「弱すぎて話になりません」
あっさりとナイフを受け止めて、盗賊の腹部に蹴りを入れる。
よろめいて盗賊は後退った。
「手を出すつもりはなかったんですけれど、私に向かってくるならば、致し方ありません」
両手を激しく振るうと、ミィナさんの両腕にはめていた手甲から鉤爪のようなものが飛び出した。
握りしめた拳を覆う様に歪曲していて、先端は鋭く尖り、禍々しい印象を受けた。
「ほう…面白そうなもん持ってんじゃん」
盗賊は警戒しながらも、ミィナさんの手甲から飛び出した鉤爪が気になったみたいだ。
盗賊はナイフを握りしめると、突きを繰り出した。
ミィナさんの顔面を目掛けて、きらりと光る刃が迫る。
彼女は上体を逸らしてナイフを躱し、右腕を下から掬い上げた。
鉄鋼の鉤爪が盗賊の腕を易々と切り裂き、赤い飛沫が舞う。
悲鳴を上げて盗賊が腕を戻そうとした際に、一歩踏み込んで、左腕を伸ばした。
鉤爪に覆われた左手が盗賊の腹部に突き刺さる。
慈悲もなく、ミィナさんはその左腕を抉るように回転させて右へと振り抜いた。
腹部深くにもぐりこんだ鉤爪は、臓器を抉り出しながら大量の血飛沫を巻き上げた。
白目をむいて盗賊は仰向けに倒れ込んだ。
ミィナさんの情け容赦ない攻撃に盗賊たちは、鼻白んだ様子だった。
「エアブレード!」
威勢のいい掛け声とともに、ニット君は剣を振るう。
風の刃は、狙った盗賊を逃がすまいと追いすがり、確実に止めを刺していく。
「はぁ…はぁ…」とニット君は息切れをし始めていた。
風の刃や風の壁を使用するとニット君の魔力が消費されると前にセレスさんが言っていたような気がする。
ニット君は、魔力を使いすぎているのかもしれない。
「ニット君。無理はしちゃだめよ」
そう声を掛けるけれど「大丈夫だよ、アテナ様。これくらい平気だよ」と荒い呼吸を繰り返しながら、ニット君は疲れたような表情を見せていた。
そう言えば、盗賊退治の依頼はセレスさんとマックスさんが請け負っているのに、私やニット君が手を出していいのかしら?
ふとそんな疑問が頭をよぎった私に向かって、盗賊二人が襲い掛かって来た。
そんなことを考えている場合じゃない。
私は、地面を蹴って横へと跳ね飛ぶ。
盗賊の一人が私に追いすがってくる。
小さめの斧を私に向かって振り下ろしてきた。
とっさに身体が動いていた。
剣を横にして斧を受け止めていた。
それが私には精いっぱいだった。
盗賊の男の人の力の方が強い。
どんどん押し込まれていっている。
力いっぱい押し返そうとしているけれど、押し返せそうにない。
斧の鋭い刃が徐々に私の顔に迫ってくる。
もう一人の盗賊が長剣を片手に左手側から切りかかって来た。
すでに斧を受け止めているので身動きが取れない。
私は力負けして、地面に仰向けに倒れこむ。
斧を押し込んできていた盗賊は、私に覆いかぶさるように倒れ込んだ。
その拍子に盗賊の斧は地面に転がった。
刹那。
横から切りかかって来た盗賊の長剣が当たった。
私に覆いかぶさった盗賊の右肩辺りが血に染まっている。
「ぐあああ…てめえ、何しやがる」
仲間の盗賊に切られたこの男は、仲間を睨みつけて怒鳴っていた。
痛みに呻いている。
「いや…すまん…」
横から斬りつけてきた盗賊は、仲間を攻撃してしまい戸惑っていた。
私はとっさに『聖剣エクスカリバー』を戸惑っている盗賊に向かって放り投げた。
すぐ間近にいる盗賊の下腹部に『聖剣エクスカリバー』が触れた瞬間。
ズドン!
大きな音とともに地面が微かに揺れた。
盗賊の下腹部から下は地面と『聖剣エクスカリバー』に挟まれてペチャンコに潰れていた。
想像を絶する激痛だったみたいで、口から泡を吐き、白目をむいて盗賊は硬直していた。
地面からお腹から上が生え出ているかのような姿で絶命していた。
多分、何が起きたのかわからなかったと思う。
『聖剣エクスカリバー』のことを知っている人以外は誰にもわからないだろう。
肩を仲間に切り裂かれた盗賊は、仲間の下半身が一瞬にして潰れてなくなった状況に唖然としていた。
地面に減り込む剣…『聖剣エクスカリバー』に下半身を見るも無残に圧し潰されている仲間の姿を見れば、驚き戸惑うしかないはず。
「何をしやがった」
私に向かって怒鳴りつけてくる。
私は『聖剣エクスカリバー』に手を伸ばす。
けれど、あと数センチが届かない。
「言え。あいつに何をした?」
盗賊が怒鳴った。
私の手から離れた『聖剣エクスカリバー』には手が届かない。
でも、私の視界にはあるものが捉えられていた。
私の上に覆いかぶさり、怒鳴り散らすこの盗賊が手にしていた武器…小さめの斧だった。
それを手に取ると力いっぱい振り回した。
男のわき腹に直撃する。
悲鳴を上げて、男はもんどりうった。
私は男を突き飛ばして、地面に減り込んでいた『聖剣エクスカリバー』を拾い上げる。
それを一気に男の胸に突き立てた。
無我夢中で必死だった。
「アテナ様。大丈夫?」
ニット君が駆け寄ってきてくれた。
「何とか大丈夫よ」
笑みを浮かべようとしたけれど、ぎこちない笑顔しか作れなかった。
盗賊たちは、ほとんどが倒れていた。
ピクリとも動かない者もいれば、腕や足だけを斬り飛ばされて痛みでのたうち回っている者もいる。
そういえば、あの吟遊詩人の人はどうしたのかしら?
盗賊が襲い掛かって来た時にはいたはずだった。
辺りを見渡すと少し離れた木の陰に隠れている。
けれど、丸見えだ。
にもかかわらず、あの人のそばには盗賊は誰一人として襲い掛かっていないみたい。
ここにいる人の中で言えば、私が一番弱いかもしれないけれど、武器も持っていない吟遊詩人の人の方が見た目的にも弱いと思うはずだけれど、盗賊は誰一人として襲い掛からなかったみたい。
「ぎゃあ」
悲鳴を上げて、最後の盗賊がセレスさんの放った魔法によって止めを刺されたみたいだった。
「みんな無事かい?」
セレスさんは周囲を見渡している。
「ああ、これくらいなんでもねーよ」
マックスさんは、平気そうだった。
「私も平気です」
手甲に鉤爪をしまいながらミィナさんが答える。
「僕も大丈夫だよ」
肩を揺らしながら荒い呼吸を繰り返しているけれど、ニット君も怪我などはしていないように見える。
けれど、魔力の消耗が激しいのか、荒い呼吸のままだった。
「私も何とか大丈夫です」
たった二人の盗賊を相手にしただけで精いっぱいだった。
いえ、『聖剣エクスカリバー』があったから何とかなったっていう感じかもしれない。
「なんで…?何でEランク冒険者が盗賊を…?」
吟遊詩人は、二十一人の盗賊たちが倒れているこのありさまを目の当たりにして信じられないといったような顔をしていた。
「ああ、そういえば、言っていなかったよねぇ~。あたいとこっちのマックスはBランクの冒険者だからねぇ~」
セレスさんは、さも忘れていたかのように振舞って言い出した。
「ええ?Bランク?」
「私も元Cランクの冒険者で、冒険者ギルドの職員です」
ミィナさんも鉤爪を戻し終えて言い放つ。
「んで、そこの嬢ちゃんとボーズがEランクの冒険者だ」
マックスさんが私とニット君を指さした。
「なっ?Eランクは、その二人だけだったの?そんなの詐欺じゃない」
そんなにも驚くことはないと思うけれど、この吟遊詩人の人の態度は明らかに不振だと私は思った。
「何を言っているんだ?お前は?」
「そうだよ。迷惑な盗賊が叩きのめされて、無事に街道を通れるんだからいいことだろう?」
「何か困ることでもあるんですか?」
マックスさんとセレスさんとミィナさんが吟遊詩人の男を囲むように陣取っていた。
「べっ…別に困ることなんかないですよ。困ることなんか…」
目が泳いでいた。
吟遊詩人の人は、そっと腰のポーチに左腕を伸ばす。
「なら、いいじゃねえか。二十二人目さんよ~」
マックスさんは、吟遊詩人の顔をいきなり殴りつけた。
鼻が折れ、鼻血が口元を赤く染める。
マックスさんは、仰向けに倒れ込んだ吟遊詩人の右肩を力いっぱい容赦なく踏みつけた。
ゴキッ!と嫌な音がして、肩の骨が砕けたと思う。
苦痛に呻く吟遊詩人は腰の小さなポーチに再び手を伸ばす。
セレスさんは手にしていた刀身の黒い短剣…『黒鉄の刃』を投げつけて、男の左手を地面に縫い付けた。
マックスさんとセレスさんの行動の意味が分からず、私とニット君は困惑しながら顔を見合わせるしかなかった。
マックスさんは手を伸ばし、男の腰から小さなポーチを強引に引きちぎり、中身を地面にぶちまけた。
針金のようなものが数本と何かの粉を包んだ紙、後は見たこともないような小さな奇妙な道具が散らばっていた。
「やっぱりそうですか」
ミィナさんが呟く。
「あんたも気づいていたのかい?」
「ええ、盗賊特有の忍び足を時折、見せていましたからね」
何のことを言っているのか私には全く分からない。
「あの…これは一体…」
「こいつは吟遊詩人なんかじゃない」
「盗賊だよねぇ~」
見下しながらセレスさんが尋ねる。
「何のことを言っているのかわからないわね」
「白を切るんじゃねーよ」
マックスさんは、吟遊詩人の腹部に足を乗せた。
徐々に体重をかけていくと、男は苦痛に歪む声を漏らした
「ボーズが盗賊をぶっ殺せるって言った時に、盗賊の肩を持つようなことを言っていたよな?」
普段は見せないような凄んだ声で怒鳴りつけ、足に力を込めていく。
「あの~…ニット君はそんな物騒なこと言ってませんけど…盗賊をやっつけるって言ったと思うんですけれど…」
「んっ?まあ、ニュアンス的には同じだろう?」
でも、ニット君はそんな物騒な言い方はしないし、してほしくないという気持ちは私には強くあった。
「他にも、盗賊が出ることを知らなかったはずなのに、二十二人いるとか言い出したし…」
ミィナさんが、男を睨みつける。
「あんたは意識していなかったと思うけれど、盗賊が良く使う忍び足をあんたはしていたんだよ」
セレスさんの指摘に、私は思い当たることがあった。
セレスさんとマックスさんが小声で足元の話をしていた時のことだった。
この吟遊詩人の人は変な歩き方をしていた。
靴の底に穴でも開いているのかと思っていたけれど、そうではなく、あの変な歩き方が忍び足という盗賊特有の特殊な歩き方だったみたい。
「あとは、ここに転がる盗賊が良く使う道具類。間違いなく、お前は盗賊の…こいつらの一味だろう?」
尋ねるけれど、男は答えないので、マックスさんは吟遊詩人の足の甲を踏み潰す。
足先が変な方向に曲がっている。
これは拷問だと思った。
さすがに、これ以上はニット君には見せられない。
私自身も見るに堪えない。
私は、ニット君を抱き抱えると、彼には見せないように少しその場から離れた。
「くそぉ…女が三人もいるから楽しめると思ったのに…」
口惜しそうに男は呟いた。
「盗賊の一味と認めるわけだな?なら、お前らのアジトはどこだ?」
「教えると思う?」
「ああ、教えなくても問題ないねぇ~。あっちにも息があるのがいるから、そいつらに聞くだけだけどねぇ~」
セレスさんはそう言って、男のわき腹を蹴飛ばした。
吟遊詩人の男は、ついに口を割った。
自分たちのアジトを教えてくれた。
でも、本当かわからないので、猿轡を噛ませて、両腕を縛り上げてマックスさんが引きずり回すように連れていく。
森の南のはずれに岩山があり、その付近に洞窟があるらしい。
その洞窟の中が盗賊たちのアジトということだった。
私たちは、その場所に向かっていた。
もう少しで洞窟のある場所に辿り着くはずだったけれど、人の声がしたので身をひそめながら声のする方に近づいていった。
見れば、洞窟の入り口らしいものが見える。
その前で、なぜか酒盛りが行われていた。
盗賊のアジトの前でだ。
盗賊が酒盛りをしているのなら、納得できるけれど、酒盛りをしているのは真っ白い鎧に身を包んだ騎士の格好をした人たちだった。
全員同じ鎧兜を身に着けている。
見たことがある鎧だった。
大きな盾には、太陽みたいな紋章が刻まれている。
「あれって…昨夜、お嬢ちゃんにダンスの相手を申し込んできた男じゃないかい?」
セレスさんの囁きに、私は見覚えのある禿頭で顎髭がモジャモジャの男の姿を見つけた。
「そうです。あの人です。なんでこんなところに?」
私にダンスの相手を申し込んできた三人の男の人のうちの一人…中年の男性騎士だった。
「なんで盗賊のアジトの前で騎士が酒盛りしているんだ?」
場違いな感じがしてマックスさんは首を傾げている。
「あの鎧は…盾の紋章も見たことがあります。あれは…ミュージダリアの街の上流貴族…ギバント伯爵の私設騎士団に間違いないですね」
ミィナさんが言うのだから、間違いはないはず。
でも、なぜ伯爵という地位にある人の私設騎士団がこんなところで酒盛りなんかをしているのか不思議でならない。
「まあ、盗賊どもとグルってことだろうねぇ~」
セレスさんは、後ろ手に縛り上げて猿轡を噛ませた吟遊詩人に成りすましていた盗賊の男のお尻を叩いた。
猿轡をかませ、両腕を縛り上げていただけだったこの男は、隙を見て茂みをかき分けて、騎士団の方へと走って行ってしまった。
マックスさんに左足の甲を潰されているのに、意外と素早い動きを見せた。
「あっ!」と声を上げたのは、私とニット君だけだった。
「何だ?」
酒盛りをしていた騎士たちは、突然の乱入者に驚き、腰に帯びていた剣をそれぞれが抜き放つ。
「んっ?お前は、ゴンバじゃないか?どうした?その情けない姿は?」
ゴンバと呼ばれた吟遊詩人の男の猿轡を中年騎士は外した。
「パカスカス、冒険者があの茂みの奥にいる。仲間が全員やられた」
ゴンバの言葉に中年騎士…パカスカスは困惑した表情を見せた。
「そこにいるのはわかっている。出て来いよ。冒険者」
中年騎士が叫ぶ。
「あれも盗賊団壊滅の依頼に入っているのかい?」
セレスさんがミィナさんに確認する。
「さすがに、これはイレギュラー対応とします。貴族の私設騎士団が盗賊と繋がっていたなんて、誰も思わないし、この状況を見たらイレギュラー対応しかありえませんね」
ミィナさんは、溜め息を吐いていた。
「なら、いっちょ、暴れるかい」
セレスさんは、叫んで茂みから意気揚々と飛び出した。
当然、両手には『白銀の刃』と『黒鉄の刃』を握りしめ、いつでも攻撃できる体勢を維持している。
「金になるなら、やるさ」
マックスさんも背中に背負っていた大剣…『ドラゴンバスター』を引き抜いて飛び出す。
「私も加勢します」
ミィナさんは、両腕にはめた手甲から鉤爪を飛び出させると、茂みから飛び出していく。
「ニット君、大丈夫そう?」
少し前までは荒い息をしていたニット君は、今は辛そうな感じには見えない。
けれど、疲労していることは表情から見て取れた。
「大丈夫、僕だってやれるよ」
『エアブレード』を握りしめてニット君も飛び出していった。
私も『聖剣エクスカリバー』を引き抜くとニット君の後に続いて茂みから飛び出していった。
「おおっ?お前さんらは…昨夜の連中か?」
私たちのことをどうやら覚えていたみたい。
「あなた方は、こんなところで何をしているんですか?ギバント伯爵の私設騎士とお見受けしますけど?」
ミィナさんが前に出て尋ねていた。
「見ての通り、酒を酌み交わしていただけだ」
地面に置いていたお酒が入った竹筒を拾い上げて高くかざす。
「盗賊団のアジトの前で?」
「盗賊団のアジト?この洞窟が、そうなのかな?」
騎士たちがいる背後には人一人がくぐって入れそうな穴が空いている。
「ええ、その男が自ら盗賊のアジトだと教えてくれました。なので、ここにやってきたら、あなた方が酒盛りしているし、その男の名前まで知っていた。いったいどういうことでしょうか?」
ミィナさんは、中年騎士の足元にいる吟遊詩人を装っていた盗賊の男を指さす。
「昨夜、そこのお嬢さんにダンスの相手を申し込んだときにこの男とは知り合った。ダンス相手を断られたんで、慰め合う様に酒を酌み交わしたのだから名前くらい知ってても不思議じゃないだろう?」
中年騎士は、私に視線を向けた後、足元にいる男に視線を移す。
「何言ってるんだい。お嬢ちゃんに拒否されて、それぞれ別々の方向に帰っていったじゃないかい。それなのに、酒を酌み交わした?んなわけあるかい」
戯言を言うなとばかりに、セレスさんが声を張り上げた。
「パカスカス、あいつらをやっちまってくれ」
じれったいとばかりに、吟遊詩人は怒鳴った。
中年騎士は、足元の男をジロリと睨みつけて、溜め息を吐いた。
「ゴンバ、このことを知っているのは、そこにいる奴らだけか?」
「ああ、他に仲間はいない。あいつらだけだ」
「そうか…なら、殺してしまえばいい」
中年騎士の目つきが凶悪なものに変わった。
長剣を構え、地面に置いていた大きめの盾を拾い上げた。
周りにいた騎士たちも同じように剣を手に、太陽のような紋章が入った盾を構える。
「そうですか…では、あなた方を退治し、ギバント伯爵にもあなた方のことを尋ねることとします」
ミィナさんは、鉤爪を突出させた手甲を見せつけるかのように身構えた。
「マックス。あの中年禿を任せるよ。他はあたいがやる。受付嬢とお嬢ちゃんとボーヤは無理に手出ししなくていいからねぇ~」
セレスさんは、両手に握りしめた『白銀の刃』と『黒鉄の刃』に風の魔法を纏わりつかせている。
「いいえ、手出しさせてもらいます」
ミィナさんは、地を蹴ると手近にいる騎士に向かって飛び掛かっていった。
騎士は大きな盾を前に突き出す。
その盾にミィナさんの手甲から飛び出した鉤爪が激突した。
ギィィィィィィ
不快な音が響き渡る。
耳を塞ぎたくなるくらい寒気のする嫌な音だった。
白く大きな盾に鉤爪が傷をつける。
さすがに分厚い盾を引き裂くようなことはできないみたい。
騎士たちの合間を駆け抜け、振り向きざまに蹴りを放つ。
騎士の腕を蹴りつけるけれど、鎧で覆われた騎士の体勢を崩す程度しかできない。
その体勢を崩した騎士の背中に鉤爪を叩きつける。
金属製の鎧は、またも不快な音を立てるだけで決定打を与えることはできなかった。
すかさず、下から掬い上げるように鉤爪を繰り出す。
金属の板を複数枚繋ぎ合わせてバケツのように形作った兜に激突した。
視界を確保するように刳り貫かれた覗き穴のような部分に鉤爪が引っかかる。
ミィナさんは、構わずに力いっぱい振り上げるように振り抜く。
騎士の首があらぬ方に曲がり、仰向けに倒れていく。
外れた兜が天高く舞い上がった。
ある程度まで舞い上がった兜は、今度は落下してくる。
その落下してきた兜をミィナさんは蹴り飛ばす。
そばにいた別の騎士は、飛んできた仲間の兜を盾で防ぐ。
自らの盾で視界を塞いでしまっていた。
ミィナさんは、その騎士に向かって肉薄する。
騎士が盾をずらして前方を確認しようとしたとき、盾の脇から素早く飛び出し、鉤爪を兜の覗き穴に叩き込んだ。
そのまま力任せに腕を振り回す。
金属製の鎧兜に身を包んだ騎士の足先が地面からわずかに浮き上がり、そのまま後方へと投げ飛ばされた。
投げ飛ばされた騎士は、他の騎士に激突して動かなくなっていた。
細身の身体をしているのに、どこにそんな力があるのかと目を疑ってしまう。
「やっぱり、冒険者をやめてから身体がなまっているみたいですね…」
鮮やかな動きを見せるミィナさんは、自身の動きに不満があるようで小さく呟いていた。
「切り裂く風」
セレスさんの掛け声とともに振り抜かれた二本の短剣から、扇型の風の刃が騎士たちに向かって飛んでいく。
騎士たちは、前方に大きな盾を突き出して受け止めていた。
セレスさんの風の魔法は、金属製の盾に阻まれて消滅していた。
さすがにセレスさんの魔法でも分厚い金属製の盾を破壊することはできないみたい。
「ちぃっ!これなら、どうだい」
風の魔法が効果ないと判断するや否や、セレスさんは新たな魔法を『白銀の刃』と『黒鉄の刃』にまとわりつかせていた。
白と黒の刀身にバチバチと放電が巻き起こり、それは次第にバリバリと凶悪な音と光を発しながら荒れ狂いだす。
「荒れ狂う稲妻」
セレスさんが二本の短剣を振り抜いた。
刹那。
眩い光があたりを包む。
セレスさんの前方に蜘蛛の巣状に電撃が広がって放たれた。
それに触れた騎士たちは、悲鳴を上げて身体を激しく揺らしていた。
閃光の煌めきは暫く続き、それがおさまったときには、五人の騎士たちが力なくその場に倒れ込んだ。
どの騎士たちもピクピクと身体が痙攣していた。
激しい雷に打たれ、二度と動かぬ者となり果てていた。
「次に…こうなりたいのは、どいつだい?」
セレスさんがジロリと睨むと、騎士たちはたじろいだ様子で後退っていた。
けれど、無謀な人という者はいるみたい。
一人の騎士は、恐れた様子もなく、剣を振り上げてセレスさんに斬りかかっていった。
重武装の鎧をものともしないしなやかな動きで、セレスさんに向かって剣を繰り出す。
セレスさんは、二本の短剣を巧みに操り、騎士の剣を受け止め、弾いている。
「女は、男の力には勝てないんだよ」
上段から振り下ろした剣が、セレスさんの頭上から迫る。
セレスさんは、二本の短剣の刀身を重ね合わせるようにして受け止めた。
「ああん?力で勝てなくとも、魔法で勝てばいいのさ」
力でねじ伏せようとしてくる騎士を睨みつけて言い返している。
『白銀の刃』と『黒鉄の刃』の刀身が赤い渦を巻き始める。
それは炎だった。
炎が刀身を包み込んでいく。
二本の短剣に埋め込まれた魔法石が炎の魔法を増幅していき、炎は勢いを増して大きく膨れ上がった。
そして、炎は二本の短剣の刀身となり、鋭い刃となって長く伸びた。
その長さは長剣と同じくらいだと思う。
「炎が刃に?」
騎士が驚嘆の声を漏らした。
「獄炎の二刀刃」
セレスさんが叫ぶと、炎の刀身はその熱量を上げ、受け止めている騎士の剣を溶解させていく。
「馬鹿な?」
騎士は、慌てて身を引き、後退する。
手にしていた剣の刀身は、半ばほどまでが溶け落ちていた。
「何でもかんでも、男が優位だと思ってんじゃないよ」
一瞬にして騎士の懐にもぐりこんだセレスさんは、真っ赤に燃える灼熱の刃を騎士の真っ白な鎧に押し当てた。
超高熱を発する刀身が押し当てられた鎧は見る見るうちに溶けていく。
「ぐあああああ…」
溶けていく鎧は高熱の塊へと変貌し、騎士の腹部を焼いていく。
鎧が溶け落ち、その内側の肉体へと赤熱の刃が接触する。
赤々と燃え盛る刃に身体を焼かれながら、騎士は悲鳴を上げるしかなかった。
「女を舐めるんじゃあないよ」
慈悲とばかりに、セレスさんは一気に赤熱する刃を振り抜き騎士の腹部を引き裂いた。
肉の焼ける嫌な臭いがあたりに漂い、騎士たちは次に自分が同じ目に合うのかもしれないと思ったのか、身震いしながら怯えるだけだった。
セレスさんの戦い方は、騎士たちの戦意を喪失させるには十分だった。
「次にこうなりたい奴はかかって来な。まあ、そっちから来なくても、あたいの方から死をプレゼントしに行ってあげるけれどねぇ~」
ニヤリと口元に笑みを浮かべると、セレスさんは戦意を失っていった騎士たちに向かって突進していった。
「その程度か、若造が」
中年騎士は、手にした長剣を振り回しながら、声高らかに叫んでいた。
マックスさんの『ドラゴンバスター』は大剣で、非常に幅広で長く重量があるため取り回しが難しい。
対して中年騎士は、扱いやすい長剣を使用している。
しかも、大剣と比べるとかなりの軽量武器であるため、手数で押していた。
騎士というだけあって、剣の切れや身のこなしに無駄がないように感じる。
けれど、それは型にはまった動きともとれる。
想定外の動きには瞬時には対応できていなかった。
騎士の振り回す長剣を『ドラゴンバスター』で受け止めながら、マックスさんはカウンターで蹴りを撃ち込んでいた。
中年騎士の腹部に当たる。
鎧に身を包んでいるので、あまり効果はなさそうだけど、体勢を崩すには十分だった。
「その程度ってのは、お前のことだよ」
マックスさんが吠える。
腕の筋肉が一回り盛り上がったように見えた。
『ドラゴンバスター』を上段から叩き落すように振るう。
中年騎士は、左手の大きな金属の盾をかざして受け止めた。
ゴン!と硬質な音が響き渡る。
「何だと?」
声を上げたのは、中年騎士だった。
受け止めた盾に『ドラゴンバスター』の刀身が減り込んで拉げさせていた。
「紛い物の混じった安物の盾みたいだな」
二度、三度と『ドラゴンバスター』を叩きつけるたびに大きな盾がいびつな形になっていく。
見た目は頑丈そうに見えた盾だったけれど、今は見るも無残な金属の塊に等しい。
「調子に乗るな」
中年騎士はくしゃくしゃに叩き潰された盾を放り捨てると、マックスさんに向かって切りかかっていく。
『ドラゴンバスター』の刀身で長剣の一撃を受け止める。
マックスさんは力押しで、一気に剣を振り抜く。
「何?」
力負けした中年騎士の剣が弾かれ、そのまま『ドラゴンバスター』の刀身が中年騎士の左肩に激突した。
マックスさんの膂力の何たることか。
鎧の肩当てを拉げさせ、そのまま強引に左腕を切り落とした。
放物線を描いて、切り落とされた腕が地面に転がる。
激痛に顔を歪め、中年騎士は膝をついてマックスさんを睨みつけた。
「鎧も安物のようだな」
『ドラゴンバスター』の切っ先を突き付けて、マックスさんは中年騎士を見下ろす。
歯噛みしながら、中年騎士は憎悪に燃える眼光でマックスさんを睨みつけていた。
「あんた、何やってんのよ」
マックスさんと中年騎士が剣を交えていたそばに転がっていた吟遊詩人の男が、不意に叫んで動き出した。
両腕を縛られた姿のままだったその男は、マックスさんの右足に身体をまとわりつかせてきた。
その行動は、マックスさんに一瞬のスキを生ませるには十分だった。
声にならない叫び声を上げながら、中年騎士は長剣をマックスさんに向かって振り下ろす。
右足にまとわりつく吟遊詩人の男が邪魔で剣を振るう体勢がとれないマックスさん。
中年騎士の剣が迫る。
「ぐえっ…」
カエルを捻り潰したような声を漏らす。
見れば、マックスさんは右足にまとわりついていた男をそのまま足で持ち上げ、犠牲にする形で中年騎士の剣を防いでいた。
吟遊詩人の男の背中に食い込んだ中年騎士の長剣は、安物の剣だったのかもしれない。
男の背に食い込んだまま抜けなくなっていた。
マックスさんは右足を素早く戻し、地面に両足をつけて踏ん張り、渾身の一撃を放つ。
『ドラゴンバスター』は吟遊詩人の男の身体を二つに裂き、中年騎士の胸の鎧を窪ませながら地面に激しく叩きつけた。
その衝撃はすさまじく、背中から打ち付けられた中年騎士は、その強烈な一撃により気を失っていた。
「悪党に生きる価値はない」
マックスさんは、中年騎士に向かってそう吐き捨てていた。