第二十四章:追跡者の足音
李清は再び夜の闇の中に身を潜めた。昨夜の出来事は彼に新たな決意と、より深い恐怖を植え付けた。黒衣の男たちと謎の女性、そしてあの光を放つ石——それらが一つの大きな謎となり、彼をこの危険な旅へと駆り立てていた。
翌朝、李清は体の疲労を隠しながらいつもの仕事に取り掛かった。彼の心は緊張と不安で満ちていたが、顔には何とか平静を保っていた。宮殿の中は依然として美しい装飾に包まれ、そこに住む人々は平穏そのものであった。しかし、李清にはその表面の平穏がどれほど脆いものか、昨夜の体験を通して理解していた。
仕事の合間に、李清は宮殿内を歩き回りながら情報を集めることを決意した。彼は侍女たちや他の下僕たちから話を聞き出そうとしたが、誰も後宮で起こっていることについては知らないか、知っていても口をつぐんでいるようだった。その日、李清は誰からも有益な情報を得ることはできなかった。
しかし、彼が諦めかけていたその時、ある侍女が彼に近づいてきた。その侍女は李清よりも若く、怯えた表情を浮かべていた。「李清さん…昨夜、後宮で何か見ましたか?」彼女は小声でそう問いかけてきた。
李清は驚いたが、すぐに気を取り直して頷いた。「ああ、見たよ。君は何か知っているのか?」
彼女は周囲を警戒するように見回し、さらに声を潜めて言った。「私は直接見たわけではありませんが、他の侍女たちが何か怪しいものを見たと言っていました。後宮の奥に、決して開けてはいけない扉があるとか…そこには何か…何か良くないものが隠されていると…。」
李清は彼女の言葉に耳を傾け、その情報が昨夜自分が見た扉のことを指していると確信した。「ありがとう、気をつけてくれ。」李清は彼女に礼を言い、彼女がその場を離れるのを見送った。
その夜、李清は再び行動に出ることを決めた。彼は昨夜の広間へ戻り、あの光る石についてもっと知りたいと思ったのだ。闇が降り、宮殿が静寂に包まれると、李清は静かに後宮へ向かった。
後宮の扉は昨夜と同じように開いており、李清は慎重に中へ足を踏み入れた。廊下を進むと、再びあの広間へとたどり着いた。広間の中央には、昨夜と同じように石が祭壇の上に置かれており、そこから微かな光が放たれていた。
李清は祭壇に近づき、その石をじっと見つめた。それは単なる石ではなく、何か力を持っていることを感じた。その光は暖かさと冷たさを同時に感じさせ、彼の心に言いようのない不安を呼び起こした。
突然、背後から足音が聞こえた。李清は慌てて祭壇の陰に隠れ、息を潜めた。その足音は徐々に近づいてきて、広間の中に入ってきた。李清はそっと顔を上げ、広間に入ってきた者を確認しようとした。
そこには、再びあの黒衣の男が立っていた。男は祭壇の前で立ち止まり、石を見つめながら何かを呟いていた。その言葉は李清には理解できない言語であり、しかしその響きは何か古代の秘密を秘めているような感覚を与えた。
男が祭壇に近づくと、石の光が一層強くなり、広間全体を照らし出した。李清はその光景に目を奪われ、同時に強烈な危機感を覚えた。このままここに留まっていては命が危ないと直感的に感じたのだ。
しかし、彼が動こうとしたその時、男が突然振り返った。男の目が李清の隠れている場所を鋭く見つめた。李清はその場から逃げ出すべきか迷ったが、次の瞬間、男が何かを叫んだ。その声が広間に響き渡り、李清は反射的に飛び出した。
「待て!」男の声が追いかけてきたが、李清は全力で走った。廊下を駆け抜け、暗闇の中をひたすら逃げ続けた。後ろから男の足音が迫ってくるのを感じ、李清は必死に逃げた。
扉をくぐり抜け、宮殿の外に飛び出した李清は、冷たい夜風に包まれながらさらに走り続けた。足が重くなり、息が苦しくなる中で、彼はようやく人目のある場所にたどり着いた。そこは宮殿の外れにある広場で、夜でも警備の者たちが巡回している場所だった。
李清は振り返り、後ろに追っ手の姿がないことを確認すると、その場に崩れ落ちた。彼の全身は汗でびっしょりと濡れており、心臓の鼓動が激しく響いていた。彼は生き延びたことに安堵しながらも、自分がどれほど危険な状況にいるのかを改めて実感した。
「このままでは終われない…」李清はそう呟いた。あの石、黒衣の男たち、そして謎の呪文——全てが彼をさらなる危険へと誘っていた。しかし、彼にはもう後戻りする道は残されていなかった。
翌日、李清は再び曹爺を訪ねることにした。昨夜の出来事について、そしてあの石について何かを知っているのかを尋ねるためだった。曹爺の部屋に入ると、李清は昨夜の恐怖を思い出しながら口を開いた。
「曹爺、昨夜また後宮に入りました。そして…あの石を見たんです。何か古代の力を感じました。あれは一体何なのですか?」
曹は李清の話を聞き、深く息を吐いた。「お前は本当に後戻りできぬ道を進んでいるな、李清。だが、その石について話す時が来たのかもしれん。」
曹は静かに語り始めた。「あの石は『霊石』と呼ばれ、古代から伝わる神秘の力を持つものだと言われている。後宮にはその石を守るための秘密の儀式が存在し、それに関わる者たちは決して普通の人間ではない。彼らは霊石の力を利用し、この宮殿に影響を与えているのだ。」
「影響を与える…?それはどういうことですか?」李清は驚きと興味で目を輝かせた。
「霊石の力は、この宮殿の者たちの運命に干渉することができると言われている。良くも悪くもな。しかし、その力は非常に危険で、誤って使えば破滅を招くことになる。」
曹の言葉に、李清は背筋が寒くなるのを感じた。「では、あの黒衣の男たちはその力を…?」
「そうだ。彼らはその力を手に入れようとしている。そして、お前が見た女性もその一人だ。彼女たちは霊石の力を利用して、自分たちの目的を果たそうとしているのだ。」
李清はその話を聞いて、これまでの疑念が一つずつ繋がっていくのを感じた。あの広間、霊石、そして黒衣の男たちと女性——全てが一つの陰謀に結びついている。そして彼は、その中心に近づきつつあるのだ。
「気をつけろ、李清。彼らは非常に危険だ。もしこの道を進むならば、覚悟を決めねばならん。」曹は厳しい表情でそう告げた。
李清は静かに頷いた。「分かりました、曹爺。もう引き返すことはできません。私は、この真実を追い求めるしかないのです。」
その夜、李清は再び決意を新たにした。宮殿に隠された秘密を暴き、霊石の謎を解き明かすために、彼はこれからも闇の中へと足を踏み入れていく。追跡者の足音が彼を追いかけてくる中で、彼の旅はますます危険なものになっていくのだった。