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狂った世界に私はいらない、狂った私に世界はいらない  作者: 毒の徒華


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52/95

それは本当に愛情ですか?




「くそっ……! 閉じ込められた!」


 そう。

 そう言った名前も知らない誰かの言った通り、私たち6人は突然の土砂崩れで洞窟の中に瓦礫がれきに蓋をされ、閉じ込められてしまった。

 ここは鍾乳洞しょうにゅうどう観光地。

 でも、観光で来たんじゃない。こっそりネットのオフ会で集まってきただけ。

 彼氏の杉村すぎむら謙一けんいちだけは知り合い。

 謙一は私のこと、少しだけ知ってる。

 私はあんまり人間味がないこととか。


「携帯の電波入らない。圏外だね」

「もう、最悪ー、ライブ配信しようと思ったのにー」


 土砂崩れが起きてここに私たちが取り残されてるってことは、数時間か、あるいは数日か、もっと悪ければ数週間気づかれない場合も考えられる。

 持ってきた飲食物は3日ももたないはず。

 この鍾乳洞観光所では、簡易的な宿泊施設があってキャンプのようなことができる。

 でも、それは食材を持ってこないと意味がない。


「謙一……いや、ネットネームで呼び合った方がいいかな。バッゾー」

「リサは本名とネットネームが同じだけど、大丈夫?」

「いいよ」

「リサ、どうする? このまま誰も気づかなかったら……俺たち死んじゃうかもしれない。食料だって、軽食くらいしか持ってないよ」

「どうかな……私みたいな危険人物がいなければ大丈夫じゃない?」

「…………」


 ネットフレンドなんて信用ならない。

 リアルな友人だっていつ裏切るか分からないのに。

 でも、謙一のことは信じているつもり。付き合い始めたのも、私の異常性を受け入れてくれてるから。

 異常性って言っても、別に犯罪行為をしたことはない。


 周辺を一通り調べたけど、脱出できそうなものはなかった。

 後は地道に土砂を手とか棒とかでかき分けて出るっていう方法があるけど、あんまり現実的じゃないかも。


「とりあえず、自己紹介もしてなかったから、自己紹介でもしよう。ネットではいつも話していたけど、俺はビーストボーン」

「私はクイーン」

「リサ」

「俺は……バッゾー」

「俺はディック、よろしく~」

「ギース……って名乗ってたけど、この場に限って“ドナー”って呼んでほしい」


 ――!


 他の皆は気づいてないようだったけど、私は「ドナー」と聞いてピンときた。


 ――少し、様子を見てもいいけど……でも、こんなときに“ドナー”なんて


 私たちのネットネームは名前はあるゲームのキャラからとったものをつけている。

 まぁ、ゲームのネタバレになっちゃうから言わないけど、元々のギースというキャラも殺人鬼の名前だ。それだけでも警戒すべきなのに、この場で“ドナー”なんて、分かって言ってるなら最悪だ。


 私はなるべく自然に振舞って、謙一を呼び出した。


「あのさ、この状況、ヤバいと思うんだよね」

「それは分かってるよ。食べ物も限られてるし……あと3日も持たない気がする」

「………………」


 謙一を無為に怖がらせても仕方ない。

 私の気のせいな可能性も十分ある。

 でも、私たちが好きなゲームは残虐性の強いゲームだ。それを好む人間が温厚で人徳に溢れ、常識的であるとも考えにくい。


「ドナーって奴、気を付けて。絶対にそいつと2人きりにならないで。できるだけ私から離れないで」

「……どういうこと?」

「いいから。とりあえずこれ、渡しておくから」


 私はボールペンを謙一に渡した。


「ボールペン?」

「いい? 人間っていうのは大抵ので殺せる。そのボールペンでどうやって殺すか分かる?」


 謙一は黙って首を横に振る。


「目を狙って。持ち方はこう」


 ボールペンのノックする方を左手で軽く握って、右手の平をボールペンの背に当てる。


「それで、目に突き立てたらこう刺すの」


 右手をボールペンの背を思い切り押す。


「こうすれば相手の視覚を奪えるだけでなく、脳に刺さればもしかしたら()()()()になる。右手で押すときは思い切り、一瞬で。いい?」

「…………できないよ」

「できなかったら、死ぬだけ」

「リサ……本当に君、リサっぽいよ」

「ははは、どちらかというとブラッドとバディって感じ。ちょっとドナーと話してくる」

「さっき2人きりにならないでって言ったのに」

「私なら大丈夫。そこから動かないでね、()()()


 ドナーについて調べる必要があると考え、私はドナーのところへ行った。

 大して広くないこの鍾乳洞の中、私はすぐにドナーを見つけた。


「ドナー、ちょっといいかな?」

「えーと……君は……そうだ、リサ。ゲームタイトルの名前」


 不気味な笑顔を見せてドナーは私の方を見ていた。


「2人きりで話したいんだけど」

「……いいよ」


 ドナーは元々ギースと名乗っていたこともあり、元のキャラクターのギースのようにポンチョを着ている。

 もしかしたら、そのポンチョの中に武器を持っているかもしれないと考える。

 私は移動しながらドナーに話しかけた。


「ギースの特徴の鳥の仮面は持っていないんだね」

「あぁ、流石にあれは現代では恥ずかしいよ。ははは」


 それで、塞がれてしまった鍾乳洞入口に私たちは到達する。


「こんな状況で“ドナー”を名乗るなんてどういうつもり?」

「ドナーっていうのは臓器提供者のことだよ?」

「ははは、ギース……貴方が言っているドナーっていうのは臓器提供者のドナーじゃなくて“ドナー隊”のドナーって意味に聞こえたんだけど」

「!!!」


 そう言った私の言葉で、ドナーは大きく目を見開いて驚き、そして私の両手を握ってきた。

 かなり興奮している様子。


「これが分かるなんて……俺は嬉しいよ」

「気持ち悪いから放して」


 手を振り払っても、尚もドナーは嬉しそうに私を見ている。


「その考え、別に悪いとは思わないよ」

「本当!?」

「でも、私とバッゾーを巻き込まないでくれる?」

「バッゾー……リサの彼氏。君たち、本当のカップルなの?」

「そうだよ。だから私たちを巻き込まないで。でも、この状況だから()()しないといけない時が来るかもしれないとは思ってる」

「ははははは、本当に嬉しい。君は俺と同じだ……運命を感じる。異常者のフリをしているんじゃなくて、本物の異常者だ」

「異常者探しのためにこのゲームのオフ会参加してるの?」

「まぁね。ねぇ、バッゾーと別れてギースと付き合うってシナリオはどう?」

「無理。とにかく要件は伝えたから。私の要件を飲まない場合、臓器提供者の方のドナーになってもらうからね」


 それだけ伝えて私は謙一のところへ戻った。落ち着かない様子で謙一は私のことを待っていた。


「大丈夫だった?」

「……どうかな。謙一はトイレ以外は私の目の届くところにいてほしい」

「リサは大丈夫なの?」

「そうだね。素手で人間を殺す方法教えようか? 二撃必殺技と、硬め技のどっちがいい?」

「あー……なら大丈夫かな」


 謙一はそう言って笑っていた。


 土砂崩れがあってからは相変わらず救助もこないし、電波も入らないので携帯が繋がらない状態が続いた。

 スマホの充電が勿体ないので、謙一と私は交互にスマホの電源を入れて電波が入らないかどうかのチェックをした。

 でも、電波は入らず、圏外のままだった。

 それから私と謙一は持ってきた食料を少しずつ食べて2日凌いでいたが、流石に鍾乳洞にくるのにこんなことになるとは思わなかったので、ほんの少しの軽食しか持ってきていなかった。

 でも、水はそれなりの量を私は持っていた。


 水は食料と違って替えが利かないから。


 他のディックとクイーンとビーストボーンは順調に(?)弱っていった。

 当然だ。

 水を飲まなければ人間は見る見るうちに衰弱していく。

 喉の渇きは想像を絶する程苦しい。

 だから私と謙一に水をくれと言われないように、私たちは陰で水を飲んでいた。

 ドナーの方はというと……やはり何故か大量の水を持ってきていた。

 まるで、こうなることを予見していたみたいに……


 ――まさか、あの野郎……こうなるように仕向けてたのか……?


 だとしたら、ドナー……本当にギースのような殺人鬼じゃないか。

 これ以上ここにいたら危ない。

 私だけならなんともできるが、謙一を守りながらでは難しい。

 少なくとも、ディックとクイーンとビーストボーンはあと2日か3日で死んでしまうだろう。


 そうしたら、()()が始まる。


 でも、()()しなければ、私たちもこのままでは危ない。

 身体が動くうちに色々調べてみたし、崩れてきた土砂をなんとかどかそうとしたけど、無理だった。


 残された道は……


「リサ……もう随分眠ってないんじゃない?」

「少しは寝てるよ」

「でも、かなり弱ってる……」

「……こういうとき、男性より女性の方が生き残りやすいって知ってる? 女の人には脂肪が多いから、それで助かる確率が高いって」

「……リサ、殆ど脂肪なんてついてないじゃん」

「見た目と脂肪率は違う」

「ははは……()()()()()()がかかってるの? 面白いね」

「いいから、寝てて」


 私は全員が寝静まる時を待っていた。

 というよりは、誰かが餓死するときを待っていたというべきか。

 餓死者が出たら()()が始まる。

 そのとき、ドナーは自分の荷物を一瞬離れるだろう。

 もし、ドナーが異常者で、本当に目的が私の思っていることが目的であるならここから出る方法を知っている・持っているはずだ。


 案の定というべきか、ディックとクイーンとビーストボーンはそれぞれがぐったりしていたが、一番痩せていたビーストボーンが1番初めに死んだ。

 死んだと分かったのは後になってからだから、その時は知らなかった。

 私がドナーの荷物を漁った時に、すぐに探していた物は見つかった。


 ――は……掘削用のドリル……? ゆっくり外に出るつもりってこと?


 それと、小型爆弾を見つけた。


 ――安心した。やっぱり、このくらいは持ってきてるよね


 私は小型爆弾を手に取って、すぐに謙一を起こして鍾乳洞入口付近に移動した。


「小型爆弾だけど、この閉鎖空間で爆発させるとかなり離れないと炎がきて危ない。でも、かなり離れたところでまた上の岩が落ちてきて塞がれたら意味がない」

「つまり……?」

「これ」


 鞄から家庭用アルミホイルを取り出した。これはキャンプ的なノリで、何か焼くために持ってきたのだが、こんな形で役に立つとは思わなかった。

 謙一は「冗談だろ」というように、頭を両手で押さえて悩んでいる。


「そんなんでどうにかなるの?」

「なるなる。長さが足りればね。端の方はちょっと火傷するかもしれないけど、生き埋めで死ぬよりましでしょう?」

「足りなかったら?」

「どっちかが逃げて助けを呼べば助かる。そう慌てないで」

「だって……どっちかが残るとしたらリサが残るつもりでしょう?」


 そうだ。

 あんなイカれたドナーと謙一を一緒にしておくわけにはいかない。


「そうだよ」

「駄目だよ。もう体力も限界のはず」

「大丈夫。それに、謙一はボールペンで人を殺せないでしょ?」

「…………」


 そんな話をしている内に、私は小型爆弾を設置した。

 この程度の簡単な小型爆弾くらい、私なら簡単に設置できる。あとは、起爆スイッチを押すだけ。

 アルミホイルは幸運にも2人分あった。

 爆風が来ない程度のところで、私たちはアルミホイルにくるまって覚悟を決めた。


 そして、起爆スイッチを押した。


 ドン!!!


 鍾乳洞のツララが落ちてきて死ぬ可能性も勿論考えていた。

 でもヘルメットはなかったから、私と謙一はカバンを頭上に置いていた。だから、ツララで死ぬことはなかった。

 でも、私は脚にツララが運悪く刺さってしまった。それほど重傷ではなかったけど、私の動きを鈍らせるには十分だった。

 謙一は私を連れて行こうとしたけど、私は謙一の背中を無理やり押して逃がそうとした。

 小型爆弾だったが、かなりの威力で見事に土砂崩れしたところは吹き飛んだ。でも、また上の土砂が落ちてくる可能性は十分ある。

 吹き飛ばした辺りはまだ爆風や炎で熱かったが、そんなことを言っている場合ではなかったので怪我をした脚を引きずりながら、謙一を外に逃がす。


「スマホちゃんと持ってる?」

「持ってる! でも、やっぱり一緒にいこう!」

「いいから行って! 助けを呼んできて! ()()()()()()()()()()()()()()()()!」


 そう言われた謙一は覚悟が決まったようで、私を置いて走っていった。

 その直後、またガラガラと上の土砂が落ちてきて、道は塞がった。当然だ。結構な爆発だったから。


 当然、爆音が鍾乳洞中に響いたのだから、動ける状態のドナーが慌てた様子でやってきた。


「…………やぁ、君は残ったんだね」

「脚、やっちゃったからね」

「ちょうどいいや。ねぇ、これから食事にしない?」

「………()()は?」

「ははははは……君とは長い間楽しめそうだね。君と相談しようと思って」

「……」


 断っておくけど、私は別に抵抗はない。

 でも、()()をしたら謙一に迷惑をかけてしまう。

 でも……この状況、もし私が死んだりしたら、もっと謙一に迷惑をかけてしまう。


「興味はあるけど、私はいい」

「どうして?」

「美味しくなさそうだから……かな」

「その怪我……我儘を言っている場合じゃないと思うけど?」

「私は我儘だよ。でも、我慢ができる」

「我慢? 狂気の世界に我慢なんて必要ない。自分を開放して? 君はとても素敵になる。誰よりも狂った世界も望んでいるはずなのに、どうして?」


 それを聞いた私は失笑した。

 言おうかどうか迷ったけど、それでも私は言いたくて仕方なくて、言った。


「私一人の狂気なんて大したことない。相手が私の狂気を引き出してくれる。その点、バッゾーは最高だよ。彼は私に狂気をくれる」

「俺よりも彼は狂気に満ちているとでも?」

「ギースにドナー……名前を借りて狂人のフリをしても、結局貴方は狂気に憧れているだけだ。人肉を食べる程度の事、どうでもいい。簡単だ。肉なんてどれもこれも味とか食感が違うだけで同じ。知らずに食べればどいつもこいつも“これはタヌキの肉です”とでも言えば信じる。でも、本物の狂気はそんなものじゃない」

「……では……本物の狂気とは?」

「ふふふ……それはね――――」




 ***




「貴方は、本物の狂気とは何を指すのだと被告人に言いましたか?」


 自称ギース・トンプソン、改め、小原おはら一平いっぺい被告人の裁判員裁判が始まって、少し日が経った頃、私は証人として呼ばれた。

 嘘をつかないという宣誓をしたので、私はその質問に正直に答えることにした。


「“それは愛情”だと答えました」


 それを聞いた法廷にいたほぼ全員がざわめいた。

 それを裁判長が「静かにしてください」とけん制する。


「何故愛情が本物の狂気だと思うのですか?」

「どう考えても、愛情というのは不合理な考えだからです。時には危険な場面で自分の命をしてまで相手を助けたりする。何の利点にならないと頭で理解していながらも、愛情という狂気に支配されて行動して破滅してしまう人は少なくない。愛情などと言えばとても聞こえはいいですが、自分の破滅を助長するような行為を美化して言うのは好きではありません。私は被告人がドナーを名乗ったときに人を食うつもりだとすぐに分かりました。アメリカの実話でドナー隊が食人カニバリズムをして生き延びた話を知っていましたので。私は、私一人なら同じことをしたでしょう。食人カニバリスムに興味はありますし。どんな味がするのか、知りたいです。今でも」


 私の発言でまた法廷はまた大きくどよめいた。


「何故、貴方は人間を食べようとしなかったのですか?」

「面白いことを聞きますね」


 冗談を言ってみせると傍聴人は笑っている人もいた。


「謙一に迷惑がかかると思ったからです。被告人を殺すのは簡単でした。危険だと判断した瞬間に殺そうかとも真面目に考えました。殺そうかと考えたのは謙一が危険にさらされるからです。でも、私が殺してしまったら逮捕されて刑務所に入れられる。そうすると謙一が悲しむ。私は殺しなんて何とも思っていません。人を食べることも抵抗はありません。でも、謙一が悲しむと思ってそうしませんでした。今までも、これからも。でも、私は血生臭いのが好きな性分なので、謙一がいなければ歯止めがきかなくなってしまうと思います。必要であれば人も殺すし、他に食べ物がなければ人の肉だって食べる。それは、愛情という綺麗な言葉で片付けるには余りある“狂気”なのです」




 END





※この話に出てくる「ゲーム」とは『LISA: The Painful』という実在するゲームです。最高に残酷でシュールなポストアポカリプスを感じたい方は是非プレイして絶望を味わってください。

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