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重なる想い、重ならない想い 9

***


 セロイスが帰ってきたのは、それから数時間後のことだった。

 腕の中にある物に目を落とすと、セロイスは部屋の扉をノックした。

 しばらく待ってみるが、返事はない。


 不思議に思いながらも、セロイスはドアを開けて部屋に入った。

 そこで見たのはベッドの上で眠るカメリアの姿だった。

 ふたりで寝ても余裕のあるベッドの真ん中で、身体を丸めるようにして眠っているカメリアの姿はまるで小さな子供のようだった。


 上着はベッドの端に置かれており、白いシャツとズボンだけで眠るカメリアは白いベッドに埋まってしまいそうだった。いつもならば上まできっちりと留められているボタンは開けられ、そこから白い肌がのぞいている。


 このままでは風邪をひくと眠るカメリアにシーツをかけるが、カメリアが目を覚ます様子はなく、穏やかに上下する肩にセロイスはどこか安堵を覚えながら、ベッドの端に腰を降ろした。


 しばらく何も言わずに寝顔を見ていたセロイスは、ふとカメリアの髪に手を伸ばした。

 年頃の女性にしては短い髪だが、癖のない髪がセロイスの無骨な指をなでていく。

 そんな自分の行動に、セロイスは苦笑を漏らすしかなかった。


 セロイスもまた自分自身の想いにひどく戸惑っていた。

 少しずつ、しかし確実にセロイスの心を染めていく色がある。


 自らの身を燃やしてまでも、その炎を灯し続けようと必死になる少女の髪の色。

 その色はまさに自身を表しているものだった。

 今まで見てきたどの色よりも美しいとセロイスは思った。


(きっとこの色も霞んで見えるだろう)

 セロイスはシーツに包まれて眠るカメリアの上にそっとそれを広げた。

 カメリアを更に包み込んだのはロベルトが用意したという赤のドレスだった。

 ロベルトが用意しただけあり、色も生地も素晴らしいものだ。


 しかし、それでもカメリアの髪にはかなわないとセロイスは思った。

 セロイスがロベルトからドレスを託されたのは、バルドからカメリアを屋敷に送り届けたことを知らされた後だった。




『どういうことですか?』

 執務室に足を運んだセロイスにロベルトは悠然と笑った。

 それはまるでセロイスがここに来ることを見越していたような態度だった。


『何がだ?』

『どうしてあいつを帰らせたのです? それもわざわざバルドに命じて送らせるなんて……』


 バルドがカメリアを嫌っていることは、周知の事実だった。

 それなのに何故そのようなことをするのか、セロイスには理解出来なかった。


『何だ、セロイス。バルドに嫉妬か?』

 にやりと笑うロベルトにセロイスは何も答えられなかった。

 バルドがカメリアに何かをするような人間だとは思っていないが、バルドからカメリアを屋敷まで送っていったと聞いた時、何故と思った。


 ――何故、俺を頼らない。

 そんな思いがセロイスの中に強くよぎった。

 何も答えないセロイスを見ていたロベルトだったが、ふと思い出したように、それをセロイスへと差し出した。


『これは?』

『明日のためにカメリアに用意したドレスだ。渡しておいてくれ』

『……わかりました』

『あぁ、あとこれも頼む』


 そう言ってロベルトがセロイスに渡したのは、騎士達が巻いている白いスカーフだった。


『カメリアの忘れ物だ』

『どうして、あいつのスカーフを?』

 しかしロベルトはどこか涼しい顔をして椅子に座ったまま、セロイスを見上げていた。


『さぁ、どうしてだと思う?』

『ふざけるな』


 剣を抜かなかったのは、わずかに残ったセロイスの理性によるものだ。

 セロイスはロベルトを問い詰めた。


『あいつに何をした?』

『俺は何もしていないが』

『なら、どうして、あいつのスカーフがここにある!?』

『ただの忘れ物だと言っただろう。お前は一体何を想像したんだ』


 ロベルトはセロイスがひるんでいるうちに、セロイスの手を外して立ち上がった。


『大体形だけの婚約者ならば、俺がどうしたところで、お前には関係ないはずだ』

『どうして、それを……』

『あれだけ縁談を断っておきながら、今回の縁談を受け入れば、何かあるだろうと予想するくらい、なんてことはない』


 黙り込んだセロイスにロベルトは話を持ちかけた。


『なぁ、セロイス。俺とひとつ賭けをしないか?』

『賭け?』

『お前が勝てば、この話をなかったことにしてやる』

『……もし俺が負ければどうなる?』

『その時はお前達には名実ともに婚約者になってもらう。悪い話ではないだろう、お前にとっても、婚約を嫌がっていたカメリアにとってもな』


 カメリアが嫌がっていることをわかった上で、セロイスとの縁談を持ち出したのか。そう言いたいところをセロイスはどうにかこらえ、話の先を促した。


『賭けの内容は?』


 セロイスの言葉遣いが荒くなっていることに気付きながらも、ロベルトはそのことさえも楽しむように話を続けた。


『簡単なことだ。明日の舞踏会で、俺の選んだ服を着て過ごすこと、それだけだ』


 ロベルトが告げたその条件は意外なものでセロイスは眉をひそめるが、条件を提示したロベルトはどこまでも真面目な顔でセロイスの答えを待っていた。


『どうだ?』


 条件の内容は理解出来ないが、何かしらの意味があるには違いない。

 セロイスはそう思っていた。


『……俺は、どんな格好をすればいい?』

『お前にはこれを着てもらう』


 ロベルトにそれを手渡されるまでは……。

 その服を見て、セロイスは言葉を失った。


『どうして、これを……』

『感動の舞台にはもってこいの衣装だろう』


 そう言ってロベルトは笑っていた。




(しかし、どうして知っていたんだ?)

 セロイスはポケットの中にある物を思い出し、ポケットの中を探った。

 出てきたのは、ロベルトから預かったカメリアのスカーフだった。


 そっとカメリアの頭を持ち上げたセロイスはスカーフを首の後ろに通すと、再び枕の上へとカメリアを寝かせ、器用にスカーフを結んでいく。


 しかし途中でセロイスは手を止めて一度結んだスカーフを解いて引き抜くと、再びポケットの中へとスカーフを戻した。どうしてこんなことをしているのか、セロイス自身にもよくわからない。


 ただ、明日になれば全てが終わるのだということだけが、はっきりとわかっていた。

 こうして共に過ごすこともない。

 今更ながらにそれを理解した途端、理解したことをひどく後悔した。


 最初にそれを決めたのはセロイスだ。

 カメリアはセロイスに付き合っていたにすぎない。

 それなのに、たとえスカーフ一枚でもいい、まだ繋がっていたいと願ってしまった。


「あぁ、俺は……」

 その先の感情を言葉にすることはできず、ただスカーフをにぎりしめることしかできなかった。

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