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剣王戦記  作者: 朧月 氷雨


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第18話 音楽と踊りの街

 音楽の音色が風に乗って響き渡り、街へと続く街道を行く私たちの耳にも届いてきた。

「何だ?騒々しい音だな?」

 マックスさんが口をへの字に曲げて呟く。

 音楽は音楽だけれども、騒々しい騒音のようにも聞こえた。

「あの街から聞こえてくるみたいですね?」

 私たちが歩みを進める前方には、街を囲む高い塀が見えてくる。

 笛の音や太鼓の音など、あらゆる楽器の音がその街から聞こえてくる。

 街には、お昼前くらいには辿り着けそうな距離だった。

「うるさそうな街だね」

 私と手を繋ぎながら歩くニット君は、ぼそりとぼやいた。

「だけど、あの街まで行かないことには、手持ちの食料が底を尽きちまうからねぇ~。行くしかないさ」

 仕方ないといった表情をしながら、セレスさんは言った。

「音楽を聴くと楽しい気分になりますよね?」

「んっ?そうかい?」

 私の意見にセレスさんもマックスさんもニット君までもが首を傾げていた。

「あれ?音楽を聴くと踊りだしたくなったりしませんか?」

 改めて尋ねてみるけれど、私以外の三人は首を横に振っていた。

「私…音楽って好きですよ。楽しい気分になって、踊りだしたくなるから」

「だけど…今、聞こえてきているのは音楽って言うのかい?」

「どう聞いても、騒音としか俺には聞こえないがな…」

 確かに、様々な楽器の演奏が混じり合って複数の音楽を奏でているみたい。

 何十人という人が、思い思いの楽器で、自分が演奏したい音楽を奏でているようなので、聞きようによっては騒音のようにも聞こえてしまう。

「一日中、こんなんじゃないことを祈りたいぜ」

 文句を言いながらも、進む歩みは止めない。

 お腹も空いてきたし、早く街には辿り着きたかった。

「楽しい街だといいなぁ~」

 ウキウキした気分の私は、一人呟いた。


「音楽とダンスの街…ミュージダリアの街にようこそ」

 開放された門をくぐると、楽し気に迎えてくれる人たちがいた。

 この街の住人と思われる人々は、音楽を奏でながら陽気に踊っていた。

 街をぐるりと囲む高い塀は強固に街を守り、笛や太鼓、弦楽器などの音を反響させるのに一役買っているようだった。

「ものすごい人ですね」

 街の中は、たくさんの人たちでごった返している。

 その人々は皆、陽気で朗らかそうな印象を受けた。

 民家の前で、多分…その家に住む人だと思うけれど、楽器を演奏している。

 一人で演奏している人もいれば、複数人で演奏している人たちもいた。

 曲は全てバラバラなので、統一感はなく、自分の好きな音楽を楽しんでいるようにも見えた。

「どうせなら、みんなで同じ曲を演奏してほしいもんだねぇ~」

「ああ…それならば、まだマシだが…複数の曲があちこちから聞こえてくるから、うるさくてかなわんな」

 セレスさんもマックスさんも迷惑そうな顔をしている。

 ニット君に至っては、両手で耳を塞いでいた。

 確かに、ちょっとうるさいかもしれないけれど、こういったにぎやかな雰囲気は私は好きだった。

 平和そのものといった感じがして、なんだか心地よく感じられた。

「この街って、どうなっているんですかね?街の中心の方にも塀がありますね」

 私たちが入って来た門から街の中心の方に目をやれば、一段高くなった場所に塀が築かれている。

 さらにその上にも塀があり、高級そうな家々が目についた。

「この街は、階級で住む場所が分かれているのかねぇ~」

「おそらく…そうだろうな。最上段の方は、バカでかい家が立ち並んでいるようだ。貴族どもの家だろうな」

 街の中心の方を見上げながら、二人が呟いていた。

「とりあえず、冒険者ギルドにでも行こうかねぇ~」

 セレスさんが提案する。

「先に宿を取らなくていいんですか?」

「さすがにこの喧騒の中にある宿屋はちょっとねぇ~…できれば、上の階層で宿は取りたいもんだよ」

「そうだな。ここよりは静かかもしれないからな」

 セレスさんもマックスさんもこのにぎやかな雰囲気があまりお気に召さないみたい。

 冒険者ギルドを探して私たちは、音楽が鳴り響き、陽気に行き交う人たちの合間を抜けて、街の中を進んでいった。


 街の中心に向けて歩いていく私たちの前に高くそびえ立つ塀が立ちはだかる。

 階段があり、それを登って行くと門があった。

 門は開放されていて、人々が自由に行き来していた。

 けれど、その門のそばには警備の兵士らしき人達が立ち、槍と盾を持って目を光らせていた。

「この上に行っても大丈夫なんでしょうか?」

「商人やら街の人やらが行き交っているんだから大丈夫じゃないかねぇ~」

「よっぽど怪しい奴じゃなきゃ止められないだろうな」

 セレスさんとマックスさんは、無作法にズカズカと階段を登って行く。

「私たちも行きましょう」

 私は、ニット君に手を差し出す。

 彼は私の手を握ると「うん」と頷いて歩き出す。

 階段を登り切り、門のそばでセレスさんは立ち止った。

 門兵に話しかける。

「ちょいと聞きたいことがあるんだけれど、いいかい?」

 門兵は、突然声を掛けられ、セレスさんをジロジロと見まわしていた。

「冒険者ギルドは、どこにあるんだい?下にはなさそうだったんだけれどねぇ~」

「ああ、冒険者ギルドならこの中流階級区画にある」

 門兵は、顎をしゃくって門の奥にあることを示していた。

「中流階級区画?あたいらは入っても大丈夫なのかい?」

「ギルドに行きたいってことは、冒険者なのだろう?だったら問題ない。この中流階級区画と下の下流階級区画はだれでも自由に行き来できる。だけど、さらにその上の上流階級区画は、そこに住む者しか入れないから気をつけろ。冒険者ギルドは、このまままっすぐ行けば大広場に突き当たる。そのそばにあるでかい建物がそうだ」

「そうかい。ありがとねぇ~」

 セレスさんが軽くウインクすると、門兵は少しどぎまぎしていた。

 セレスさんは、美人だ。

 綺麗な艶やかな黒い髪の毛は羨ましい。

 それにスタイルもいいし、出ているところはしっかりと出ているので魅力的だと思う。

 だけど、身に着けている洋服がぴったりと密着してボディーラインがクッキリとわかってしまうような服装なので、私はさすがにそれは真似できないし、恥ずかしいなと思ってしまう。

 それができてしまうセレスさんは、大人の魅力満々の女性だった。

 その十分の一でもいいから、私も魅力的になりたいなとは思う。

 セレスさんは、門をくぐって歩き出す。

 マックスさんもその後に続き、私もニット君とともに門をくぐった。

 下の下流階級区画の喧騒とはうって変わって、落ち着いた音楽が聞こえてくる。

 立ち並ぶ家々も、下流階級区画と比べると綺麗でしっかりと区画分けされて、小さな庭が付いた家々が目立つ。

 人の往来は多いものの、ごった返すほどの賑わいはなかった。

 落ち着いて歩くことができる。

 メインストリートともいえる広い道をまっすぐに進んでいくと、大きなかめを肩にかついだ女性を模した石像があり、その瓶から水が出ている噴水があった。

 ここが大広場と呼ばれている場所だろう。

 綺麗に整えられた石畳は、凸凹も少なく歩きやすい。

 その広場にはテーブルや椅子がいくつも置かれていた。

 まばらに人々が座っている。

 広場の隅では出店がいくつも並び、美味しそうないい匂いが漂ってきている。

 その出店の料理をテーブルで食べている人や音楽をのんびりと聴いている人たちがいた。

 噴水の前では、十数人くらいの人たちが一団を作り、音楽を奏でていた。

 見たことのない打楽器の数々が、色とりどりの音を鳴り響かせている。

 時折、ドン!と大きな音を響かせてアクセントになっている打楽器もある。

 弦楽器の響きある音が心を震えさせる。

 大小さまざまな笛が鳥のさえずりのような綺麗な音を奏でる。

 管楽器のクールな音色も魅力的だった。

 たくさんの楽器が一つにまとまり奏でるハーモニーは心地よく、私は自然と身体が動き出す。

 音楽に合わせて身体が動いてしまう。

 こんなにも素敵な音楽を耳にしたのは、久しぶりのような気がした。

「お嬢ちゃん?」

 セレスさんに声を掛けられ、ハッとなって我に返る。

 周囲にいた人たちの視線が私の方に向いていた。

「すっ…すみません…なんだか楽しくなっちゃって…その…」

「別に謝る必要なんてないさ。剣国一の歌姫の娘だ。音楽を聴くと身体が動き出しちまうのは仕方ないだろうな」

 マックスさんが、優しげな微笑みを浮かべながら、そう言ってくれた。

 私の母は、『剣国ソードアタック』いちの『歌姫ディーヴァ』と言われた人だった。

 すでに亡くなってしまったのでもうこの世にはいないけれど、その母の姿を見て私は育ってきている。

 音楽や踊りが好きなのは、そのせいもある。

「アテナ様、すごく楽しそう」

 ニット君が、私を見つめながらニコニコしていた。

 ちょっと恥ずかしい思いをしながらも、彼の頭に手を乗せて照れ隠しに撫でた。

「まずは、あそこの冒険者ギルドに行こうじゃないかい。音楽鑑賞はその後でもいいと思うけれどねぇ~」

 セレスさんは、広場のそばにそびえ立つようにある大きな建物に指をす。

「あれが冒険者ギルドですか?」

「ものすごく大きいよ」

 私とニット君は、ギルドの建物を目にして声を上げていた。

 周囲に立ち並ぶ民家と比べると何倍もの大きさだった。

 三階建てくらいの建物のように見える。

 横にも長く、こんなにも大きな冒険者ギルドを見るのは初めてだった。

 入り口の戸をくぐり抜けてギルドの中に入っていく。

 ギルド内は、建物の外観からすると意外と狭く感じられた。

 いくつものカウンターがあり、他の街にある冒険者ギルドと比べると広いのだろうけれど、建物の大きさとの落差がそう感じさせるのかもしれない。

 ギルド内をキョロキョロと見渡していると、カウンター内にいる受付嬢が手を振りながら「こちらへどうぞ~」と声を掛けてきてくれた。

 私たちは、その受付嬢の方へと歩み寄っていく。

「ようこそ、音楽とダンスの街、ミュージダリアへ。本日は、どのようなご用件ですか?」

 眼鏡をかけた活発そうな印象を受ける受付嬢だった。

 茶色い髪を短く切りそろえ、終始微笑みを絶やさない。

「さっき、この街に着いたばかりなんだけれど、何か仕事はないかい?」

 セレスさんが、そう言った。

「みなさんは、冒険者ですか?その子も含めて…」

 受付嬢は、ニット君に視線を向けている。

「そうです。この子も冒険者です」

 私が答える。

「そうですか。では、みなさんの『冒険者登録証明書』を見せていただけますか?」

 受付嬢に促されて、四人がそれぞれ『冒険者登録証明書』を差し出す。

 『冒険者登録証明書』は、冒険者であることを示す紙の書類で、登録者の名前やランク、魔物の討伐記録や請け負った依頼内容と成否などの情報が記されている。

 ランクが高いほど、報奨金が高い依頼を請け負うこともできるけれど、命を懸ける危険な仕事内容になっていく。

 私とニット君は…。

「え~と、アテナ・アテレーデさんとニットさんはEランクですね」

 一番下のランクで、受けられる依頼内容は薬草探しだったり、弱い魔物の退治だったりと簡単なもので報奨金が少ないものしか請け負うことができない。

「セレス・セレナさんとマックス・ディアーさんは…Bランクですか?すごいですね」

 『冒険者登録証明書』に目を向けながら、受付嬢の人は驚いていた。

「アテナさんとニットさんは、コンビ登録されていますが、今回はお二人だけで依頼を受けますか?」

 ニット君はまだ幼いため、私と一緒でなければ依頼を受けることができない。

 そういう条件付きでニット君は冒険者登録している。

「いや、できればあたい達と一緒に請け負いたいんだけれどねぇ~」

「そうなりますと、良くてもDランクの仕事までしか紹介できませんよ。それにBランクのあなた方が一緒だとアテナさんとニットさんのランクが上がることはありませんけど…それでもいいんですか?」

 私とニット君は、セレスさんたちの足を引っ張っているみたい。

「私とニット君は、別でも構いませんよ」

 セレスさんは、私をしばらく見つめた後「そうかい」と呟き、受付嬢に向き直ると「二人にできそうな仕事はあるかい?」と尋ねていた。

「Eランク冒険者さんにご紹介できるのは……マンドラゴラの納品、増強剤の調合、薬草の採取、犬人コボルト8匹の討伐くらいですね」

 依頼書をペラペラめくって、確認してくれている。

「セレスさん、マンドラゴラって何ですか?」

 聞きなれない単語が出てきたので、私は小声で尋ねた。

「マンドラゴラってのは、植物だよ。人の形をしたニンジンみたいなもんで、引き抜くと叫び声を上げるといわれている錬金術などに使う代物さ。だけど、引き抜いた際の叫び声を聞いたものは死ぬといわれているねぇ~」

「しっ…死んでしまうんですか?」

「だから、引き抜くのは犬にやらせたりするんだがな。まさか、Eランク冒険者にやらせようってのか…大丈夫か?このギルドは?」

 マックスさんも小声で呟いた。

「採取の仕方を知らなければ、確実にその冒険者は命を落とすねぇ~」

 セレスさんは、呆れ顔だ。

「今のところ紹介できそうなものは、そのくらいですね」

「討伐対象の犬人コボルトは、この街から遠いのかい?」

「いいえ、比較的近いです。この街の南に密集した森があります。その街道に出没するみたいです。薬草もその森で取れるので、二つ同時に請け負った方が一石二鳥かもしれないですね」

「なら、お嬢ちゃんとボーヤは、その二つを請け負うといい」

「二つもですか?薬草は私が見分けられるので分かりますけれど、コボルトっていうのは何ですか?」

犬人コボルトは、犬のような頭をした魔物さ。そうだねぇ~、ゴブリンの頭が犬になったみたいなもんだと言えば想像しやすいかもしれないねぇ~」

「それを8匹もですか?退治できるかしら?」

「大丈夫だ。ゴブリンほど悪知恵は働かない。魔法も使ってはこないから、嬢ちゃんとボーズでも十分にやれるさ」

 マックスさんが、そう言ってくれる。

 私自身、自信はないけれど、そう言ってもらえると自信が持てるような気がしてくる。

「ニット君、どうする?」

 私が尋ねるとニット君は顎に指を当てて考え込んで、私の顔を見上げている。

「やっつけたら、お金貰えるんでしょう?」

 そう聞かれて私は頷く。

「アテナ様と一緒なら、僕やるよ」

 力強く彼は、そう言った。

 そう言われてしまったら、私が拒否するわけにはいかない。

「じゃあ、その依頼をニット君とともに受けます」

「わかりました。では、手続きをさせていただきますね」

 受付嬢は、手慣れた手つきで『冒険者登録証明書』に何やら書き込んでいる。

「では、『犬人コボルト8匹の討伐』と『薬草の採取』の二つの依頼をお願いいたします。ちなみに、犬人コボルトは討伐したら証拠になるものを持ってきてくださいね。腕や足、首などでいいので」

 この受付嬢は、ニコニコと笑顔をたたえたまま、怖いことをさらりと言ってのけていた。

 魔物の手足や首を持ち帰るって、ちょっと気持ち悪い気がするけれど、証拠がなければ討伐の証にならないのでここは従うしかない。

「わかりました」と私は頷いた。

「それで…セレスさんとマックスさんには、お願いしたい仕事があるのですが…」

 依頼書の一枚をカウンターに出し、上目遣いで二人を見上げている。

 依頼書を手に取り、セレスさんとマックスさんは目を通す。

「盗賊団の壊滅?」

「はい…さきほど、アテナさんとニットさんが請け負った討伐対象コボルトがいる森のさらに先に最近になって盗賊団が出没するらしいんです。商人の一団がすでに三組ほど襲われ、金品は奪われて、商人たちは皆殺しにされたそうです。それで、商人ギルドが盗賊団の速やかな壊滅を打診してきまして…Bランクのあなた方であれば…と思ったのですが?」

「商人ギルドからの依頼にしては、報奨金が安くないかい?こんなはした金しかもらえないんじゃあ、お断りだねぇ~」

 セレスさんは、きっぱりと言い切った。

「商人が三組も襲われているのなら、それなりの金品を盗賊どもは持っているってことだよな?それを取り返したら俺らが貰えるなら受けてもいいがな」

 チラリとセレスさんたちの依頼の報酬金額を覗き見てみる。

 私としては、それなりに高額の報奨金だと思うんだけれど、セレスさんとマックスさんは納得いっていないみたい。

 犬人コボルトと薬草の採取の報奨金と比べると、月とスッポンくらいの金額差があった。

 簡単な仕事しか紹介してもらえない私とニット君では、仕方がない。

 これがランクの差というものなのかと、しみじみと思い知ることになった。

「わかりました。報奨金に関しては、商人ギルドに掛け合ってみます。これよりも上積みすれば、受けていただけますか?」

 依頼書を手にしながら、受付嬢はセレスさんとマックスさんを交互に見やる。

「倍…とまではいかなくても、相応の金額になるなら受けてあげてもいいけどねぇ~」

 思わせぶりな態度を取りつつ、セレスさんは受付嬢の反応を見るように見下ろしている。

「すぐに交渉してきますので、しばらくお待ちください」

 一礼して、受付嬢はカウンターの奥へと足早に消えていった。

「かなりの額の報奨金ですけれど…安いんですか?」

 私が尋ねると、セレスさんもマックスさんもニヤニヤしながら言った。

「安くはないさ。それなりに妥当な金額さ」

「だが、商人ギルドが依頼主なら、もう少しふんだくれそうだったからな」

「貰えるなら、多いに越したことはないってことだねぇ~」

「そういうこった」

 相手が提示したものを素直に受け入れるのではなく、こうやって交渉して自分に有利な方に持っていく交渉技術は私にはない。

 こういったことも必要なのかと痛感したけれど、私には到底できないことだと思った。

 しばらく待っていると、慌てた様子で切りそろえられた茶髪を揺らしながら受付嬢が駆け足で戻って来た。

 ぜぇ~…はぁ~…ぜぇ~…はぁ~…と荒い呼吸を繰り返している。

「お待たせしました。この金額でどうですか?盗賊団を壊滅し、奪われた金品を取り返すことができたらという条件ですけれど」

 カウンターの上に置かれた依頼書には、元の金額の二倍程度に引き上がった額が記載されていた。

「ふ~ん…まあ、いいじゃないかい。受けてあげようじゃないかい」

 セレスさんは、依頼書を手に取り、内容を確認しながら頷いた。

「ありがとうございます。では、この金額で手続きさせていただきます」

 受付嬢はこれ以上、迷惑をこうむりたくないとばかりに手早くセレスさんとマックスさんの『冒険者登録証明書』に必要事項を書き込んでいく。

「本日、盗賊団の討伐に向かわれますか?」

 『冒険者登録証明書』をセレスさんとマックスさんに渡しながら受付嬢は尋ねてくる。

 その時。

 ぐぅ~…とニット君のお腹の音が鳴った。

 そう言えば、この街に辿り着いて、まだお昼ご飯を食べていなかったことに気づいた。

「僕、お腹空いたよぉ~」

 お腹を押さえながらニット君は呟いた。

「そうだねぇ~、まずは昼飯にしようかねぇ~」

 セレスさんは、受付嬢に向き直ると「明日の朝一の出発でどうだい?」と告げる。

「わかりました。明日の朝一ですね?私も同行いたしますので、ここに来てくださいね」

 この眼鏡の受付嬢の人は、セレスさんたちと同行するみたいだ。

 この街からかなり離れた距離にいる魔物討伐の依頼などを受けた場合は、冒険者ギルドの職員が一緒についてくることがある。

 討伐した魔物の腕や足などを持ち帰ったとしても、本当に討伐したのか職員が再び、その場所まで赴いて確認することになると報奨金が渡されるまでの間、冒険者は待ちぼうけを喰らってしまう。

 または、討伐した魔物を他の魔物や動物が食い荒らしたりして確認ができなくなる恐れもある。

 そのため、遠出をする場合は、ギルド職員が一緒に同行して魔物が討伐されたのかなどを確認する場合がある。

 今回、セレスさんたちが請け負った『盗賊団の壊滅』の依頼の場合は、盗賊団を退治できたかどうかの確認と商人から奪われた金品をちゃんと取り返したのかを見届けるために同行するそうだ。

 商人の金品や商品を持ち去ってしまったりしないように監視する役目も負っているみたい。

「足手まといには、ならないでくれよな?」

 マックスさんが辛辣しんらつな物言いをする。

 受付嬢は、一瞬だけムッとした表情を見せたけれど、すぐに笑顔を作り「大丈夫です。これでも元Cランクの冒険者ですから」と胸を張った。

 冒険者ギルドの職員は、武器が扱えない人や魔法が使えない人が多い。

 主に、一般の人がギルドで職員として働いている。

 でも中には、この受付嬢みたいに元冒険者の人もいる。

 同行する人が元冒険者であれば、自分の身は自分で守ってもらえるけれど、そうでない人の場合は守ってあげないといけないこともあるらしい。

 危険度が高い依頼内容の場合には、それなりの実力があるギルド職員が付いてくることになっていると前にセレスさんから説明を受けたことがあった。

 Bランク冒険者のセレスさんとマックスさんにお願いするほどの依頼なのだから、今回同行する人もそれなりの実力がなければ足手まといになってしまうことだろう。

 でも、自らCランク冒険者とうたっているのだから、腕には自信があるようだった。

「そうかい。なら問題ないねぇ~」

 セレスさんは、依頼書を豊かな胸元にしまい込む。

「ああ、そうだった。宿を取りたいんだけれど、この中流階級区画で泊まれる宿屋はあるかい?」

 思い出したかのように、受付嬢に尋ねる。

「宿なら心配いりません。このギルドの二階と三階は宿屋になっていますので、冒険者の方なら格安でお泊りいただけます」

 受付嬢の言葉に、それでこのギルドの建物は非常に大きいのかと納得した。

「ただ、依頼を受けた方でなければ、お安くはできませんけれどね」

 ちょうど依頼も受けたことだし、私とニット君も安く泊まれるのかしら?

「そうかい、なら四人部屋を頼むよ」

「かしこまりました。すぐにご用意いたしますね。このギルドは食堂も完備していますので、向こうの扉をくぐってもらえれば食堂になります」

 私たちから見て、左手側を指さす。

 視線を向けると扉がある。

 あそこから食堂へ行けるみたい。

「そうそう、夜は外の大広場で毎日イベントを開催しています。夕食をるならば、大広場で摂ることをお勧めいたします」

「イベント?」

 私が尋ね返す。

「自由参加ですので、楽しいと思いますよ」

 それだけ言うと、受付嬢は部屋の鍵を私に渡してくれた。

「アテナ様~…お腹空いたよ…」

 ニット君が私の服を申し訳なさそうに引っ張った。

「そうね。私もお腹が空いたわ。食堂へ食べに行きましょう」

 彼の小さな手を握って、歩き出す。

「あたいらも飯にしようじゃないかい」

「そうだな」

 セレスさんとマックスさんも私たちの後に続いて食堂へと向かって行った。


 遅めの昼食を取り終わった後。

 セレスさんとマックスさんは、明日の盗賊団退治のための準備をすると言って買い出しなどに行ってしまった。

 私とニット君は特にすることもないので、冒険者ギルドの三階にある部屋にやって来た。

 今日は、ここに泊まることになる。

 そんなにも広くない室内にテーブル一つと椅子が四つ、ベッドが四つあるシンプルな部屋だった。

 トイレも個室が一つある。

 窓を開けると心地よい風がスゥ~と入り込んできて私の頬を優しく撫でた。

 時折、強い風が吹きつけ、私の黒髪をなびかせ、三つ編みが踊るように揺れる。

 窓の縁に手をかけて外を見下ろせば、ちょうど大広場が見渡せる。

 噴水の前で十数人くらいの楽団員が音楽を奏でていた。

 音楽で溢れた街。

 なんて素敵なところなんだろうと、私は感激していた。

 木製の簡素な椅子をえっちらおっちら運びながらニット君が私のそばまでやって来た。

 窓のそばに椅子を置いて、その上に立ち上がる。

 ニット君の背丈では、窓から外は見下ろせないから、椅子の上に登るしかない。

「ニット君、椅子の上に登るときは、お靴を脱いでね」

 優しい口調で一言いう。

「あうっ!ごめんなさい、アテナ様…」

 ニット君は、椅子から飛び降りると、急いで靴を脱ぎ捨てる。

 裸足になってから椅子の上に立ち上がって外を眺める。

「ほえ~…この街、大きいね」

 見下ろす先は円形の大広場。

 大広場の中心にある噴水前で演奏する楽団員をまばらな人々が足を止めて聞き入っている。

 テーブルや椅子があるので、そこに腰を下ろしてくつろいでいる人もいる。

 その大広場の周りには、屋台がいくつも乱立し、いい匂いを漂わせていた。

 その大広場から放射状に八方向に広がる大通りには中流階級区画の綺麗な家々が見える。

 綺麗に区画分けされ、庭付きの家が多く、木造やレンガ造りとその家々によって特徴的な造りの家が立ち並んでいる。

 さらにその先に視線を向けると、塀があり、その下には下流階級区画の家々が見えた。

 下流階級区画は、木造の家が多い。

 かなり古い家がたくさんあり、家と家が凝縮されたように密集し、すごく雑多な感じが否めない。

 街を蜘蛛の巣のように覆う街路には人が溢れ、道端で思い思いの楽器を奏でる人たちがたくさん見える。

 下流階級区画と中流階級区画を隔てるように塀があるためか、下流階級区画の音楽そうおんはあまり聞こえてはこない。

 聞こえてくるのは、目の前の大広場に集まった楽団員が演奏する息の合った楽曲だけだった。

 打楽器、弦楽器、金管楽器とどれも見たことがない楽器を掻き鳴らしている。

 楽器にこんなにもたくさんの種類があるとは思いもしなかった。

 落ち着いた楽曲が流れ、耳に心地いい。

 なんて素敵な街だろうと、何度も思ってしまう。

 そう言えば、夕食時に大広場でイベントを開催するって言っていたけれど、どんなことをするのかしら?

 大広場に置かれているテーブルや椅子にちらほら人が集まり、楽団の音楽を楽しんでいる。

 決められた席というのはないようで、思い思いの椅子に座って音楽鑑賞をし、立ち去っていく姿が先ほどから見られた。

 どうせ楽しむなら。

 近くで見物できるのなら。

 そばまで行くしかないわよね。

「ニット君。あそこの大広場まで行きましょう?」

 私が広場の噴水の方を指さした。

「うん、行く」

 ニット君は頷くと椅子から飛び降りて靴を履き始める。

 私は窓を閉めると、部屋の扉を開けた。

「じゃあ、行きましょう」

 廊下に出た私は、室内のニット君に手を差し出す。

「あ~、待ってよ、アテナ様」

 靴を履き終わり、慌てた様子でニット君は駆け寄ると私の手をしっかりと握りしめた。

 私は、ニット君の手を握り返すと、部屋をしっかりと施錠してから歩き出した。


 冒険者ギルドの目の前が大広場になっている。

 広場の中央には噴水が鎮座している。

 かめを肩にかつぎあげた女性の全身像の瓶からは止めどなく水が流れ出ている。

 何か意味がある噴水なのかよくわからないけれど、その噴水の前で相も変わらず、十数人ほどの楽団員が様々な曲を演奏し続けていた。

 その楽団員の前あたりが広く開いている。

 何かに利用する空間スペースなのかしら?

 そのスペースの手前に円形のテーブルがいくつも並べられている。

 そのテーブルには、椅子がいくつも備え付けられていてかなりの人が座れるようになっていた。

 今は、まばらにしか人はいない。

「どこにしようかしら?」

 私は、大広場を見渡す。

 せっかくなので楽団員の近くが見やすそうだった。

 誰も座っていない席があったので「ニット君、あそこに座りましょう」と言って、彼の手を引っ張って一つのテーブルに椅子が四つある内の二つに私とニット君は座り込んだ。

「アテナ様、音楽を聴くの?」

 楽団に視線を向けている私に、ニット君が尋ねてくる。

「そうよ。ニット君は音楽に興味はないの?」

「う~ん…わかんない…でも、綺麗な音しているなって思う…」

 奏でられるメロディーを私は口ずさみながら、聞き入っている。

 聞いたことない曲だけれど、さっきから何度も演奏されているので耳になじんできている。

 ニット君は、退屈そうにテーブルに両手を投げ出して突っ伏していた。

「ニット君には、退屈かしら?」

 チラリと視線を向けて呟くと、彼はガバッと上体を起こして「退屈なんかじゃないよ」と慌てた様子で否定していた。

 演奏は、この大広場内にいれば聞こえてくる。

「屋台を見て回りましょうか?」

 大広場の周辺にはいくつもの屋台が出店している。

 美味しそうないい匂いを漂わせているお店もある。

 屋台を見て回りながら演奏を耳にしていれば、ニット君も退屈しなくて済むはず。

 私は椅子から立ち上がって手を差し出す。

 申し訳なさそうな表情をしているニット君は、そっと私の手を握った。


 私とニット君は、ゆっくりと屋台を見て回った。

 その間も楽団員は代わる代わる演奏を続けている。

 私は自分の気分が高揚してきているのを感じていた。

 身体が踊りだしたい衝動に駆られていた。

 気が付けば、ニット君と手を繋ぎながら身体が揺れ動いていた。

 山の稜線りょうせんに太陽が顔を徐々に隠しだしている。

 空が赤く焼け、次第に暗くなり、夜がやってくる。

 大広場も夜のとばりを迎える頃合いになって来た。

 大広場の周りには、いくつもの松明たいまつが置かれ、明かりがともされ始めた。

 私はニット君をともなって、楽団員が演奏している近くのテーブルに早めに陣取っていた。

 ギルドの受付嬢の人が、夕飯は外でるのがいいと言っていたのを思い出し、席を確保した。

「あっ!セレスさん、マックスさん、こっちです」

 ギルドの方へとやってくる二人の姿を見つけ、私は椅子から立ち上がって手を振った。

 二人は私に気づいてゆったりとした足取りでテーブルに辿り着き、空いている椅子に腰かけた。

「お嬢ちゃん、早いねぇ~」

「良い場所を確保したじゃねえか」

 私たちがいる場所は、楽団員の目と鼻の先で、演奏している楽団員が良く見える場所だった。

「ここなら、よく見えますから」

「ずっと前から、ここにいるんだよ」

 ニット君は、屋台で購入した木製のコップに入った飲み物をすすりながら呟いた。

 ニット君は、あまり音楽には興味を示してはくれなかった。

 まだ、音楽の良さがわからないのかもしれない。

 徐々に私たちの周りに人が溢れ、テーブル席に人々が着席し出した。

「イベントって何が始まるんですかね?」

 私はワクワクしながら、呟いていた。

「多分…楽団員の演奏だろうねぇ~」

 すでに始まっているのでは?と言わんばかりのセレスさんの呟きだった。

 噴水の前に数十人もの楽団員と思われる人たちが集まって来た。

 弦楽器、打楽器、管楽器とそれぞれが大小さまざまな楽器を手にしている。

「みなさん、お待たせしました。今宵もこの『音楽とダンスの街ミュージダリア』の名物である、音楽とダンスのショーをお楽しみください」

 楽団員の人なのかしら?

 男の人がそんな挨拶をし、楽団の演奏が始まった。

 演目は、昼間聞いた曲ばかりが演奏されていく。

 夕飯時のこのステージのために練習していたみたいだった。

「いらっしゃいませ。何かご注文はありますか?」

 メイドさんの格好をした女性が私たちのテーブルに歩み寄って来た。

 周りを見れば、他のテーブルにも違うメイド姿の女性が料理や飲み物の注文を受け付けている。

「ええと…その…」

 突然のことに私は、あたふたしてしまった。

「こいつで、適当に料理と飲み物を頼むよ」

 セレスさんは、メイド姿の女性にお金を渡すと注文していた。

 こういった状況に慣れているみたい。

 私もあんな風にさりげなくできたらいいなと思ってしまう。

「さて、ここからは楽器の演奏だけではなく、ダンスショーも行っていきます」

 男の人がそう宣言すると、楽団の前に十人程度のきらびやかなドレスを身に着けた女性とパンツ姿で胸元がはだけた衣装を身に着けた男性が現れた。

 男女のペアを作って、音楽の調べに合わせてダンスを披露していく。

 周囲のお客さんから、歓声が沸く。

 軽やかなステップを踏み、時には機敏な動きで、二人の息を合わせたダンスが続いていく。

 私も何だかウズウズして来てしまった。

 ダンスをしたい衝動に駆られてしまっている。

 でも、さすがにダンスショーに飛び込んでいくような野暮な真似はしたくない。

 ダンサーの素晴らしいパフォーマンスを邪魔するようなことはしたくない。

 男女の息の合ったダンスは、あっという間に終わった。

 楽しい時間というものは、あっという間に過ぎ去っていってしまうようだ。

「盛り上がってまいりました。さて、これまで楽団の演奏とダンサーの踊りを楽しんでいただきましたが、ここからはどなたでも参加していただいても構いません。前に出て踊りたいという方がいましたら、自由にペアを組んで踊ってもらって構いません。さあ、さあ、皆さん。ご自由に参加してください」

 男の人は、煽り散らすように高らかに声を張り上げた。

 周囲のお客さんは、拍手喝采はくしゅかっさいで沸き上がり、次々に楽団員の前の空間スペースにダンスをしたい人が出てきている。

「ダンスに参加してもいいんですって。ニット君、一緒に行きましょう?」

 今まで踊りたい衝動に駆られていた私は、かなり興奮気味にニット君に詰め寄っていたかもしれない。

「でっ…でも、僕…ダンスなんて…したことないから…」

 しょんぼりとするニット君の手を握り「そんなこと気にしなくていいのよ。雰囲気で踊ればいいのよ。楽しければそれでいいの」と私は席を立つ。

「セレスさんとマックスさんもどうですか?参加しませんか?」

「あたいは遠慮しておくよ。ダンスなんてガラじゃないからねぇ~」

「俺もパスだ。相手の足を踏んじまうからな」

 セレスさんもマックスさんも参加はしないみたい。

「ほら、ニット君。一緒に行きましょう?」

「でも…」

 渋っているニット君を無理やり抱え上げると、私はそのままダンススペースへと飛び込んでいった。

 ある程度、人が集まったのを確認して、楽団員が曲を奏で始めた。

 やはり、日中演奏されていた曲が流れてくる。

 私はニット君の両手をしっかりと握りしめると演奏に合わせて踊りだす。

 ううん、身体が自然と音楽に合わせて動き出してしまう。

「あうう…えっと…」

 ニット君はどうしていいかわからず、その場でぎこちない足踏みをしながら困惑していた。

「落ち着いて。周りを見て。他の人がやっているような感じで動いてみればいいわよ」

 口で説明してもニット君にはわからないはず。

 それならば、周りで踊っている人たちの真似をさせればいい。

 お手本となる人たちが、すぐそばにたくさんいるのだから。

 ニット君は、隣の人を見やりながらステップを踏んでいく。

 それはステップとは言えないような武骨な動きだったけれど、私から見れば可愛らしい動きだった。

「良いわよ。その調子よ。ニット君」

 彼の動きを眺めながら、私は曲に合わせて動きをつける。

 ニット君は、曲に合わせて自由に体を動かしている私に振り回されるような感じになっている。

「痛っ」

 ニット君の足が私の足を踏みつけた。

 思わず声が出てしまった。

「あっ!ごめんなさい、アテナ様」

 ニット君は、あたふたして動きが止まってしまった。

「気にしなくていいわよ。私は、大丈夫だから。ダンスを続けましょう」

 私は笑顔で微笑む。

 足を踏まれた痛みよりもダンスを踊れる楽しみの方が強く、痛みなんて全く気にならなかった。

 何回かニット君の足が私の足を踏みつけた。

 彼は、ダンスは初めてなのだから仕方がない。

 どんどん、ニット君の動きが小さくなっていき、ついには動きを止めてしまった。

「どうしたの?ニット君?楽しくない?」

 私は屈みこんで彼と目線を合わせて声を掛ける。

 ニット君はやや涙目になりながら「僕…ダンス…うまく踊れないよ…」と涙ぐんでいた。

「初めてなんだもの。踊れなくて当然よ。気にしないで、このダンスをするっていう雰囲気を楽しみましょう」

 私は、彼の頭を撫でると笑顔を向ける。

 小さくニット君が頷いたことを確認すると、私は一人で踊りだす。

 ニット君の前を楽しそうに行ったり来たりして踊る。

「ほら、ニット君」

 私は、彼に向かって手を差し出す。

 ニット君は戸惑いながらも、私の手を握った。

 私は、笑顔で頷く。

 私はニット君の両手を握ると彼の動きをリードするように動き出す。

 その動きにつられて、ニット君はヨロヨロとよろめきながらダンスとは呼べないような動きをしていた。

 日中、演奏していた曲は何度も聞いたのである程度、頭の中には入っていた。

 身体を動かしながら「ニット君、ジャンプして」私は指示を出す。

 戸惑いながらも飛び跳ねるニット君の腕を持ち上げて彼の身体が宙を舞い、再び地面に着地する。

 驚いたような表情を彼はしていた。

「もう一回ジャンプ」

 私の指示に従って跳ねる。

 今度はニット君の身体を横に回転する動きを加えてみる。

 着地が綺麗に決まる。

 ちょうど、そこで演奏が終わった。

「ふふふ…いい感じよ。ニット君」

 屈みこんで彼の頭を撫でながら、私は微笑む。

 ニット君の表情にも微かに笑みが浮かんでいた。

 次の演奏が始まった。

 周囲の人たちは、演奏に合わせて再び踊りだす。

 私も音楽に合わせて身体を動かして踊りだす。

 ニット君を振り回すような感じになってしまっているけれど、彼の顔には笑みが生まれ始めている。

「はい、ニット君、ジャンプして」

 私の指示に従ってニット君はジャンプする。

 私は彼の腕を持ち上げて宙高くに舞い上がらせてから、綺麗に着地させる。

「どう?ニット君、楽しいでしょう?」

 周囲の人たちからしたら、到底、私たちの動きはダンスとは言えないものだったけれど、私たちが楽しければそれでいいと思う。

 他の人に迷惑が掛かっていなければ、それでいいし、この雰囲気を楽しめばいい。

 私は、そういう考えで踊った。

 ニット君と一緒に。

 長いようで短い、演奏が終わってしまった。

「参加してくださった皆様、ありがとうございます。今日も大変盛り上がりました。ダンスは一旦ここまでとなりますが、演奏はまだまだ続きますので夕食とともにお楽しみください」

 男の人の言葉に蜘蛛の子を散らすようにダンスに参加していた人たちは各々の席へと戻っていった。

 私もニット君の手を引きながら席に戻っていった。

 席に戻ると「お嬢ちゃん、ダンスもうまいもんだねぇ~。一番生き生きとしていたよ」とセレスさんが褒めてくれた。

「ああ、さすがは剣国一の歌姫の娘だ」

 マックスさんが感嘆の声を上げていた。

「ありがとうございます」

 お礼を言う私の横で、ニット君は浮かない顔をしていた。

 ダンスをしているときは時折、楽しそうな笑顔を見せてくれていたのに。

「ボーヤもなかなか良かったよ」

「本当に…?」

 上目づかいでセレスさんを見やりながら尋ね返していた。

「本当だ。嬢ちゃんがちゃんとリードしていたからな」

「でも…ちゃんと踊れなかったよ…アテナ様の足も何回も踏んじゃったし…」

「それは仕方ないわよ。ニット君は初めてダンスをしたんだもの。初めてなら気にしないでいいのよ」

 私は、本当に気にしてはいない。

 ニット君に足を何度も踏まれたけれど、私が半ば強引に誘ったのだから。

 ニット君が初めてなのを承知の上で誘ったのだから。

 それで文句を彼に言うつもりはなかった。

 できればもう少し踊りたかったし、ニット君と楽しみたかったなって思いはあった。

「お待たせしました。お料理と飲み物になります」

 頼んでいた料理と飲み物をメイド姿の女性が運んできてくれた。

 美味しそうなお肉料理やパンにサラダ、ブドウのジュースがテーブルの上に並べられていった。

「さあ、食べようじゃないかい」

 セレスさんの掛け声で、私たちは料理に舌鼓したづつみを打った。


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