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剣王戦記  作者: 朧月 氷雨


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第19話 薬草集めとコボルト退治

「このお肉、美味しいですね」

 分厚いステーキにナイフを入れると、簡単に切れる。

 一口大に切り分けてフォークに刺して口に運んでいく。

 口の中に広がる肉汁の甘みがたまらない。

「確かに…こりゃ旨い肉だねぇ~」

「ああ、いくらでも食えそうだ」

 セレスさんとマックスさんは、次々にお肉を口に運んでいく。

 ナイフで切り分ける一口サイズが私よりも大きいセレスさんは、飲み込むような勢いで食べていた。

 マックスさんは、ナイフで切らずにフォークで突き刺し、そのままかぶりついている。

 荒々しいというか、ワイルドというか…そんな食べっぷりだった。

「どう?ニット君。お肉、美味しい?」

 私の横で静かにしていたニット君に声を掛けた。

 彼は、料理には手を付けず、しょんぼりとしていた。

 料理が気に入らないわけではないはず。

 先ほど、私と一緒にダンスをしたけれど、私の足を何度も踏んでしまったということを気にしている様子だった。

 気にしないでいいと言ったけれど、気にしてしまうのがニット君の悪い所かな?

「ニット君、こっちにおいで」

 私の横の椅子に座るニット君の身体を持ち上げて、私の膝の上に座らせた。

「ほぇ?何?」

 突然のことに驚いている。

「ほら、お肉美味しいわよ。お口、あ~んして」

 フォークに一口大に切り分けたお肉を突き刺して、ニット君の口元に運んであげる。

 お肉のおいしそうな匂いが彼の鼻腔をくすぐったようだ。

 小さなお鼻をヒクヒクさせている。

 戸惑いの表情をしながらもニット君が口を開いたので、その口目掛めがけてお肉を放り込む。

「んんっ?美味しい」

 たちまち大きな声が張りあがる。

「お肉、美味しいでしょう?はい、もう一個」

 フォークに刺したお肉をニット君の口元に運ぶ。

 彼が口を開けるので、その口目掛けてお肉を放り込む。

 お肉を口元に運ぶたびにニット君が口を開けるので、私は面白くなって何度もそれを繰り返してしまった。

「はい、今度はパンよ」

 パンを一口大にちぎって口元に運ぶと、お魚のようにパクっと食いついてきた。

「じゃあ、今度はお野菜よ」

 サラダをフォークに突き刺してニット君の口元に運んだ。

 ニット君は、お肉の時のように勢いよく口を開けなかった。

「お野菜も食べないとダメよ。大きくなれないわよ」

 私にそう言われて、やや渋々といった感じでお野菜に食いついていた。

 やっぱり、美味しいものとそうではないものは食べる勢いが違う。

 いえ、好きな食べ物とそうではない食べ物と言った方がいいのかも。

 ニット君の好きなものをたくさん食べさせてあげたいという思いはあるけれど、やっぱり、バランスよく健康的に食べないとね。

「お野菜、食べちゃった?」

「…うん」

 ニット君が、小さく頷く。

「はい、お肉よ~」

 フォークにお肉を刺して口元に運ぶと、勢いよく食いついてきた。

 私は、お肉ばかりではなく、パンやお野菜を時折交えてニット君に食べさせていった。

 食事が終わる頃には、ニット君の顔には笑顔が戻っていた。

 私たちが食事をしている間も楽団の演奏は続いていた。

 違う楽団の人たちと入れ替わり、楽器が変われば音色やメロディーも変わる。

「さあ、みなさん。ある程度、食事も済みましたか?再び、自由参加のダンスタイムといたします。どなた様も奮ってご参加ください」

 また、参加できるダンスタイムが始まるみたい。

「ニット君。また、ダンスタイムが始まるみたいよ。一緒に行きましょう」

 私の膝の上に座っている彼の身体を後ろから抱きしめながら私は誘う。

「えっと…」

 ニット君は、どうしようか迷っている様子だった。

 その間もダンスをしたい人たちが前に出て集まっている。

「失礼。お嬢さん。今宵、この儂と踊ってはくれぬかな?」

 突然、背後から声を掛けられた。

「えっ?」

 私は驚き、首だけ振り返った。

 そこには、白い鎧に黄色いアクセントが入った中年男性が立っていた。

 黒い髪がやや薄くなり始めた感じの禿頭とくとうで、口元にはもじゃもじゃの髭がある。

 綺麗な真っ白い鎧を身にまとっている。

 それなりに身分の高い騎士のような感じだった。

「あの…えっと…」

 何で私に声を掛けてきたのかわからず、私は困惑していた。

 別の人に声を掛けているのかとも思ったけれど、私のそばには女性はいない。

 いるとしても、テーブルの向かい側にセレスさんがいるだけだ。

 セレスさんに声を掛けるなら、私のそばから声を掛けるようなことはしないはず。

「おっと、あなたのような中年とこの美しいお嬢さんは似合いません。踊るなら、このわたくしとどうですか?」

 中年男性騎士の横に二十歳くらいの男の人が姿を現した。

 せ細った身体で、茶色い髪のおかっぱ頭のこの男の人は脇にハープのようなものを抱えていた。

 見た目から旅の吟遊詩人ミンストレルという人なのかしら?

「何を言っている。このお嬢さんと踊るのは、この上流貴族のこの俺様こそがふさわしい」

 もう一人、男の人が増えた。

 この人も若そうな見た目だった。

 金色の髪を無造作に伸ばした、いかにも上流階級の者ですといわんばかりの服装をしていた。

 え~と…何が起きているのか、私の頭では理解できなかった。

 助けを求めるようにセレスさんの方を向く。

 セレスさんは何も言わず、押し黙ったままだった。

「この若造どもが。儂が先に声を掛けたんだぞ。引っ込んでおれ」

「何を言っているのやら。それが騎士の態度ですか?」

「こんな下等な輩は相手にする必要はない。この俺様と踊ろう」

 三人は、言い合いをしながら私に向けて手を差し出してくる。

「あの…私とダンスをしたいってことですか?」

「そう言っておるのだが?」

 中年男性騎士が頷いた。

「お断りします」

 私は、はっきりと言い切った。

「今、何と?」

 吟遊詩人ミンストレル風の男の人が首を傾げていた。

「お断りしますと言ったんです」

 もう一度、私ははっきりと拒絶の意思を伝えた。

「なぜだい?上流貴族であるこの俺様とのダンスの誘いを断るっていうのかい?」

 金髪の自称貴族を強調する男の人の目つきが鋭くなった。

「私は、あなたたちと踊りたくなんかありません。私は、この子と踊りたいんです」

 私は、膝に座らせているニット君を後ろから強く抱きしめた。

「アテナ様…」

 ニット君が小さく呟き、抱きしめる私の手にニット君の小さな手が触れる。

「そんなガキと踊りたいなんて…ナンセンスだよ」

「先ほど見ていたが、その子供はダンスなんてできとらんかっただろう?」

わたくしとなら素敵な踊りが楽しめるはずです」

 好き勝手なことを言ってくるこの三人には腹が立ってくる。

「私が誰と踊ろうと、あなた方には関係ありません。私は、この子としか踊りたくありません」

 再度、私ははっきりと言い切った。

「そう言わずに考え直してもらえんかな?」

 中年男性騎士の手が私に向かって伸びてくる。

「その辺にしておきな」

 セレスさんの声がした。

「はっきりと断られているんだから、さっさと諦めな」

 腕組したまま、セレスさんは三人の男性に向かって言い放った。

「これはわたくしたちのことゆえ、口出ししないでいただきたいものですね」

「そうだ、儂たちはこのお嬢さんに誘いをかけておるのだ」

「あんたみたいなおばさんには用はない」

 吟遊詩人ミンストレル、中年騎士、自称貴族は、セレスさんに向かって言う。

 セレスさんの額に青筋が立つのが手に取るようにわかった。

「ああん?あたいにケンカを売ってんのかい?」

 バン!とテーブルを叩いてセレスさんは立ち上がった。

 中年騎士が腰に帯刀していた剣の柄に手を掛けようとした。

「そいつを抜いたら命はないと思えよ」

 セレスさんの隣にいたマックスさんが背中の大剣グレイトソード…『ドラゴンバスター』の柄に手を掛けようとしていた。

 巨大な剣が見えたためか、騎士は剣の柄には触れずに立ち尽くす。

「もう一度言います。あなた方とは私は踊りません。私が一緒に踊りたいのは、この子とだけです」

 ニット君の身体を抱きしめて、私ははっきりとした口調で言った。

 周囲にいた人たちが何事だといわんばかりにこちらに視線を向けてきていた。

 大騒ぎになりそうな雰囲気だった。

 それを察したのか「今宵は去るとしよう」と呟いて、中年男性騎士は早々に立ち去って行った。

「不本意ですが…」

 吟遊詩人ミンストレルの人も人ごみに紛れて去っていく。

「ちっ!興ざめだ」

 態度悪く捨て台詞を吐いて、金髪の貴族を自称する人も「退けよ、見せもんじゃねぇ~よ」と周囲の人に当たり散らしながら散り散りに立ち去った。

 三人がいなくなったのを確認した私は「はぁ~」と重い溜め息を吐いた。

「セレスさん、マックスさん。ありがとうございます」

 二人に向き直って、私は頭を下げた。

「別に良いってことさ」

「全く…何なんだい、あいつらは…あたいのことをおばさんって…」

 腹立たしいといわんばかりの態度をあらわにしながら、荒々しくセレスさんは椅子に座りなおしていた。

「アテナ様…」

 上目づかいでニット君が不安げに私を見上げてくる。

「ごめんね。ニット君。変な人にからまれちゃって…」

 私は、彼の頭を優しく撫でた。

 すでにダンスタイムは始まっていた。

 楽団員たちが演奏するメロディーが大広場に漂い、多くの人たちが思い思いにダンスを楽しんでいる。

 皆、楽しそうに笑顔だった。

「お嬢ちゃんも行ってきたらどうだい?」

 セレスさんが気を使ってくれていた。

「何だか…そんな気分ではなくなってしまいました…すみません…」

 私の気分は沈んでしまった。

 ほんの少し前までは楽しかったのに。

 楽しく踊る人たちを目にし、流れる演奏に耳を傾けてみるものの、気分は盛り上がっていかなかった。

「アテナ様…」

 ニット君が心配そうな表情で、小さな手を伸ばしてくる。

 私の頬を撫でてくれている。

「ありがとう」

 私は、精いっぱいの笑顔を彼に向けたつもりだったけれど、ぎこちない笑顔を見せてしまっていたのかもしれなかった。

 だって、ニット君の表情は、より心配そうなものになっていたから。


 次の日の朝。

 私たちは、やや寝不足だった。

 なぜかというと、夜遅くまで音楽が鳴り響いていたからだった。

 あの変な三人に絡まれた後、冒険者ギルドの三階の部屋に戻ってベッドに潜り込んだけれど、外の大広場からの演奏がわずかながら聞こえていた。

 大きな音とまではいかなかったけれど、夜中まで音楽が鳴り響ていたのでなかなか寝付けなかった。

 そのため、寝不足気味になってしまった。

 今日は、冒険者ギルドで受けた依頼をこなさなければならない。

 冒険者ギルドの一階にある食堂で朝食をとると、扉をくぐり抜けて隣のギルドカウンターに向かった。

「お待ちしていました」

 カウンターに近づくと、昨日の受付嬢が待っていてくれた。

 茶色い髪に眼鏡をかけた二十歳すぎくらいの女性。

 彼女は、大きめの背負い袋ナップザックを背負っていた。

 何が入っているのかはわからないけれど、私たちよりも大荷物を背負っていた。

 武器と見られるようなものは持っていないように見えるけれど、両腕に奇妙なデザインの手甲を身に着けている。

 そう言えば、元Cランク冒険者と言っていた気がする。

「お嬢ちゃんとボーヤが請け負った依頼の討伐対象は、この街の南の森だったねぇ~?」

 私とニット君が冒険者ギルドで請け負った依頼は、『犬人コボルト8匹の討伐』と『薬草の採取・納品』だった。

「そうです」

「なら、嬢ちゃんとボーズも俺たちと一緒に行くからな」

「まあ、盗賊団が出没している場所はその森の奥ですから、向かう先は一緒なので構いません」

 受付嬢は、右手で眼鏡をクイっと上げてズレた眼鏡を定位置に戻す。

「そう言えば、自己紹介がまだでしたね。私はミュージダリアの街の冒険者ギルドの受付嬢で、元Cランクの冒険者、ミィナ・ミュレアです」

 ギルドの受付嬢…もとい、ミィナさんはペコリと軽く頭を下げた。


 私たちは、ミィナさんの自己紹介を受けた後、すぐさまギルドを出てミュージダリアの街の南門から街道に出て南の森を目指して歩みを進めていく。

 南門から出ると目的の森まではかなり近い。

 まあ、薬草の採取や犬人コボルト退治の報奨金はかなり安いので駆け出しの冒険者ぐらいしか請け負わない。

 私みたいに実力が伴っていない人には、ちょうどいい依頼と言われるわけだ。

 街道を歩いていくとやがて森の中を突っ切るルートに入っていく。

「アテナ様。薬草ってどれなの?」

 ニット君は、歩きながら森の中をきょろきょろと見まわしている。

「簡単に見つかるといいんだけれど…あったわ」

 ちょうど木の根元に少しだけ密集して生えていた。

「これが薬草よ」

 採取してニット君に手渡す。

 大きさは子供の掌よりも少し小さいくらいの葉っぱで、まるで手を広げたような形の葉っぱをしている。

「葉っぱの先端がギザギザしているのが特徴よ。こっちの先端がツルツルしている方は形が似ているけれど、毒草だから間違えないように注意してね」

 薬草も毒草も姿形はよく似ている。

 けれど、よく見れば違いには気づけるはず。

「へぇ~。お嬢ちゃんは、薬草とかには詳しいのかい?」

「多少は…です。前に森の中で生活していたことがあったと話したことがあると思いますが、その時に食べられるものや毒を持っているものなどを両親から教えてもらいましたから。だから、それなりには知識はあります」

 薬草を採取しながら私は話す。

「アテナ様。こっちにいっぱいあるよ」

 街道から外れて森の中に入り込んだニット君は、ピョンピョン飛び跳ねてアピールしている。

「ちょっと薬草を採取して来てもいいですか?」

「ああ、構わないよ」

「薬草の採取は、嬢ちゃんたちが請け負った仕事だからな。がんばりな」

 セレスさんもマックスさんも街道から外れて森の中に入ってきてくれる。

「ありがとうございます。たくさん集めてきますね」

 私は、ニット君がいる方へと小走りに駆け寄った。

「アテナ様。これでしょう?薬草って?」

 木の根元に密集して葉っぱが生えている。

「よく見つけたわね、ニット君。それが薬草よ。あら、この辺にはいっぱい薬草があるわね」

 見渡せば、周囲の木々の根元には薬草が密集して生えていた。

「全部取っていいの?」

「少しだけ残しておいてね」

「どうして?」

「全部取ってしまうと、次に薬草が育つまで時間がかかってしまうわ。少し残しておくと、短期間でまた生えてくるのよ」

 私は、密集して生えている薬草を摘みながら、これくらいは残してほしいとお手本を見せる。

「でも、アテナ様。次、またここに薬草を取りに来るの?」

 ニット君は疑問に思ったみたい。

「私たちが取りに来ることはないと思うわ。けれど、私たち以外で薬草を必要としていて取りに来る人はいると思うから、その人のために残しておかないとね」

 私は、ニット君にウインクして見せた。

「わかったよ。少しだけ残して取るね」

 ニット君は、薬草を摘んで麻袋に入れていく。

「お嬢ちゃんも欲がないねぇ~」

 セレスさんが、呆れ顔をしながら呟いた。

「全くだ。他人のことを気にしていたら、自分が損をするだけだぞ」

「私もそう思いますね」

 マックスさんの意見にミィナさんが頷いている。

「でも…人を出し抜いてまでとか…自分だけ独占しようとか…あまり考えたことがないので…」

 人には優しくするべきだ…とか、困っている人がいたら助けるべきだ…と両親からいろいろと教わって育ってきた。

 自分だけ得をしたいとか考えたことはなかった。

 う~ん…意識して考えたことがなかったって言うべきなのかしら?

「あっ!見てみて。アテナ様。キノコ見つけたよ」

 ニット君が木の幹に生えている大きなキノコを引っこ抜いていた。

「あれは、アノヨダケじゃないかい?食うと美味いって聞いたことがあるねぇ~」

 ニット君が手にしたキノコを目にしてセレスさんが物欲しそうな顔をしていた。

 アノヨダケって…。

 私は、ニット君が手にしているキノコに見覚えがあった。

 私の記憶の中では、食べてはいけないキノコという認識なんだけれど。

「あれって…食べてはいけないキノコだと思います。確か、食べると幻覚症状を引き起こすはずですよ?」

 私の言葉に「その通りです。あのキノコは食べると確かに美味しいらしいです。けれど、幻覚症状に襲われるという毒キノコですよ」とミィナさんが補足をしてくれた。

「何?本当かい?」

 驚いた表情で尋ねるセレスさんに「間違いないです」とミィナさんは頷いた。

「嬢ちゃんがキノコにまで詳しいとはな。恐れ入ったぜ」

 感心したような表情でマックスさんが私のことを見ていた。

「薬草は、これくらいあればいいですか?」

 私は袋いっぱいになった薬草をミィナさんに見せた。

「ええ、十分です」

 ミィナさんは、頷いた。

 報奨金が少ない分、誰も受け手がないので、薬草は育ち放題育っていたので取り放題だった。

「ニット君。薬草は、いっぱい取れたかしら?」

 少し離れた場所にいるニット君に声を掛ける。

「いっぱい取れたよ」

 元気いっぱいに声を張り上げ、ニット君はパンパンに膨れた麻袋を振り回していた。

「あれ?アテナ様。こんなところにワンちゃんがいるよ?」

 ニット君が手招きをしてくるので近寄ってみる。

 茂みから犬が顔を出していた。

「あら?可愛いワンちゃん…」

 私は、顔をのぞかせる犬の頭を見て、ふと嫌な予感がした。

 それは、すぐに的中した。

 犬の頭をした小人のような生物が茂みからのっそりと姿を現したからだった。

「うわぁ~…何あれ?」

 ニット君が叫び声を上げた。

「どうしたんだい?」

 セレスさんたちが、駆け寄って来た。

 人間の子どもくらいの大きさで頭部だけが犬の魔物。

 あまりにも不気味で私は声が出なかった。

犬人コボルトじゃないかい」

 セレスさんは、反射的に太ももにくくり付けていた短剣ダガーを引き抜いて構えた。

「あれが犬人コボルトですか?」

「そうだ。嬢ちゃんとボーズの討伐対象だな」

 犬人コボルトは、私たちの方をじっと見ながら、様子を見ているみたい。

「あれは魔物なの?」

 頭部が犬で、身体は人間の子供みたい。

 でも、手足は犬のそれと同じだった。

「あれがコボルトだよ。お嬢ちゃんとボーヤが討伐しなけりゃならない魔物だねぇ~」

 セレスさんの言葉に、ニット君は左手に薬草の入った麻袋を持ちながら、右手に持っていた毒キノコの一種であるアノヨダケを犬人コボルトに向かって投げつけていた。

 アノヨダケは、犬人コボルトの顔に当たって地面に落ちる。

 それをコボルトは口に入れて食べ始めてしまった。

「毒キノコを食べてますけど、大丈夫なんでしょうか?」

 尋ねる私に、セレスさんもマックスさんもミィナさんもわからないといった表情をしている。

 アノヨダケを食べ終えたコボルトに変化が見られた。

 急に大きな声で吠え始めた。

「まずい。仲間を呼んでいるかもしれない。お嬢ちゃん、早くやっちまいな」

 仲間を呼ばれて集まってこられても困る。

 今は、このコボルト一匹だけ。

 私は腰の鞘から白銀の刀身を持つ美しい剣を引き抜く。

 金色の柄に真紅の宝玉が埋め込まれたその剣は、『聖剣エクスカリバー』だ。

 『剣と慈愛の女神ブレーディア』が所有していた聖なる剣。

 今は、私が所有している。

 その『聖剣エクスカリバー』を握りしめて構える。

 コボルトは、目が虚ろでフラフラと身体を揺らしている。

 おそらく幻覚症状に見舞われていると思う。

 何もない虚空に向かって、肉球パンチ?を繰り出している。

 私は駆け寄ると一太刀で切り伏せる。

 仰向けに倒れたコボルトは、手足を痙攣させながら動かなくなった。

「まずは一匹ですね」

 ミィナさんが眼鏡をキラリと光らせて何やらチェックして紙にメモをしていた。

「アノヨダケを見つけても、あたいは食わないことにするよ」

 肩をすくめながら冗談ぽくセレスさんが言った。

 そんな時だった。

「ぎゃあああああ…助けてくれぇ~」と助けを求める声が聞こえた。

 声がする方は、街道の方だった。

 私たちは、街道を外れて森の中に入ってしまっていた。

 薬草採取のためにだ。

「街道まで戻るよ」

 セレスさんは、叫びながら走り出す。

 マックスさんもミィナさんも後に続く。

 私は、背中に背負っていた背負い袋ナップザックに薬草を詰め込んだ麻袋を入れていく。

 ニット君の持っていた麻袋も受け取って背負い袋ナップザックに入れると背負い直してから街道の方へとニット君とともに駆け出した。


 街道に飛び出すと、男の人が魔物に囲まれていた。

犬人コボルト

 私は、犬頭の小人の魔物を一目見て声を上げていた。

 先ほど倒したコボルトと同じ体格をしている。

 違いがあるとすれば、毛並みとその毛色くらいかな。

 さっき倒したコボルトは黒い毛色だった。

 男の人を囲んでいるコボルトたちは、茶色や灰色、薄茶色の毛色をしている。

 毛並みもストレートだったり、ボサボサだったりと多種多様な見た目だった。

「コボルトの数は十匹か…数的にもほぼあっているし、この街道に現れるというコボルトに間違いないようですね。アテナさんとニットさんの依頼の討伐対象と確認しました」

 ミィナさんは、私とニット君が請け負った『コボルト8匹の討伐』の対象と認めた。

「私とニット君がやるんですね?」

 私は、『聖剣エクスカリバー』を力強く握りしめた。

「そういうことだねぇ~。やっちまいな」

「危なそうだったら手を出してやるから、安心して行ってこい」

 セレスさんもマックスさんも武器を手にしていつでも飛び出せる準備をしてくれている。

「ニット君。準備は良い?私とニット君でやるわよ」

「うん、僕も魔物をやっつけるよ」

 私とニット君は、男の人を囲んでいるコボルトに向かって駆けだした。

 コボルトたちは、すぐに私とニット君の存在に気が付くと、犬の頭がワンワンと吠えだした。

 威嚇をしているみたい。

 コボルトたちは、手に武器を何も持っていない。

 まあ、肉球の手では何も持てないような気がする。

 威嚇していた一匹が、突然飛び掛かって来た。

 鋭い牙が並ぶ口を大きく開けている。

 私の前にニット君が走り込んできて、真正面に小剣ショートソード…『エアブレード』を構えた。

 風の壁に阻まれ、飛び掛かってきたコボルトははじき返される。

 何が起きたかわからず、戸惑っているそのコボルトに駆け寄り、『聖剣エクスカリバー』を突き出した。

 コボルトの喉元に切っ先が突き刺さる。

 そのまま上に切り上げると、喉元から鼻先までがあっさりと斬り裂かれた。

 その様子を目の当たりにしたコボルトたちは吠えるのをやめて飛び掛かってくる。

「エアブレード!」

 ニット君は叫び声を上げながら、『エアブレード』を横に振るった。

 小剣ショートソードの切っ先から三日月型の風の刃が飛び出した。

 その風の刃に触れたコボルトの身体が断ち切られる。

 腕を切断されるもの。

 腹部を切断されるもの。

 足を切断されるものと、一撃で複数のコボルトが犠牲になった。

 武器を持たないコボルトは、そんなに恐れるほどの相手ではなかった。

 攻撃方法は噛みつきだけだった。

 だから噛みつかれないように立ち回ればなんとかなった。

 ニット君は、『エアブレード』を真正面に構えてコボルトたちの攻撃から身を守り、隙を見ては風の刃を繰り出して次々にコボルトを退治していく。

 私も負けてはいられない。

 飛び掛かってくるコボルトのタイミングに合わせて剣を振るう。

 ちょうど大きく口を開けたコボルトが飛び掛かってくる。

 その口に吸い込まれるように『聖剣エクスカリバー』の刃を叩きこむ。

 頭部を横に薙ぎ払う。

 斬り裂かれたコボルトは絶命しながら街道に転がった。

 見渡せば、十匹いたコボルトは全て退治できていた。

「ふぅ~…」

 私は、安堵の溜め息を吐く。

「お疲れさまでした。アテナさんとニットさんの依頼は、これにて達成となります」

 近寄って来たミィナさんに、そう言われた。

犬人コボルトを退治した証拠の手足とかは、必要ですか?」

「それは必要ないです。私が今、討伐完了をこの目で見届けましたから」

 冒険者ギルドのミィナさんが同行していて、なおかつ、討伐対象を倒したことを確認してくれたから必要ないってことなのね。

「それにしても、どこかで見たことある奴だと思ったら…」

 セレスさんの声が聞こえてきたので振り返ると、コボルトに囲まれていた男の人のそばにマックスさんとともに佇んでいる。

「昨晩、嬢ちゃんに振られた野郎か」

 私に振られた?

 何のことを言っているのかと思って近づいてみると、昨夜、ダンスタイムで私と踊りたいと申し出てきた三人のうちの一人だった。

 確か、旅の吟遊詩人ミンストレル風の人だったと思う。

 おかっぱ頭の茶色い髪の毛に、小さなハープを小脇に抱えている。

 間違いない。

「昨夜の連中ですか?あなた方のせいで、せっかくのダンスタイムが台無しでしたよ」

 吟遊詩人ミンストレルの男の人は、セレスさんとマックスさんに向かって文句を言っている。

 しつこく誘ってくるこの人が悪いと私は思う。

「助けなくても、良かったね」

 ニット君が、ぼそりと呟いた。

 その言葉が聞こえたみたいで、吟遊詩人ミンストレルの男の人はニット君の方に顔を向けて睨みつけてきた。

 その時に私の姿が目にまったみたい。

「おお、あなたは…こんなところでお会いできるなんて、これも運命ですね」

 ヨロヨロと立ち上がり、私の方に歩みを向けながらそんなことを言ってくる。

 昨晩は、この人たちのせいで楽しい気分が台無しになったので、私としては顔を見たくはないと正直、心の中で思ってしまった。

「この人のことを知っているんですか?」

 ミィナさんは、吟遊詩人ミンストレルの男の人を指さしながら私たちに尋ねてきた。

「知り合いじゃないけど、昨晩のダンスタイムでそこのお嬢ちゃんに踊り相手パートナーを拒否された奴だよ」

 セレスさんの投げやりな説明に「拒否ではない。あの時は縁がなかっただけと言ってもらいたい」と怒気を含めた声を男の人は上げていた。

「それで…振られたあなたはこんなところで何をしているんですか?」

 ミィナさんに尋ねられ、「わたくしは、この森を抜けて南にある街へと向かっていた途中です。いきなりコボルトに襲われるなんて…」と吟遊詩人ミンストレルは答えていた。

「あなたたちこそ、何故こんなところにいたのです?」

 今度は、逆に吟遊詩人ミンストレルが質問をしてきた。

「僕たちは、薬草をいっぱい集めていたんだよ」

 ニット君が答えると、この吟遊詩人ミンストレルの男の人は高笑いを上げだした。

 それも下品な笑い方だった。

「ああ、冒険者でしたか?薬草集めとは、新人冒険者に助けられるとは…ぎゃはははは」

 私たちを馬鹿にした笑い方だった。

 私とニット君は確かにまだ駆け出しで一番下のEランクの冒険者だけど、ミィナさんはギルドの職員で元Cランクの冒険者だし、セレスさんとマックスさんに関してはBランクの冒険者なのでかなりのベテラン冒険者だ。

 それを笑うなんて…

 やっぱり、昨日ダンスの誘いを断って正解だったとつくづく思った。

「新人冒険者以下のくせして、人のことが笑えるのかよ?」

 呆れ顔をしながらマックスさんが言う。

 さすがはベテラン冒険者。

 怒り出したりしない。

わたくしは、旅の吟遊詩人です。冒険者ではないからいいのです。ああ、どうせなら、護衛をしてもらえませんか?南の街まで行きたいので。金なら払いますよ。薬草集め以上の金額を…ぎゃはははははは」

 下品な笑い方にイラっとしたのは、私だけではなかったみたい。

 セレスさんもマックスさんもミィナさんも表立って表情には出さないけれど、なんとなく感じ取れた。

「良いだろう。どうせ、あたいらも南の街の方へ行く予定だったから、一緒に行ってやるよ」

 ぶっきらぼうにセレスさんは答えた。


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