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法の裁きじゃ手ぬるいでしょう?




私は崇拝している人がいる。


それは、日本を震撼させたカリスマ殺人鬼だ。


未成年のときに殺人を犯し、切断した被害者の首を公共の施設の入り口に飾り、口の中に社会を挑発する内容の手紙を入れて、日本全国を震撼させた。

その容疑者の方は『西にし恭二郎きょうじろう』という。


俗名『ブラックエンジェル事件』。


西様が手紙に書いていた偽名……ペンネームが『ブラックエンジェル』だったから、そう呼ばれるようになった。

彼が世間を挑発するために書いた手紙はこうだ。


「赤い血だけが人間の罪を洗い流してくれる。

人間はみんな罪を犯している。

法で裁けない人間は沢山いる。

血で洗い流せない罪は、死をもって償うしかない。

僕は神に使わされた死の黒天使ブラックエンジェル


というものだった。


この事件で特記されるべき点としては、


・犯人が未成年であったことと

・殺された人たちが全員何かしらの悪事を過去に働いていた


ということだ。


事件当時、ブラックエンジェル事件は大々的に報道され、犯人の特定が急がれていたけれど、そう簡単に西様は捕まらなかった。

まさか未成年による犯行だとは思われず、警察の調査も難航した。

西様は連日殺人事件を起こし続けた。

警察が対応に追われる中、西様は県をまたいで次々と人を殺し続け、総被害者数は5人。


イジメによって相手を死に追いやった高校生。

路上でしつこくナンパをしていた男。

何度も窃盗で捕まっている老女。

無差別に虫や生き物を殺している中学生。

西様を囲い込み、わいせつな行為をした女。


その5人だ。

いずれも西様はターゲットにした被害者の跡をつけて行って、住んでいる場所や家族構成を調べたり、SNSなどで本人を特定し、下調べを行っていた。


捜査が難航した理由として、西様は支持者によって匿われていたということがあげられる。

私のように、西様を悪をこらしめるダークヒーローとして支持している人が一定数いた。

その中の1人は最後に殺された女、すなわち西様にわいせつ行為をした女は未成年淫行ということで、西様の殺害対象になった。


西様は5人を手にかけ、全員の首を切断し、目立つ場所へ置いた。

学校の校門、駅の改札口、スーパーの入口、アパートの駐車場等……そのすべての被害者の切られた首の口の中に手紙が入っていた。

被害者の額には罪名がマジックペンで書かれていたらしい。手紙の内容はその当人が犯した罪の内容が書かれていた。

西様を糾弾する者も当然いたが、西様が殺した被害者への非難もあったようだ。

なかなか西様を逮捕できない警察官へも非難が殺到し、暴動が起きたりして何人も逮捕者が出た。


ようやく西様が逮捕され、事件当時13歳の少年が行った事件だったということで、この事件は後世に語り継がれる伝説になった。

日ごろから社会への不満を抱いていた私にとって、西様は憧れのヒーローだった。


西様が事件を起こす少し前、私は学校でいじめられていた。

無視されたり、仲間外れにされることから始まって、それからだんだんイジメはエスカレートした。

SNSでの誹謗中傷はもちろんのこと、上履きに画鋲を入れられたり、机に「死ね」などの悪口を書かれたり、殴られたり、蹴られたり、水をかけられたり、服を脱がされて写真を撮られたり、凌辱されたりした。

私は助けてほしいとSOSを出したが、学校はいじめを隠蔽していた。

家族の訴えも虚しく、学校側はろくに調査もしてくれなかったし、仮にイジメがあるって解っていても認めることはしなかった。

だから、イジメの加害者が西様に殺されて糾弾されていたことが、本当に裁きを与える救世主のように思えた。

「私も西様のように、いじめてきている人を殺そうかな」

そう考えたこともあった。

でも、自分にはその勇気がなかったからできなかった。

だけど、西様がイジメの加害者を殺して晒したことによって、私をイジメてきた人たちがイジメをやめた。

もしかしたら自分たちが西様からの標的になるかもしれないと思ったのかもしれない。

西様が捕まるまでの間だけは、私はイジメから逃れられた。

だから本当に西様には感謝している。


そして西様は逮捕された。


未成年であるがゆえに、厳罰に処されずにしかるべき施設へ送られた。


そうして時は流れ、誰もが西様の存在を思い出すことがなくなってきた頃、西様は出所した。


しかし、再び西様は世間を騒がせることになる。


出所した後に、西様は世間に向けて本を出した。

ブラックエンジェル事件は誰もが知る有名事件であった為、その元少年Aが本を出したときの世間の注目度は高く、再び話題沸騰となった。

本に綴られた西様の考えを知り、私はますます西様に対して想いを募らせた。

西様の本に対しては非難が殺到しただろう。世の中は殺人者に対して冷たい。でも、私は西様が全部間違っているとは思わなかった。

亡くなられた被害者がいる一方、私のように救われた人もいたことは事実だった。

西様が「裁き」を始めて、3人目が殺された後から犯罪率が下がったというニュースも見かけた。


そして、本を出した西様は、次に自分のホームページを開設した。

そのホームページには西様の考えた、一般的には不気味と言われるジャンルのコラージュ画像や、絵、詩などが掲載されていた。

結果としてホームページは大炎上し、閉鎖された。


西様の感性に触れられる場というのは他になく、私はホームページが封鎖されて物凄く残念に思った。


それからもずっと私は西様への崇拝心は持ち続けている。


しかし、ある日ニュースを見ているととんでもないニュースを見つけてしまった。

「裁かれたブラックエンジェル」という見出しで、西様が殺されたというニュースだった。

容疑者は私と同い年の29才の男性だった。

動機は「法で裁けない悪人を裁きたかった」という理由だった。


それは西様の思想そのものであったが、私は崇拝する神が殺されてしまい、悲しみに明け暮れた。


そこで、私は考えた。


「そうだ、こいつを殺そう」


と。


正義の鉄槌の為に西様を殺したこの男も、また別の人間に殺されたって仕方がない。

私はそう考え、準備を始めた。


まず、その男の拘置されている拘置所を特定し、私は手紙を出した。


「あなたがしたことは間違っていないと思います」

「西恭二郎は殺されても仕方がなかった」

「一度会って話がしたい」


というような内容だ。

しばらくして男から手紙の返事が来た。

「俺も会って話がしたい」という旨の内容で、私はアポイントを取って拘置所まで足を運んだ。


実際に男に会ってみると、私の憎しみは更に大きくなった。

男の主張は西様のように崇高なものではなく、ただ自分が目立ちたかっただけのようだった。


「俺は悪を裁いたんだ」

「法で守られている悪を裁いた」

「少年法は間違っている」

「5人も殺しておいて本を出してホームページまで開設してのうのうと生きているなんておかしい」

「ブラックエンジェルなんて名乗っていたけど、ただの人間だった」

「ブラックエンジェルを殺した俺は神になった」


などと言っていた。


私は、絶対にこの男を殺そうと考えた。

拘置所にいる間は被告人は守られている。刑務所に行ったらもっと堅牢に被告人は守られるだろう。

殺せるチャンスがあるとしたら、裁判をしている法廷の中……だが、裁判所は手荷物検査があり、凶器の類は持って入れない。

それに、人気の裁判は抽選が行われ、抽選を外したら中に入れない可能性がある。


私は、裁判が開かれるであろう裁判所へ何度か通った。

何度も通うことによって入口の警備員と顔見知りになり、警戒心を和らげようと考えた。積極的に挨拶をして、迷惑にならない程度に世間話を二三言交わすようにして警戒心を持たれないように振舞った。

そして、手荷物検査の程度を確認する。

X線の手荷物検査と、金属探知機の検査があったがそれほど厳重なチェックでないことを確認すると、私は注射器に劇薬を入れて持って入るという計画を立てた。

私はブラジャーのホック部分の金属が金属探知機に引っかかるということを何度か裁判所に通ううちに知った。

逆に言うならば、ブラジャーのホック部分が金属探知機に引っかかったとしても、ブラジャーの金属のホックだといことで見逃される。

私は家に帰ってホック部分に注射器を仕込み、着用してみた。小型の注射器であるがゆえに外側から見ても全く違和感がない。

劇薬は裏ルートで手に入れた。これを体内に注入すれば、苦しみ悶えながら確実に死を迎える。

準備としてはこれでいいだろう。


私は裁判が抽選かどうかの確認を裁判所にした。

何度かある公判の中で、初公判と判決だけが抽選だということだったので、公判が抽選でない日程のときに行けばいいと私は考え、準備を進めた。


その準備を進める間にも、何度も拘置所へ足を運び、男と親交を深めた。

男は完全に私に対して警戒心がなくなっており、法廷に足を運ぶ旨を言うと喜んでいたほどだった。

話をしていて、西様を殺害したことを武勇伝のように話すようになり心底腸が煮えくり返ったが、私はこの男を殺す為に自分の気持ちを必死に抑えた。


そして、私の復讐をするときがついに訪れた。


裁判所での手荷物検査、金属探知検査では私の想定していた通りそれほど厳重な検査はなく、難なく私は劇薬入りの注射器を裁判所内へ持ち込むことができた。


「こんにちは、今日もお邪魔します」

「こんにちは、こちらへどうぞ。手荷物検査をお願いします。スプレー、ライター、カッターナイフなどは入っていませんか?」

「はい」

「ではこちらにどうぞ」


金属探知ゲートをくぐると、案の定「ピピピ……」と音が鳴った。

これはいつものことだ。ベルトやブーツなども金属部分があれば音が鳴る。

この日のチェックの人は、私が裁判所へ何度か通っていたときにチェックしてくれた人だった。

私がニコリと微笑みながら会釈すると「すみませんね」と会釈しながら私に金属探知機を向けた。


「失礼します」


ブラジャーのホックの辺りに近づけると、探知機の音が「ピー」と鳴ったが、それはいつものことだったので警備員の人も「OKです」と言った。

私は裁判所の中に入るとすぐにトイレに向かい、服を脱いでブラジャーのホック部分から注射器を外してポケットに入れた。

劇薬が入っているので、注射の中身が漏れないように持ち手部分を固定し、先端には針のカバーをつけていた。


あとは公判の開かれる時間まで待つだけだ。

私はついに自分の悲願が叶えられると思うと落ち着かない気持ちだった。


公判が開かれる時間になり、開廷した法廷に一番に入った。

私は被告人が入廷する場所の一番近くの傍聴席にいち早く座った。ここが一番被告人に近づける場所だった。

法廷はあっという間に満席になり、裁判官が入廷し、間もなくして被告人が刑務官2人に連れられて現れた。

私が軽く男に合図すると、男は私にかけて笑いかけてきて軽く手を振っていた。

その笑顔を見て、私は心の底から虫唾が走る。


裁判の内容など聞くまでもなかった。

法廷で語られたのは、面会室で話した内容とは異なり、自分を裁判官に少しでも良く見せようという浅ましさがうかがえる。

虫唾が走る言い訳ばかりに聞こえた。

男もうわべだけの反省の意を述べるだけで、本当に反省している様には思えない。

西様を手にかけたのに、少しでも罰から逃れようとうわべを塗り固めている。その醜悪さに私は吐き気がした。


午前の部の裁判が終わりを迎えるまで、やけに長く感じた。


――この男を、一刻も早くこの世から消さなければならない


被告人質問を聞いていた私は、殺意を強固なものにした。


そうこうしている間に、やっと午前の部の裁判が終わった。


「午後は13時半から始めます。それでは閉廷」


裁判官がそう言って立ち上がると、全員が立ち上がって一礼をする。

私はポケットの中に手を入れ、注射器の針のカバーを片手で外した。

このときのために、何度も片手で注射器のカバーを外す練習をしてきた。間違えて自分の指や身体に注射器が刺さってしまわないように最新の注意を払う。

そして、持ち手の部分の固定具を外し、私は注射器を握りしめた。

男は手錠と腰紐をかけられ、刑務官に挟まれて退廷する扉に向かって歩き出す。

男に手が届くように法廷内外を別ける柵に一歩近づいた。

男は改めて私に向かって笑顔を向けてきた。


――ヘラヘラ笑っていられるのも、これが最後……!


私はポケットの中から素早く注射器を取り出し、狙いを定めて男の首筋に注射器を刺した。


「ぎゃっ!?」


そのまま男の首に劇薬を首に注入する。

私が手を放し、男から離れると同時に刑務官に腕を掴まれた。


「何をしてい――――」

「ぎゃぁあああああああっ!!!」


刑務官の声が掻き消えるほど、男は絶叫した。

男が絶叫すると、傍聴席からも悲鳴が聞こえた。

ざわめき、動揺する周りの人間も何も気にならない。私は男の苦しむ様だけを目に焼き付けていた。

注射した部分から男の皮膚は溶け、その場所を搔き毟るように男はのたうち回り、絶叫を続けた。

私は1人の刑務官に取り押さえられて動きが封じられた。

救急車を呼んでも、もう助かりはしない。


「はははははは……」


私はのたうち回る男を見て笑いが堪えられずに、笑い出す。

私が笑っているのを、男は血走った眼で見た。

苦しんでいる男の顔を見て、私は西様の報復ができたと心底満足した。


――西様……悪をまた一つこの世から排除しました……


すがすがしい気持ちで、私は警察へと連行された。




***




「本日、東京地方裁判所の法廷内で、寺田てらだ雄大ゆうだい被告人を殺害しようとしたとして、29歳自称会社員の高山たかやま香織かおり容疑者が殺人の容疑で現行犯逮捕されました」


「寺田被告人は病院へ搬送されましたが、死亡が確認されました」


「髙山容疑者は、杉並区5人殺害事件の被告人の元少年Aを殺害した寺田容疑者に対して“復讐するために犯行を行った”などと述べていることが調査関係者への取材で明らかになりました」




END




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