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毎年、夏に

作者: 高内優都

 毎年夏になると地元の海に現れるピンク色のサーフボードに乗る彼。どこの誰ともしらない彼に、気がつけば目を奪われるようになった。海岸の前の道を通る度、海に彼の姿がないかを探すのが日課になった。

 彼はよっぽどサーフィンが好きなのか、毎年夏になると必ず海に現れ、派手なピンク色のサーフボードを操り海の波に乗っていた。その姿はとても楽しそうで、地元ながらも波に乗ったことがない私にも、サーフィンとはそんなに楽しいものなのかなと思わせた。

 いつか話してみたいと思いながらもそんな勇気はなく、夏が終わりピンク色のサーフボードが見えなくなるのを毎年確認して、勝手に少し寂しくなった。

 私にとってピンク色のサーフボードは、いつしか、夏の象徴となっていた。

 ある年の初夏、いつものように海岸沿いの道を歩いていると、見覚えのなるピンク色のサーフボードが砂浜に刺さっているのが見えた。今年も夏が始まるのかと思い、サーフボードの持ち主を見ると、そこにいたのはいつもの彼ではない、別の男性だった。……見間違いか? いや、そんな訳はない。毎年毎年見てきたサーフボードを見間違うはずがないのだ。

 私は反射的に、砂浜にいる男性の元へ向かった。初めて近くで見るサーフボードは思っていたよりも大きく、堂々と砂浜に刺さっていた。

「あの……」

 思わず声をかけたはいいものの、何を言ったらいいかわらかず私は黙り込んだ。目の前の男性は怪訝そうな顔をしながらも、立ち去らずに私の次の言葉を待ってくれている。

「このボードの持ち主の人って、今日はいないんですか?」

 必死で絞り出した言葉に目の前の男性は目を見開く。

「君、圭の知り合い?」

 なるほど、あの彼の名前は圭と言うらしい。初めて知る彼の名前に、胸が少しときめいた。ワクワクしている私とは裏腹に、目の前の男性の表情は晴れない。

「圭は死んだよ」

 突如として告げられた現実を、私はしばらく理解することが出来なかった。男性は話してくれた。

 彼は毎年、夏はこの海、冬は別の海でサーフィンをしていたこと。

 去年の冬、サーフィン中に海に溺れて死んでしまったこと。

 今年は彼の代わりに、彼と大切にしていたサーフボードと共に波に乗りにきたこと。

「君は圭の友達?」

 再びそう聞かれるも、私は何も答えることが出来なかった。だって私は彼と話したことすらない。友達どころか、知り合いですらない。

 なのに何故、私はこんなにもショックを受けているのだろう。

 目の前の男性はオロオロと私にティッシュを差し出した。その仕草で初めて自分が泣いていることに気づく。

 首を横に振り、黙ってティッシュを受け取らず私は砂浜を後にした。

 名前も知らない人間が一人死んだところで私には何の関係も無いはずだ。理解はしている。理解はしているが、それでも涙は止まってくれない。

 今の私にわかるのは、私の夏はもうやってこないということだけだった。

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