舞踏会に連れ出され……
わたしの仕事場はお城だ。
大学で研究を続けたかったのだけど、先生が失われた竜言語を探す旅に出掛けてしまった時と同じくして、大学内で組織改編があった。
一年前のことだ。
研究費を国庫からもらう大学としては、国府からの「もっと研究費だしたるから、ええ仕事せいよ」という圧力に抗えず、専任研究員をお城へと派遣する制度を開始したのである。
わたしが選ばれた!
泣きたかったが、わたしの事情を聞いて幼年学校のクソ教師どもを時間をかけてこっそりと順番にクビにしていった学長や、親切にあれこれと教えてくれた物理学部長、古文書の翻訳などでお世話になってる考古学部長や、各国の書物の写本と翻訳を助けてくれる外国語学部長……ともかく、偉い人たちにお願いをされては断れない。
フメルス准教授が責任者で、その部下にわたしということに決まって、この人選は確実に軍部からのお達しなのだと勘付いた……。
フメルス准教授は、攻撃魔法の発動術式を簡略化することで知られた研究者だし、実践者として有名な魔導士だ。そしてわたしは、次元遮断による防御術式という論文で博士号をとり、今は治癒魔法の開発をおこなっていることで知られているのである……。
軍からすると、これらは「おまえらいいこと考えてんな! 早く成功しろ」ということだ。
こちらとしても、研究テーマなので研究することは嫌ではないが、軍部の監視下というのは気持ちがいいものではない。だけど、三年がんばったら大学に戻してあげるから、という学長の言葉を信じて我慢だと思っていた……王子にからまれるまでは!
わたしはお城の一画にある王国軍本部が入っている建物から出て、宿舎の部屋に戻る。そして寝台の上でゴロゴロして舞踏会に行きたくないよぉと呟きながらストレスを吐き出し、スクっと立った。
行こう。
今は午後三時。
舞踏会は午後六時から。
三時間前なのにもう行くのか?
準備に時間がかかります……。
わたしはお城……ラミリア王国の王都にある王城は巨大で、王族の居住する主館や行政府が入る行政館、軍部や防御施設である主塔や城塞部分などなど、とっても広い。
その中にある王室庁を訪ね、使用人たちを束ねるトップのトップ、侍女を務めるシェリル様に事情を説明した。
「話は聞いてますが、本当だったのですね?」
「……はい」
「諸侯のご令嬢でもない貴女を連れて……わかって受けたの?」
「残念ながら、お断りできません」
シェリル様は失笑し、「そういうことは言っては駄目」と笑顔で注意された。
すみません……。
「とにかく、ドレスを用意しましょう。小物もないわよね? 化粧は自分でできる?」
「いえ、舞踏会用の化粧なんてできません」
「ふ~ん……」
彼女はマジマジとわたしを眺め、周囲で働く女性陣の中から一人に声をかける。
「ジェシィ、リオーネ様の手伝いをして頂戴。舞踏会の準備からは抜けていいから」
ありがとう!
「助かります。ありがとうございます」
深々と頭を下げた時、シェリル様は「だけど」と言って、わたしにこう言った。
「舞踏会に出たら、ご令嬢さま方からの嫉妬の対象になるわよ? 気をつけて」
……ですよね。
はぁ……。
- We're through. -
ラミリア王国の王城で開かれる舞踏会には、この国の上流階級の人達が集まっていた。数日前から、王都が賑やかだなぁと思っていたら、彼らがこの舞踏会に参加するために、それぞれの領地から都へと集まって来ていたのが理由だったらしい。
わたしはシェリル様に連れられて、王子殿下の準備室へと入る。
「おお! リオーネ! 美しい!」
大感激という顔でわたしへと近づく王子に、身が強張る。
彼はなれなれしくわたしの肩……ドレスのデザインで肩は大きく開いているので、肌に触れられて鳥肌がたった!
気色悪い!
逃げられない……。
「さぁ、おいで。僕のリオーネ」
やめて……あんたのわたしじゃない!
懸命に我慢し、気持ち悪さと恐怖で胃が痛いけど堪えて、王子に手をとられて少し後ろを続く。
大広間の扉が、わたしたちの前で騎士たちによって開かれる。
集まった紳士淑女が、王子の登場を拍手で迎えた。だけど、彼に連れられたわたしを見て、その拍手が次第に静まり、次にわざめきがおきはじめる。
王陛下ご夫妻は、王子から聞かされていたようで、わたしが挨拶をすると「困った奴だが踊ってやってくれ」と耳打ちしてくれた。
あんたらのクズのせいで迷惑なんだよ! とは言えないので、「光栄でございます」とだけ答える。
音楽が始まり、王子に誘われて踊る……地獄だ。
わたしはなにが悲しくて、わたしをイジメ倒した奴の相手をしなきゃならないんだ?
ああ……こいつの香水、無理。好きだった香水のブランドも、こいつがしていると途端に嫌いになった。
一曲が、はてしなく長く感じる……。
永久に思える……。
そうだ、踊りながら別のことを考えよう。
魔力によって大気中の粒子を変化させ、それが事象となるならば、同じく異常な状態の改善にも応用できるはずだ。プラスに働く作用を、人体へと使えば例えば、切開をせずとも体内の異常個所を治療したり……正確な体内情報が必要になるか……とすれば、死体解剖をもっとしたほうがいいのかな? でも医学部でもなかなか死体がまわってこないと言っていたし、どうしたらいいんだろう?
「リオーネ?」
名前を呼ばれ、わたしは王子の顔を正面から見てしまう。
途端に、恐怖で身体が強張った。
「美しい。どうか僕の気持ちを――」
あわわわわ……。
怖くて、気持ち悪くて、身体の震えが尋常じゃない。
さすがのバルバロスも、わたしの異変に気付いて慌てはじめた。
「リオーネ? どうした?」
やめて!
顔を近づけてこないで!
「診ましょう」
誰かの声。
わたしは呼吸困難になってしまって、それでさらに混乱していた。
触らないで!
嫌だ!
息ができない。
誰かに抱きかかえられ、運ばれると思った瞬間、わたしは意識を失った。