第16話 剣の性能
「セレスさん、何かわかりましたか?」
柄の部分に紫色の綺麗な魔法石が埋め込まれた小剣を手にし、難しい顔をしながらいろいろと調べていたセレスさんに私は声を掛けた。
「う~ん…このボーヤの剣…『エアブレード』も普通の金属ではないような感じだねぇ~…金属のこととかに詳しいわけじゃないけれど、今現在の持てる限りの技術を駆使しても作り出せない技術で作り出されたものである可能性が高いとしかわからないねぇ~」
困り果てた顔をしている。
「わからないことが多すぎるよ」
「例えば、どんなことですか?」
「あたいは魔法を主に使うから、魔力の扱いは一番慣れているはずだよ。だけど、その魔力をいくらこの魔法石に注いでも、何も反応しない。けれど、ボーヤは違う。風の刃と言えるものをこの切っ先から撃ち出すことができ、なおかつ盗賊どもを斬って見せた…」
確かに、ニット君はこの小剣…『エアブレード』から三日月型の風の刃を撃ち出して盗賊を切り伏せていた。
しかも、風の刃は私の身体はすり抜け、背後にいた盗賊は真っ二つにするという荒業をやってのけていた。
どうしてそんなことができるのか。
セレスさんは興味を惹かれて、ニット君の剣である『エアブレード』を調べていた。
けれど、何も成果はなかったみたい。
「やっぱり、風の精霊に気に入られたってことが大きいのかねぇ~」
『エアブレード』の柄に埋め込まれた紫色の魔法石を突いてみるけれど、何も反応は示さなかった。
「そうなると、その剣はニット君しか扱えないってことでしょうか?」
「まあ、今のところはそういうことになるねぇ~」
セレスさんは、木の棒で地面に何かを描いているニット君に手招きして呼び寄せると「ありがとうね、ボーヤ」と言って、『エアブレード』をニット君に返していた。
「もういいの?」
「ああ。その剣はボーヤしか扱えないってことが分かったよ」
「僕だけの剣?えへへへへ」
嬉しそうにニット君は、剣を天に向かって抱え上げた。
「アテナ様の剣と同じってことだね?」
「んっ?私の剣…『聖剣エクスカリバー』と同じって?」
ニット君の言っている意味が分からず、私は首を傾げる。
「アテナ様の剣もアテナ様しか扱えないんでしょう?」
腰かけるくらいの大きさの岩に立てかけてある抜身の『聖剣エクスカリバー』を指さして、ニット君が私を見上げてくる。
「今のところはそうだねぇ~」とセレスさんが答えると「僕と一緒だぁ~」となぜか嬉しそうにしていた。
「お嬢ちゃんの剣…『聖剣エクスカリバー』も色々と調べてみたけれど、こっちも素材が何の金属なのかすらわからないねぇ~」
セレスさんは肩をすくめて見せた。
「『聖剣エクスカリバー』の柄にあるこの赤い魔法石にあたいの魔力を流し込んでみたけれど、『エアブレード』と同じように何も反応しないし、どうやっても持ち上がらない。なぜ、岩に立てかけてあるだけなのに動かないのか不思議でならないよ」
『聖剣エクスカリバー』は静かに岩にもたれかかっている。
セレスさんがエクスカリバーを調べたいからと言ってきたので、私が岩に立てかけたままの状態を今も維持し続けている。
セレスさんは柄に手をかけて引き上げたり、左右に振ったりしようとしているけれど、エクスカリバーはその場に貼り付いてしまったかのように全く動かなかった。
「やはり…『剣と慈愛の女神ブレーディア』が作り出したと言われているので特殊なんでしょうか?」
「女神の力で生み出された剣であれば、特殊だろうねぇ~…さすがに鍛冶屋のように女神が金属叩いて作る姿は滑稽すぎて笑えるよ」
女神がどんな容姿をしていたのかは知らないけれど、剣を作っている姿を想像したらちょっと可笑しくなってしまい、「ふふふ」と笑いがこみあげてしまった。
「お嬢ちゃん、エクスカリバーを手に取って、この岩に横向きに置いてみてくれないかい?」
セレスさんに言われ、私はひょいっと軽々と『聖剣エクスカリバー』を持ち上げて見せる。
それを見て、不思議そうな顔をセレスさんはしている。
「この岩の上に横向きで置けばいいんですね?」
「ああ、そうだよ」
岩は平らではない。
やや山なりになっているので、頂点部分にゆっくりと『聖剣エクスカリバー』を乗せ、そっと手を放す。
おにぎり型の岩の上で絶妙なバランスを保ちながら剣が水平に横たわっている状態だ。
『聖剣エクスカリバー』は、私が手を離した状態を維持し続けている。
風が私たちの合間をすり抜けていく。
突然の突風。
けれど、岩の上の『聖剣エクスカリバー』は揺らぐことすらなかった。
「風が吹いても微動だにしないとはねぇ~…普通の剣なら、バランスを崩して転げ落ちているはずだよ」
セレスさんの言葉に私も頷く。
「こんな不安定な状態だから、触れば岩から落ちるはずなんだけれど…」
セレスさんは『聖剣エクスカリバー』の柄に手を乗せると上から下へと一気に力を込めた。
普通なら、剣はバランスを崩して落ちるはず。
でも、『聖剣エクスカリバー』は動かない。
セレスさんが冗談でやっているようには見えない。
「ボーヤ、柄の部分を握ってぶら下がってみな」
ニット君は頷くと、『聖剣エクスカリバー』の柄に手をかけてぶら下がるように体重をかけた。
それでも、『聖剣エクスカリバー』はピクリとも動かなかった。
「これだけでも不思議でたまらないよ。どうやっても動かない…本当に何なんだい…」
頭をかきむしりながら悩んでしまっている。
「全然動かないね」
『聖剣エクスカリバー』にぶら下がるのをやめ、ニット君も不思議そうに眺めていた。
「もっと不思議なことがある。お嬢ちゃん、さっきみたいに岩に立てかけてみな」
言われたとおりに、同じ岩に立てかけて手を離す。
岩は、『聖剣エクスカリバー』を支えている。
これの何が不思議なのかが私にはわからない。
「これが不思議なんですか?」
「まあ、見てなよ。今度は剣を少しだけ岩から離して剣が倒れるように手をしてみな」
私は『聖剣エクスカリバー』の柄を指先で掴むと、切っ先は地面につけたままの状態で岩から十センチくらい離して引き起こす。
「このまま手を離せばいいんですか?」
「ああ、岩に向かって倒れてくれればそれでいいよ」
そう言われたので、岩に向かって柄が倒れこむように手を離した。
たった十センチ離しただけなので、倒れた剣は岩に当たって弾かれ、地面に転がるはずだ。
けれど、『聖剣エクスカリバー』は違った反応を見せた。
岩に向かって倒れ込んだ『聖剣エクスカリバー』は、岩に当たるとその岩を粉砕しながら倒れ続けた。
最後には、ズドン!とものすごい音とともに地面が揺れた。
倒れた『聖剣エクスカリバー』は地面に五センチほど埋まっている。
「!?」
ニット君は音と揺れに驚いて、私の太ももに抱き着いてきた。
それほどの衝撃だった。
「何かあったのか?」
木々の合間から茂みをかき分けて、慌てた様子のマックスさんが駆け寄って来た。
「ああ、ちょっと『聖剣エクスカリバー』で実験をしていただけさ」
「実験?」
訳が分からないといった表情で、マックスさんは私たちの状況を見渡していた。
「ちょうどいい。マックス、あんたの剣をその辺に放り投げてみな」
セレスさんは、地面に埋まる『聖剣エクスカリバー』のそばを指さしながら言った。
「んっ?『ドラゴンバスター』を放り投げればいいのか?」
「そうだよ」
訳が分からない状況のまま、マックスさんは背中に背負っていた大剣…ドラゴンの堅い鱗も紙のように切れるという『ドラゴンバスター』を背中の鞘から抜き放つ。
『聖剣エクスカリバー』は長剣サイズで、比較的一般に使用される剣の大きさと言ってもいい。
けれど、『ドラゴンバスター』は大剣というサイズなため非常に大きな剣だ。
幅広の刀身でかなりの長さがある。
見た目的にも重量はそれなりにあるだろうし、『聖剣エクスカリバー』と比べるとはるかに重そうだった。
マックスさんは『ドラゴンバスター』を放り投げる。
ドン!と重量感ある音を立てて、地面に横たわる。
『聖剣エクスカリバー』みたいに地面が揺れるということはなかった。
「これを不思議と言わずとして、何を不思議っていうんだい?見てみな。『聖剣エクスカリバー』は地面に減り込んでいるけれど、『ドラゴンバスター』は減り込んでもいない。こんなにバカでかくて重そうなのにねぇ~」
セレスさんの言うと通り、歴然の差があった。
「ほぇ~…本当だ…アテナ様の剣の方が地面に埋まっているよ」
ニット君は『聖剣エクスカリバー』と『ドラゴンバスター』を見回しながら呟いている。
「お前…まだ、エクスカリバーのことを調べていたのか?」
「そうだよ。何かわかるといいなと思ってね。だけど、朝から調べているけれど、何一つわからないねぇ~…いや、わからないってことがわかったってことかねぇ~」
セレスさんは、お手上げだといわんばかりに手を広げて見せる。
「うぬぬぬぬ…」
うめき声が聞こえて私は視線を向ける。
ニット君が地面に転がる『ドラゴンバスター』の柄に手をかけて引っ張っていた。
『ドラゴンバスター』は私の身長と同じくらいの長さがありそう。
本当に大きな剣で、マックスさんはよくこんなにも大きなものを振り回して戦っていると感心してしまう。
それを懸命に力を込めてニット君は、動かそうとしていた。
ズズズ…と少しだけ動いた。
「ふぃ~…マックスさんの剣は動くけれど、アテナ様の剣は全く動かないよ…」
『ドラゴンバスター』から手を離し、地面に減り込んだままの『聖剣エクスカリバー』の柄に手をかけて引っ張ったりしている。
けれど、『聖剣エクスカリバー』は微動だにしない。
「本当に…どうしたら、お嬢ちゃん以外の奴が持てるようになるんだろうねぇ~」
「確かに不思議ですよね?私は全く重さを感じていないのに…」
諦めて地面に腰を下ろしているニット君に微笑みを向け、私は地面に埋もれている『聖剣エクスカリバー』の柄を握ると軽々と持ち上げた。
羽のように軽い。
いえ、『聖剣エクスカリバー』はまるで私自身の腕のようなそんな感じで、重さは一切感じない。
ニット君が言う様に、私だけの剣なのかもしれない。
でも、なぜ私だけが手にできるのだろうか?
そう考えると不思議でならない。
もしも、世界を救う使命があるとか言われたら…どうしよう。
私は、そんな大層なことをする選ばれし人間ではないし、そんな器でもないと思う。
ただ、お友達が欲しいと願う一人のか弱い女の子なのに。
そんなことを思っていると「お嬢ちゃん、ボーヤ。気を付けな」と不意にセレスさんの緊張したような声が飛んだ。
ハッと我に返って、周囲を見渡す。
「ケケケケケケケ…」
薄気味の悪い笑い声のようなものが聞こえる。
だけど、その声の主が見当たらない。
どこ?
周囲に林立している木々の合間の茂みがガサゴソと音を立てて揺れた。
そこから奇怪な姿の生き物?…が姿を現した。
「なにあれ?」
ニット君は不思議そうな顔をして驚いている。
私も同じだった。
初めて見る…魔物かしら?
カボチャなんだけれど。
「ジャック・オー・ランタンかい」
セレスさんの声が響く。
「何ですか?あれは?」
私は、ワラワラと姿を現したカボチャたちを指さして尋ねた。
「カボチャのお化けさ」
マックスさんは『ドラゴンバスター』を拾い上げて構える。
「あれはジャック・オー・ランタンっていう、れっきとした魔物だよ」
私たちの前に姿を現したのは、カボチャだった。
大きな赤茶けたカボチャ。
刳り貫いて目鼻口を作ったカボチャから胴体が生えている?
いえ、見た目はボロ布をまとった子供がカボチャをかぶっているといった方が想像しやすいのかもしれない。
「ゴブリンが、カボチャをかぶっているんですか?」
パッと見は、そんな風な印象を受けた私はセレスさんに尋ねていた。
「そんな感じに見えるけれど、違うねぇ~」
カボチャ頭の胴体を包み隠すボロ布から突き出た手足が土気色をしていて何か変だ。
よく見れば、手足は木の根っこのような感じにも見え、ウネウネと不規則にうねっている。
カボチャの頭は、それぞれよく見れば目つきや口の形が違う。
可愛らしい顔つきのカボチャ頭もあれば、強面なカボチャ頭もあった。
体長的には、ニット君よりも背丈は低いようにも見える。
大きなカボチャ頭を重そうに左右に振りながらウネウネと足のような根っこを器用に動かして這いずるように近寄ってくる。
「動きは遅いけれど、こいつらが厄介なのは…」
セレスさんが何か言おうとした、その時。
私の横を何かが通り過ぎていった。
何?
何かの塊が背後の木の幹に当たってはじけた。
「魔法を使うってところだよ」
セレスさんの叫びを合図にしたかのように、カボチャのお化けたちは次々に魔法を放ってくる。
「ひえぇ…」
私は横に飛んで躱す。
私がいた地面に魔法の塊が当たってはじける。
地面が、びっしょりと濡れていた。
水の魔法?
ジャック・オー・ランタンと呼ばれたカボチャ頭のお化けの魔物は、ムニャムニャと何やら呪文のようなものを唱えた後、刳り貫かれたカボチャ頭の口元から水の魔法を放ってくる。
マックスさんは、『ドラゴンバスター』を振り回して飛び来る水の塊を正確に、また確実に払い落としていく。
そのまま突進してカボチャの頭を一撃で叩き割る。
かち割られたカボチャ頭からは、どす黒い液体とともに詰まっていた中身が溢れて地面を汚していた。
すべてのカボチャ頭のお化けが魔法を使っているわけではなかった。
中には石を研磨して作り上げたナイフのような見た目の武器を手にして歩み寄ってくる者もいた。
カボチャの頭が非常に大きいためなのか、身体を左右に振りながら向かってくる。
彼らの手足は非常に短い。
それゆえに、確かに動きは遅い。
横へと身を翻し、脇を通り過ぎる際に『聖剣エクスカリバー』を横なぎに振るう。
「グエッ」と気色の悪い声を上げて、胴体のボロ布はどす黒い血で染まり、大きなカボチャ頭は地面に突っ伏す。
ワラワラと湧いて出てくるジャック・オー・ランタンは、二十匹くらいいるかもしれない。
「うっとおしい奴らだねぇ~」
悪態をつきながら、セレスさんは両手に握りしめた短剣…『白銀の刃』と『黒鉄の刃』に風の魔法をまとわせて、威力を増幅させてから遠く離れたカボチャ頭たちに向けて放っていた。
狙いは正確で、確実に首を切り落としている。
首を切り落とされた胴体部分は、触手のような手足をばたつかせた後、動かなくなり、カボチャの頭は刳り貫かれた目の部分から生命活動が失われたことを現すように光が失われていた。
ニット君は、少し離れた場所で逃げ惑っている。
飛び交う水の塊が、あちこちで地面に激突しては、はじけている。
さすがにマックスさんのように水の塊を剣で弾くという芸当は彼には出来ない。
もちろん、私にもそんな高等な技術はない。
慌てふためきながらも、うまい具合に躱している。
そんなニット君に向かってカボチャのお化けの一体が、木の棒を手に走り込んでいく。
大きなカボチャ頭を左右に振って走る姿は、可愛らしくも見えるけれど、刳り貫かれた目鼻口は凶悪そうな表情をしていた。
ニット君は応戦するために足を止め、剣を構えた。
ニット君に向けて突進していくジャック・オー・ランタンのカボチャの頭に、仲間の放った水の塊が直撃する。
「ゲハッ」
カボチャ頭は、後頭部に受けた衝撃でニット君の脇を走り抜けて派手に倒れ込んだ。
そのカボチャ頭に気を取られたニット君は、別のジャック・オー・ランタンが放った水の塊が自分に向かってくることに気が付いていない。
「ニット君、避けて」
私が声を張り上げる。
「えっ?」
ニット君が正面を向いたとき、水の塊が炸裂した。
水の塊ははじけ飛んで、水しぶきが周囲に飛び散る。
「何?今の?」
ニット君は、困惑した表情で私の方を見る。
私にもわからない。
ニット君に直撃すると思った水の塊は、ニット君の手前で何か見えない壁に当たったかのように防がれ、四散していた。
もう一つ、水の塊が飛んでくる。
とっさにニット君は、先ほどと同じように『エアブレード』を自分の真正面に構えた。
またもや見えない壁に阻まれて、水の塊ははじけて消えた。
「もしかして…風の精霊が守ってくれているの?」
私の声に「そうかもしれない」とニット君は同意し、剣を正面に構えた姿勢のまま立ち尽くしていた。
彼に迫る水の塊は、やはり手前で見えない壁…いえ、風の壁で受け止められている。
「おいおい、あの剣…すごくないか?」
ジャック・オー・ランタンを斬りつけながらマックスさんは感嘆の声を漏らす。
「風の精霊さまさまだねぇ~」
セレスさんも羨ましそうな声を漏らしながら、ジャック・オー・ランタンに向けて風の魔法を放ち続けている。
「この剣…凄い。凄いよ」
自分の真正面に構えた『エアブレード』を見つめながら、ニット君は喜びの声を上げていた。
正面から飛び来る水の塊は、全てニット君の手前で風の壁が防いでいる。
これならば、どんな魔法が来ても風の壁が守ってくれる。
攻撃する際は風の刃が飛び出す。
まさに攻防一体の剣と言える。
この『エアブレード』という剣は、ものすごい性能の剣ではないだろうか。
さきほど、仲間の水の塊を後頭部に受けて派手に転んだジャック・オー・ランタンが起き上がる。
モゴモゴと呪文を唱えて、ニット君の背に向けて水の魔法を放った。
私も含めて誰もが、その水の塊も防がれると思っていた。
けれど、違った。
「うわぁぁぁ」
ニット君は背中に水の塊の直撃を受けて悲鳴を上げて地面を転がった。
「ニット君」
私は声を張り上げながら、彼に向かって駆け寄っていく。
「何だい?もしかして、正面の攻撃しか守ってくれないのかい?」
明らかに、そんな感じだった。
ニット君は、『エアブレード』を自身の正面に構えていた。
その時は、風の壁で水の塊は防がれていた。
だけど、背後からの水の塊はニット君の背中に直撃していた。
セレスさんの言う通り、守ってくれるのは正面からの攻撃だけかもしれない。
攻防兼ね備えた無敵の剣というわけではなかったみたい。
「大丈夫?ニット君?」
彼の身体を抱き起す。
「大丈夫だよ…ちょっと痛かっただけ…」
すぐに剣を右手で構えて、左手は水の塊を受けた背中を擦っている。
やせ我慢しているようには見えない。
「お嬢ちゃん」
セレスさんの声が飛ぶ。
先ほど、ニット君を背後から攻撃をしたジャック・オー・ランタンが水の塊を放ってきた。
タイミング的に躱せない。
とっさに『聖剣エクスカリバー』を盾にするように自分の身体の前に配する。
水の塊は刀身に当たって、あっさりとはじけ飛ぶ。
「えっ?」
私は、気が付いてしまった。
ニット君が背中に水の塊を受けても平気そうだった訳を。
水がたっぷりと入った風船をぶつけられた程度の衝撃だった。
骨が折れたり、大怪我をしてしまうほどの威力はなかったのだ。
それでも、当たり所が悪ければ、それなりには痛いはず。
呪文の詠唱を行っているジャック・オー・ランタンが魔法を放つ前に私は駆け出した。
カボチャ頭の鋭い眼光が私の姿をとらえ、向かっていく私の方を向く。
刳り貫かれた口元には、水の塊が形作られていく。
構わず突進して『聖剣エクスカリバー』を右手で掴んで突き出した。
ジャック・オー・ランタンのうねる触手のような腕を切り裂き、そのままカボチャの頭に刀身が突き刺さる。
体当たりするように身体ごとぶつかったことで刀身はさらに深く突き刺さり、鍔の辺りまでカボチャ頭に減り込んだ。
「グゲェ」
断末魔を上げて、手足をジタバタさせた後、眉間のあたりからどす黒い体液を垂れ流しながら動かなくなった。
剣を引き抜き、周囲の状況を確認する。
マックスさんの『ドラゴンバスター』が最後のジャック・オー・ランタンのカボチャ頭を鮮やかに両断していた。
胴体を隠すボロ布までも断ち切り、木の根が絡み合ったような胴体があらわになった姿で地面に転がった。
体液を滴らせながら気色の悪い動きをしばらくした後、ピタリと動かなくなった。
「大丈夫かい?お嬢ちゃん、ボーヤ…」
私とニット君のそばにセレスさんが駆け寄ってくれた。
「はい、あまり威力がない魔法だったので、大丈夫です」
「僕も平気だよ…びっくりしたけれど…」
私もニット君も大きな怪我はしていない。
もちろんセレスさんとマックスさんは、ジャック・オー・ランタンの水魔法の攻撃事態受けていないので無傷である。
「ビックリしたといえば、まさか魔法を防ぐことまでできるとはねぇ~。こりゃ驚きだよ」
ニット君の持つ『エアブレード』に視線を落としながら、セレスさんは感嘆の声を上げた。
「だが、背後からの攻撃は防げないみたいだな?」
周囲を警戒しながら、マックスさんも近寄って来た。
「そのようだねぇ~。だけど、こんな能力があることを今、知れてよかったと思うよ。もしも、背後からの攻撃まで防げると思い込んでいた時に強烈な攻撃を受けたら致命傷を負うかもしれなかったからねぇ~」
確かに、その通りだと思う。
ジャック・オー・ランタンの水魔法の威力が弱かったからよかったものの、炎の攻撃とかだったら大火傷を負っていたかもしれない。
運が良かったというべきかもしれない。
「ボーヤ、その剣の能力を過信するんじゃないよ」
「背後からの攻撃は守ってくれないと思っていた方がいい」
セレスさんとマックスさんに真剣な顔で言われ、ニット君も「うん、気を付けるよ」と素直に返事をしていた。
「でも、大きな怪我しなくてよかったわ」
私は安堵して、ニット君の小さな身体を抱きしめた。
彼のお洋服の背中はびしょ濡れになっている。
「お洋服着替えなきゃだね?」
私が微笑みかけると、「うん、背中が濡れて冷たいよ」とニット君は呟いた。