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狂った世界に私はいらない、狂った私に世界はいらない  作者: 毒の徒華


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手に入らないからほしいんですか?




 私は34歳。女性。会社員。

 給料はそれなり。既婚。

 夫も働いているし、お金に困ってる訳じゃない。欲しいものはそれほど高価なものでなければ買える程度に裕福な家庭のはず。

 家族関係で困っていることもないし、こっちの両親も相手の両親も健在。祖父母も元気で、家族全員仲がいい。全員健康で、借金とかもない。

 唯一、歳の離れた妹とはあんまり仲良くないかな。


 こんなに恵まれた生活でも、つらいことがひとつだけあって……


 それは、私たち夫婦には子供ができないこと。

 妊活はしているけれど、どうしても子供ができない。医療機関で不妊治療はしているけど、それでも上手くいかない。

 もう私も年齢も年齢だし、かなり焦っている部分もあった。


「孫の顔が見たい」


 なんて、両親に言われると針のむしろ

 明るく返事をしているし、不安にさせないようにはしてるけど……でも、ときどきもう駄目なんじゃないかって泣いてしまうこともある。

 夫もかなり協力してくれるし、優しくしてくれるし、子供ができないこと意外は完璧なのに。


 私は子供が大好きだ。

 無邪気な笑顔を見ていると癒されるし、元気な声を聞くと「いいなぁ」って思う。電車の中で赤ん坊が泣きだすと冷たい視線を向けて舌打ちする人もいるけど、私は信じられないと思う。

 子供の世話をするのは確かに大変だと思うけど、それ以上の幸福があると信じてる。

 それに、自分の子供と一緒に私も成長していけると思うし、大好きな夫との子供が可愛くない訳ない。

 子供を虐待したり、殺してしまったり……そういうニュースも頻繁に見かけるけど、信じられない。自分の血を分けた子供を殺すなんて、異常者のすること。


 たまに実家で妹と会うけど、妹はまだ結婚なんて全く考えてないみたいで遊び回ってるみたい。


 私は、やっぱり妹と仲良くやっていけない気がする。


 妹の荷物が玄関にある時に、チラッと見えちゃったんだよね。

 避妊用のピルとか、大量のコンドームとか。

 見えないところに入れておいてよって思うけど、妊活頑張ってる私がそれを言うと本気で怒ってるみたいで大人げないから何も言わなかった。


 それだけじゃなくて……妹がお金をせがんできたことがある。


「お姉ちゃん、後で返すから10万円貸して」


 何に使うのか何度聞いても妹は答えなかった。

 何か後ろめたい事にその10万円を使うんだろうってことは分かったけど、何度断っても必死に食い下がってきたから、そのとき、仕方なく10万円貸した。

 確かに後で10万円は返ってきたけど、そんなに急いで10万円を仲良くもない私にせがんできた理由が分からなかった。


 不妊治療を続けても効果が出ずに、私はいつの間にか34歳から35歳へ、35歳から36歳へと時間は残酷に過ぎて行った。


 そんな中、妹は誰の子供か分からない子供を妊娠した。

 家族は表面上は反対していたけど、やっぱり子供ができたことが嬉しかったのか堕胎手術は勧めなかった。

 どんな経緯があったのか知らないけど、せっかく授かった命。簡単に中絶するのは子供が可哀想。


 でも……正直、こんなに頑張っている私に子供が出来ずに、大して子供がほしくもなさそうだった妹に子供が出来て、妬ましい気持ちもあった。

 なんでほしいと思ってる私にはできなくて、誰の子なのか分からないような妹のところに子供ができるのか。

 神様は不平等だと思った。


 妹はシングルマザーとして産んだ子供を育てた。

 最初はどうしていいか分からない様子だったし、子供にそれほど関心があったようじゃなかったけど、徐々に子供に愛着がわいたのか、良い母親になったと思う。


 一方私は……まだ不妊治療を続けていた。

 もう30代後半で若くないと自分で思うし、夫も頑張ってくれてるとは思うけど、妊活の回数は減っていった。


 もう駄目なのかな……


 って、思ってた私に、やっと神様は子供を授けてくれた。

 妊娠してるってことが何よりも嬉しかったし、夫も喜んでくれたし、家族もかなり喜んでくれた。

 妊娠してからがスタート地点で、流産しないように安静にしていたし、子供が生まれてから不自由な思いをしないように玩具おもちゃとか、知育ができるものとか、できるかぎり子供のために準備した。


 でも、ある日病院に検査に行ったとき、お医者さんに言われた。


「生まれてくる赤ちゃん、障害がある可能性が高いですが……どうされますか?」


 私の選択はそれでも産む一択だった。

 でも、それを聞いた夫は青ざめた顔をしていて、出産することに反対された。

 やっとできた子供なのに、やっと私の元に来てくれた子供なのに、どうしてそんな酷いことを言うのかと夫と喧嘩になった。

 でも、長い時間話し合って、夫も産むということで納得してくれた。


 そして、私は男の子を出産した。

 産まれて来てくれてありがとうって気持ちでいっぱいで、写真も沢山撮ったし、子供との時間を沢山とるために仕事もやめた。


 息子はなかなか立ち上がったり、言葉を発したりしなかった。

 私は精一杯息子と向き合って、色々手を尽くした。

 子供の事になると熱くなっちゃって、子育てに積極的でない夫と喧嘩になることも結構あった。


 そんな私に疲れてしまったのか、夫は離婚届を持ってきて私にサインするように言った。

 私は会社を辞めてしまったし、夫がいないと経済的な余裕もなくなってしまう。仕事に行かないといけなくて、子供との時間がとれなくなってしまう。

 私が息子を愛さずに、誰がこの子を愛してくれるのか。


 結局、話し合ったけど夫はもう私に疲れ切ってしまっていて、養育費や婚姻費用を払ってでも離婚しようと離婚調停をした。

 そんな夫に私も呆れてしまって、裁判も時間がもったいないし、早く終わるようにした。


 私は夫名義の家から出て行かなければならず、安いアパートに引っ越すことになった。

 今まで経済的な面で苦労していなかったけど、私は夫と離婚することになったのも急だったし、再就職先を見つけなければならなかった。

 正社員の面接に何十回も行ったけど、年齢的な問題とか、子供がまだ小さいという問題とか、色々理由はあって正社員にはなれなかった。

 それでもどこかで働かなければならず、なりふり構わず私はパートでもアルバイトでも働くことにした。

 でも……やっぱりパートだと給料は安いし、生活はギリギリ。

 子供を保育園に預けて、私は朝から夜遅くまでパートを掛け持ちして働いた。


 帰ってきてクタクタになってるときに夜泣きとかされると、正直かなりしんどかった。

 他の子供と比べると、全然何もできるようになってくれないし。

 世話の手間がかかって、大変だった。

 それに、安いアパートに引っ越したから、子供が走り回ったり大声で泣いたりすると近所からクレームがくる。

 子供なんだから仕方ないでしょって思うけど、なんとか謝り倒して許してもらった。

 でも、アパートの管理会社から「貴方のせいで何人も引っ越してるので、出て行ってもらいたい」と言われたときはかなりこたえた。子供のことだから大目に見てもらってたけど、でも周りの目は冷たかった。


 どこに行っても、息子が騒ぐと白い目で見られるし、それが日常だったから構わないでいると「親のしつけはどうなっているんだ」って陰口を言われたりもしょっちゅうで、肩身の狭い思いをしてた。


 毎日毎日、それの繰り返し。


 私は精神的に参ってきて、癒しを求めた。

 そんな中、私はマッチングアプリで知り合った男性と仲良くなった。

 でも、子供がいるってことは言えなくて。

 実際にその男性と会って話してみたら驚くほど趣味が合ったり、性格があったり、もう私はおばさんだけど、それでもこうして向き合ってくれる人はいるんだって嬉しかった。


 私はどうしてもその男性から見放されたくなくて、家を空けることも多くなった。

 多めにご飯を作っておいて、一週間とか家を空けて男性の家に泊まりこんだり。

 子育てに追われない生活って、こんなに余裕があるものだったんだって思った。まだ私はオンナなんだって感じられるのも良かったし、もう何もかもどうでも良くなって、大量に食料を買いこんで息子と同じ部屋に置いて、ガムテープで息子が部屋から出られないようにして、夢中の男性と逃げた。


 最高に楽しかった。

 男性がお金を出してもらって食事をしたり、旅行に行ったり、お泊りしたり、男性の家で料理をして一緒の時間を楽しんだり。

 肩の荷が全部降りたような気がして、私はもうあの家に戻りたくないって思った。

 食料は大量に置いてあるし、死んだりしないだろうって思ってた。


 でも、ある日男性との関係も唐突に終わりを迎えた。

 私が買い物をしているときに、警察官に声をかけられて……逮捕された。

 逮捕されてから、私の息子が数週間前に死んでいたということを警察に知らされた。


 私は逮捕されてしまったけど、でも心の底からホッとした。

 もう子育てしなくてもいいんだって思って。

 もう周りの白い目に晒されなくていいんだって。

 もう私は自由なんだって。


 もう、子供ができなくて苦しんでいた時の事なんて忘れてしまった。

 私が欲張ってどうしても子供が欲しいなんて思ったから罰があったったんだと思った。


 死んでいる息子を見て、私はやっと息子から解放されたのだとうれし涙まで出てきた。


 私は好きだった男性に事実が知られて関係は破局したけど、でもそれでもよかった。

 私は刑務所に入ることになったけど、それでも良かった。


 あぁ……もう子供なんて絶対いらないです、神様。


 私は自分が事件の当事者になるとは思ってなかった。

 子供がほしいとずっと思ってた時はそんなのありえないって思ってたけど、当事者になってその苦労が分かったから。

 私は夢を見ていたんだと思う。


 そうだ。

 子供ができてから自分の時間も満足にとれなかったし、子供は思い通りにならないし、思ってたのと全然違った。子供のために頑張っている自分をほめてくれる人もいなかったし、いざというときに誰も助けてくれないし。

 そんな私の考えが甘かったんだから仕方ないよね。


 一方で、妹は子供がまたできたらしい。

 妹は新しい彼氏と正式に籍を入れて、幸せに家族生活をしているらしい。


 なんでこうなっちゃったのかな。

 私の考えが甘かったのかな。

 里親に出すとか、赤ちゃんポストとか、他に色々あったと思うけど結局息子が社会で上手くやっていけるとは思えなかった。

 だからこれで良かったんだと思う。

 私の自己満足で産むって押し切ったけど、夫の意見も冷静に受け止めるべきだったのかもしれない。


 もう、子供はいらない。

 私は自由に生きることにした。世間体とか、家族の圧力とか何も気にせず、幸せな家庭の皮を被った偽物の幸せも、全部なくなって良かった。


 私は、私が異常者だと思っていた人たちと同じになっちゃった。

 でも、同じ状況になったらきっと異常者になっちゃう人もいると思う。


 裁判で「子供を愛していましたか」って聞かれたけど、正直に答えられなかった。

 息子は私の生活の足手まといだったし、産まなければ良かったって何度も思ったし。それを取り繕って「愛していました」とは言えなかった。


 結局、こうやって子供を殺す犯罪者ってうまれちゃうんだな……。


 今はこうして刑務所でノートにこれを書いているけど、出所する頃にはこんな私の事なんて誰も覚えていないだろうし、出所した後の生活もままならないだろうし、私、どうしたらいいのかな。


 あぁ、今日も眠れない夜が続いていく……。



 END




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