査問会
三月二十五日。
わたしは、査問会に召喚されている……。
三人の人たちを前に座っていた。
宰相補佐官のウラドミク・レブール卿は、宰相を補佐する青年官僚で、切れ長の鋭い目付きで表情の変化に乏しい男性だ。
王室庁長官ミズレイ・ワレノフ卿は、王家の男子を馬鹿にしたような発言をしたわたしを最初から敵視する表情の老人である。
イゴール・ディルナト伯爵閣下は、貴族社会において作法を教える講師として名が知られた中年の男性だ。
彼らからすると、わたしなんて生意気な小娘でしかないだろう。
名前と年齢などを尋ねられ、答えた後はしばらく沈黙が続いている。
ウラドミク卿が書類を眺めながら、ようやく声を発した。
「君は優秀な魔導士のようだ。軍が本部に招いて研究をさせることで管理下におきたい理由にも納得できるが、それが君の増長を招いているという声もある。若いゆえ、全て自分でしていることのように勘違いをしているのではないかね?」
「ございません」
短く、簡潔に答える。
わたしは、一切の感情を殺した表情……スッ……を維持していた。
ウラドミク卿……ムカつくから卿はいらない。ウラドミクは、眉をピクピクと動かしている。どうやら、表情の変化はないが怒っているのはわかった。
ミズレイ卿が口を開く。
「そういう態度が問題なのだ。我々への礼を欠いているとは思わんか?」
「思いません」
スッ……を維持している。
イゴール閣下が、苦笑しながら頬杖をつき、二人の委員を眺めた。
「お二人とも、彼女は自分がどのような目に遭うかを理解してここに来ている。率直に話し合おうではないか?」
「しかしだね、この娘は反省をしとらんのだ」
ミズレイの爺が、侮蔑を露わに言う。
イゴール閣下は、わたしを見て問うた。
「君は、反省の必要を感じていないのだろう?」
「必要ありません」
「小娘! 貴様は――」
「まぁ、待ってください」
ミズレイの爺の怒鳴り声を、イゴール閣下が諌めてわたしを見る。
「リオーネくん、君は自分がどんな罪を犯したか、わかっていないようだから教えよう。君はね、けしからん罪を犯したのだ」
は?
スッを思わず解除して、キョトンとした私に伯爵閣下はさらに言った。
「王家の男子をチヤホヤしないのはけしからん、貴族社会を敬わないのはけしからん、女のくせに魔法の研究で名をあげていてけしからん、平民のくせに王弟殿下に気に入られてけしからん、この場で恐縮していないのはけしからん……けしからんけしからん、けしからん……と、上流階級や年寄りたちは思っているから、君はここにいるのだよ。理解できたかな?」
くだらない。
「理解できました」
ウラドミクとミズレイが、イゴールを『なんてことを』『そんなあからさまに』という顔で眺めているが、彼はかまわずにわたしに告げる。
「よろしい。では、けしからんことをしている君は、それに関してどう思うかね?」
「とくに、なにも思っていません」
イゴール閣下は喉を鳴らして笑うと、怒りで立ち上がったミズレイ爺を所作で制した。
「ミズレイ卿、お静かに」
「無礼だ! この娘はけしからん! ……いや、そのけしからんと言うのは――」
「わかっております。おかけください」
伯爵閣下に促され、ドカリと老人が着席したところで、ウラドミクが眉をピクピクとさせながら口を開く。
「お前は、宰相閣下への暴言がある。あれはどう弁解するのだ? できまい? 反省すべきだ!」
「弁解も反省もいたしません」
「なんだと!?」
「くだらない噂話をもとに、わたしとわたしの上司を侮辱した宰相閣下こそ、わたしたちに謝罪すべきと考えますが、まだ謝罪はございません」
ウラドミクが、手にしていた書類をビリビリに破り捨てた。
鼻の穴を膨らませて怒っている彼は、それが初めての表情の変化である。
イゴール閣下が、やれやれという顔でわたしに質問をした。
「では、バルバロス殿下とはなにもないと?」
「バルバロス殿下が一方的にわたしの職場を訪ね、わたしの仕事を邪魔し、わたしでは不相応な場所に連れ出しただけのことです」
「……では、王弟殿下とのことも、宰相閣下に話した通りのことであると?」
「同じことを、もう一度申し上げましょうか?」
「いや、結構だ。では、君に死罪を申し渡す」
は!?
「わたしは、あなたたちのけしからんというくだらない感情で殺されるのですか?」
「冗談だ。しかし、君はこういうことを告げられてしまう恐れがあることを覚えておくべきだ。あとはこちらで処分を検討するよ。帰ってよろしい」
わたしは、大きな溜息をついて査問委員たちの前を辞した。
通路に出ると、なんと王子がわたしを待っている……護衛の人たちも、王子の馬鹿さに呆れているようで苦笑を連ねていた。
「お前は……お前は僕の気持ちを弄んだのか!?」
ひぃいいいいいい……気色悪い……触らないでぇ!
わたしはこの時、自分でも驚くくらいにはっきりと声が出た。
「気持ち悪い! 触らないで!」
時間が止まったように、王子も、査問委員たちも、王子の護衛たちも止まった。
わたしは、わなわなとする王子を睨む。
わたしのことを、どうしてわからない?
あれだけ、イジメてイジメてひどいことをしていたくせに、この距離でわたしを見ても、わからないの?
「バルバロス殿下、わたしが誰だかわからないのですか?」
「な……リオーネではないか」
わたしは、王子が困惑する隙をついて、サっと離れることができた。そして、一礼する。
「もうわたしに関わらないでください」
王子という身分の人に対して、あるまじき発言だろうと思う。
だけど、わたしは脅えずに、そう言えたのだ。
彼は激昂した。
「リオーネぇ!」
怒鳴った彼は、護衛の騎士の腰から剣を抜いた。驚いた騎士が、慌てて王子に飛びついて止めた。
だけど、王子は剣を振り回し、わたしの腕をかすり、止めに入った騎士の腹部に刺さる。
「なんてことを!」
わたしは騎士に飛びつき、動揺する王子を睨んだ。
「離れろ! 治療の邪魔だ!」
叫んで、騎士の腹部を手で押さえた。
内臓がやられている!
「医師を! すぐに医師を! 腸が切れて内部で出血! 早急に手当てを!」
周囲が慌ただしく動くなか、王子は顔を真っ青にして、赤く濡れた剣を握ったまま、立ち尽くしていた。




