第17話 私だけの特別なもの
カボチャ頭のお化けの魔物…ジャック・オー・ランタンの群れを討伐した私たちは、気が抜けていた。
「グゲゲゲゲゲゲ」
不気味な鳴き声のような、笑い声のようなものが周囲の木々の合間から聞こえ、一気に緊張が走った。
マックスさんは、『ドラゴンバスター』を構えて声がした方にいち早く反応して身体を向けて身構えた。
セレスさんも同じだった。
両手に握った短剣…『白銀の刃』と『黒鉄の刃』を構えなおし、風の魔法を刀身にまとわりつかせて威力を増幅して、いつでも放てるようにしている。
ニット君も紫色の魔法石が埋め込まれた小剣…『エアブレード』を身体の正面に構え、いつでも攻撃を防げる構えをとった。
私も『聖剣エクスカリバー』を握りなおして、声が聞こえた方に身体を向けた。
「グゲゲゲゲゲゲ」
声が近づいてきている。
さっきのカボチャ頭のお化け…ジャック・オー・ランタンと同じような声だけれど、重く禍々しくも聞こえる。
声のする先の木々の合間から赤い光の揺らめきが見えた。
「躱しな!」
セレスさんが絶叫して、左側へと身を大きく投げ出す。
マックスさんは右へと地を蹴り、私も同じく右へと身を躍らせた。
ニット君だけがその場に残り、『エアブレード』を正面に構えていた。
刹那。
炎の塊が、木々の合間から飛んできた。
それはニット君の目の前で大きな爆発を引き起こした。
風の壁がニット君を守るように展開され、彼の身体を爆炎から守った。
だけど、その威力は桁外れだった。
爆炎が地面をも抉り、ニット君の周囲を強烈な爆風が襲った。
巻き上がった爆風は、ニット君の左右や背後から襲い掛かり、彼の小さな身体を木の葉のように宙に巻き上げる。
「うわぁぁぁぁ」
炎の塊の直撃からは守られたけれど、爆風に吹き飛ばされ、背後の木の幹にニット君は背を打ちつけていた。
「ニット君」
私は駆け寄り、身体を揺さぶる。
「ううっ…」
小さく呻き声が上がる。
ジャック・オー・ランタンの水の魔法を背に受けていたことで服が濡れていたことが幸いしたのか、彼の身体には火傷などの傷は見当たらなかった。
気を失っているだけみたい。
私は、ニット君の小さな身体を左腕で抱き上げた。
「ボーヤは、無事かい?」
セレスさんの叫びが聞こえてくる。
「はい、気を失っているだけです」
「俺とセレスが相手をする。嬢ちゃんは、ボーズを守れ」
セレスさんとマックスさんが、炎が飛んできた方へと視線を向けた。
木々をかき分け、炎を撃ち込んできた相手がその姿を現した。
「また、カボチャ?」
私は、そう呟いていた。
「カボチャは、カボチャだけれど…」
「でかいぞ、こいつ」
セレスさんもマックスさんも相手を見上げている。
そう、現れたのは一回りも二回りも大きなカボチャだった。
ジャック・オー・ランタンは小さな子供がカボチャをかぶったような姿だったけれど…今、目の前にいるのはその何倍も大きい。
巨人の様な大柄な体格は、マックスさんよりもはるかに大きい。
胴体には動物の毛皮のようなものをまとっている。
カボチャの頭は非常に大きく、身体と同じくらい大きなカボチャ頭でバランスが悪そうに見える。
刳り貫かれた鋭い目つきの奥には、赤黒い光が灯っていて不気味さが際立っている。
小さく開いた鼻の穴からは、時折、煙のようなものがモクモクと漏れ出ている。
口元は、まるでサメの歯のように鋭く尖ったように刳り貫かれていて凶悪な魔物であることを示唆していた。
まとっている動物の毛皮から土気色の手足が生え出ている。
ジャック・オー・ランタンと同じで木の根っこみたいな感じの腕と足だった。
けれど、その根っこのような腕と足はねじれて絡み合い太くてたくましい印象を受ける。
ウネウネとうねることはなく、まるで人間の腕や足のような感じでしっかりとしていた。
「ジャック・オー・ランタンの親玉…キング・ランタンかい?」
「チビ達と違ってデカいな」
ジャック・オー・ランタンとは比べ物にならない大きさで、マックスさんが悪態をつくのもわかる気がする。
惨殺されているジャック・オー・ランタンの無残な姿を目の当たりにし、赤黒い瞳が憎悪に渦巻いているようにも見える。
「グゲガガガガ」
笑い声のようにも聞こえたけれど、呪文の詠唱だったみたい。
キング・ランタンの口元に炎が揺らめく。
それは渦を巻き、炎の塊を形成していく。
「こりゃ、やばいよ」
セレスさんは駆け出した。
まるで動いたものを狙うかのように、キング・ランタンはセレスさんに狙いをつけて炎の塊を打ち出した。
素早い身のこなしで、炎の塊を躱す。
その炎の塊は地面に着弾すると、天に向かって立ち上る爆炎の柱となり、地面を焼き焦がし、深く抉った。
「とんでもない威力だ」
爆炎の余波とも言える熱風が私とマックスさんの元まで届いてくる。
「切り裂く風」
セレスさんは、両手の短剣を振るう。
大きな風の刃が『白銀の刃』と『黒鉄の刃』から撃ち出された。
それは一直線にキング・ランタンに向かっていく。
斬!
風の刃は、キング・ランタンの大きなカボチャ頭に命中したけれど、わずかに傷をつけただけだった。
ジャック・オー・ランタンのカボチャ頭は真っ二つにしていたのに、よほど固いと見える。
「チッ…なんて硬い頭してんだい」
「なら、身体を狙えばいいだろう」
マックスさんは『ドラゴンバスター』を抱えながらキング・ランタンに向かっていく。
キング・ランタンの木の根が寄せ集まってねじれた極太の腕が空を薙ぐ。
突進しつつ身を屈めて、キング・ランタンの腕をかいくぐっていく。
「おりゃあ!」
気合とともに『ドラゴンバスター』の刀身が毛皮に包まれた腹部に叩きつけられた。
「何?硬い」
ガン!と何か硬いものに当たった衝撃音が響き、マックスさんは手が痺れたみたい。
見れば、切り裂かれた毛皮の隙間から胴体に非常に分厚い金属の塊のようなものが見えている。
鎧とは違う。
キング・ランタンが腕を振り回すと、毛皮がめくれ上がり、腹部に金属の塊が身を守るように括り付けられているのが見えた。
あの分厚い金属の塊が『ドラゴンバスター』の攻撃を弾いたみたい。
あんなにも厚い金属の塊を身に纏っていたら、その重みで動きは鈍い気がする。
「こいつ、厄介だぞ」
「ああ、そのようだねぇ~」
マックスさんの攻撃もセレスさんの魔法攻撃もキング・ランタンに致命傷を与えられそうにない。
ジャック・オー・ランタンとは大違いの相手だった。
「こいつならどうだい。燃え盛る炎」
『白銀の刃』と『黒鉄の刃』の刀身が炎に包まれる。
キング・ランタンの赤黄色い炎とは対照的で、青白い炎が勢いよく燃え盛る。
二本の短剣を交差するように振り抜く。
青白い炎は尾を引いてキング・ランタンに迫っていく。
キング・ランタンの口元に赤い炎が渦を巻き、大きな塊を作る。
その炎の塊は、青白い炎と衝突した。
荒れ狂う波のごとく炎はぶつかり合い、混じり合い、反発して大きな爆発を巻き起こした。
キング・ランタンのカボチャ頭が爆炎に包まれる。
高温の熱に炙られる。
焼け焦げる臭いが鼻を突き、思わず手で鼻を塞いでしまった。
キング・ランタンは、爆炎を振り払うかのように両腕を振り回した。
カボチャ頭の右半分が黒く煤けている。
凶悪な目つきが、さらに悪くなり、鋭く尖る。
「グゲラァァァァァ」
雄たけびのように聞こえたけれど、呪文の詠唱みたい。
キング・ランタンの口元に新たな炎の塊が出現した。
「氷柱の雨」
『白銀の刃』と『黒鉄の刃』に氷の魔法をまとわりつかせ、威力が増幅された氷の魔法が放たれる。
鋭く尖った氷の塊が雨のようにキング・ランタンに降り注ぐ。
それをものともせずに、キング・ランタンは炎の塊を撃ち出した。
炎の塊は、セレスさんの氷の魔法を飲み込み、一瞬にして蒸発させ、地面に直撃すると渦を巻いて火柱を上げた。
「チィ…なんて威力の魔法を使うんだい」
地面に穿った穴を横目に呟く。
「だったら、魔法を撃たせなきゃいい」
脱兎のごとく駆け出し、マックスさんは背後に回り込む。
キング・ランタンの意識はセレスさんの方に向いている。
背後から『ドラゴンバスター』を振り上げて叩きつけた。
「ぐっ!」
ゴン!と硬質なものがぶつかり合う音が響く。
「背中にも金属の塊を仕込んでいやがるのか?」
『ドラゴンバスター』が切り裂いた毛皮の隙間から鉛色の金属の塊が覗き見える。
非常に分厚く硬い金属を胴体に括り付けているみたい。
キング・ランタンはうっとおしいとばかりの身体を振り回し、腕を縦横無尽に大きく振るう。
寸でのところで屈み込んで、それを躱し、立ち上がりざまに『ドラゴンバスター』を勢いよく突き出した。
ブスリ!
キング・ランタンの臀部辺りに『ドラゴンバスター』の幅広い刀身が突き刺さった。
たまたま、金属がない部分に当たったみたい。
「グガゲララララ」
多分…苦痛の悲鳴だと思う。
耳を劈く大きな声が張りあがった。
「尻は無防備だったか?」
『ドラゴンバスター』を引き抜き、再度、攻撃しようと剣を突き出した。
それを阻止しようとキング・ランタンの極太の木の根のような腕が鞭のように柔軟に撓る。
『ドラゴンバスター』と激突し、マックスさんの身体が後ろへと飛ぶ。
「くっ…」
思いのほか力強い一撃だったのか、受け身を取れずにマックスさんは地面の上を転がった。
キング・ランタンの腕は『ドラゴンバスター』を弾き飛ばしたけれど、その際に切っ先が振れたようで赤黒い体液が垂れていた。
「マックス!」
セレスさんは、倒れこんでいるマックスさんの姿を横目にしながらも、氷柱の雨をキング・ランタンに向けて放つ。
鋭く尖った氷柱は、キング・ランタンの頭を目掛けて降り注ぐ。
氷柱が突き刺さり、わずかだけれど赤黒いものが溢れ出る。
「ゲガルグググ」
雄たけびを上げるキング・ランタン。
その口元には炎ではなく、風が渦巻いた。
「何?」
激しい渦を巻いた風が吐き出されるように飛び出した。
炎が来ると思っていたセレスさんは、一瞬躊躇した。
その一瞬の判断が分かれ目になったと思う。
渦巻く風は、炎の塊よりも広範囲に吐き出されていた。
躱すことができずに、セレスさんの身体は木の葉のように巻き上げられ、その風に巻き込まれた木々は根元から折れて、ともにかなりの距離を吹き飛ばされて地面に落下した。
「くそっ…炎だけじゃなく、風の魔法も使うのかい…」
恨めしそうにセレスさんはキング・ランタンを睨めつけていた。
キング・ランタンは、ジロリとニット君を抱きかかえている私の方に向く。
右手に『聖剣エクスカリバー』を握りしめ、いつでも動けるように身構えるけれど、戦える気がしない。
左腕でニット君を抱きかかえている状態で、まともに戦えるわけがない。
キング・ランタンが、その巨体をこちらに向ける。
私は、一歩、二歩と後ずさる。
けれど、キング・ランタンの一歩は、それ以上の距離を詰めてくる。
「こっ…来ないで」
懸命に声を張り上げて叫んでみるけれど、キング・ランタンは歩みを止めない。
セレスさんもマックスさんも私からは、だいぶ距離が離れている。
二人ともゆっくりだけれど立ち上がろうとしていた。
二人に頼ってばかりはいられない。
自分でも、この状況を打破しないことには。
「これ以上近付くと痛い目を見ますよ」
私は『聖剣エクスカリバー』の切っ先を突き付けるようにキング・ランタンに向けた。
「グゲゲゲゲゲ」
まるで笑っているみたい。
今まで、私だけは一度もキング・ランタンに攻撃を仕掛けていない。
しかも、自分では気づかなかったけれど、少しだけ『聖剣エクスカリバー』を握っている右腕が震えていた。
それを見て取って、嘲笑っているかのようだ。
こんな情けない状態では、ニット君を守ってあげられない。
私自身も守れない。
「こっちに来ないで」
私は、精一杯の声を張り上げた。
キング・ランタンを睨みつける。
「ゲハハハハ」
笑い声をあげて、キング・ランタンは腕を下から掬い上げるように振るってきた。
かろうじて反応できた。
後ろに飛んで躱した。
けれど、キング・ランタンの腕が『聖剣エクスカリバー』の刀身に触れ、私の手から離れて掬い上げられるように宙に舞い上がった。
「あっ!」
反射的に天高く弾き飛ばされた『聖剣エクスカリバー』に視線を向けていた。
キング・ランタンも同じだった。
クルクルと私たちの遥か頭上を回転し、ある程度の高さまで登った後、同じく回転しながら落下してくる。
私の倍以上の体格のキング・ランタンは、落下してくる『聖剣エクスカリバー』に向けて手を伸ばしていた。
このままだと『聖剣エクスカリバー』が奪われる。
私も手を伸ばすが、倍以上も大きな身長差はどうにもならない。
キング・ランタンの手が『聖剣エクスカリバー』に触れた。
刹那。
回転していた動きが止まり、切っ先を下に向けた状態で『聖剣エクスカリバー』は落下していく。
キング・ランタンの極太の木の根のような腕を突き破り、メキメキと激しい音を立てて粉々に粉砕しながら落ちてくる。
「!?」
キング・ランタンは戸惑いの表情を見せたようにも見えたけれども、次の瞬間には『聖剣エクスカリバー』の切っ先にカボチャ頭を貫かれ、腕同様に頭を粉砕されながらグチャグチャに潰れていく。
何が起きているのか私にも理解ができなかった。
『聖剣エクスカリバー』はキング・ランタンのカボチャ頭を潰し、さらに胴体をも貫き潰して落下してくる。
私の右足の甲に向けて。
『聖剣エクスカリバー』の切っ先が突き刺さる。
いえ、突き刺さることはなかった。
私の足の甲に『聖剣エクスカリバー』の切っ先が触れたと思った瞬間。
まるで羽のようにフワリとゆっくりと地面に向かって『聖剣エクスカリバー』は音もなく倒れて転がった。
「何?どういうこと?」
切っ先に貫かれると思ったけれど、『聖剣エクスカリバー』が私の足の甲に触れた感触すらもなかった。
「お嬢ちゃん、怪我はないかい?」
ゆっくりとした足取りでセレスさんが歩み寄ってくる。
「はい…大丈夫ですけど…何が起きたんでしょう?」
困惑している私は、グシャグシャに圧し潰された無残な姿になり果てたキング・ランタンを一瞥して尋ねた。
「あたいの憶測だけれど…岩の上にエクスカリバーを倒れるように落とした時のことを覚えているかい?」
つい先ほど…ジャック・オー・ランタンに襲われる前に行っていた実験のことを思い出した。
「あの時、岩は『聖剣エクスカリバー』に圧し潰されながら粉々になっただろう?それと同じことが起きたんだと思うよ」
実験の時の倒れたエクスカリバーは、岩を粉砕しながら地面に深く減り込んでいた。
今は、キング・ランタンをグチャグチャに圧し潰し、圧死させている。
「でも…私の足に当たって…」
キング・ランタンを貫いた『聖剣エクスカリバー』は私の足の甲に落ちたけれど、切っ先は私の足を貫くことはなかったし、地面に倒れた剣は減り込むこともなく、羽のようにフワリと音もなく転がっていた。
「おそらく…『聖剣エクスカリバー』は、お嬢ちゃんを傷つけることができないんだと思うよ。そうでなければ、足は潰れていただろうし、剣自体が地面に減り込んでいたはずだよねぇ~」
私の足元に転がっている『聖剣エクスカリバー』を見下ろしながら、セレスさんは不思議そうな顔をしていた。
私を傷つけることができない剣?
『聖剣エクスカリバー』を拾い上げて、怖いのでゆっくりと優しく切っ先を足の甲に触れさせてみる。
鋭い切っ先が足の甲に触れているにもかかわらず、痛みは感じない。
ただ、何かが足の甲に触れているといった感触が伝わってくるのみだった。
「ちょっ…お嬢ちゃん?」
私の突飛な行動に驚き、セレスさんは声を上げていた。
「大丈夫です。痛くはないですから」
次に『聖剣エクスカリバー』の刃を左腕に当ててみる。
硬質なものが当たっている感じはしない。
不思議な感じだった。
刃を当てて少し動かしてみるけれど、私の左腕には傷一つつかなかった。
「そんなことして大丈夫かい?」
心配そうな顔でセレスさんが見つめてくる。
「はい…なんて言えばいいのか…自分の腕で擦っているようなそんな感覚ですね」
「自分の腕で?」
セレスさんは、『聖剣エクスカリバー』の刃にそっと指先を触れた。
「痛っ!」
声を上げて、指先を離す。
セレスさんの指先からはちょっぴりとだけ赤い血が滲んでいた。
「とんでもない切れ味だよ」
血のにじむ指先を口に入れて嘗めながら呟いた。
「私のことを傷つけない剣…私以外の人は持つことすらできない剣…」
不思議すぎて混乱してしまう。
ニット君じゃないけれど、なんだか特別な感じを実感して嬉しく思ってしまった。
「嬢ちゃん以外の奴が『聖剣エクスカリバー』に触れると、こうなるんだな?」
歩み寄って来たマックスさんが、元キング・ランタンであった成れの果てを見ながら、身震いをして見せた。
キング・ランタンのカボチャの頭は、ものすごい力でグチャグチャに圧し潰され、右腕だった極太の木の根のような部分もバラバラに粉砕されている。
金属で守られていた胴体部分も、『ドラゴンバスター』の刃を防いでいた金属は紙のようにクシャクシャに拉げ、木の根のような腕と足の一部を除いてバラバラに砕け散っていた。
赤黒い体液の海の中に物言わぬ躯は、無様な姿を晒していた。
「なるほどね…何があっても、あたい達は触れない方がいいってことかい?」
「そうだろう?こいつと同じ目には合いたくはないだろう?」
「ああ、そうだねぇ~…潰されながら死んでいくなんて、まっぴらごめんだよ」
セレスさんは、肩をすくめた。
「んんっ…んおっ?」
左腕に抱えたままだったニット君が、小さな吐息を漏らして目を覚ました。
「ニット君、気が付いた?」
「ほえ?…えっと~…」
ニット君は、状況が分からずキョロキョロしている。
「んっ?何あれ?」
見慣れないものに気が付き、指を指しながら尋ねてくる。
そういえば、キング・ランタンが姿を現す前にニット君は気を失ってしまったから知らないのも無理はないわね。
「嬢ちゃんが倒した魔物だ」
マックスさんが、にやけながら言う。
「ええっ?アテナ様が?あんなに大きい魔物を?」
ぐしゃぐしゃに潰れているとはいえ、わずかに残る腕や足などの部位からその魔物の大きさは推測できると思う。
ニット君は、尊敬にも似た眼差しを私に向けてくる。
「違うのよ。私じゃなくて、エクスカリバーがね…」
否定しようとしたけれど「アテナ様がエクスカリバーでやっつけたんだね?すごーい!」とニット君は興奮気味に叫んでいた。
「まあ、いいじゃないかい。お嬢ちゃんがぶっ倒したことにしておきな」
私の肩をポンと叩いて、セレスさんは楽しそうに微笑した。
今まで知らなかったことが知れた日だった。
『聖剣エクスカリバー』は投げ捨てても、必ず私の元へと戻て来てしまうのは知っていた。
迷惑な剣だと思って何度か手放そうとして捨てたことがあったからだ。
でも、新たに私以外の人が手にすると重くなって潰されてしまうことが分かった。
人だけでなく、物も同じかな?
岩に立てかけたらそれを維持し続けようとするけれど、倒れるように手を離したら岩を粉砕して地面に減り込んでしまう。
だとしたら、もしも宿屋の二階でエクスカリバーを落としてしまったら、床を破壊して一階にまで落下してしまうってこと?
一階に人がいたら大変なことになってしまうかも。
そう思ったら、宿屋とかでは慎重に取り扱おうと改めて思った。
そして、もう一つ。
『聖剣エクスカリバー』は、何があっても私に危害を加えないという点だ。
誰かに奪われて使われるっていうことはないけれど、刃や切っ先が私に触れても怪我をすることはなかった。
さすがに怖かったので、そんなことを試そうと思ったことはなかったけれど、偶然知ることができて良かった。
それに私に触れた瞬間、羽のように軽くなることもわかった。
前から感じていた『聖剣エクスカリバー』は羽のように軽いし、まるで私の腕の一部のような感覚で重さを感じない。
私の身体が『聖剣エクスカリバー』に触れてさえいれば軽くなるのかもしれない。
こんなにも恩恵を受けてしまってもよいのかと思ってしまうけれど、今はありがたく使わせてもらうことにする。
私自身を守るために。
そして。
私のことを慕ってくれるこの男の子…ニット君を守るために。
私は、この『聖剣エクスカリバー』とともに今は旅を続けよう。