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王弟殿下はいい人

 目覚めると、城の医務室だった。


 医師の診断を受けて、異常なしと言われて帰されたのは翌朝のことだ。


 ドレスや指輪などを返そうと、王室庁のシェリル様を訪ねると、彼女に手を引っ張られて、侍女室と書かれた部屋に入れられた。


 ここはシェリル様の執務室のようだ。


 彼女は、扉に鍵をかけて口を開く。


「貴女、すごく噂になってるわよ」


 ……舞踏会でぶっ倒れてしまったから。


「どうお詫びしたらいいか……大事な舞踏会が台無しになってしま――」

「ちがうのよ。そうじゃないの!」


 わたしの言葉を遮ったシェリル様は、わたしを抱きしめ、背中をバシバシと叩きながら教えてくれる。


「貴女、貴族の子弟たちの間で噂になってるのよ。殿下が連れて現れた美女は誰だ? ってね。それでまた舞踏会場で倒れたことが、男たちの保護欲を刺激し、女たちの妬みをかって……今日から気をつけたほうがいいわ」

「はぁ……なんで、そんなに嬉しそうなんですか?」


 そうなのだ。


 シェリルさんは、話してくれながら笑顔なのだ。


「わたしも平民出だから、あいつらが貴女をチヤホヤするのを見てスカっとするし、貴女に負けて悔しがってる女狐たちを見て最高に気持ちいいわけ! わかる?」

「……はぁ」

「頑張って」


 そう言って、わたしは衣服を返された。


 彼女の部屋で着替えさせてもらい、仕事に戻ろ……ていうか、今日はお休みをもらっていたのだった。


 わたしはシェリル様にお礼を言い、宿舎に帰ろうと思ったが、大事なことを思い出した。


「あの、シェリル様」

「シェリルでいいわよ。わたしもリオーネと呼ぶから」

「……シェリルさん、わたしを運んでくださった方はどなたでしょうか? お礼を言いたいのですが」

「さん、もいらないわ。ケイロス殿下よ」


 王弟殿下!?


 えらい人に迷惑をかけてしまった……。


 お礼を伝えたいが、それだけのためにお邪魔するのも悪い気がすると、シェリルに言うと彼女が笑った。


「気さくな方よ。連れていってあげるから、お礼を言ったら?」


 この人、すごくいい人だなぁ。




- We're through. -




 王弟殿下とは、王陛下の弟君で、王補佐官と外務卿を兼任されている方だ。戦争の際には王陛下に代わって司令官として前線に行くことも少なくなく、文武両道を体現しているといっても過言ではない。記憶している情報が確かであれば、三十二歳でまだ独身だ。いや、このまま独身のままでいるおつもりらしい。


 彼は、王陛下に男の子が三人も生まれたことで、自分は子供を設けないと決めたらしく……後に跡目争いなどで揉めないようにと考えて、妻も娶っていないと聞いたことがある。先々代の王が崩御した際、王位継承を巡って骨肉の争いがあった……王陛下と王弟殿下は、子供時代をその中で過ごしたからだろう……。


 シェリルに連れられて、外交を担当する部署である外交部の仕事場に入ると、その姿はあった。


 気品ある顔立ちながら野性味があるように感じるのは、くせッ毛と無精髭のせいだろう。それでいて、官僚たちと笑顔で会話する姿はわたしに安心感を与えてくれる……なんというか、話しかけやすさを感じさせてくれるのだ。


「ケイロス殿下」


 シェリルが声をかけ、二人で一礼した。


「シェリル……あ、君は」


 わたしは、シェリルに連れられて外交部の仕事部屋である大部屋を進み、王弟殿下の数歩手前で立ち止まって再び一礼した。


 お礼を言う。


「昨夜は、ありがとうございました」

「もう大丈夫なのか? シェリルの知り合いか?」

「いえ、殿下。彼女は友人ではありますが、出会ったのは昨日のことです」


 シェリルが、わたしが魔法学院から派遣されている専任研究員で、軍部の建物で魔法の研究をしている学者で魔導士だと紹介してくれた。


 王弟殿下が目を丸くする。


「ほう! どんな研究を?」

「治癒魔法を完成させたいのです」


 それから、王弟殿下にあれこれと質問をされて、それに答えていると、彼は難しい顔をしつつ場所を変えようとわたしたちを誘う。


 王弟殿下の執務室に入ると、長椅子には毛布が丸まって置かれ、部屋の隅には脱いだあとの衣服が山となっている。執務机の周りには書類や本が積み重なり、卓上は書物や書類にインクやペンが散乱していた。


 片付けができない人なのかと思ったが、そうではなかった。


「散らかっていて悪い。忙しくてまったく片付けられない。仕事の合間に付き合いで舞踏会に出たら、君がぶっ倒れた。抜け出す口実になれて良かったよ」


 王弟殿下の言葉に、思わず「ぷっ」と笑ってしまい、シェリルに睨まれる……。


 ケイロス殿下は、椅子を執務机の対面に二脚、自分で運んでおくと、わたしたちに座れと所作で示し、自らは対面に腰掛けた。


「場所を変えたのは、ふたつの理由だ」


 ケイロス殿下は、わたしを見て言を続ける。


「ひとつめ……治癒魔法の開発は、軍部が推進するのはわかるが、今のまま突っ走るなら賛成しかねる」

「な……なぜですか?」


 思わず問うてしまった。


 ケイロス殿下の視線を受けて、目を伏せた。


「申し訳ありません」

「いや、かまわないよ。理由はな……俺は医師会の会長も務めているからだと言えば、わかるか?」

「……医師たちが反対すると?」


 わたしの問いに、ケイロス殿下は腕を組んで口を開いた。


「ま、推測に過ぎぬが、自分の食い扶持を脅かすことを、それがどんなに世の中を救うことであっても歓迎はしないだろう……君の魔法が、実験段階に進めば研究内容が公となり、医師たちが俺のところに言ってくるだろうな。やめさせろと」

「しかし……傷ついた人、病を患った人を救いたいという方々が医師になっているのではありませんか?」

「そういう医師もいるだろうが、全ての医師がそうではない。人はな、皆それぞれだ。そして、治癒魔法に反対する医師を俺は悪者とは思わん……俺も、君だって欲はあるだろう? 収入がないと困るだろう? 正しいことが常に正しく受け入れられるわけではないよ……だから、治癒魔法の開発を、社会や法整備、関連分野との調整を抜いて進めるのは反対だ……よって、いろいろと意見交換する必要があるゆえ、軍部と俺とで調整させてもらう。いいね?」

「……承知しました」

「ふたつめ……そういえば、名前は?」


 しまった!


 名乗ることをしていない!


 わたしは顔を真っ赤にする。


 大恥かいた!


 恥ずかしい……情けない。


「申し訳ありません。リオーネ・シェアトと申します」


 王弟殿下は笑っていた。


「シェアト……懐かしい――」


 先生を知っている?


 わたしの疑問は声にはならず、王弟殿下は言葉を続ける。


「――リオーネ、よろしく。君は、バルバロスを嫌っているな?」


 どっきーん!


 ……心臓がバクバクです。


「そ……そのようなことは」

「そのようなことはあるだろう? 医務室に運ぼうとした時、嫌だから触らないでと小さな声で漏らした……最初はムっとしたが、医務室に運びながら、あれははたして俺に言ったことか? と考えた。気絶する直前に、目を閉じたままで相手が誰であるかわかるか? わかるまい。となると、誰にも触られたくないという気持ちから出た言葉、あるいは、もともと自分に触っていた者への気持ちが漏れていたと思うことにした。どちらだろうかと推測すると、倒れる前の君の様子から後者ではないかと思い至ったわけだ。バルバロスを嫌っているね?」


 この口が! この口が悪い!


 わたしは、自分の頬を二度、軽く叩いて王弟殿下に深くふかく、とても深い一礼を、椅子から立ち上がっておこなう。


「申し訳ありません。殿下には話さないでください」


 シェリルが、おもしろいことになったという顔でわたしを見る。


 この人……わるい人だ!


「話さないでほしかったら、どうして嫌うのか教えてくれ」

「身分の差に恐れているだけです」

「嘘を言うな……若い娘は王子という身分に憧れるのではないか? それに甥は美男子だろ? 女子どもは皆、彼に夢中じゃないか。女子なら彼に誘われて喜ぶのが普通の反応ではないか?」

「ケイロス殿下、医師にもいろいろな方がおられるように、わたしたち女子もさまざまなのでございます」

「ほう」


 目を細めたケイロス殿下は、シェリルに言う。


「お前がいると話さないかもしれん。出ていろ」


 シェリルが、わたしの肩をポンと叩いて部屋を出ていった。


 ケイロス殿下は、二人となって微笑む。


「リオーネ、正直に答えるなら協力してやれることもある。困っていることがあるなら助けることもできるぞ」

「どうして、わたしに気を遣ってくださるのですか?」

「当たり前だろう? 呼吸困難で倒れるまで嫌う男に踊る相手をさせられていたと思っているんだから」


 ……そうか。この人は医師会の会長だから、医師でもあるんだ。


 ……あんたの甥は最低な王子クソメンなんだよ! と言えたらどんなに楽か。


 でも、嫌っているのは隠す必要はないじゃない?


「王子殿下を嫌っているのは事実です……昔、ひどい目に遭いました。思い出したくないので、話したくありません。これで許してくれませんか?」

「わかった。答えてくれて感謝しよう。治癒魔法の件だが、困っていることはあるか? 協力できることはする」


 貴方はさっき、賛成できんと言ったばっかじゃん! 


 どういうこと?


「賛成できないと仰るのに、協力はしてくださるのですか?」

「世の中をよくすることだろうと思う。医師たちの資格、生活を守る必要があり、法や運用の改善や整備は必要だろうが、治癒魔法が生まれるならば、これまで助けられなかった命を救えるかもしれない。だから、君の研究が無駄にならないよう、調整などはこちらでやるからとことんやれ」

「……ありがとうございます。では、死体解剖をさせて頂きたいのです。人体の内部構造を正確に把握しないと、魔法で治癒はできません」

「理由は?」

「はい。まず、患部特定をするためにも人体の構造を理解しておく必要があります。次に、治療するにあたり、どう修復すべきかを判断するには、健康な状態を理解する必要があります。魔法は神頼みではなく、手や道具の代わりを魔力によって実現させ、それは魔法となる……ということをお伝えいたします」

「いいだろう。解剖は城の地下、医師の立ち合いのもとおこなうことが条件だ。いいな?」

「はい。ありがとうございます」

「エニフには、二度、命を助けられたことがある。だから、俺も君には親切にしたいと思う。似ていない父親に感謝を伝えておきなさい」

「……養女です、殿下。実の娘ではありません」


 王弟殿下は「それで顔がぜんぜん違うのか」と笑い、わたしに言う。


「似てなくてよかったな。出ていっていいよ」

「ありがとうございました。失礼します」


 外に出ると、シェリルが待ってくれていた。


「どうだった?」

「正直に、嫌いだと話したら親切にしてくれた」

「いい人なのよ……だけど、怒らせると恐いから気をつけなさいよ」


 いつもニコニコしてる人が怒ったら怖いの法則ですね? わかりました。

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