未完成の魔法
脳の模型、断面図、これまでの描いた図面などなど、卓上に広げて悩んでいる。
査問会から三日がたつが、わたしへの処分はいまだくだらず、部長にもまだなにも届いていない。
騎士どのは医師が開腹手術をして止血と腸の一部を除去したことで一命はとりとめたが復帰はまだまだ先になるだろう。王子は王陛下から、こっぴどく叱られて王城の一室で軟禁状態となっている。彼への処分は、王陛下と宰相閣下が話し合って決められるそうだけど、まだ話し合いはされていないようだ。
どうせ、「こら! だめだぞ」と叱る程度で終わるんだろ? という諦めがある……。
お昼に、シェリルが顔を見せてくれた。
「おっつぅ……ご飯、しよう?」
「あ、その籠、作ってきてくれたんですか?」
彼女は笑う。
「まさか、昨日の晩餐会の残り物を使って、料理長が美味しく仕上げてくれたのよ! フメルス部長のもありますよ!」
「私までいいんですか?」
「三人で食べようと思ったんです。大変でしたね!」
美味しい食事を食べながら、話題になったのは査問会のその後だ。
シェリルは、あちこちで情報を仕入れて、それを報せに来てくれたわけだ。
「宰相が寝込んでいて、それで結論が出ていないみたいなのよね。ウラドミクとミズレイは厳罰に処せと言っているけど、イゴール閣下は目くじらたてなさんなと言ってるみたい……だけど、判断を下す委員長の宰相次第ってとこね。王子の件も、王陛下が王弟殿下と宰相閣下に相談してから決めたいと言っているみたい」
「具合が悪いのです?」
部長の問いは、宰相に関してのものだとわかる。
シェリルは頷きながら、フィレ肉のパイ包み焼きを頬張る。そして味わいながら喋った。
「数日前……おいしい。あ、ごめん……もぐもぐ……昨日かな? 頭が痛いって言って、しばらくしたら倒れちゃったみたい。それからずっと寝てるそうですよ」
「へぇ……大変ですねぇ」
そういえば、ここに来た時も頭が痛いと言っていたな……となると、けっこう頭痛が続いていたのか。
……大事ないならいいのだけど。
食事をしていると、医師が仕事場を訪ねてきた。
解剖で協力をしてくれていた医師で、外科医だ。彼はわたしを見ると、手招く。
「はい?」
「ちょっと来てくれないか? 診てもらいたい人がいる」
わたしは嫌な予感を覚えて、予想を口にする。
「宰相閣下じゃないですよね?」
「どうしてわかった?」
どーん!
今、いちばん会いたくない人!
「頼む……もしかしたら、頭の中で血管が切れて、出血が脳を圧迫しているのではないかと思うんだ。だけど、切開を奥方もご令嬢もお認めにならない」
そりゃそうでしょう……ね。彼女らに「おたくさんとこのお父さんの頭の中で血が出てるかもしれんから、ちょっと頭を開いて確かめますわ」と言ったところで、違ったらどうするのかと問い詰められて、答えられない展開は容易に想像できる。
「頼む。研究中で実験もまだということはわかっている。だけど、救いたいんだ。もし、出血なら処置ができる。このまま、手をこまねいていると本当に手遅れになる」
深々と頭をさげられて、断るのは女がすたる。
わたしは頷き、二人に声をかけた。
「ちょっと宰相閣下を診てきます」
シェリルが、目を輝かせて立ち上がる。
わたしたち三人は、駆け足で軍本部建物から出て、用意されていた馬車に乗った。
宰相閣下のお屋敷は、お城の近くだ。諸侯たちは領地の他に、王都に屋敷をかまえている。それが並ぶ区画に彼の王都別邸もあるのです。
宰相屋敷に到着すると、厳重な警備体制だった。
だけど、医師に連れられたわたしはすぐに通過できる。シェリルは、手伝いということで押し通った。
お城の仕事、いいんですか?
目をキラキラとさせて、ついてくる彼女。
すごい好奇心だ……いや、野次馬だ。
建物の二階、長い廊下を進み、寝室に通されると、中年女性と並び、涙を流すソフィア嬢がいる。
彼女はわたしを見るなり、嫌悪も露わに口を開いた。
「お前! なぜここにいるのです!? 平民ごときが入る場所ではないわ!」
「私が招いたのです」
医師の言葉で、ソフィアは黙る。
医師たちは二人いて、わたしをここに連れてきた医師も加わり、三人で寝台を囲む。
一人の医師が、わたしに情報を教えてくれた。
「閣下は十日ほど前、頭をひどくぶつけたと奥様から聞いた。ここだ……だからこの周辺に血腫ができていて、それが頭痛となっていたのではないかと想像したから、君に来てもらったんだ」
もう一人が、わたしに言う。
「研究中とはいえ、なんとかわからないか? 血腫の証拠を示せと言われても、切開せぬことには……」
わたしは頷き、宰相閣下の頭部に手を伸ばす。
「さわるな!」
ソフィアの鋭い声。
わたしは彼女と、奥様を前に姿勢を正し、深く一礼する。
「平民の魔導士ではありますが、宰相閣下をお助けすることができるかもしれません。どうか、宰相閣下のお身体に触れることをお許しください」
「駄目よ! お前は査問会にかけられていたじゃないの! お父様を恨んでいるに違いないわ!」
「それとこれとは別の話です」
さらに深く、こうべをたれた。
ソフィアは、噛みつかんばかりの顔でわたしへ一歩、近づくと叫ぶ。
「駄目よ! どうしてもというなら、土下座なさいな!」
医師たちが、慌ててソファアにわたしの治癒魔法のことを説明し始めたが、彼女は聞く耳をもたない。うるさい、早く連れ出せと、わたしへの憎悪と悪意は増すばかりだ。
わたしは、このまま帰ってもいいのだけど、懸命な医師の方々を前に、それをしたくはなかった。
わたしは、両膝と両手を床につき、額も床につけた。
騒いでいたソフィアの声が消える。
「このとおりです。どうか、触れることをお許しください」
わたしの懇願に、ソフィアは答えない。
だけど、その声が聞こえた。
「ごめんなさい……娘の非礼は謝るわ」
わたしは誰かに手をにぎられ、立ち上がるように促された。
立たせてくれているのは、宰相閣下の奥様だと顔をあげた時にわかった。
「こちらこそ、お願いします。夫を診てやってほしいの」
奥様が、深く頭を下げた……。
ソフィアが、力なく立ち尽くす。
わたしは寝台へと向き、宰相閣下の頭部に両手で触れた。
瞼を閉じて、魔力を操ることで宰相閣下の頭部の異常を探る。
わたしの脳裏に、これまで得た頭部の情報が紙芝居のように再生され、魔力を介して得る宰相閣下の頭蓋の内側に違和を感じないかと神経を研ぎ澄ませていった。
魔力によって、そこにないはずのものが存在していることに気付いた。
形状は薄く膜状のもので、脳の表面に広がるように付着していると表現できる。
「あります。ここに……」
わたしが、宰相閣下の頭部の一部を、指で押さえた。
医師が、手術の準備をすると奥様に伝える。
「わたしは、これで失礼します」
「待て!」
ソフィアに止められた。
「終わるまで待て。お父様になにかあれば、お前を殺してやる!」
わたしは室の隅に移動し、それまで様子をうかがっていたシェリルが隣に立った。
「本当にあるの? 何があるの?」
彼女の問いに、わたしは緊張した表情で答える。
「おそらく……血腫があります」
「おそらく? 確率は?」
「わかりません……なにせ、初めてのことなので」
シェリルがそこで、わたしの手を握ってくれた。
わたしたちは、手術を見守る。




