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そして王子は逃亡する 5

「別に、何だっていいだろう」

「よくはない」


 そう言ったセロイスとカメリアの目がふと合った。

 セロイスの瞳にカメリアの瞳の色が映り込み、それはどこか不思議な色に見えた。

 しばらくふたりの間に言葉はなかったが、セロイスはふと口を開いた。


「……夜の虹の色だな」

「どうしたんだ、急に」

「お前の瞳だ。俺の瞳の色がお前の瞳に映っている。お前は夜の虹を見たことがあるか?」

「あぁ、一度だけ。私が幼い頃にな」


 ――夜の虹。

 バレーノ王国では、オーロラのことを「夜の虹」と呼んでいる。

 しかしそれは滅多に見られるものではなく、カメリアも幼い頃に一度見たことがあるだけだ。


「空にいくつもの色が重なり合って輝いていて、ひどく綺麗だった……」


 目の前にあるセロイスの瞳にその時に見た夜の虹を思い出していたカメリアだったが、ふとセロイスから視線がそらされた。


「どうした?」

「いや……」

「カメリア」


 ふいに視線をそらしたセロイスを不思議に思っていたカメリアの名前が呼ばれ、カメリアが振り返った先にいたのは、ひとりの青年だった。

 少し赤みが強い桃色の長い髪をゆるやかに結び、カメリアを映す瞳はカメリアと同じ緑色をしていた。


「兄上!」


 カメリアの声に片手をあげてこたえながらやわらかな笑みを浮かべている青年こそカメリアの兄・ルベールである。

 幼い頃から病弱であったルベールは剣を握ることはかなわなかったものの、その頭の良さを活かして文官として城に勤めている。


「どうしたのですか、兄上。こんなところで出会うなんて」

「たしかに珍しいね」


 駆け寄ってくるカメリアをルベールは笑顔で迎えた。

 ルベールの仕事場は図書室であるため、こうして城の中で会うことは珍しいことだった。


「兄上は、今、なにを?」

「あぁ、ちょうど資料を届けにいくところだったんだよ」


 ルベールの腕の中には数冊の本が抱えられていた。

 図書室と呼ばれてはいるが、そこには本だけでなく城に関する様々な書類や資料が納められており、その膨大な数のものを一手に管理し、時にそういった資料などを参考にして新たな書類や文書などを作成するのがルベールの仕事である。


 しかし、ルベールの仕事は表に出ることも少ないため、出世の道からは少し外れた役職なのだが、ルベールはこの仕事をとても気に入っているようで、時折城の中で見かけるルベールはとても活き活きとしてカメリアには見えた。


「せっかく部屋の外に出るんだし、カメリアに会うことができればと思ってはいたけれど、まさか本当に会えるなんて感激だよ……!」


 ルベールは感動を全身であらわすように器用に本を片腕に抱え込んで、カメリアを抱き締めた。


「兄上、このようなことをするのはやめてください! ここは仕事場なのですよ!?」

「兄上だなんて他人行儀な……昔のようにお兄様と呼んでくれてもいいんだよ、カメリア」

「とにかく離してください、兄上! 兄上にも立場というものが」

「立場だって? カメリアの兄という立場以外、僕にとってはささいなものにすぎないよ」

「そういうことを言っているのではありません!」


 誰に見られていてもおかしくないような場所で平気で抱き締めてくるルベールからどうにか離れようとするカメリアだったが、ルベールは離れるどころか。ますます強くカメリアを抱き締めてくる。その腕の強さは病弱だったとは思えないほどのものだ。


「あぁ、怒った顔も可愛いなんて、さすがは僕の自慢の妹だ。まるで頬に花が咲いたようじゃないか!」

「これは兄上が私を怒らせるせいで顔が赤くなっているだけです! 兄上、もう本当、いい加減に……」


 カメリアを抱き締めるだけでは足りないというように、カメリアの顔に頬を寄せてくるルベールをどうにか離そうと奮闘するカメリアの視界に飛び込んできたのは、鋭さを込めた視線でこちらを見ているセロイスの姿だった。


(いくら妹とは言え、こんなに距離が近ければ面白くないはずだ)

 セロイスからの視線の意味に気付いたカメリアはどうにかルベールの腕から抜け出すことに成功した。

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