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狂った世界に私はいらない、狂った私に世界はいらない  作者: 毒の徒華


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天国へ行きたいでしょう?




なんじ、天国の門を潜りたければ罪を犯した部位を切り落とし、天国の門を潜りなさい。それが嫌ならば、天国にいる者の人数を当ててみよ」


 詳しい状況は分からないが、ここにくる最後の記憶は交通事故に遭ったという記憶だ。

 そして目の前にある何かしらのまばゆく光る何かに俺は声をかけられている。

 恐らく、俺は死んで天国の門の前にいるのだろう。


「さぁ、切り落とすならそれを使いなさい」


 カラン……


 目の前には刃渡り50cmはあろうかという立派な装飾の刃物が落とされた。


 ――俺の罪……


 俺は生前、強姦の罪で起訴された。

 1度じゃない、3度だ。


 ――つまり、俺が切り落とすとしたら自分の性器……


 そんなおぞましいことはできない。

 いくら天国の門を潜りたくても、自分の性器を切り落とすなんて、想像しただけで全身の毛が逆立って背筋が凍った。


「天国の門を潜れなかったらどうなるんですか?」

「当然、地獄の門を潜ることになる。地獄は無限の苦しみが続く。身体が壊れても次の日には元通り。毎日毎日この時決断できなかったことを悔いるだろう」


 自分の性器を切り落とすなんて無理だ。

 そんなことは俺にはできない。

 だったらもう一つの条件の天国にいる者の数を当てる事。


 全員がこの試練を受けているなら、きっとそれほど多くないはずだ。

 しかしヒントもなしにピタリと当てるのは難しい。


「あと1分以内に決断せよ」


 ゆっくり考える時間もなく、俺は自分の前に置かれた刃物を手に取った。

 刃物と目の前にある天国の門を何度も見比べる。


 時間は待ってくれない。


 ――天国にいる者の数……億、兆……の次の位ってなんだっけ……?


 当たるわけがない。


 ――毎日毎日この時決断できなかったことを悔いるだろう


 先ほどの話に俺はもう、覚悟を決めるしかないと思って俺は自分の性器を左で掴み、右手で勢いよく刃物を切り落とした。


 グチャッ……


 嫌な音がしたのと同時に、タバコの火を押し付けられたかのような熱さのような、激痛を股間に感じた。

 自分の性器がどうなったのかは分からないけれど、左手に確かに握っていた自分の性器の感触がある。きっと切り落とせたのだろう。

 あまりの痛みで叫びをあげることもできずにうずくまった。


「それでいい。さぁ、天国の門を潜るがよい」


 這いつくばりながら、俺は天国の門へと向かった。

 そして、眩い光の門に手を伸ばし……よろよろと股間を抑えて立ち上がり、倒れるように天国の門を潜った。


 すると、同時に俺の身体に火がついた。


 性器を切り落とした瞬間に感じた痛みの比ではない痛みが全身に走り、俺は叫び回りながら転がり回った。

 転がり回っても炎は消えず、俺の身体は激しく燃えるばかり。


 そして、俺は灰になって地獄へ落ちた。




 ***




なんじ、天国の門を潜りたければ罪を犯した部位を切り落とし、天国の門を潜りなさい。それが嫌ならば、天国にいる者の人数を当ててみよ」


 突然の事で、何が何だか分からなかった。

 私はゆっくり意識を失い、最期の記憶がない。


 ――確か、末期の癌でホスピスにいて……私は死んだ……?


「さぁ、切り落とすならそれを使いなさい」


 カラン……


 目の前に恐ろしい刃物が落とされて、私は恐ろしくなって身動ぎした。


 私は、年金生活だけでは生活できず、しかし身体を悪くして働くこともできず、何度か窃盗をしてしまった。

 罪を犯した部位を切り落とすとしたら、私の場合はこの手。


 そんな恐ろしい事、私にはできない。


 ――なら、天国にいる人の数を当てればいいのよ……


 私は考えた。


 ――よく分からないけど、5000億人くらいかしら


「ねぇ、数は少し違っても概ねあっていれば許してくれるの?」

「凡そでも当てたら大したものだな」

「なら……5000億人」


 そう言った私は、足場が急になくなって真っ逆さまに下に落ちていく感覚がした。

 下に落ちる程燃えるように熱かった。

 いや……「ように」ではなく、私の身体はそのあまりの熱さで燃えている。

 身体中に激痛が走って、私は叫び声をあげたら口の中まで炎が入ってきて内臓があっという間に焼けて


 私は地獄へ落ちた。




 ***




なんじ、天国の門を潜りたければ罪を犯した部位を切り落とし、天国の門を潜りなさい。それが嫌ならば、天国にいる者の人数を当ててみよ」


 なんだ?

 この得体の知れない空間。そして謎の声。謎の問い。謎の要求。


「さぁ、切り落とすならそれを使いなさい」


 カラン……


 目の前に切れ味の良さそうな剣が落とされた。

 私はその剣を拾い上げ、迷いなく自分の左手の親指に当てて少し引いた。

 鋭い痛みがすぐさま走る。


 これは切れ味がいい。


 私はぶんぶんとその刃物を振り回してみると、ヒュインッ……と空を切る音が良く聞こえた。

 勢いよく切り抜けば骨も両断できるであろう。


 察するに私は死んだのであろう。

 私の最期の記憶は、高層ビルからの飛び降り自殺……だったか、それとも柱に首吊り紐を括った首つり自殺……だったか、毒草を食べた服毒自殺……だったかよく覚えていない。


「あなたは嘘つき? それとも正直者?」

「どちらともいえる」


 曖昧な答えだ。

 正直、返事をしてくれるのならどちらでもいい。


「この天国の門を潜った者は知っている単位では答えられないと言ったら、私は天国の門を潜れないと答えるか?」

「二重否定か……少しは頭が回るようだな」


 二重否定の問題。

 天国に行く道と地獄に行く道の分かれ道に、正直者と嘘つきの2人が立っている。

 正直者は必ず真実を言い、嘘つきは必ず嘘をつく。

 どちらに聞いても天国に行く方法は「こちらが天国ですかと聞いたら、はいと答えますか?」という聞き方。


 説明が面倒だから割愛。そのくらい自分で調べたり考えろ。


「その天国の門を潜ったら必ず天国に行けますかと聞かれたら、はいと答えますか?」

「…………」


 答えない。


「あなたは私をいい方向に進ませる気があるのかと聞いたら、はいと答えますか?」

「……………」


 答えない。


()()が天国の門だとして、それをくぐれば天国へ行けるという確証はない。潜るだけなら誰でもできる。でも、天国の門を潜っても天国にいけるとは一言も言ってない。そうでしょ。お前がなんなのかすら分からないのに、なんでお前の言う事を全部信じられる?」

「……………」


 私はくるりと手に持っていた剣を回して構えた。


「私がお前を殺すっていうのはどう? これで死ぬかどうかは分からないけど、やってみる価値はあるんじゃない?」

「その剣では私は殺せない。大人しく自分の犯した罪の部位を切り落としたらどうだ」


 その言葉を聞いた後、私は剣を声のする方へ放り投げた。

 それでも刺さったような様子はない。


「私は何の罪を犯した覚えもない。罪だの罰だのは人間が決めた事に過ぎない。私が生前に人間が定めたどんな罪を犯していても、私は少したりとも悪いなんて思ってない。それに、天国だの地獄だの、そんな空想話はうんざりする」


 私は親を殺した。

 介護疲れもあったけどお、親も殺してほしいと言っていた。

 だから殺した。


 私は恋人を殺した。

 彼は生きることに疲れ切っていた。私に殺されたいと懇願してきた。

 だから殺した。


 私は自分を殺した。

 私はこれ以上自分が生きていると誰かを不幸にしてしまうと考えた。

 生まれて来たことそのものが間違いであったと感じた。

 だから殺した。


 何も悪かったとは思ってない。

 後悔もしていない。


 誰にそれを咎められても、私はそれで良かったと思ってる。


「もし、自分の罪を犯した部位を切り落とさなければいけないなら、それは私を形成している自分の脳。誰も自分の頭の中からは出られない。だから、私は“自分”を切り落とせない。だからどうあがいても天国へは行けない。だったら自分と共に地獄へ落ちる」


 私がそう答えると、別の門がすーっと現れた。

 何の変哲もない普通の門だ。天国の門と名称されていた金色の荘厳そうごんな門から炎が立ち上り、メッキが剥がれて禍々しい門へと姿を変える。


「やり直したいなら右の門へ、地獄へ落ちたいなら元の天国の門を潜りなさい」

「…………」


 私はどちらの門でもなく、放り投げた剣を拾うために声のする方向へ歩いて行く。


「どちらにも行きたくない。無に還りたい。だから、あの剣で私の脳をグチャグチャにして。私を()()から解放して」


 自分の頭を指さして、私はそう要求する。

 脳が壊れてしまえば私は自分から解放される。

 放り投げた剣を発見して拾い上げて、私はそれを前に丁寧に置き、正座をした。


 いつでも無に帰す覚悟はできていた。


「なら、お前を地獄へ戻してやる」




 ***




「先生! 患者さんが目を覚ましました!」


 真っ白な空間に、私は眩しくて思わず目を細めた。

 けたたましい声が聞こえたと思ったら、身体中に激しい痛みと痺れを感じる。


 ――…………あの野郎……ふざけやがって……


 ここは病院だ。

 身体の痺れの感じからして暫く昏睡状態だったんだと思う。

 入院した原因は……思い出してきた……確か……


 色々自殺方法を試してみたけど上手くいかず、やけになった私は車に乗ってアクセル全開の猛スピードで男をはねて、あとどこかの施設に突っ込んで大怪我をしたんだったっけ。


 あちこち痛いのは骨折してるからだと思う。


 ――よく生きてたな……


 かろうじて動く自分の手で横に置いてあった雑誌を取って読んでみる。


 ――えーと……私が事故ったときの記事が載ってるな……


【暴走自動車事故で跳ねられ死亡した男、連続強姦魔。自動車はホスピスに突っ込み末期癌の女性(83)死亡】


「はっ……馬鹿馬鹿しい」


 私は痛む体をなんとか起こして、ゴミ箱に雑誌を乱暴に投げ捨てた。


 そして、点滴のチューブを輸液パックから引きはがして、そこに口をつけて空気を入れる。

 人間は血管の中に空気が10cc以上入ると死んでしまうらしいと何かで見たことがある。


 私が生きていても、この後まっているのは取り調べやら裁判やら刑務所やら……下手したら措置入院という()()だ。


 なら、今度こそ私は無に還ろう。


 医者がかけつけてくる頃には私は血管に十分に空気を入れた後だった。


 ――あぁ、そういえば今度またあのふざけた野郎に会ったら答えてやる。天国にいる者の数


 それは0だ。


 罪を犯さず生きている者なんていないんだから。

 人間も、動物も、虫も、植物も、相手から何かを奪って生きている者だから。

 本当の天国は幸福を感じる事ではなく、無に還る事だから。


 それを自覚していない無知が罪だから。

 誰も、自分の頭の中からは出ることができないから。


 その後、私は医者の処置の甲斐も虚しくてんごくに還った。




 END




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