ただの道具ですか?
ここは都心部の娼館。
人間が人間の性欲処理の道具にされる場所。
女が殆どだけど、男もいる。
美少年から筋肉質な男まで。女も色々。美少女からデブまでなんでもいる。
若い子から年寄りまで、年齢層はまちまち。
でも、大体女は30後半になってくると客が取れなくなってくる。男は爺さんになるまでは意外と需要がある。
まぁ……爺さんになるよりも身体を壊して引退する男性の方が多いけど。
私は28歳。
ここで働いている人たちは好きでここで働いている訳じゃなくて、親にお金と引き換えでここに売り飛ばされた人が多い、ここで生まれて外の世界なんてないとすら思っている子もいる。
私たちを親から金で買ってるのは、暴力団組織。
売り飛ばされた子供は、まるで蜂の巣の蜂の子みたいに寿司詰めにされて育てられる。
蜂の子みたいにっていうのは、蜂の子がどんなふうなのか見たことなければ分からないだろうけど、自分の幅の最低限のスペースに押し込められて、拘束されて、泣こうが喚こうが誰も助けてくれない。ただ、大きくなるまで、食べる、寝る、排泄するっていう生活をずーっとさせられる。
それが大体10歳になるまでくらい続いて、言葉は飼育員が話している言葉を少し覚える程度。あと、客をとるための誘い文句と、相手がどうすれば気持ちよくなるか教えられる。
平均的に10歳だけど、もっと前に売られている子もいる。そういうのはペドフィリアっていうんでしょう? まだ、それが何かもわからない内に売られて行く。ここではそれは慣れっこ。
客は海外の富裕層。
未成年に性的なことをさせると罪に問われるらしいけど、それは表向きの話で、社会の裏側じゃこういうのは横行している。闇売買してる人たちは痕を残さない。
それに、商品の管理は徹底してる。
絶対にここから逃げられない。
外の世界には刑務所って場所があるらしいけど、多分ここは刑務所よりも最悪だと思う。
ペドフィリアの人はよくここにくる。
多い人なんて、毎年買いに来てる。
多分……自分の興味の持てる年齢を超えてしまったら、捨ててるんだと思う。ここに戻ってくる子はいるけど、まともな状態で戻ってきた子は殆どいない。
酷いときは身体中に傷痕があったり、病気の末期だったりする。
でも、ここに戻ってこられる子はまだいい方だと思う。
だって、戻ってこないってことは殺されてるかもしれないんだから。
私は……珍しい客に会って、外の事とか、ここのことを色々教えてもらった。
仕事時間中で客との会話は本当は禁止。
私みたいに外の事とか、内の事とか商品に分かったら不都合だから。
その客は海外の富裕層らしいけど、日本語が上手だった。まるで母国語みたいに流暢な日本語で話していた。
盗聴器の場所も教えてくれた。盗聴器で声を拾えない場所でいつも話をした。
ベッドから音が聞こえないのも不自然だから、いつも携帯電話でアダルトビデオを流して誤魔化してた。
彼は私を逃がしてくれると言った。
私を買って、逃がしてくれると。
私は……生まれた時に売られてきたから、ここの生まれじゃないけど、生まれてすぐ売り飛ばされたらしいから、もうほぼここの子供。
それをどうやって知ったかというと、ここにある商品管理簿を見たから。
私の値段が知りたい?
10万円。
それがそのくらいの価値か、彼は私に教えてくれた。
赤い薔薇200本分くらいだよって。
私は薔薇が何か知らなかった。
だから、彼は赤い薔薇の画像を見せてくれた。
それは、私が見たことないくらい美しくて、私は彼に聞いた。「本当にこんな綺麗なもの200本くらいの価値が私にあるの?」って。
そう言ったら、彼は何故か泣いていた。
でも、10万円は私がここに売られたときの値段で、私を買うにはもっとお金がいるって言ってた。
具体的な値段は彼は言わなかったけど、すぐに私を買えるわけではないようだった。
私はまだ、これから客をまだまだとれるからそんなに安くは買えないらしい。
どういう話になってるかわからないけど、その客は段々来ることが少なくなった。
久しぶりに会って話すと、客は私に教えてくれた。客が金を積む度に、暴力団組織はそれに目をつけてどんどん金額を吊り上げているらしい。
だから買いたくても買えないのだと。
彼の総資産額を暴力団組織は把握していた。
だから、全資産を投げさせようと私の値段を彼の総資産額程度まで吊り上げた。
「なんで私にそこまでしてくれるの? 自分を犠牲にすることない」
「…………君は……ははは、こんなこと、言うつもりはなかったけどね。生き別れの妹そっくりなんだよ。本人じゃないことは分かってる。でも、なんだか放っておけなくてさ」
「……そうだよ。本人じゃない。だから自分の財産を全部すてることない。ここに多額のお金が入れば、またこの人身売買ビジネスが拡大し続ける。買わない事が1番だよ」
「そうだね……随分賢くなったな。呑み込みが早い。でも、そうじゃないんだ。財産なんてまた作ればいい。でも、君を見捨てたら、私は一生後悔すると思う。君はこの世にひとりしかいないんだから。誰にも君の代わりなんてできないんだ」
そんなことは初めて言われた。
私はここではただの売春婦。いくらでも代えはきく存在。
つまらない存在。
私がいなくなっても誰も悲しまない。
私には家族が何かすら分からない。
だから、妹を気にする彼の気持ちも分からない。
「もし……私が物凄く貧乏で、君にろくな食事をさせてあげられなくても、住むとこもがなくても、綺麗な服を着せてあげられなくても……それでもいいなら私は君をここから解放したい」
私は……難しい言葉で言うなら葛藤してた。
彼に凄く親切にしてもらった。
私は私にそんな途方もない値段があるとは思えなかった。だから、それをそのまま私は彼に伝えた。
「君は1本の薔薇の花を見て感動していたね。その感動が200回分の価値があるんだ。人生で200回も感動することはそうない。余計な資産を持つと、人間おかしくなってしまう。どんなにいい生活をしても、何も感じなくなる。物凄い価値が君にはあるんだ。自信を持って。私の人生を左右させるほどの価値があるんだ。価値って言うのは人それぞれだ。私にとって君は、二度目のチャンスなんだ」
結局、彼は私を暴力団組織の言い値で買ってくれた。多分、薔薇200本よりもずっとずっと高い値段で。
彼はお金を持っていなかった。私に全部使ってしまったから。
でも、不安はなかった。
あそこから抜け出して、外の世界を見た時は私は何もかもに感動した。
私が感動しているのを見て、彼は笑顔でいてくれた。
でもね、やっぱり幸せって長くは続かなかったっていうのが物語のセオリーなんでしょ?
そのセオリー通りになったよ。
私は病気を患ってた。
性病。
当たり前だよね。ずっと娼館にいて、まともな扱いなんてされてなかったんだから。
彼は手を尽くしてくれた。彼の友人を頼ってお金を工面してくれた。
でも、もう私の病気はかなり深刻になってたみたい。
段々、自分の事も、彼の事も、今までの事も分からなくなってきた。
自分がどういう状態なのかもわからなくなった。
でも、最後の最期、高熱を私が出したときに見えた。
真っ赤な薔薇の花束。
この世のものとは思えない程綺麗だった。
「この200本の薔薇の花が君の価値なら、それは素晴らしい事だ。私は誇りに思う」
私の人生を他の人の人生と比べることはできないけど、確かに辛かったような気がする。
外の世界は私が想像してたのとは全く違った。
子供は祝福され、優しく扱われていた。
知らなかった。
子供が泣いたらすぐに親が子供をあやしていた。
もし、私がそんな風に育っていたら……と、考えてみたけど、私の今までの常識と違いすぎて比較できなかった。
でも、私は最期のときに自分の価値が赤い薔薇200本分もあるんだと知って本当に嬉しかった。
そうして、私は息を引き取った。
***
「やぁ。こうして君の墓に毎年薔薇が200本持ってくるのはこれが最後になりそうだ。いや、これは残念な話じゃないんだよ。実は……最近体調が悪くてね。ずっと医者にはかかってないから分からないんだけど、多分、癌だと思う。かなり痛むから、もう来年まで持たないと思うんだ。やっと君の所へ行ける。それは嬉しい話だろう? …………こんなに歳を取ってしまった私でも、待っていてくれるなら……もうじきそっちへ行くよ。200本の薔薇は結構重いね。でも、君の命はもっと重かった。良かったよ。君が自分の命の価値に気づいてくれて。君を救えたことが、私の人生で1番の功績だ。お金なんて……大したことじゃない。人ひとりの命の重みが平等である世界を望むよ……それじゃ、また会おう。私は地獄に落ちるかもしれないけど、君がいる天国までいけるように努力するからさ…………本当に……それじゃ……またね……」
END