第10話 冒険者
「冒険者?」
私とニット君は、聞きなれない言葉に二人して首をかしげながらセレスさんに尋ね返していた。
「何だい。冒険者のことを知らないのかい?」
「…ってことは、冒険者ギルドのことなんかも知らないのか?」
セレスさんとマックスさんが、不思議そうな顔をして私とニット君を見つめてくる。
「ギルドって何ですか?」
真顔で尋ねる私に「…お嬢ちゃん?旅をしている間、どうやって金を稼いでいたんだい?」と疑問を投げかけてきた。
「どうって…どこの街でも、広場で誰でも自由に参加できるバザーが開かれているじゃないですか?そこで旅の途中で取ったお魚や木の実、動物の肉を燻製にした物、動物の毛皮などを売ってお金にしていました」
私の答えに、セレスさんとマックスさんは、呆れたような顔をしていた。
「よくそれで旅をしてこれたもんだねぇ~。逆に感心するよ」
「何か、おかしいですか?ニット君と出会うまでは一人でしたから、あまりお金も使わなかったので…」
「それにしたって、ギルドの存在も知らなかったのか?まあ、全ての街や村にあるわけじゃあないから、関りがなければ知らなくても仕方ないか…」
「それで…冒険者ギルドっていうのは何ですか?」
「ああ、冒険者ギルドってのは、冒険者が仕事を請け負うための施設さ。依頼は、魔物の退治や行商人の護衛、薬草探しとか、荷物を運んだりと多岐にわたる。その仕事を引き受けて達成させると報酬…つまり、金がもらえるのさ」
「旅をするには金が要る。冒険者ギルドは、いろいろなところにあるからな。まあ、村にあることは滅多にないが、街であれば大体あるから、仕事を請け負って金を入手できる。冒険者ギルドに登録していれば、どこのギルドでも仕事を斡旋してもらえるからな。仕事をするしないは別にしても、ギルドに登録しておくだけでも何かと重宝するから、登録してみるといい」
「お嬢ちゃんも冒険者ギルドに登録するといいよ。仕事内容は自分で選べるし、金に困ったら仕事を受ければいいわけだし、損するような事はないからねぇ~」
何か良い事尽くめみたいな言い方をしているけれど、私としては不安がある。
私にできるのかどうかだ。
「まあ、せっかくだし、冒険者ギルドに行ってみようじゃないかい」
勧められるままに促される。
「私なんかにできるんでしょうか?」
不安がる私の背を押しながら、セレスさんは強引に街の方へと足を進めていった。
ここシルフィスの街に私たちはすでに一週間ほど滞在している。
この街には、冒険者ギルドと呼ばれている仕事を斡旋してくれる施設があるらしい。
私はセレスさんとマックスさんに勧められて、ニット君とともに冒険者ギルドへと足を進めていた。
ギルドへと向かう途中でいろいろなことを聞かされた。
ギルドと呼ばれる施設は、一つだけではないらしい。
魔物を退治したり、護衛をしたり、薬草などを取ってくるなどの多彩な内容の仕事を斡旋してくれる『冒険者ギルド』。
賞金首と呼ばれる、賞金を懸けられた犯罪者などを捕まえる『バウンティーハンターズギルド』。
商人たちが加盟して、情報共有や商品の売買などを安全かつ優先的に行える『商人ギルド』。
この三つは、どこの街にもあるらしい。
戦うことを生業としている『傭兵ギルド』というものもあるらしい。
この『傭兵ギルド』は、戦いを専門としている人の集まりだそうだ。
戦争をする際に派兵されたりするみたい。
他にも闇のギルドと呼ばれるギルドの存在も教えてもらった。
人を暗殺することを生業とする『暗殺者ギルド』。
スリや泥棒をする人たちが情報を共有する『盗賊ギルド』。
こんなとんでもないギルドまであるらしいけれど、この闇のギルドと呼ばれているものは、あまりオープンにできない存在なので、秘密裏に運営されているらしい。
私が今から連れて行ってもらえる『冒険者ギルド』は、真っ当なところだと説明された。
「ギルドの登録って簡単にできるものなんですか?」
「ああ、お嬢ちゃんなら心配ないさ。簡単な手続きでギルドに加入できるはずだからねぇ~」
「もしかして、ニット君も登録ってできたりします?」
私だけギルドに登録して、ニット君を除け者扱いしてしまうのがちょっと可哀想だと思った私はダメもとで聞いてみた。
「う~ん…どう思う?マックス?」
「ボーズ。今、何歳だ?」
マックスさんに尋ねられて、ニット君は困ったような表情をしながら「わからない」と小さい声で答えた。
「わからないか…見た目だと、8歳くらいか?」
マックスさんは、ニット君を見下ろしながら同意を求めるように言う。
「まあ、そんな感じかねぇ~」
「私もそれくらいの年齢だと思います。もしかしたら、もう少し幼いのかも…」
「だとしたら、とりあえず、8歳ということにしておこう。あとはギルドがなんて言うかだな?」
意味深な言い方をマックスさんがしたのが気になった。
「年齢的にダメってことですか?」
「そういうわけじゃないんだよ。誰でも冒険者にはなれるよ。ただ…冒険者ギルドは仕事を請け負う場所だからねぇ~。仕事ができそうな感じじゃないと困るっていうか…まあ、あたいらが何とか口添えするし、ボーヤは今は剣を持っているから大丈夫だと思うけれど…」
「ギルドによっては、テストがあったりする場合もある。簡単なテストだ。魔物を倒せるかとかギルドマスターにある程度の力を証明するとか、そのギルドによってさまざまだから何とも言えないがな」
「私一人で登録するよりもニット君も登録しておいた方が将来的には良いかもしれないって考えでいいんでしょうか?」
「まあ、いずれ登録するつもりなら、今のうちに登録しても問題はないはずさ。見えてきたよ。あそこだよ。冒険者ギルドは」
セレスさんが指をさす方向を見ると、大きな建物がどっしりと佇んでいた。
周囲に立ち並ぶ家々とは比較にならないほど大きい立派な建物だった。
剣と葉っぱのような紋章が描かれた看板に『冒険者ギルド』の文字が目に入った。
その横には剣とロープのような紋章が描かれた看板もあり、そちらは『バウンティーハンターズギルド』と表記されていた。
「二つのギルドが、一つの建物の中にあるんですか?」
「ああ、そういうこともあるし、商人ギルドも一緒の場合もある。三つとも別々の建物で、別の場所にある場合もあるけどねぇ~。この街は、二つのギルドが同じ建物内にあるよ」
ちょっとドキドキしながらギルドの建物内に入っていく。
内部は広い空間になっていた。
いくつものカウンターが並んでいて、それぞれのカウンターには番号が振ってある。
冒険者ギルドは、1~7までの7つのカウンターがあり、それぞれに受付してくれる人が座っている。
女性の受付嬢が多い気がする。
少し離れた場所にバウンティーハンターズギルドのカウンターがあり、そちらは三つしかなった。
「とりあえず、こっちに来てみな」
セレスさんに案内されるままについていく。
目の前には大きなコルクでできたボードが5つほどあり、何かが書かれた紙がいくつも貼り出されている。
「これは、リクエストボードと言って、仕事内容や報酬なんかが書かれた紙…『依頼書』が貼りつけられている。この紙を見て、できそうなものややりたい仕事があったら、その紙を手に取ってカウンターに持っていけば、あとは手続きをあそこにいる受付嬢たちがやってくれる。ここは5つもでかいボードがあって仕事もたくさん貼り出されているから迷うかもしれないけれど、ランクが表示されているだろう?冒険者は、自分のランクに応じて選べる仕事が決まってくる」
「今いるここは、Eランクの冒険者が選べる仕事が貼ってある。駆け出しの冒険者用の仕事だから難しいものはない。報酬も低いけれどな。隣はDランク、Cランク、BとAランク、Sランク以上のボードになっている」
リクエストボードの上には、ランクが表示されている。
Sランクの方に行くほど、貼り出されている紙が少なくなっている。
特にSランクの方には一枚も張り出されてはいなかった。
「向こうのSランクのボードには、何も貼ってないみたいですけど…」
「Sランクの冒険者ってのは、ほとんどいないのさ。その実力に見合うだけの仕事もほとんどない。その上のSSやSSSってランクもあるが、そんな奴にはお目にかかったことはない。化け物級の強さらしいがね」
強すぎるがゆえに、その実力に見合った仕事がないって言うのもどうなんだろうか。
「依頼をいくつも達成していけばランクは上がっていく。ランクが上がれば、報酬のいい仕事もできるってわけさ。ランクが上がっても、低ランクの仕事は受けることはできる。たたし、ランクアップの対象外になっちまうから、小銭がすぐにでも欲しいなら低ランクの依頼を受ければいいし、大金をがっつり手にしたいなら高ランクの依頼を受ければいいのさ。簡単だろう?」
セレスさんとマックスさんの説明を聞く限りは、難しそうではない気がする。
私は、Eランクのリクエストボードに貼られている仕事の内容を覗き見てみる。
ゴブリンの討伐や薬草探し、荷物の配達や薬の調合なんてものもあった。
確かに難しそうな内容はない。
それに私がバザーで干し肉や魚を売って稼いだ金額よりも薬草探しをする方がはるかに報酬金額が高い。
今まで知らなかったとはいえ、セレスさんたちにギルドを紹介されたことをあらためて感謝したい。
「私でもできそうな仕事がたくさんありますね」
「だったら、今すぐ冒険者登録をしな」
セレスさんに連れていかれるように、空いているカウンターに向かう。
「どのようなご用件ですか?」
カウンターにいた金髪の女性が、対応してくれた。
「このお嬢ちゃんを冒険者として登録したいんだけどねぇ~」
セレスさんが私を指さすと、カウンターの女性が私を見る。
「かしこまりました。こちらに必要事項をお願いします」
紙を渡されて、書き込むように促された。
カウンターには、インクと羽ペンが用意されていた。
厚手の頑丈そうな紙に名前を書き込む。
書くのは、それだけでいいみたいだった。
他にも項目があったけれど、それはギルドの人が書き込むらしい。
「アテナ・アテレーデさんですね。ギルドにご登録ありがとうございます。登録したばかりなので、まずはEランクからのスタートになります。ギルドからの依頼をいくつかこなすとランクが上がっていきます。ランクが上がれば、報酬の良い依頼を受けることができますが、難易度は上がりますので注意してくださいね。これが、『冒険者登録証明書』になります」
先ほど私が名前を書いた厚手の頑丈な紙を渡された。
私が書いた名前以外に登録した街の名前…『シルフィスの街』が書き込まれていた。
ランクの部分には『Eランク』とも書かれていて、『魔物討伐記録』という項目と『依頼内容』と『成否』という項目は空欄になっていた。
「魔物の討伐記録は、ギルドが凶悪であると認定した魔物を討伐した際に書き込まれることになります。依頼内容は受けた依頼が書き込まれ、成否によってランクが上がるかどうか検討されることになります。その証明書は、どこの街の冒険者ギルドでも共通で使用できますので、なくさないように注意してください。あと、わからないことなどがあれば気兼ねなく聞いてくださいね」
丁寧な対応を受付嬢の人はしてくれた。
「あの~…この子も登録することはできますか?」
カウンターの受付嬢に、私の足元にいたニット君の身体を持ち上げて見せた。
「え~と…その子は…魔物の討伐経験はありますか?」
「それは、その~…」
つい先ほどゴブリンと戦っていい勝負を繰り広げたばかりである。
最終的に止めを刺したのは私なので、討伐したと言って良いものか悩むところだ。
「討伐経験はないが、ゴブリンといい勝負をしたばかりだよ」
セレスさんが、言い淀む私の代わりに言ってくれた。
「失礼ですが、あなたは?」
「あたいは、こういうもんだよ」
セレスさんは、私が受け取った『冒険者登録証明書』を受付嬢に見せた。
マックスさんも同じように見せる。
「セレス・セレナさんとマックス・ディアーさんですね。お二人ともBランクの冒険者なんですね」
受付嬢は、驚いた表情をしている。
「あっ!緊急のゴブリン討伐依頼を受けていただいたのですね。ありがとうございます」
受付嬢は、二人に向かって頭を下げている。
そういえば、私とニット君が2匹のゴブリンを倒したときに、ゴブリンの討伐をしていたと言っていた気がする。
「緊急の依頼ってなんですか?」
「街や街道に魔物が出て、すぐにでも処理しなければならないときに緊急の依頼が出されるのさ。緊急ゆえに、誰が受けても構わないけれど、可及的速やかに行わなければならないから、高ランク冒険者に任されることがあるんだよ」
「たとえゴブリンの群れであっても、Eランク冒険者だと時間がかかっちまうからな」
二人は私に説明してくれた。
「ゴブリン討伐完了の確認ができ次第、報酬をお支払いしますので、またあとでお越しいただけるとありがたいのですが…」
「ああ、構わないよ。それで、このボーヤの登録の件だけど…」
私は胸元にニット君を抱えたままだった。
受付嬢は、ニット君の腰に剣がぶら下がっているのを確認するように見ていた。
「パーティー登録という形で良いですか?」
「パーティーというより、この二人のコンビで頼みたいんだけどねぇ~」
私とニット君に視線が集まる。
「う~ん…コンビでの登録ですか…?アテナさんのランクが高ければ問題ないですが…」
「今は、あたい達が一緒にいるから面倒は見るよ。だから、この二人一緒でのコンビ登録をしてくれないかねぇ~?」
セレスさんは、何とか頼み込んでくれる。
「あの~マックスさん?コンビ登録って何ですか?パーティー登録っていうのも…」
疑問に思ったので、隣にいるマックスさんに小声で聞いてみた。
「パーティー登録ってのは、複数人が集まって冒険者の集団を作って行動することを言うんだ。登録したメンバーで依頼をこなすんだが、メンバーのランクによって受けられる依頼とかが変わってきちまう。難しい依頼を複数人でこなしても、報酬を人数で割ると少なくなってしまうこともある。メリットもあればデメリットも出てきちまうのがパーティー登録だ。ソロって言うのは一人のことだ。本人のランクで受けられる依頼が決まるし、報酬も総取りできる。コンビは、二人組のことを言う。二人のランクに合わせた依頼を受けることができる。一人が高ランクでも、もう一人が低ランクなら、低ランクの方に合わせた依頼しか受けられないことがある。ただ、必ず二人で行動しなければならない制限が出てくるが、嬢ちゃんとしてはボーズと一緒に依頼を受けることができるから、コンビで登録できた方が都合がいいかもな」
「そういうことなら、セレスさんに頑張ってもらわないとなりませんね」
ニット君が登録できるのかセレスさんの手腕にかかっているということみたい。
「Bランクのあなた方が面倒を見るというのであれば、今回は特別に登録を許可しましょう。彼の名前をこれに書いて下さい」
受付嬢が私に渡したものと同じ『冒険者登録証明書』を差し出してくる。
「ニット君、自分の名前を書いてね」
私はインクをつけた羽ペンをニット君の手に持たせた。
「僕…文字書けない…」
ニット君が、困った顔をしながら小さく呟いた。
「だっ…代筆でもいいですか?」
「構いませんよ」
ニット君の代わりに、私が名前を書き込んで受付嬢に渡す。
「ニットさんですね」
受付嬢は、何かを書き込んでいる。
書き込み終わると、証明書を渡してくる。
見ると、私と同じように登録した街の名前とEランクが書き込まれていた。
それともう一つ、『コンビ登録』と言う項目が書き加えられていた。
そこには、私の名前が書き込まれていた。
『アテナ・アテレーデとともに依頼を受けること』とも追記されてもいる。
「アテナさんの証明書を出してもらえますか?」
指示されたとおりに私の証明書を渡すと、『コンビ登録』の文字とともにニット君の名前が書き加えられた。
私の証明書の方には、ニット君の名前だけが書かれ『ともに依頼を受けること』という文言は追加されていなかった。
「コンビ登録をさせていただきましたので、依頼を受ける際はお二人で依頼を受けてください。アテナさんは、お一人でも依頼を受けることはできますが、ニットさんの方はお一人では依頼をお受けできません」
「それはなぜですか?私は一人でも依頼を受けられるのに…?」
「ニットさんは、まだ幼いです。本来なら、登録を見合わせるのですが、Bランク冒険者が見守るというので特別に登録をさせていただきました。もう少し成長して、または依頼をこなしてランクが上がればニットさんお一人で仕事を引き受けることも可能にはなります。それまでは、アテナさんが一緒であればニットさんは依頼を受けられるという処置とします。これがギルドとしてできる限りの譲歩です」
そう言い切られては仕方がない。
まあ、ニット君一人で依頼を受けさせるようなことは私もする気はない。
「質問などがなければ、これで以上になります。早速依頼を受けますか?」
受付嬢が尋ねてくるが「いや、今日はやめておくよ。あたい達の緊急依頼の方の処置を先に頼むよ」とセレスさんは受付嬢に依頼した。
「かしこまりました」
恭しく受付嬢は頭を下げた。
冒険者ギルドで、冒険者として登録し終えた私たちは宿へと戻って来た。
「これで、私とニット君は冒険者なんですね?」
ギルドで受け取った『冒険者登録証明書』を見つめながら私は、セレスさんに尋ねていた。
「ああ、そうだよ。冒険者として依頼を受けることができる」
「どうせなら、明日何か仕事を引き受けてみるか?」
マックスさんが、いきなりそんな事を言ってきた。
「ええっ?明日ですか?私たちにできる仕事があるかしら?」
戸惑う私に「俺らも付いて行くし、フォローはするつもりだ。せっかく冒険者になったんだ。試しにやってみてもいいだろう?魔物の討伐であれば、ボーズの剣の練習にもなるだろうし、早いうちに実戦経験を積んだ方がいい」とマックスさんは、やや強引に勧めてくる。
「ニット君、どうする?」
「剣の練習になるなら、僕やりたいよ」
元気にニット君が答えた。
「なら、明日、ギルドで依頼を受けてみようじゃないかい」
話はまとまった。
私は不安でいっぱいだったけれど、ニット君はワクワクした表情で嬉しそうだった。
まあ、何事も経験しておくに越したことはないから、私も腹をくくって依頼を受けることを決めた。