引越し屋選び
第24回新風舎出版賞、3次審査落選作品(笑)
私は、懐かしの不動産屋さんの外壁に貼ってある物件の写真を眺めた。―部屋が決まってからが大変だったんだよなー――
引越し屋選びで大いに役にたったのが、ダウンページとインターネットだった。そして選ぶポイントはただ一つ。“とにかく安い所”。ただそれだけ。値段さえ安ければ、後はある意味どうでもいい位で、態度の悪い引越し屋でも、口の悪い引越し屋でも、その分、安さでカバーしていればOKという感じだ。
調べていて思ったのが、メジャーな引越し屋は値段が高いという事。言い替えれば、マイナーな引越し屋は安さで勝負しなければ太刀打ち出来ないので、メジャーな引越し屋が高いのではなく、マイナーな引越し屋が相場よりも値段を落としているだけなのかも知れない。やはり、自分には名の知れた引越し屋には手が出ず、自ずと有名ではない引越し屋になってしまう。
もう一つ思ったのが、なぜ引越し屋さんは、どこもかしくも動物のキャラクターを使用しているのかという事だ。それが不思議でしかたがない。しかも同じ動物は使用したくないのか、使用してはいけない決まりでもあるのか、どこも同じ動物でかぶっているという所がない。ああいうのは早い者勝ちなのか、ある引越し屋さんは、もう適切な動物を全て取られてしまったのだろう。どう見ても引越しのイメージとは、かけ離れている動物を使用してしまっていた。引越しのイメージの動物といえば、1、スピード感がある(機敏)・2、パワフルさがある(腕力)・3、たくましさがある(信頼)などがあげられるが、そこの引越し屋さんの動物は、1・2・3のどこにも属しておらず、逆に動きがトロイうえに貧弱で、なおかつ不安感漂う、むしろマイナスイメージなんじゃないかという動物を採用してしまっていた。しかし、その動物は可愛らしさでは抜群で、言い方を変えればそれしか取り柄がないだけなのだが、しかし、誰からでも愛されていて、とても愛敬のある動物には間違いなかった。そこの引越し屋さんは、そういった面を見込んで採用に至ったのだろう。“誰からも愛される引越し屋”を目指す。ただ単に自分の深読み過ぎで、単純に“他にいい動物が余ってなかったから”だったらアホだが、そんな社内方針が気に入ったので、いや、値段が安かったので、一応キープする事にした。そこともう一つ気になった引越し屋さんがあって、そこの動物も愛敬だけが取り柄のキャラクターを使用している所が逆に気に入ったのだが、いや、ここも正直、値段が安かっただけなのだが、そこの2つの引越し屋さんに見積もりを依頼し、それでどちらか値段の安い方に決めようと思った。
やがて、パソコンメールに2社の見積もりが届き、あまり大きな差はなかったのだが、値段が高い方にお断りの電話をする事にした。そして、そこの引越し屋さんに電話をし、「他の引越し屋さんの方が値段が安かったのでそちらにします」みたいな事を告げると、「少々お待ち下さい。担当の者に代わりますので」と言われた。そして担当の人に代わり、同じような事を再び告げると、「そちらの値段はおいくらなのですか?」と言われた。どうやら、自分が初めに言った“他の引越し屋さんの方が値段が安かった”という純粋なお断りの言葉のつもりを「向こうさんはいくらだったんだけど、そちらさんは、もちろんそれ以上勉強してくれるんでしょうなー」風の悪いニュアンスに取られてしまったらしく、「いくらですけど」と正直に告げると、更に安い値段を出してきて、「それでどうでしょう」と言ってきた。そして流石だなと思ったのが、それには条件があるらしく、それは、今この時点で即答する事。おそらく、それは両社のイタチごっこ避ける為の手段。いわばマニュアルなのだろう。もちろん、安ければ安い方がいいので、「よろしくお願いします」と即答し、思ってもいない事で値引きが出来、そこの引越し屋さんに決まった。
何日か後、そこの引越し屋さんのオリジナルのダンボールが家に届いた。そのダンボールには、やはり愛敬をたっぷり振りまく可愛らしいキャラクターの絵が描かれていた。引越し代は破格の値段らしく、その為、ダンボールは中古の物だった。その中古のダンボールには、「お前みたいなごときに新品のダンボールは使わせねえ」という無言の叫びがそれを通してひしひしと伝わってきていた。ダンボールが中古である事には気にならなかったが、ダンボールに、前に引越した人が書いたと思われる“ナベ類”とか“生活用品”とマジックで書かれた字が気になった。思ったよりも荷物が多く、指定した数のダンボールに入りきらなかったので、引越し屋さんに電話をすると、「ダンボールの再配達は出来ない」という融通の利かない返答をされ、そこにも、「お前みたいなごときにダンボールの再配達は出来ねえ」という無言の訴えなのか、仕方なく自分でスーパーにその分のダンボールを貰いに行った。そして、なんとか引越しの日の前日にダンボールに詰め終わり、後は、その寝る為の布団だけを残し、当日に布団を畳んで持っていけばOKという状態にし、その日は就寝した。
夜が明け、引越し当日。破格な値段だけに、ダンボールは中古、ダンボールの再配達はしないに続く第3段、自分の所にはいいかげんな人材を送り込み、いいかげんな仕事をするんじゃないかと心配したが、もちろんそんな事はなく、活発な男性2名が時間通りやって来て、動物のキャラクターとは違い、テキパキと作業をしてくれた。自分も手伝いたかったが、引越し屋さんの機敏な事。自分は邪魔になるだけで、ただただ見とれるだけだった。―やっぱりプロは違うなー―と思わず感心してしまった。
引越し先に着いてからもお二人の機敏な動きに衰えはなく、むしろ更に早いスピードで、あっという間に2階の部屋に荷物を運んでもらった。そして、そこで代金を払い、書類にサインをすると、引越し屋さんは、荷物の無くなったトラックで部屋を後にした。
部屋に一人きりになった自分は、ベランダから見える景色を眺めて、―これから一人暮らしが始めるんだな―そう、心の中で思った。と、後ろを振り返ると、大量のダンボールと、そのダンボールの分だけの引越し屋さんのイメージキャラクターが自分に微笑んでいた。―感激に浸る前に、こいつらをどうにかしなくちゃな―そこから、自分の一人暮らしは始まった。
続く...




