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恋愛短編

貴方の思いは知らないけれど

作者: 二藍

[これが最後の愛してる]


ジメジメして蒸し暑い。葉が緑に色づき、空はあり得ないほどの快晴。

服の中に汗をかく感覚が気持ち悪い。

梅雨明けはもう少しだが、そのもう少しがむず痒い。

紫陽花もどんどん元気が無くなっていく。あの鮮やかさは短い期間しか保てない。

その花をどう愛でるかが重要になってくる。


儚い花しか人は愛さない。


少し朱色に染まった空。雲が美しい日。

自分は町外れにある一文菓子屋(だがしや)に足を運ぶ。

真新しい電車や街灯はキラキラとしている。

最近は洋服を着ている者も増え、目がチカチカする事が増えたように思う。

キャラキャラと話す人の話し声は響き耳の奥深くを揺らしているような感覚だ。

黒い学生坊に外套(がいとう)を羽織り道はずれに足をすすめる。どんどん人の話し声は聞こえなくなってきく。耳は安らぎ気付けば歌を小さな声で刻んでいた。

そんな道はずれに一つの店が佇んでいる。

誰も行かないし知らない店だ。

そこが自分の行きつけの場所であり今回の目的地だ。

踏み慣れた土に足跡をつけながら歩き、自分は一軒の建物の前に立っていた。


古い店なのだろうか? 年季の入っている柱に屋根。屋根には看板がかかっている。

看板には『梨花(りか)』と筆文字で書かれ、その上には一文菓子屋と小さく掘られていたであろう跡があった。

なんであろうか。可愛らしい名前なのに文字が殺伐としているせいで、なんか怖い。


透明な硝子がハマっている扉に手をかけ左にスライドする。

〈ガラッカラッ〉と鈍い音を立てながら開くドア。少し開きが悪いのもまた味だ。

出入り口に近く一番目に入る黒電話にはカラフルな布が巻かれている。

この黒電話は他の店内にある家具とは違い、ピカピカと光を反射している。

指紋ひとつも付いていない。本当に使っているのだろうか?


見慣れた店内には小さなお菓子が並んでいる。大きな棚と丸い電球の店内は木製、暖色で温かい雰囲気だ。

自分は店内の奥へと目を泳がせた。

そこには、眼鏡をかけた男が険しい顔をしている男が背もたりに身を預けていた。いつもよりも白く感じる肌は黒髪を際立たせるのに一役かっていると思う。

服はかっちりとした和服を着こなしている。

店内とは真略に冷たい印象を与える彼の姿。

手には最近流行している小説。恋愛物語だっただろうか? 彼がこんな本を読むとは……。

最後には主人公の思い人が亡くなるらしい。

街で少女が話していた話だが。

何せ自分は小説が好きでは無い。文字の羅列は気分を少し悪くさせる。


「何をしている?」

とこちらも見ずに尋ねてきた声は低く落ち着いた声だった。声の主は本を読んでいる彼。

「何をしているのですか?」

「質問を質問で返すな、そして私は今本を読んでいる」

「そうですか。自分は貴方にあいに」

「ハァー。もう好きにしていってくれ」

と本を持っていない方の手で机を強く叩く。

「ッ!はい」

好きにしていいと言われたが自分は彼の顔を見にきたのだ。朝顔を彷彿とされる瞳は文字を一つ一つ綺麗に掬っている。

「おい、これはなんと読む?」

とこちらも見ずに手招きする彼は恥ずかしそうに顔を逸らした。

眼鏡に映る目すら逸らしている。

自分は指が指された文字を覗き込んだ。

「ハイハイ、これは咖喱(カレー)ですね」

「ナニ笑っているッ」

「笑っていません。ただ本当に勉強熱心だと思いまして」

彼の手に乗っている本には書き込みがされていた。読み方に表現の名前などがびっしりだ。

いつもぺんだこのある手はこのせいだろう。

それにしても、咖喱が出てくる恋愛小説。どんなものか少し気になる気がするな。


この後も静かな時間が続く。少し話したり自分が歩き床が軋む音、時計が動く音が微かに耳に入る程度だ。街中とは大違い。

今はこの関係が心地いい。


数分経った後いきなり彼が口を開いた。

読んでいた本をパタリと閉じ椅子から立ち上がる。

「良い話だったぞ」

「そうですか」

「私も散るならばこんなに綺麗に散りたい。だがそれは叶わないのだろうな。」

とぽそっと出た声。少し悲しげに微笑んでいる。

「自分は散りたくないですね」

この少しの会話。でもその時すら今ならば愛しいと思える。


透明なガラスがどんどん朱色に染まり、色が暗くなっていく。

ポタッと音が鳴る。ドアに当たりドアが音を溢す。どんどん大きくなる音。

雨だ。それもバケツをひっくり返したかのような大雨。

自分は頭を抱えた。傘を持っていない。

そうだまだ梅雨だった。


自分が途方に暮れ外を眺めていると、ぽんと肩に硬いものが当たる。

「ほら、傘だ」

肩には夕焼けのような真っ赤な傘が乗っている。その先には不機嫌そうにこちらをみる男。

「あ、ありがとう」

自分は傘を受け取り、店を出た。

水溜まりができている土を踏むと嫌な音が鳴る。

「またね」

「……あぁ、またな」

少しの間を置き彼は声を出した。

「紫陽花また一緒に見ましょうね」

「できたらな」

その時の彼は少し悲しげな声をしていた。


自分は先程とは違く静かな街を歩いた。

その間胸騒ぎがどんどん大きくなっていく。元気な無い街を見るたびに。


雨が滴る松の木を通り抜け、自分は玄関の前に着いた。ドアを開け声を上げる。

「ただいま戻りました」

自分の家は名家にあたるものなのだろう。豪華な屋敷の中使用人が出迎えてくれる。

「やっとなの?早くこっちに来なさい。」

ツンとして母親から声をかけられた。

「?はい」

母親に連れられ自分は無駄に長い廊下を歩いた。沢山の襖を超え、大きな襖のついている部屋の前に着いた。


「失礼します」

襖の先には畳が引かれている大きな部屋。

自分が入ると目の前には父が背を向け座っている。筆を置きこちらを向く。

「ここに座れ」

と指図されたまま自分は座った。

「お前に婚約者ができた」

父から発されたこの言葉。自分の耳を疑ったがあっているのだろう。背筋が冷え、冷や汗をかく。

「ですが自分には」

と力無い声で反論する。

父の鋭く尖った眼光を私は真正面から見つめた。

「アイツは名家を追い出された出来損ないだ。もうお前とは関わらなくて良い人間だ。

そしてアイツはもう地まで落ちた。」

「な、何故ですか?できた人間ですよ」

「アイツは持病を持っている。そしてそれが悪化しだした」

持病? 自分の頭の中は高速で回る。

どんどん白くなる頭の中。


「時期に死ぬだろう」

死ぬ、まさか彼が言っていたのは……。


「もう諦めろ」

「無理です」

「何故だ?」


「自分は彼の婚約者です」

その時水溜りはより強く水を弾いた。

静かな街に雨音だけが激しく主張する。


自分は走り出していた。周りの声が聞こえないほど必死に。

傘なんて待たずに水溜りを避けずに走った。肩で息をして、どんだけ辛くても走り続けた。

そして店の前に着く。

ズボンの裾は雨水でびちょびちょだ。中の灯りはついており、外に光が漏れている。少しホッとしたが、人の影が見えない。

血の気が引く感覚が全身に駆け巡る。

勢いに任せ思いっきりドアを動かした。〈ガシャッン〉と派手に音を鳴らすドア。開けた視界の先、そこには地面に転がっている彼の姿。色白い肌はより白くなり、瞳からは光が消えている。恐る恐る声を出した。ありえないほどガラガラな声を喉から出して必死に言葉をつなぎ合わせる。

「平気、ですか?」

「……」

どんだけ話しかけても、返事をしない体には自分の涙だけが落ちていく。静かな部屋には自分の鳴き声だけが響く。


止めようとしても止まらない。頬には止まらず涙が流れ続ける。


口を開けないようにしても勝手に開く。そこからは聞くに絶えない声が溢れる。


もう呆れた顔をしてはくれない。

面倒臭そうに話てはくれない。


もうあの顔は見ることができない。


美しく散れない理由。

来年の紫陽花が見れない理由。

あぁ、なんでもっと早く気づかなかったのだろう。


机の上には彼が読んでいた小説。

題名は『散る花は誰も知らず』

沢山あるメモを見ながらページをめくる。

咖喱のところには、

「いつか食べていたい」と書かれていた。


「儚い花しか人は愛さない。」

これが彼の口癖だった。


数年後

恋が叶うなんて物語の中だけの話なんだ。

そんな事を思いながら自分は仏壇には咖喱を置いた。

隣には本を一冊。そして指輪を一つ添えて。指輪にはあの時の傘のように赤い宝石が一つ埋まっている。

「よろしいでしょか?」

「はい」

と返事をした自分の指についた指輪の赤い宝石がキラリと光った。

「新しい小説が手に入りましたよ」

「楽しみにしていたんだ。ありがとう」


貴方の思いは知らないけれど、自分は貴方を愛している。

読んで頂きありがとうございます。

『貴方の思いは知らないけれど』は終わりです。

反応して頂けると活動の励みになるので気軽にしていってください。

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