第12話 魔法が使えたならば
私は、ニット君とセレスさん、マックスさんの四人でシルフィスの街を出て街道を西へと向かう。
今日は、冒険者ギルドで引き受けた村の周辺に出没するゴブリン15匹とその周辺調査のために、ゼルディア村というところを目指していた。
一本道の街道を進んでいくと分かれ道が現れた。
まっすぐ行けばセンティアーノの街。
南西方向に向かう街道は、ゼルディア村とわかりやすく看板が立てらていた。
やや文字が掠れて見にくかったけれど、こういう看板があると道に迷わなくてすむから、ありがたいと思う。
私たちは、南西方向の街道へと足を進める。
しばらくすると街道は森の中へと入っていく。
鬱蒼と茂る木々は青々としていて、所々に大きく成長した木々が存在を主張するように生え、生命の偉大さを感じさせてくれる。
街道は、馬車がすれ違いできるようにかなり広めになっている。
ただ、綺麗に舗装されているわけではないので、ガタガタ道だ。
馬車で通るには乗り心地は悪そうな気がする。
シルフィスの街からは、だいぶ離れた。
「ニット君、大丈夫?疲れていない?」
手を繋いで歩いている彼に声をかけると「だっ…大丈夫だよ」と返事が返ってくるけれど、ちょっと疲れているようにも感じられた。
私は少し休憩を提案しようと口を開きかけた時だった。
「お嬢ちゃん、ボーヤ。何かいるよ。気を付けな」
背後からセレスさんの声が耳に入り、私は足を止めた。
すぐさま、腰に吊るした剣の柄に手をかけ『聖剣エクスカリバー』を抜き放って構えた。
ニット君も小剣を構える。
周囲に視線を巡らせる。
セレスさんは、太ももに括り付けている鞘から二本の短剣『白銀の刃』と『黒鉄の刃』を手にして、あたりの気配を注意深く探っている。
マックスさんも背中に背負っていた巨大な剣『ドラゴンバスター』を手にしていた。
薄気味悪い笑い声のようなものが微かに木々に合間から聞こえたような気がした。
私は、そちらに身体を向けた。
直後。
木々の合間から飛び出してきたものがあった。
それは小さなナイフを手にしたゴブリンだった。
ゴブリンのナイフを剣で弾く。
セレスさんが警戒の声を上げてくれなかったら、私では反応できなかったと思う。
一匹のゴブリンが飛び出すと次々にゴブリンが街道に飛び出してきた。
ゴブリンの討伐依頼を受けているので、ゴブリンが出現するのは想定内のこと。
ワラワラと出現するゴブリンの姿に驚くことはない。
私は冷静に剣を振るってゴブリンを一匹一匹確実に切り倒していく。
やはり、実戦経験は大事だと思う。
マックスさんに剣のお稽古をしてもらい、ゴブリンと何度も戦いを繰り返しているうちに、次第に戦えるようになっている自分に気づく。
それでも過信することはない。
ゴブリンの数が多く、一斉に襲われると、焦って動きがちぐはぐになってしまうことがあるからだ。
まだまだ私は弱い。
でも、できうる限り自分で対処できることはしようと思い、剣を振るう。
周囲を見渡せば、マックスさんは剣を使わずに素手でゴブリンを殴っている。
『ドラゴンバスター』という幅広の巨剣は、森の中で振り回すには不向きなのかしら?
でも、マックスさんの腕力なら、ゴブリン程度は一撃でのしてしまえるはずだ。
ニット君も小剣を振り回して果敢に戦っている。
刃がない小剣では、ゴブリンに致命傷を与える一撃は難しいので何度も剣を叩きつける必要がある。
それをセレスさんが、うまくフォローしてくれていた。
ニット君が振り回した小剣がゴブリンの腕に当たる。
すかさず、セレスさんの手にしていた短剣から氷の魔法が飛び出し、先ほどニット君が腕に攻撃を与えたゴブリンの腕を氷漬けにした。
ニット君の小剣が、次々と襲い掛かってくるゴブリンの頭やわき腹に当たる。
やはり、致命傷は与えられない。
けれど、セレスさんは意識してやっていると思うのだけど、ニット君の小剣が当たった場所めがけて氷魔法を当てている。
ゴブリンたちは、氷漬けにされた部分に驚き戸惑って動きを止めている。
「ボーヤ、今のうちにやっちまいな」
セレスさんの声にニット君は素早く反応した。
ゴブリンの氷漬けになった腕やわき腹、頭部を小剣で殴りつけていく。
氷漬けにされていたゴブリンの身体は、ニット君の小剣の一撃を受けてガラスが砕けるようにはじける。
頭を氷漬けにされたゴブリンは頭部が砕けてそのまま絶命し、腕やわき腹を氷漬けにされて砕かれたゴブリンたちは、苦痛に呻きながらその場に蹲った。
そこへニット君が小剣を何度も叩きつけて止めを刺している。
私に向かって、ゴブリンが走りこんできた。
突進を躱して振り向きざまにゴブリンの背中を切り裂く。
そのゴブリンは、頭を押さえながらフラフラとした足取りのゴブリンとぶつかって派手に転んだ。
何かわからないけれど、チャンスだ。
私は速やかに駆け寄ると、折り重なるように倒れているゴブリンの背に剣を突き立てた。
グエッと断末魔を上げて2匹は動かなくなった。
周囲を注意深く見回すと、私たちに襲い掛かってきたゴブリンは、動かぬ死体となっていた。
その数は、思った以上に多かった。
「20匹はいるねぇ~。もしかしたら、これが依頼の討伐対象の群れかもしれないねぇ~」
ゴブリンの死体を足蹴にしながら、セレスさんはゴブリンたちを見回す。
ゴブリンたちが使用していた鉄の塊のような見た目のナイフや木の棒が転がっている。
戦利品になりそうなものは何もない。
魔物が持っていた武器や道具などは、退治した人が貰っても良いというのが暗黙の了解となっているらしい。
依頼が受けられていると知っていて、人の獲物を横取りするような行為は、ご法度だとも教えられた。
たまたまそれに遭遇してしまった等の理由ならば話は別らしい。
一匹一匹の能力は大したことはないけれど、集団で襲い掛かってくるところがゴブリンの厄介なところだ。
「あの~セレスさん…」
私は、言いにくそうにセレスさんに声をかけた。
「依頼の対象ってことは、この場合どうなるんですか?」
「どうって…依頼達成になるねぇ~」
あっけらかんとした様子でセレスさんが答えた。
「でも、セレスさんとマックスさんに手助けしてもらったから…」
私の言わんとすることを察してか「手伝ってなんかいないぞ。俺は、俺に向かってきたゴブリンを殴っただけだ。倒したのは嬢ちゃんとボーズだからな」とマックスさんが腕組しながら言う。
「あたいもボーヤが切りつけた部分に氷魔法を当ててフォローをしてあげただけさ。さすがに刃がない剣で戦っているんだから、これくらいは許容範囲内だろう?刃がある剣だったら、確実にボーヤは致命傷を与えているはずだからね。過度な手伝いをする気をないよ」
「でも…」
なんだか納得のいかない私に「今回は、冒険者ギルドの職員の同行者はいない。いちゃもんを付けてくるようなやつはいない」ときっぱりと言い切ってきた。
「あたいらが、大いに暴れ回って止めを刺して倒したっていうならまだしも、戦って倒したのは紛れもないお嬢ちゃんとボーヤだよ。気にするようなことは何もないよ」
「はぁ…」
そう言われてしまったら、モヤモヤする気持ちはあるけれど、とりあえず納得するしかない。
「セレスさん、ありがとう」
ニット君は、嬉しそうにセレスさんに駆け寄ってお礼を言っていた。
「なかなかやるじゃあないかい、ボーヤ。あまり過信しすぎると痛い目に合うから気をつけなよ」
セレスさんは、ニット君の頭に手を乗せるとクシャクシャっとちょっぴり手荒く頭を撫でていた。
「あとは村まで行って、村長に報告をしようかねぇ~。その後、周辺調査になるからね」
私たちは、村を目指して歩き出した。
村までは、そんなに離れてはいなかった。
あっという間に村の入り口に辿り着いた。
小さそうな村だけど、木造の家々がちらほらと立ち並んでいる。
畑が大半を占めていて、いくつもの作物が育てられているのが目に飛び込んでくる。
牛や豚などの家畜も飼われているみたい。
草をはみながら、モォ~と時折、元気な鳴き声を上げていた。
のどかそうに見える村だった。
その村の周囲は、木の柵で厳重に囲われていた。
柵の高さはマックスさんの背丈以上あるので、2メートルはあるみたい。
村の入り口には、三人の男の人が立っており、鍬などを手にしていた。
持ち方がおかしい。
明らかに鍬を武器として使用するような持ち方をしている。
鍬って、畑を耕す農具だった気がするんだけれど。
「お前たちは、旅の者か?」
鍬を手に警戒した声で男の一人が尋ねてきた。
「あたいらは、冒険者だよ。ギルドの依頼でゴブリンを退治しに来たんだけどねぇ~」
「冒険者。ゴブリンを退治してくれるのか?」
入り口を警備していた村人の一人が嬉しそうに声を上げた。
「ここに来る前にゴブリンの群れに襲われて、全部ぶちのめしてやったよ。死体は転がっているから確認をしてほしいんだけれど、村長はいるかい?」
「ちょっと待ってくれ、すぐに村長を呼んでくる」
男の一人が、慌てて村の中に入っていく。
しばらく待っていると、年のいったおじいさんと若者数人がやって来た。
「ゴブリンが討伐されたと聞きましたが?」
「ああ、この村に辿り着く前にゴブリンの襲撃にあったからな。多分、それが依頼対象のゴブリンだと思うんだが、確認をしてくれ。それが終わり次第、村の周辺調査も行う」
「わかりました。お前たち、一緒に行って確認を頼む」
村長さんに言われた若者二人を連れて私たちは、先ほどゴブリンに襲われた場所まで戻って来た。
村の若者は、ゴブリンの数や状態を確認している。
「全部死んでる…20匹いるな」
「依頼では、15匹と書かれていたから、恐らくこの群れだと思うんだけれどねぇ~」
「ゴブリンが増えたのか…こちらの確認不足かもしれない。依頼の達成は確認した」
村の若者が安堵した表情を見せた。
「あとは、あんたたちが後処理をしてくれ」
マックスさんは、ゴブリンの後始末を村の若者に頼んでいた。
街道に、ゴブリンの死体を転がしたままにしておくわけにはいかないからだ。
「倒してさえくれれば、ゴブリンの処理くらいは村の人間でできるから、俺たちでそれはやるよ」
「それと…この中に弓を使うゴブリンは、いなかったか?」
もう一人の若者が突然、そんなことを言い出した。
セレスさんとマックスさんは、途端に周囲を警戒しだして見渡している。
「弓を使ってくるようなゴブリンは、いませんでしたよ」
私が返答すると「そうか…この依頼を出す前に、村の狩人がゴブリンの放った矢で怪我をしていたから、いるのかと思ったんだが…」と若者の一人が言いだした。
「何で、それを依頼書に書かないんだい」
セレスさんが大きな声を張り上げた。
村の若者二人は、セレスさんの剣幕に驚いた様子だった。
「情報は重要だよ。依頼を引き受けるこっちは、そういった情報がなければ、これで依頼達成だと勘違いしてしまうじゃないかい」
「すっ…すまない…てっきり、ゴブリンの群れに普通に弓矢を使うやつがいるのかと思って…」
バツの悪そうな顔を若者たちはしていた。
「そうなると、まだゴブリンはいるってことになるな。嬢ちゃん、ボーズ、警戒を緩めるな。こんな森の中で弓矢で狙われたら厄介だ」
マックスさんは剣を抜き放ちながら、周囲に不穏な気配がないか探っているようだった。
「一旦、村に戻るよ。弓矢で狙われたら、あんたたちを守りながら戦うのはできそうもないからねぇ~」
セレスさんの言葉に、二人の若者の顔はみるみるうちに青くなっていく。
駆け足で村の方へ戻りだした時だった。
「きゃあああああ」
女性の悲鳴が響いた。
村の方から聞こえた。
「村へ急ぐよ」
セレスさんの掛け声とともに、マックスさんが先頭を走り出す。
私もニット君とともに追いかけた。
その後を村の若者が、慌てた様子で走り出していた。
村の入り口に戻ってくると、村人たちが逃げまどっていた。
数匹のゴブリンが、村を囲う柵を乗り越えて村の中に入り込んでいた。
村人に襲い掛かったり、畑の野菜を蹴飛ばして食い散らかしたり、家畜として飼われている牛に噛みついたり好き放題していた。
「別の群れが、いったってことかい?」
セレスさんは村の状況を確認しながら、村人に襲い掛かっているゴブリンの一匹に蹴りを入れる。
地面を転がったそのゴブリンは何をするんだと憤慨したようにセレスさんに向かって両手を振り上げて威嚇してきた。
セレスさんは、フンと鼻を鳴らして、ゴブリンの股間を蹴り上げた。
ゴブリンは、口から泡を吹いて悶絶して転がった。
止めとばかりにブーツの踵で首元を踏みつけると、ゴキッと鈍い音がして首の骨が砕けた。
「その可能性は、ありそうだ。お前らは家の中に入って隠れていろ。俺たちが何とかする」
私たちとともに村へと戻ってきた若者にマックスさんが叫んだ。
若者たちは、慌てて家の中に飛び込んでいく。
村人たちは、蜘蛛の子を散らすように家々に逃げ込む。
「嬢ちゃんは、ボーズと一緒に家畜を襲っているゴブリンを頼む。村人を襲っている奴は俺とセレスがやる」
マックスさんの指示に従って、私とニット君は剣を手にして牛を襲っているゴブリンたちに向かって走る。
私たちの存在には、まだ気が付いていないようだ。
駆け寄り、背後から横なぎに『聖剣エクスカリバー』を振るう。
牛の背に馬乗りになっていたゴブリンの背中を引き裂き、鮮血が飛ぶ。
牛の背から落ちて私の方を睨みつけてくる。
そのゴブリンの顔面にニット君が小剣を突進した勢いそのままに体重を預けるようにして叩きつけていた。
ゴブリンの細い首は曲がってはいけない方向に折れ曲がり、動かなくなった。
牛のそばにいた3匹のゴブリンが私とニット君の方ににじり寄って来る。
私が剣を振るうと、カエルのように飛び跳ねて躱す。
1匹がニット君の方に向かっていった。
2匹は私の前に立ち塞がる。
手に木製のこん棒を持っている。
暴れることが楽しいのか、不気味な笑顔をたたえたまま、キャッキャッと奇声を上げていた。
「えい!」
気合とともに、私は切りかかる。
2匹は左右に分かれて躱す。
それは予想済みだった。
右に避けたゴブリンに向かって私は地面を蹴る。
慌てたゴブリンは、こん棒を闇雲に振るった。
それに合わせるように『聖剣エクスカリバー』を振るう。
木製のこん棒はあっさりと真っ二つになり、慌てたゴブリンはこん棒を捨てて、後ろに下がる。
追撃をしようとしたけれど、左に躱していたゴブリンが木製のこん棒を叩きつけてきた。
私は、『聖剣エクスカリバー』を両手でしっかりと握ると力いっぱい下から上へと振り上げた。
ゴブリンの持つこん棒と私の『聖剣エクスカリバー』では、確実に私の方が攻撃範囲が長い。
振り下ろされたこん棒ごとゴブリンを真っ二つにした。
臓物をまき散らしながら、ゴブリンは肉塊と化した。
こんなにも切れるとは思っていなかったので、ちょっと気持ち悪かった。
驚き戸惑ってしまった私は、瞬間的に硬直していた。
その私の背中にゴブリンが体当たりをしてきた。
体勢を崩して、たたらを踏む。
その私の頭上を矢が掠めていった。
ゴブリンが体当たりしてこなければ、矢は私に命中していたはずだ。
矢は、家の戸に突き刺さる。
「矢が飛んできた?」
私の叫び声にみんなの視線が集まった。
「マックス、お嬢ちゃんとボーヤを頼むよ。矢を放つゴブリンは、あたいがやる」
セレスさんが叫びながら、手近にいたゴブリンを蹴り上げて、短剣を喉元に容赦なく突き立てていた。
「任せろ」
マックスさんは短く応えると、すぐさま私とニット君のそばに駆け寄ってくれた。
「運が良かったな、嬢ちゃん」
戸に突き刺さった矢を引き抜いてマックスさんは何かを確認していた。
「毒は塗っていないようだな」
毒が塗ってあろうがなかろうが、矢で射抜かれたくはない。
本当に運が味方してくれて良かったと胸を撫でおろしたけれど、まだ戦いは終わってはいない。
私に体当たりしてきたゴブリンをニット君は刃のない小剣で、これでもかと滅多打ちにしている。
刃がなくて切れない小剣でも金属製だ。
それで絶え間なく殴り続けられては、ゴブリンもたまらない事だろう。
ニット君が剣を叩きつけるのをやめるころには、ゴブリンの頭は歪な形に変形して息絶えていた。
「ボーズも嬢ちゃんも俺のそばを離れるな」
マックスさんは、矢が飛んできたと思われる方向を警戒し、私とニット君の前に立つ。
私とニット君は、ゴブリンがいないか周囲を見渡している。
ゴブリンの死体がいくつも村の中に転がっている。
10匹以上は、いたみたい。
村を囲むように立ち並ぶ木の柵の向こう側に森の木々が見える。
その森の木々の合間から、矢が飛んできた。
マックスさんは『ドラゴンバスター』を振るって矢を叩き落とした。
私には、そんな芸当は到底、真似できない。
ニット君も無理とわかったようで、マックスさんの陰に隠れるようにしている。
「そこかい」
セレスさんは両手に握る白と黒の短剣『白銀の刃』と『黒鉄の刃』に風の魔法をまとわせると、矢が飛んできたと思われる場所へと打ち込む。
短剣を振ると、扇状の風の刃が一直線に飛んでいき、風の刃が当たった枝葉が宙を舞う。
先ほどとは少し違う場所から、矢が風切り音をさせながらセレスさんに向かって飛ぶ。
その矢を短剣で、あっさりと弾き返す。
矢は、地面に転がる。
木の枝に石を砕いた鋭利な部分を矢じりとして括り付けたお粗末な矢だったけれど、それを放つゴブリンの腕は確かなようだった。
正確にセレスさんを目掛けて矢が飛んでくる。
それを躱しながら、セレスさんは短剣の刀身に風をまとわせて、お返しとばかりに放つが当たらない。
矢を放つ相手の姿が見えないのだから当てるのは至難の業だ。
しかも、相手は木々の合間を移動しながら矢を放ってくる。
私とニット君が倒したゴブリンとは能力が違って高いのかもしれない。
「ゴブリンって弓も使えるんですか?あんなに正確に打ち込んできているし…」
「確かにゴブリンって言うと、小柄でこん棒やナイフを持って暴れる知能の低い魔物だと思いがちだが、中には弓矢を使ったり、とてもゴブリンとは思えないほどでかい個体がいたり、極稀だが魔法を使うようなやつもいる。ゴブリンだと思って油断すると痛い目を見ることもあるぞ。だから、依頼を受ける際は注意が必要だ」
マックスさんは、家の屋根から飛び降りてきたゴブリンに向かって剣を振るって吹き飛ばす。
顔面から地面に叩きつけられて、首が折れて転がる。
「マックスさん、すごい」
ニット君が感嘆の声を上げる。
「まだゴブリンどもがいるかもしれねえから、油断はするなよ」
矢がこちらに飛んでくるかもしれないし、まだゴブリンがいるかもしれないと思ったら油断なんてしてはいられない。
私もニット君も剣を構えたままだ。
「イライラするねぇ~」
セレスさんが、打ち込まれる矢を短剣で弾きながらぼやいている。
風の刃が、木々へと打ち込まれるが、矢を放つ相手に当たった感じはない。
「マックスさん。セレスさんの剣は何で変なものが飛び出しているの?」
ニット君が不思議そうにセレスさんの短剣から放たれる風の刃を見つめながら尋ねていた。
「変なもの?ああ、風の刃のことか?あれは、セレスの魔法だ。多分、風の魔法だと思うが。あいつの手にしている短剣は魔法を増幅させる効果があるらしい。だから、一旦短剣の刀身に風魔法をかけて、増幅したものを打ち出しているんだ。だから、剣自体から発生しているもんじゃない」
周囲の警戒を行いながら、マックスさんはニット君の疑問に答えていた。
「そうなんだ…魔法かぁ~。僕も魔法が使えればなぁ~。それか、この剣からセレスさんみたいに魔法が打ち出せたら、ゴブリンや悪い人をやっつけられるのに…」
残念そうに呟きながら、ニット君は自分の手にしている小剣を眺めていた。
あれ?
ニット君の持つ小剣の柄に埋め込まれている紫色の魔法石が光ったように見えた。
時々、何かに反応するように光ったように見えるけれど、私の気のせいなのかしら?
「多少の被害は大目に見てもらおうかねぇ~」
セレスさんは、イライラが限界に達していたみたい。
今まで以上に短剣の刀身に風が渦巻く。
「風刃乱舞」
今までは、短剣の一振りで一つの風の刃が出ていたけれど、セレスさんは連続で何度も短剣を振り回す。
そのたびに扇型の風の刃がいくつも飛び出した。
縦に、横に、斜めに、縦横無尽に飛んでいく。
それは矢が飛んできた場所周辺を逃さず包み込むかのように飛んでいった。
立ち並ぶ木々が切り裂かれ、倒れていく。
枝葉も宙を舞い散り、その中に真っ赤なものがパッと花咲いたように見えた。
「そこかい。切り裂く風」
セレスさんは、大きく腕を振るった。
これまでの中で一番大きな風の刃が一直線に飛んでいく。
それは樹木を真っ二つにし、弓矢を持ったゴブリンをも二つに引き裂いていた。
薄気味悪い悲鳴のようなものが耳に入った。
振り向けばゴブリンが2匹、忍び足で近付いてきていたところだった。
だけど、弓矢を使うゴブリンが倒されたことに驚いて声を上げたみたいだった。
私は剣をひるがえして、駆け出し横なぎに『聖剣エクスカリバー』を振るう。
一匹の左腕と胸を抉るように切り裂いた。
ニット君も駆け寄り、小剣を突き出した状態でぶつかっていった。
小剣は、ゴブリンの鳩尾に深く減り込む。
嗚咽を漏らしながら、手にしていたナイフを振り上げてくる。
私は、そのナイフが振り落とされるよりも早く剣を振り下ろしていた。
頭蓋を打ち砕き、即死させた。
私たちは、警戒をしつつ周囲を確認する。
動くゴブリンの姿は、見当たらない。
いるのは動かなくなった死体のみ。
「終わったんですかね?」
私が尋ねると、「そう思いたいけれどねぇ~」と、疲れたような表情をしながらセレスさんがゆっくりと歩み寄って来た。
村の中に生き残っているゴブリンがいないことを確認した後、私たちは村の若者数人とともに村の周囲に他に魔物がいないか周辺調査を行った。
どうやら、あの二組のゴブリンの集団がいただけのようだった。
他の魔物などは発見されなかった。
完全に安全を確認した後、村人たちは思い思いの様子で家の外に出てきた。
「ありがとうございました」
村長さんが、私たちにお礼を言ってきた。
「だけど、依頼はしっかりとしてもらわないと困るねぇ~。弓を使うゴブリンの情報はなかったし、ゴブリンの群れが二つもあるなんて聞いていなかったよ」
セレスさんは、村長さんに苦情を申し立てていた。
村長さんは謝りながら「これはイレギュラー対応にいたします」と言ってきた。
セレスさんは、ギルドに対して村長さんに一筆したためてもらっている。
私とニット君が、ゴブリンの討伐依頼を達成したこと。
イレギュラーとして、弓矢を扱うゴブリンがいることを記載し忘れていたこと。
また、それを討伐したこと。
もう一つイレギュラーとして、ゴブリンの集団は二つあり、それの討伐も行ったこと。
周辺調査も実施して他に魔物がいないことが確認されたことなどを書いてもらった手紙を持って、私たちはシルフィスの街に戻って来た。
戻って来た時には、陽も完全に暮れてしまい、夜の闇に街が包まれた頃合いだった。
ギルドのカウンターにいる受付嬢に報告しながら、村長さんのしたためてくれた手紙を渡す。
その内容を確認し「大変なようでしたね」と人ごとのように呟いていた。
「こちらがアテナさんとニットさんが受けた依頼の報酬になります。ゴブリン20匹だったということで5匹分の報奨金が追加されています」
私は、お金の入った皮袋を受け取った。
「イレギュラー対応の方の報奨金は、どういたしますか?」
「まとめてもらうよ」
セレスさんの言葉に、受付嬢は手早く処理を行い、それなりにお金が入っているであろう皮袋をカウンターに置いた。
「今夜は、こいつで旨いもんでも食おうじゃないかい」
セレスさんが受け取ると、そう言った。
「良いですね」
反対する理由はないので賛成する。
「僕、お腹空いたよ~」
ニット君のお腹が、小さな悲鳴を上げている。
「今日は、ぱぁ~と飲み食いしようぜ」
マックスさんは、ギルドの外へと向かって歩き出す。
セレスさんとニット君も続いていく。
私は、無事に終わったと今頃になって安堵したように溜め息をついた。
そしたら、ニット君じゃないけれど、私のお腹もくぅ~と小さく鳴った。
誰にも聞かれなくてよかった。
だって、聞かれていたら恥ずかしいもの。
私は、置いていかれないようにみんなの元へと小走りに駆け寄っていった。