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愚lead  作者: ゆうき目々
2/3

生と死と握り飯と。2

目を覚ましたヒューマは希望を握りしめ、姉セツナと共に病院へと向かう。

困窮に追い詰められた人の醜さに翻弄されながら、少年は何を思い何を失い何を手にするのか…。

 

 新首都東京街-難民地区の露店街。

 似つかわしくない男女2人が夜の街を歩いていた。



 1人は高価そうな革ジャンを着た大柄で強面の、何故か夜にサングラスをかけた中年の男。



 もう1人は全身黒のライダースジャケットに身を包み、艶やかな黒い長髪をハーフアップにした、年齢よりも若そうな女だ。



『ねえ、そろそろ食事にしないかしら?空腹のまま仕事するのは辛いわ』

 黒髪の女-メルクレア(メル)



『どうせすぐ終わる仕事なんだから別に後でいいだろ?』

 革ジャンの男-ガイウス(ガイ)



『えぇ。まあそうなのだけれど。今日はあんまり良い予感がしないのよね』

 メルはそう言いながら、露店街のキラキラとした灯りで照らされた石畳を見つめる。



『けっ、珍しく弱気になってんじゃねぇよ。俺がこんなヘボミッションでしくじるわけねぇだろ』

 そう言うとガイは露天街の端へと歩いて行った。



『ドンッ』-ガイに何かぶつかる音

 何やら犬にでもぶつかられたような衝撃を腹部に感じた。

 下を見ると銀髪で目つきの悪い少年が尻餅ついて倒れている。少し目が合った気がした。



『わりーなおっちゃん!ちょっと急いでるもんで!』

 そう言うと少年は急いでいたのかもう一度ぶつかりながら路地を曲がって暗がりへと消えていった。



『ま、まちやがれぇー!!』

 息を切らした中年の露店商人がヘタヘタと走ってくる。どうやら曲がり角に差し掛かったところで追いかけていた奴を見失ったみたいだ。



『ちくしょう!!覚えてやがれよ!!』

 露店店主が諦めた様子で暗い路地の奥に向かって叫んでいる。



『なんだぁ、盗みかよ。どこもかわんねぇなぁ』

 -ガイ



(うぉぉぉぉぉぁ!????)-ガイ心の声

 動揺した様子でガイは服のポケットをひっくり返す。



『嘘だろ…あのガキちくしょうめがっ!!』-激昂するガイ



『あらあらそんなに慌ててどうしたのかしら?そんなことよりあそこの露店に売ってるコロッケ、とても美味しかったわ♪』

 腹が満たされ上機嫌のメルが、両手に食べ物を抱えて近づいてきた。



『そんなんどうでもいい…クソッ…あのガキどうやって盗りやがったんだ…ブツブツ』-独り言混じりのガイ



『んー??何かとられてしまったのかしら??』

 -笑顔のメル



『あぁ、まずいぞ。徽章を盗られちまったんだよっ!!』-慌てるガイ



『あらまぁ、それは大変ねえ』

 -少し困り顔をしたメル



『なんだってお前はいつもそんなに落ち着いてんだ』-ガイ



『だってぇ、私ならすぐ見つかるもの…』

 目を閉じ、少年が走り去って行った方向に手を伸ばして何やら呟いた-メル



『うん、こっちの方向で間違いないわね』

 -路地に指を指し、ガイを促した-メル



『そうだった、お前にかかれば余裕だったな』

 -落ち着きを取り戻したガイ



 2人は露店街を後にし、少年の足取りを追うことになった。






『ちょっと道が入り組んでるのと、ところどころですごく足が速いから中々追いつかないわね』-メル



 かなり人気の無い場所にある古びたマンションの前でメルが立ち止まった。



『一応ここみたいだけれど。』

 指を指しながらガイを促す-メル



『よし、んじゃちょっくら探すか!』-ガイ



(バタンッ、バタンッ)-扉を何度も開け閉めする音



『ちくしょう!いねえじゃねえか!』-ガイ



『んー、もうここには居ないのかもしれないわね』

 落ち着いた様子で話すメル



『メルクリア、お前はどうしてそういつもマイペースなんだ??徽章が盗られたってことは今晩の仕事が達成できなくなるんだぞ??』-ガイ



『あらぁ、それは困ったわ』

 しばらく考え込んだ-メル



『よし!それじゃあ本気出しちゃおうかしら!』

 目を閉じて両手を合わせる-メル



『私からは決して逃げられないわよ…チェイス!!』

 メルの閉じた瞳には、何人かの足取りが光のように写し出され、その中で糸を手繰るように犯人のものを特定していく…。



『ふふっ。見つけたわよ…』

 妖美な笑みを浮かべ、彼女にしかわからない道標を目標に歩き出した-メル



『まったく便利な能力なことでぇ』-ガイ



2人は暗闇の街を徽章を取り返すべく進んだ。





『どうやらここみたいね…』-メル



 メルが立ち止まった先には一部屋だけ灯りの付いたボロい木造のアパートがあった。



『さてと、大人しく返してもらうとするか』

 そう言うとガイは階段をキシキシと音を立てながら灯りのついた部屋目掛けて上がっていく。



 あとに続くメル。



『邪魔するぜ』-ガイ



 声をかけてすぐに、奥の襖から驚いた表情で先ほどの少年が出てきた。間髪なしに詰める。



 よお、坊主。ずいぶんと器用な真似してくれるじゃねえか』-ガイ



『な、なんのことだよ?急に家まで押しかけてきて意味不明なこと言ってんじゃねーぞ!』

 しどろもどろな言い訳をする少年。



 (ちょっくらおどかすかぁ)-ガイ心の声



『いいか?一度しか言わねえ。お前が俺から盗んだもんを大人しく返せ。そうすりゃ黙って帰ってやる。後ろにいるお前の身内にも危害は加えねえ』-ガイ



『あの…こんな時間に何のご用でしょうか?』

 襖を開き戸にもたれかかるように立ち上がって質問する若い女



『姉ちゃんっ!危ねえから下がっとけっ!!』-少年



 どうやら姉のようらしい。



『おっさんよぉ、何勘違いしてんのかわからねぇけど、俺は何もアンタから取ったりしてねぇよ!!』-少年



(おっさんだぁ?クソガキが腹立ってきたじゃねぇか)-ガイ心の声



『おい坊主。一度しか言わねえって言ったな。』

 少年の胸ぐらを掴む-ガイ



『クソっ!離しやがれっ!!!俺は何も取っちゃいねぇ!!』-バタバタする少年



『しつけえぞっ!!見え透いた虚勢はってんじゃねぇ!とっとと返しやがれってんだ!』

 イラつきすぎて少年の首を絞める-ガイ



『やめてくださいっ!!!大事な弟なんです!!その手を離してくださいっ!』

 叫びながらガイに掴み掛かかってくる姉



『チッ。』

 舌打ちしながら手を離す-ガイ



『ゲホッゲホッ…』

 床に崩れ落ちむせる少年。



『大丈夫…大丈夫…』

 少年の背中を摩りながら声をかける姉



『あらあら。大人気ないことね。でも坊や。嘘は良くないのよ。右のポッケにあるのでしょう?』

 優しく微笑みかけながら話す-メル



 少年が思わず右のポケットに手を突っ込んだ。

 ガイは見逃さなかった。



『ヒューマッ!!』-少年の名前を怒った様子で呼ぶ姉



 半分涙目になりながら姉は少年の右手を取り、ポケットから手を抜かせると、黄金色をした宝石で装飾されたペンダントがこぼれ落ちた。



『っ!!…こ、これは…俺のもんだ!!アンタらのじゃない!俺が奪ったんだ!俺のもんだっ!!!』

 激情しながら怒鳴る少年こと-ヒューマ



『このご時世に盗られたもん返してくださいって!はいそうですかって!!返すわけねぇだろっ!!??』

 さらに激情する-ヒューマ



『いいか!??俺はずっとこうして生きてんだっ!!俺達が食いもんなくて死にそうな時に誰が助けてくれるよ!??大人が助けてくれんのかっ??バカにすんじゃねぇ!!何度も騙されて見捨てられて裏切られたさっ!!!お前等は間抜けだから盗られたんだ!それを今更返せなんて虫がよすぎんだよっ!!!この世はな…弱肉強食なんだよっ!!』-ヒューマ



『…ヒューマッ!!!!』-さらに激昂する姉

 次の瞬間ヒューマは頬を叩かれ、後頭部を鷲掴みにされ床に額を押し付けられた。



『…申し訳ありませんっ!!この度はうちの弟がとんだご迷惑をおかけしました!今はこれしかありませんがどうぞ…』-姉



 姉は深く頭を下げながら片方の手で弟の頭を押さえつけ、何やら差し出した片方の手の上に握り飯を乗せている。



(あー、やり辛えな。こうゆう何もできないのに粋がってるガキ共が1番苦手なんだ俺はよ。しかもこの状況で握り飯ってどうゆうこった)-ガイ心の声



『嬢ちゃんよ。俺は別にそいつを返してくれりゃそれでいいんだわ。でもまあ握り飯は嫌いじゃねえ』-ガイ



 そう言いながらガイはセツナの手から握り飯を一つ、口の中に放り込んだ。



(お、まあまあ美味えな)-ガイ心の声



『まあまあほんとに大人気ないわねぇ。涙ぐましいじゃない。』

 妖美な笑みを浮かべてそう言うと玄関からひと足先に外へと出ていった-メル



『ったくわあったよ。しゃーねぇなぁ…』-ガイ



『ゲホッ…ゲホッッ…』

 姉が咳払いと共に血を吐いた。



『おい!姉ちゃんっ!おいっ!!』

 ヒューマが近づき声をかける。



(ま、そうゆうこったろうと思ったがな。病気して金なくて医者にかかれない奴なんてこの世の中五万といる。別にこいつ等が特別ってこたぁない)-ガイ心の声



『んじゃ、返してもらうぜ!』-ガイ



『…おい…待てよ』-ヒューマ



(めんどくせぇな、まだ絡んできやがんのか。俺は忙しいんだ!この後仕事があんだよ)-ガイ心の声



『待てって言ってんのが聞こえねぇのかよぉっ!!』

 -激昂するヒューマ



『おいおい、見逃してやろうってんじゃねえか。まだなんかあんのか?』-ガイ



『あぁ、あるね!!そいつはオレのもんだ!おいていけ!』-ヒューマ



『はぁ…』-ガイのため息



(このガキはあれだ。頭悪すぎておかしいんだわ。まともに相手してたらキリがねぇ。だがムカつくから最後にこれだけは言ってやるよ)-ガイ心の声



『いいか小僧。度胸は認めてやる。それにお前が言ってた通りこの世は弱肉強食だよ。それはオレも同感だ。だがよ?お前がそれを言ったところでお前は俺より弱い。つまり俺がお前にこれを渡す理由は実力行使で勝ち取る以外無いってこった。』

 -ガイ



 黙り込むヒューマ



『わかったらそう死に急ぐな。お前はまだガキだ。あんまり姉ちゃん悲しませんなよ。俺も忙しいんだわ。じゃあな』

 ガイはそう言い残し部屋を後にしようとした。



『舐めてんじゃねぇぞクソ野郎がっ!!!』

 ヒューマは凄い勢いで走り込み、横の壁を蹴り上げ革ジャン男の首元目掛けて飛び掛かる。



 (まあまあ早えな、身体能力もそこそこだ。狙いも悪くねえ。だが頭が悪い。この状況で自分より強え奴に武器も持たずにかかってくるなんざバカのやる所業だ。)-ガイ心の声



 ガイは飛びかかってきたヒューマの腕を取り、横に向かって投げ飛ばした。



 ドンッと音を立て、ヒューマは壁にぶつかりながら下に落ちた。どうやら後頭部をクリーンヒットしたらしい。



(やべぇやりすぎちまったな。でもまあこれでバカな真似はしなくなるだろうよ。嬢ちゃんには悪いが俺にお前等を助けてやる義理も理由ねえからな。せいぜい足掻いて必死に生きろよ。握り飯美味かったぜ。)-ガイ心の声



 ガイはしばらくヒューマとセツナを見つめたあと、静かに部屋を後にした。



『遅かったのね。心配しちゃったわ』-メル

 アパートから少し離れたところでメルが立っている。



『馬鹿野郎。なんで俺が心配されなきゃならない?あんなガキ相手になんもねぇだろうがよ』-ガイ



『あらあら、私が心配だったのはあの姉弟のほうよ?あなたが大人気なくやり過ぎちゃうとか』-顔を顰めるメル



『ちっ、うるせぇよ。とっとと仕事行くぞ』-ガイ



 徽章も無事取り返したところで、2人は予定通り深夜の仕事(ミッション)へと向かうことにした。






『いって…ぇ…』-ヒューマ

 目が覚めると居間の天井が視界に映った。



 襖の方を見るとセツナが変わらずに血反吐を吐きながら、床にへたり込んでいる。



『姉ちゃんっ!!おいっ!!』-ヒューマ

 ゆすっても返事がない。



『姉ちゃん…病院連れてってやるからな!ぜってぇ助けてやるからっ!』

 ヒューマは血が出るほど握りしめていた手をもう片方の手で解く。手のひらには黄金色に輝く高価そうなペンダントがある。



 少し小さな体で姉セツナを担ぎ上げ、ヒューマは病院へと向かった。






 露店街の外れ。



『しかしあのガキどうやって俺からあの徽章を奪ったんだ?』-疑問を募らせるガイ



『それはあなたがボーッとしてたからでしょう?』

 少し意地の悪い笑顔で返事をするメル



『そーゆーことじゃねぇんだよ。俺から盗めるってことはな、それはつまり俺以上に奪う能力に長けてるってことだ。だが俺はよ、そんな人間には産まれてこの方たったの1人しか会ったことがねぇ』-考え込むガイ



『じゃああの子の方がお仕事でも優秀ってことかしら?』-からかうような態度のメル



『はっ!それはねぇだろ!!』-強気で笑い飛ばすガイ



『たったそれだけができたって、結局強くねぇんだからよ。それにほら、結局取り返されてんじゃザマぁ…あっ!?』-悶絶するガイ



『おいおいおい…まじかよ…』

 ガイは自分の服のポケットを全てひっくり返しあちらこちら探しながら慌てている。



『次は…待ってるわね。』

 メルはガイにそう言うと、少し呆れた様子で露店を見に行った。



(ありえねぇ…この俺が2度も…しかもあんなガキに。いつだ!?いつ盗られた…待てよ)-ガイ心の声



 フラッシュバックのように少年が最後に殴りかかってきた時を思い出す…。



『ッ!!!あんときかよ!!』

 先のボロアパートに向かってガイは夜の街を駆け出した。






 難民地区唯一の病院

 外観は大きくもボロく、旧総合病院と表示された電光掲示板は今にも落下寸前の佇まいだ。



(やっと姉ちゃんの病気を治せる!!)-ヒューマ心の声



『誰かぁ!!姉ちゃんを見てくれっ!頼む!』

 受付には人影がなく大声を荒げるヒューマ



 奥の廊下からコツコツと靴を鳴らす音が聞こえてくる。



『なんだね君は?ここは病院ですよ?』

 見るからに人の悪そうな白衣を着た男が現れた。



『おい!あんた医者かっ!?姉ちゃんを…姉ちゃんを助けてくれ!!たのむっ!!』-必死のヒューマ



『はぁ。君ね、敬語も使えないのかい?僕は医者だよ?偉いんだよ???それにね、君見るからに金持ってないよね??金のない奴は見ないよ。わかったらとっととその死にかけ連れて帰りたまえ』-医者らしき男



『てめぇ…。』-怒りを露わにするヒューマ



『えっ?何だね?』

 どうやら聞き取れなかったらしく医者が聞き直す。



『金…金なるものならある…』

 怒りを堪えてヒューマはポケットから黄金のペンダントを取り出して医者に見せた。 



『ふーん…これは…なかなか…ブツブツ』

 何やら医者がペンダントとセツナを交互に見ながらブツブツ言っている。目線が気持ち悪い。



『よかろう!ではペンダントは先払いでもらおう。それと手術中は絶対に立ち入り禁止だよ??』-医者らしき男



『後払いだっ!姉ちゃんが治ったら渡す!』-ヒューマ



『では手術はなしと言うことで…』-医者らしき男



『クソッ…わかったよ。先に渡す。手術中は中に立ち入らない。これでいいかよ!!』

 ヒューマはそう言うとポケットから出したペンダントを医者に差し出す。



『もちろんだとも。では早速手術に取り掛かろう』

 そう言うと医者は不気味な笑みを浮かべながらセツナを担ぎ上げ、手術室へ向かって行った。



 手術中のランプが扉の上に点灯しヒューマは部屋前のベンチで待たされた。



 時計の秒針の音が響く。時間が経つごとに、あの医者らしき男の気色悪いにやけた面がチラつく。



(姉ちゃん…無事でいてくれよ…)-ヒューマ心の声






 難民地区-ヒューマの家



(ちくしょう…遅かったか)-ガイ心の声

 部屋には姉弟の姿はなく、床には少し血を引き摺ったような跡が玄関に向かって伸びていた。おそらく担ぎ上げるときに身長差もあり手こずったのだろう。



『トゥルルル…』-電話の呼び出し音



『ガチャ…あら、もう取り返せたのかしら?』

 スマートフォン越しにメルの声



『いいか、今すぐにこの辺で1番近い病院の場所を教えてくれ!!』-ガイ



『どうしたの?そんなに慌てて珍しい。どこか具合でも悪いの??』-メル



『ちげぇよ。あのガキと姉ちゃんが病院に向かってんだ。おそらくもう着いてるころだ。』-ガイ



『…あら、このご時世に病院に行ってしまうなんて随分と世間知らずね』-メル



『まったくだ!いいから場所を教えてくれ!急いでんだ!』-ガイ



『位置情報を送ったからそこに向かうといいわ。でもまさかガイウスに情が湧くなんてね。ちょっと意外だったかしら』-メル



『…そんなんじゃねえよ』-ガイ



 空をかけるかの如く屋根から屋根を飛び越え、ガイはヒューマ達の向かった病院へと急いだ。






 難民地区-病院



(いくら何でも遅すぎる…もう2時間近く経ってる…)-ヒューマ心の声



『いやぁっ!!』-セツナの悲痛な叫び声



『姉ちゃんっ!!』

 慌てて手術室の扉を蹴破り中にはいる。部屋の真ん中になる手術台には服を着ていない姉の姿。その横にはズボンを上げる医者らしき男の姿。



『!!!…姉ちゃんになにしやがったこの野郎…』-怒ったヒューマ

 手術台の上で横たわる姉の目には涙が滲んでいた。



 当然手術などしていないだろう。この医者らしきクソ野郎は姉を弄び傷つけそして満足げな顔でニヤついている。



 全てを悟った。姉は助かることはない。あの男の言うとおりだった。力のない者は全てを奪われる。もう何もない。



『あぁ、開けちゃったかぁ。仕方ないねぇ』

 医者もどきのクソ野郎は、そう言うと近くの棚から拳銃を取り出し、ヒューマに向けた。



『君のお姉さんねぇ、最高だったよぉ!!でも手術は失敗だぁ!残念でしたっ!!』

 狂気の表情で医者が言った。



 フツフツと感じたことのない怒りと悲しみが込み上げるのを感じる。胃が胸が熱く痛い。頭は熱くなり自分ではどうすることもできないほどに震えていた。



『きみ震えちゃってるのかな??やだなぁ、すぐには殺さないよぉ!なんだかまたムズムズしてきたから君もそこで見てるといいよ!!』

 医者もどきはそう言うと拳銃を片手に、もう一方の手でズボンを下ろし始めた。



『…もう、やめてくれ…。やめてくれ…頼む。』

 ヒューマはその場に崩れ落ち、消え入りそうな声で懇願した。



『聞こえないなぁ?そんな頼み方じゃぁ私の心には響かないよぉ??』-医者もどき



 どうやら行動を止めるつもりはないらしくセツナに覆い被さった。



『いや…いやぁ…やめて…』

 姉の悲痛な叫び声が胸に突き刺さる。



『やめてくれよぉ!!!頼むからぁ!!!なんだってするよぉ!!』

 泣き叫ぶようにヒューマが願う



『君ねぇ、こうゆうときはせめて土下座しながらやめてくださいお願いしますじゃないのかね?えぇ??』-医者もどき



『…やめてください…お願いします…』

 ヒューマは額を床に擦り付けながら懇請した。



『…やなこったー!!あひゃひゃひゃひゃひゃ!!』

 医者もどきはそう嘲笑うと再びセツナに覆い被さる。



 プツン…ヒューマの中で何かがキレた。とても冷静な気持ちだ。部屋の隅にあるワゴンからメスらしき刃物を取り出すと、ゆっくり医者と姉のいる方へ近づいて行った。



『死ねコラァァっっ!!!』

 叫びながらヒューマが男の背中目掛けてメスを突き立てた!



『あぁぁぁっ!!!!!』

 痛みに悶える医者の叫びが響き渡る。



『このがきぃゃーーー!!殺すぅ!!!』

 医者は片手に持っていた拳銃をヒューマに向けて引き金を引いた。



『バンッッ!!』

 銃声と共に少年は倒れた。床には血が滴り、硝煙が手術台の明かりに照らされている。姉は倒れた弟を悲しそうに見つめながら静かに涙を流した…。



『ヒュ…マ…』-掠れたセツナの声



『ヒッ、ヒヒャヒャヒャヒャァ!バカがぁ!!首元を刺していればまだよかったものを!!!』

 医者もどきの男は高笑いしながら独り言を呟く。



『さて、これで邪魔なガキはいなくなった!!ペンダントも元々返すつもりはなかったがなぁ!君のお姉ちゃんは今後も大切に戴くとするよぉ!』-気の狂った医者



 掠れゆく意識の中で再び姉に覆い被さろうとする男と、涙を流して自分を見つめる姉と、廊下から響く足音を聞いた…。






 病院-手術室



 ガイは手術室に入った。目の前には血を流して倒れる見知った顔の少年。手術台の上には悲しげに涙を流すその姉。その横には不気味な笑みを浮かべながらさぞ満足げに自らのズボンを引き上げている白衣の男。



 一瞬で状況を理解した。



『下衆が…』

 ガイは静かに怒っていた。身内でもない、つい先ほど見捨てた姉弟の為に。



『な、なんですかあなたは!?ここは病院ですよ!い、いまはシュジュチュチュウなのですっ!!すぐ立ち去りたまえ!!!』-慌てた様子の医者らしき男



『もうなにも喋るな…』

 ガイはそう言うと倒れた少年に近付いて座りそっと手をかける。



『き、きみは何をしているんだねぇ!!!え!!??』

 医者らしき男は慌てて拳銃をガイに向けた。



『…救えねぇな』

 ガイは静かに立ち上がり片方の手を男に向けた。



『なっ!!なんだこれはっぁ!!あぁ!!!!』

 医者の銃を持っていたはずの腕は肩から消失し、大量の血が吹き出している。



 さっきまで男の腕だったものはガイの手に持たれていた。



『いらねぇよこんなもん!!』

 そう言いながらガイは男に向かって腕を投げつけた。



『あぁはぁ腕、腕、私のうデェがぁぁ!、』

 医者もどきは後生大事に腕を抱えてうずくまっている。



『おい。まだだ』

 ガイはそう言うと再び手を医者もどきの方に向けた。



『はぎゃにギャァ!!!!!!!!!!!』

 医者もどきの言葉にならない悲痛な叫び声が響き渡る。



 ガイの手には何やら赤いものが、血をピューッと吹き出しながらドクドクと鼓動している。やがてその鼓動はだんだんと小さくなり、男の命が消えるのを数えるように静かに止まった。



『返してもらうぜ…』

 男の無惨な亡骸から血がついたペンダントを拾い上げる。



『ねぇ…ちゃん…ごめ…ん…』

 血を流しながら姉のそばに寄る弟。そのまま姉の手を握りながら伏せるように気を失った。



(ひでぇことしやがる…)-ガイ心の声

 そう思いながら姉の方を見つめる。ガイはお気に入りの革ジャンを脱ぎ、そっとセツナにかけた。



『こ…して…ころ…て…』-姉の声



 意識朦朧としながらも弟の手をしっかりと握りしめている。焦点の合わなくなった目でこちらを見つめている。



『可哀想によ。でも俺の力じゃ嬢ちゃんの病は奪えない。だからせめてよ…』

 ガイはそう語りかけるとセツナの頭にそっと手を置いた。



 セツナの額から光が吸い出されていく。



『トゥルルル…カチャ…あら、姉弟は無事だったかしら??』-スマホ越しのメルの声



『あぁ、まあそのなんだ…車回してくれねぇか?』-ガイ



『ふふっ、わかったわ。少し待っていて』-メル



 しばらくしてメルが到着した。



『思ってたより酷いわね。治癒士に連絡しといたわ。それよりあなたが人助けなんてね』-少し嬉しそうなメル



『そ、そんなんじゃねぇよ!コイツらがただちっとばかし使えそうだなってだけよ!それに今日の仕事の分は回収しねぇといけねぇからよぉ!あ、あと握り飯だ!握り飯のお礼だぜ!』-わざとらしく声を荒げるガイ



『ふふっ、わかったわよ』-嬉しそうなメル



 2人は傷ついた姉弟を車の後部座席にそっと乗せて、病院を後にした…。






 〜つづく

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