人間ドック2
第24回新風舎出版賞、3次審査落選作品(笑)
病院へ着き、自動ドアから中へ入ると、早朝とあってか人はまばらだったが、そのまま受付に歩いて行き、その受付のお姉さんに、「人間ドックを予約した川越ですけど」と言うと分かってもらえ、朝の自分の空想の世界のお姉さんとは違い、社会人としての当たり前の対応をされた。すると、「便をお預かりします」と、普通のトーンで思いっきり言われた。人はまばらだが、受付に立つ自分を皆が注目している中なのに。そんな中、「あいつ、今から便を出す」って絶対思ってるんだろうなーと、思いながらも、自分はバックから採便容器の入ったビニール袋を取り出した。そのビニール袋は、青い色で、中が見えにくいように工夫が施されてはいるものの、微妙な薄い青色で、思いっきり中が見えており、“私は便を提出しております”と言わんばかりだった。そして次に言われたのが、「トイレで尿を採取して下さい。そこに専用の容器がありますので」だった。それはなんとなく分かっていたので、自分はトイレへと向かった。トイレに入り、周りを見渡すと、台に紙コップが一つだけ置いてあるのを発見した。それをよく見ると、“カワゴエフミ”と黒いマジックで書かれている事が判明した。おそらく、マジックの細字、太字の太字の方だろう。まー、それはどっちでもいいが、それを見て物凄く恥ずかしくなった。それは、トイレに来る人の目につく所にあって、ご丁寧に、名前は見えやすいようにとトイレのドアの方に向けられており、いわゆる、飲料水のCMかなんかで、商品名が映る感じで手に取り、いかにもおいしそうに飲むみたいな感じだ。違うかな。それはどう見ても、“これからカワゴエフミという人が尿をたしに来るもようです”と言っているのと同じだったからだ。自分は仕方なくその予告通りその紙コップに尿をたしてやると、次なる予言を発見した。“採取した尿は下段に置いて下さい”なんて事だ。この出したてホヤホヤの尿をトイレにやって来た民達に見せつけろというのか?よく見ると台の奥には小窓がある。多分、尿を置いたら病院の人が直ぐに小窓を開けて取ってくれるのだろうと、とりあえず置いてみる…。無反応だった。ドラクエだったら絶対扉が開きそうなのになーと、勇者という名の自分が、ドラゴンという名の病気を倒す為、お城という名の病院を旅する、この“人間ドッククエスト”という、絶対、売れなさそうな、絶対、ビックカメラで並ばなそうな、絶対、仮病で学校休んでゲームしなさそうな、絶対、ゲームを買った所でカツアゲされなさそうな、このロールプレイングゲームというか、このノンフェクションには通用しなかった。どうやらそれは、このまま尿を放置して立ち去れという事らしい。自分は仕方なく、むしろ開き直って、「ねーねー、見て見てあれ俺の尿、俺の尿。うん、そう、さっき出したの」と民達に言わんばかりにトイレを後にした。再び受付に戻り、椅子に座って呼ばれるまでそこで待つ事にした。自分はその間、「今頃便を見られてるんだろうなー」とか、そっちの事ばかり考えていた。何分か経った後、ナースの若い女の人に名前を呼ばれ、“診断室”と書かれた部屋に入る。まず、そのナースの人に血圧を計られる。次に採血。もちろん、キラリと針が光る注射登場。自分は、血を見るだけで倒れてしまいそうな勢いの人なので、採血の間、ずっとそっぽを向いていた。それが意外に長く、どれだけ自分の血が欲しいんだよと、ようやく終了。部屋を移動し、次は、白衣を着た若い男の先生による腹部超音波検査。みだらにお腹を出し、変なゼリー状の液体をぬったくられ、妙な物体でお腹を探られる。それはまるで、赤ん坊の様子を見る、妊婦の様だ。いまいになんの検査さなのか理解していない自分は、「男の子ですか?女の子ですか?」ではなく、「これで何が分かるんですか?」と聞いてみた。先生は、「元気な男の子ですよ」ではなく、丁寧に今の検査についての説明をして下さった。続いて身体測定、眼下的検査、耳鼻科的検査、となんとなく続いいていったが、肺機能検査というというもので戸惑った。それは、ただ機械に息を吹きかけて肺活量などを計る単純なものだったが、その時に口にくわえるトイレットペーパーの芯みたいな物に違和感があってどうもダメだった。計測時の様子は、鼻をグリップでつままれ、口にはトイレットペーパーの芯をくわえている訳だから、とてもアホだ。そして、白衣を来た若い女の先生にその時答える反応といえば、「んあー、んあー」(本人は、いたって真面目に「はい、はい」と言っている)それでいて、その先生の進行が凄かった。「最初は普通に息をして下さーい。次はおーきく息を吸いまーす。はい、おーきく息を吸いまーす!もっとおーきく息を吸いまーす!これ以上ない位におーきく息を吸いまーす!!」みたいな感じ。最初は清楚な感じの人だったのに、その進行はとっても演技派で、かなりの迫力があった。次に部屋を移動し、薄いブルーの衣装に着替え、いかにも入院患者っぽい格好で循環器検査(心電図)に移る。これは、ただお腹などの前方を機械にくっ付け、両手の甲を腰の辺りに付けるといった変なポーズを取らされた位でクリアーし、更にその格好で次の部屋に移動すると、今度は上部消化管検査だが、これは、胃カメラと胃部レントゲンの選択で、胃カメラは、胃が「胃カメラはちょっとカンベンして。俺はまだそんな自信ないは。胃部レントゲンも正直嫌なんだけど、まー、ギリOKだよ」とタメ口で言いやがるので、しょうがなく彼の意見を尊重し、胃部レントゲンの方にした。しかし、そっちはそっちで超えなければいけない大きな壁があった。そう、あの噂の“バリウム”だ。ヤツのイメージはまるでいい所がない。“まずい”だの“気持ち悪い”だの、支持率ゼロだ。そして、本日のメインイベントといってもいいだろう。少し椅子に座って待っていると、初めに血圧と採血をしたナースの若い女の人が現われた。どうやら、胃の働きを抑える注射を打つらしい。バリウムの前に、またもや嫌な注射を打つのかと、「また俺っスか〜?」と、左腕の悲鳴が聞こえてきそうな中、再び左腕を出した。今日は、左腕にとっての厄日だ。この注射は、なにやら肩にするものらしい。注射をする前に、「この注射は少し痛いですからね〜」とナースの人に言われ、「子供じゃないんだからさ、いいから早くやってくれよ」と注射を打たれた。すると、想像を遥かに超えて痛い。めちゃくちゃ痛い。すっごい痛い。例えば、机の角に足の小指をぶつけた時の数値を10とするのなら8くらい痛い。でも、それを悟られたくないから、表情は涼しい顔を作る。それはまるで秋風の様。ナースの人は、「みなさん、この注射、痛いって言うんですよねー。よく揉んでおいて下さいね」と言い残し、部屋を出て行った。と同時に、超高速で左肩を揉みまくる。それはまるで砂嵐の様。みんなに評判が悪いのは分かるような気がした。少し経つと、今度は白衣を着た年輩の男の先生が現われた。左手には、250mlの謎の缶を持っている。「まさかあれは…」すると先生は、洗面所で何かを作り始め、そして何やら完成したらしく、両手に2つ、物を持って自分の元へやって来た。「バリウムは初めてかい?」「はい、そうですけど」「これはバリウムと、こっちは味のないラムネだと思って。胃を膨らませるやつだから」「はー」「最初は抵抗あると思うけど、我慢して飲みこんで」と、おちょこ位の量のバリウムと、見た目はお菓子のラムネの様な白い粒状の粉を渡された。バリウム自体に匂いはないが、真っ白でドロドロとしていて気色悪い。コイツがまずいと町で評判のバリウムかと、ラムネを口に含み、かんぱつ入れずにバリウムを一気飲み。―…まず!―なんだこれは。この味を他の食べ物や飲み物で表現出来ない。それ以外だったら“セメント”。そのセメントをすっぱい風邪薬と一緒に飲んでる感じ。何回もオエッとなる。先生は、「ゲップは我慢して下さいねー」と言っている。ゲップ所かそれ以上の物が出ちゃうかもと、死んだように検査の機械にうつぶせに寝る。そんな自分の所に先生は、野球場で生ビールを注文した時に出てくるような大きめの紙コップを持ってきた。その中身は、さっき退治したと思っていたバリウムが。その紙コップは計量カップになっていて、白いドロドロした液体が“250”の所で止まっていたので250mlあるのだろう。―先生、いくらなんでもこんなに注がなくてもいいじゃん―と、その紙コップは、機械に寝そべる自分の左側に置かれた。それから2口くらいバリウムを飲みながら透ける自分の体の中を調べていたが、その後、先生から信じられない言葉を耳にした。「じゃー、全部飲んで」「え!?」先生の言っている意味が分からない自分は、「これ全部ですか?」と聞いた。そして先生は一言、「そう」それでもまだ分かっていない自分は、「バリウムをですか?」と、今考えると、他に何を飲むんだよと言いたくなる訳の分からない質問をぶつけた。そして先生の答えはやっぱり一言、「そう」その先生の声が、自分の耳元でスピーカーを通して聞こえてきた。先生は外の窓越しからそう言い、その姿は、まるでレコーディング中のアーティストに指示を出すプロデューサーの様だった。そしてこれが初レコーディングとなる新人ミュージシャンの自分は、もう一度紙コップのバリウムの量を確かめてみた。何度見ても、数値は“250”で止まっている。俺の動きも止まっている。そんな自分に先生は、「どうしても全部無理だったら言って下さい」と言ってきた。自分には、その先生の言葉が、自分という男を試されているような気がした。その言葉に触発された自分は、その後、250mlのバリウムを一気に飲み干した。―おえー!―調子こいて飲んだらさっきより数段濃くなっていて、質の良いセメントを使用しているようだった。再び死んだように機械の上にうつぶせに寝る。それから仰向けになったり、またうつぶせになったりと、先生のいいおもちゃになっていた。そんな事をやっている内に、口の周りが固まってきている感覚になった。―あー、これ絶対、口の周りが牛乳飲んだ後の子供みたいになってるよー―と思ったが、近くに鏡がないので、確認する事も出来なかった。そしてようやく検査が終了すると、最後に、その先生から2粒の下剤を渡された。
洗面所の鏡を見ると、予想通り、そこには牛乳を飲んだ後の子供の姿が写っていた。いったん廊下に出て、そこの椅子に座って次の指示を待った。何分か後、名前を呼ばれ部屋に入ると、もう一度肺機能険査をやるとの事だった。どうやら、今の数値だと異常数値になるらしい。一回目の時に検査をした、白衣を来た演技派の若い女の先生と、今度はもう一人、30代の白衣を着た男の先生もいて、その先生が言うには、多分やり方に問題があるんじゃなかろうかと、丁寧に、アホの子みたいに説明しながら慎重に検査をしていった。すると、なんとか正常の数値になる事ができ、ことなきをえて、それをもって全ての検査が終了し、最後にこれまた違う白衣を来た若い女の先生による診察になった。そこでは、今まで検査した数値をまとめた資料や、レントゲン写真などを見せてくれた。すると先生はその資料を見ながら静かに口を開くと、「…問題ないですね」更に次の資料で「…これも問題ないですね」更には次の資料で「…正常ですね」も一つ次の資料では「…これも正常ですね」そしてそのような言葉が使い回しされていった。結局、自分は先生からしてみれば、全く面白みのない健康人間だった。唯一のマイナス面は、「身長にしては痩せてますね」だった。それって、人間ドック以前に見た目じゃん。そこら辺を歩いているおっさんに自分の印象を聞くのと一緒じゃん。その事は俺が一番よく知っている。自分はそれを聞く為にけっこうなお金を払ってこの病院に来たのか?
自分は最後に、その先生に「健康ですか?」と聞いてみた。今の流れからして答えは分かっていたが、あえてその質問をした。
「健康です」先生は、はっきりとそう答えてくれた。そう、自分はそれを聞く為にこの病院に来たんだ。自分はその言葉を確認すると、受付で支払いを済ませ、病院に来る時には持っていなかった目には見えない何かを大事に持って、家路へと向かった。
その夜、バリウムと違う形で再び対面した事は、言うまでもないだろう。
次回、最終回です。




