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重なる想い、重ならない想い 7

 執務室を飛び出したカメリアは廊下を駆けていた。


(何だったんだ、さっきのあれは)


 思い出してしまったロベルトの手の感覚を忘れるようと、襟元の乱れを整えていたカメリアは、そこでスカーフがないことに気付いた。


 執務室に忘れてしまったようだが、とても戻る気にはなれなかった。

 カメリアはふと自分の手へと目を落とした。


 長年剣を握り続けてきたせいで固くなったその手には、年頃の女性のようなやわらかさもぬくもりも何も持ち合わせてはいない。

 しかし袖から伸びている腕は白く、ロベルトの片手で簡単につかまれてしまうほど細い。


「……私は、一体何なんだろうな」

 カメリアが誰かにぶつかったのはそんな時だった。


「すまない、よそ見をしていて……」

 カメリアが顔を上げた先に立っていたのはバルドだった。

 バルドは何も言わずにカメリアを見下ろしていた。


(また何か言われるのだろうな)

 しかしバルドの口から出てきた言葉は、カメリアの予想に反するものだった。


「……悪かったな」

「え?」

 驚きのあまりそんな声を出してしまったカメリアをバルドもどこか驚いたように見ていたが、やがて眉をしかめた。


「お前、体調悪いのか? 顔色悪いぞ」

「いや、そんなことは」

「無理すんな。明日はお前らの披露もあるんだからな」

「い、いや、そうなんだが」


(ほんとにバルドか?)

 普段のバルドであれば、カメリアを心配するような言葉など出てこないはずだ。


 驚きのあまり固まるカメリアを見たバルドはカメリアの上着の襟をつかんだかと思うと、そのまま歩き出した。


 襟をつかまれているせいで首が絞まるがスカーフがないだけマシだ。

 カメリアはひきずられながら必死に叫んだ。


「おい、どこに連れて行く気だ!?」

「どこって、セロイスの屋敷に帰るに決まってんだろ?」


 カメリアの首が絞まっていることに気付いたのか、カメリアから手を離したバルドは当たり前のように答えた。


「言っとくが、別にお前のためじゃねぇ。王子に頼まれたからだ」

「ロベルト様に?」

「あぁ。お前をセロイスの屋敷まで送れってな。だから、お前を屋敷まで送るのが俺の仕事だ」


 先程の行動といい、よりによってカメリアを嫌うバルドに屋敷まで送らせるなど、ロベルトは一体何を考えているのか。


「そういうわけだ。とにかく帰るぞ」

「あ、あぁ……」


 カメリアは戸惑いながらも、バルドに送られる形で半ば強制的に屋敷へ帰るはめになった。

 バルドと距離を置くように後ろを歩きながら、カメリアは思った。


(バルドとこうしてふたりになるのは初めてだな)


 バルドと初めて出会ったのはカメリアが紅の騎士となり、初めて登城した時だ。

 ざわめく周囲を無視して廊下を歩くカメリアの前に立ちはだかったのがバルドだった。


『俺はお前が嫌いだ!』

 カメリアを指差し、まるで宣戦布告のようにバルドは言い放った。

 カメリアに面と向かってそんなことを言うのは後にも先にもバルドだけだ。


(そんな真っ直ぐなところに、きっとドロシアも魅かれたのだろうな)


 必死に隠していたようだが、ドロシアがあんな人呼ばわりするのはバルドだけだ。

 それにドロシアのハーブキャンディーは、バルドの瞳とそっくりな色をしていた。

 そんなことを思い出していたカメリアはバルドが足を止めたことに気付くのが遅れ、その背中にぶつかった。


「すまない、何度もぶつかって」

「気にするな。俺も急に止まったからな」

「……本当にどうしたんだ? 熱でもあるんじゃないか?」

「んなわけあるか! 人が色々考えてるってのに!」


 普段のバルドであれば、カメリアに謝罪を言うことはない。

 それも一度ではなく、二度もバルドはカメリアに謝罪した。


(考えていると言っていたが、何か裏でもあるのか?)


 そうとでも考えなければ、この状況の説明が付かない。

 バルドはしばらくカメリアを見ていたが、やがてどこか気まずげな様子で頭をかいた。


「その、悪かったなと思って……」


 バルドからの想いもよらない言葉に、ふたりの間に沈黙が流れた。

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