わたしたちは抱きしめ合った。
四月七日。
今日は宰相閣下の回復を祝う食事会が、お屋敷で開かれている。
ソフィアから……いや、様をつけよう。ソフィア様からわたしとフメルス部長が招待されて、行くのが怖いと思いながらも断れないので、シェリルにまた衣装を借りて、お屋敷を訪ねた。
正門には、馬車の列がずらりと……招待客は皆、馬車で来るわけね?
わたしたちはテクテクと徒歩。
お庭に入ると、すでに到着して会場が開かれるまでダベっていた貴族の皆様の視線を浴びた。
ひそひそと、よくないことを囁かれているのがわかります。
「図々しくここにも来るの?」
「宰相閣下はどうしてあんな女を?」
聞こえてる!
聞こえているんだよ!
フメルス部長が、わたしに言う。
「来たことを後悔してる」
「わたしもです……」
ひそひそ……ひそひそ……と、かすかにわたしたちに聞こえる声量でわざと悪口を言う嫌な奴らに囲まれて、美味しいものを食べてさっさと帰りましょうと話していた時、ソフィア様が現れた。
「リオーネ!」
他の貴族たちを無視してわたしへと駆け寄った彼女は、挨拶をしようとするわたしを抱きしめ、抱擁の挨拶をしてくれた。
これ、親友よね!? とご令嬢同士が確かめ合う挨拶のしかた……。
「フメルス殿もようこそ。さ、入ってください」
他の人たちを外に待たせて、わたしたちだけが先に中へと案内される。
何事だ!? と騒ぎ始めた客たちだけど、それはわたしも同じです。
わたしたちは、一番奥の、真ん中の席に案内された。
ここで、会場が開かれ、客たちが中に入り、それぞれの席へと着くなかで、宰相閣下も姿を見せる。
右手に杖をもっているけど、今日はそれがないと歩くのが大変そうだとわかる。後遺症は脚にでたのか……。
彼は、奥様に支えられて、わたしたちのテーブルについた。
わたしたちのテーブルについた?
かたまっていると、宰相閣下がフメルス部長に言う。
「先日は俺が間違っていた。許してくれ」
「と……とんでもございません」
「リオーネ、お前にも失礼なことをしたし、言った。詫びたい。そして、助けてくれたことを妻と娘から聞いた。礼を言う」
「……医師たちのおかげです。お元気になられて安心しています」
「そういう態度と言葉をつかえるのだな?」
笑われた……。
……相手によります。
宰相閣下は、わたしをまっすぐに見て、真面目な顔で言う。
「バルバロス殿下の件、俺が預かる。娘から聞いた……よく耐え、学び、すばらしい研究をしてくれている。お前……いや、お前たちのような者こそ、俺は助けねばならない……若い頃の気持ちを取り戻すことができた」
「……」
わたしは、敵だった人からの言葉に、言葉を返すことができず、ただ宰相閣下を見つめた。
彼は、らしくないほどに優しい笑みと声で、言葉を紡ぐ。
「政治、権力……長くいるせいで心が毒されていたが、その毒を周囲に撒き散らしていた……許してくれ。我が身をもって知ったのは、神の助けであろうと思う。そしてだからこそ、俺は国と民に誠実な宰相でいたい。リオーネ、世の為に、治癒魔法の開発を必ず成功させてほしい。解剖にも立ちあってほしい。必要な資料、書物があればなんでも言ってくれ。協力する」
わたしは、自然とこぼれる涙をぬぐえない。
「ありがとう……ありがとうございます、宰相閣下」
「ははは! お前に感謝されると、なんだか嬉しいな、ははは!」
宰相閣下が笑う。
出席している貴族たちは、わたしたちを見て、またざわついていたのだった。
- We're through. -
西部国境で、王弟殿下率いる国軍が勝利した。
その報に都は沸いた。
凱旋する国軍を迎えようと、王都はお祭り騒ぎとなっていく。
わたしは異国から取り寄せた書物を広げて、集めた資料と比較し、情報を書類へと記している。
「市街地に行かないの?」
シェリルに問われ、わたしはかぶりをふった。
「まだ、仕事が終わらないです……」
「王弟殿下がご帰還なさるのよ?」
「バルバロス殿下の廃嫡が決定的になったので、もう演技の必要はなくなりましたから……落ち着かれてから、いろいろと報告もあるので、その時に顔をみせようかと」
「ふーん……」
そうです。
王陛下と宰相閣下は話し合い、王子を廃嫡し、次男を継承者にすることを決めている!
どーん!
ずどどどーん!
ざまぁみろぉ! と王子に言いたいけど、それ以上に会いたくない……。
「もうすぐお城にご到着されるよ? ケイロス殿下……本当に行かない?」
「わたしは王弟殿下の恩に報いるためにも、仕事を頑張ります」
意味ありげな態度をしたシェリルは、「また来るね! 中にいますよ、どうぞ」と言った。誰に言ったのだろうと、書物を読んでいたのを中断し顔をあげると、新たな客が出入り口のところでわたしを見ている。
立ち上がって、一礼した。
ソフィア様だ。
「そういうの、いらないといったでしょう? おいで」
ズカズカと近寄ってきた彼女に手を掴まれた。
「え?」
「王弟殿下をお迎えに行くの」
「あの、仕事が」
「怖いの?」
「……」
「このまえ、わたくしに言われたことを確かめるのが、怖いのでしょう?」
わたしは、嘘は見破られると思って、正直に答える。
「こわいです」
「大丈夫……悔しいことに、王弟殿下を好きなわたくしが見て、二人は両想いだとわかるから自信をもちなさい」
「……でも、わたしは平民ですから」
「こういう時だけ謙遜するの? 聞いたわよ? 査問会ではすごいこと言ったって」
ぐ……それは、それはああいう場だったし、腹が立ったから!
「リオーネ、わたくしに恥をかかすの?」
「え? どういう?」
「お父様から王弟殿下にわたくしとの縁談がもちこまれた時、断られているのよ」
それは……聞いたことがあるけど、わたしとどう関係がある?
彼女は、少し怒った顔で続ける。
「このままだと、わたくしは理由もなく断られた女よ……自尊心が許さない。あなたが理由になりなさい」
そんな自分勝手な……いや、そうだった。方向が逆になったとはいえ、自分勝手なのは前からだ。
わたしは、でも、と思って手をひっこめた。
まっすぐに、ソフィア様を見て、尋ねる。
「平民の……わたしが王弟殿下を……お迎えしても……ケイロス殿下のご迷惑にならないでしょうか?」
彼女は微笑んだ。
「貴女だから、喜んでもらえるのよ」
- We're through. -
お城の正門付近に、ソフィア様に連れられて到着した頃、王陛下が門に立ち、こちらへと向かってくる国軍の列の到着を待っていた。
軍列の先頭には、白馬を操る男性が遠目に見える。それはケイロス殿下で間違いないと、顔は見えないのにわたしにはわかった。
よかった!
ご無事だ。
よかった。
ソフィア様の隣には、宰相閣下がいて、隣の将校と会話をしているのが聞こえた。
「しかし圧勝だったらしいな。レドリックを引退させて王弟殿下につけたのはもったいなかったのではないか?」
宰相閣下の問いに、将校が答える。
「今から、軍部に戻るように打診しても断られるでしょう。官僚主義に嫌気がさしたと仰っていたので」
「耳が痛い。口を閉じろ」
「は……」
あのお爺さんのことか……レドリックさんが王弟殿下を助けたことで、今回の勝利に繋がっているのかな?
専門外のことだからよくわからない。
軍列が、随分と近づいてきていた。
花吹雪のなかを進んできているので、ケイロス殿下のマントや頭は色鮮やかに飾りつけられている。
王陛下の前で、ケイロス殿下は馬を降りると、片膝をついた。
「ケイロス、でかした! そちは自慢の弟であり! 国の宝である! 我が王国において……」
王陛下の長い話が始まる。
わたしは、その間、じっとケイロス殿下を見ていた。
「……と思う! よくぞ還った!」
王陛下の話が終わり、楽団の演奏が始まった。
ケイロス殿下を、王陛下が立たせた時、わたしは彼と目があった。
わたしは、嬉しくて、鼓動が早くて、口を閉じられない。
ケイロス殿下が、微笑む。
彼は、王陛下に一礼すると、こちらへと歩いてくる。
ソフィア様が、わたしの背を押した。
「あ……」
押されたわたしは、人々の列から数歩、前に出る。
そこで、ケイロス殿下に抱きしめられた。
「ただいま。帰ったよ。リオーネ」
「お……おお……おかえりなさいませ」
彼が、顔を近づけてくる。
瞬きしたわたしは、唇を奪われていた。
ゆっくりと離れた時、ケイロス殿下の笑みが目の前にあった。
「臭くないか?」
こんな時に、そんなこと!?
わたしは、彼の胸にすがりついて、泣きながら答えた。
「汗くさいけど、好きです」
「よかった」
ギュっと、抱きしめられた。
- We're through. -
王弟殿下が凱旋した翌日。
月下美人を摘んでいる。
ケイロス殿下と二人で、森の泉に来ていた。
レドリック殿と護衛が、少し離れて見守ってくれている。
春も終わり、夏になるとこの花は採れない。
ケイロス殿下が、籠を持った。
「リオーネ、秋までしばらく花摘みはお休みだな?」
「はい……でも、数値は満足いくものができ始めているので、秋までには完成すると思います」
馬車へ歩こうとしたわたしは、ケイロス殿下に手を握られて止まった。
振り返ると、彼はわたしを見ている。
わたしは、彼にひかれてケイロス殿下の腕に抱かれた。
「もう少し、ここにいたいんだ。いいかな?」
「はい、殿下」
「帰ってきたよ」
「はい、殿下」
「いつのまにか、宰相を味方にしていて驚いたよ」
「……殿下や、医師の皆様のおかげです」
「リオーネ、これは演技じゃなくて、本当にこうしたいから、抱きしめているんだ」
「はい、殿下……わたしもです」
わたしの言葉に、ケイロス殿下は照れたように微笑むと、身を少しかがめた。
彼の口が、わたしの耳のそばにある。
「君の隣で、月下美人を摘む男は、俺だけにしてほしいんだ。いいかな?」
「はい、殿下」
答えた時、ケイロス殿下が頬に口づけをしてくれた。
わたしは、彼の肩に顎をのせて甘える。
瞼を開くと、美しい夜空が広がっていた。
むかしむかし、ラミリア王国という国がありました。
治癒魔法発祥の国です。
この治癒の魔法を考案したのは、リオーネという女性でした。
彼女は平民出身の魔導士だったので、上流階級の人たちが支配する王国で、いろいろな苦労があったとされています。
それでも彼女が、治癒の魔法を完成させることができたのは、ある人が助けてくれたから。
王の弟、王弟殿下です。
二人は治癒魔法完成のために協力しあうなかで、魅かれあいました。
リオーネは、彼の妻となります。
王弟と王弟妃は、生涯を国の安定と、魔法と医学の発展に捧げました。
二人は、いつまでも仲睦まじい夫婦であったと残されています。
リオーネのお話は、これでおしまい。
それでは、おやすみなさい。




