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浮気した方が悪いでしょう?(2)




 俺は幸香からの連絡を座して待った。

 いつ、なんときも5分以内に連絡を返せと幸香が言うものだから、俺はいつでも対応できるように幸香だけ着信音を爆音でなるように設定した。

 夜中に鳴ったら近所から苦情が来るかもしれないが、1か月の辛抱だ。それに夜中に連絡してくるとも限らない。


 まだ幸香に叩かれた頬が痛い。

 少し撫でてみるが腫れているような気がする。


 幸香の家に泊まろうと考えていたのに泊めてもらえず、終電を逃してしまった俺は近場のホテルを取ってそこにチェックインした。

 ホテルのベッドに身体を投げる前に、スーツを脱いでその辺に放り投げる。


「はぁ……シャワーでも浴びて寝よ。ホテルじゃすることもないし……」


 せいぜいできることと言えば、エロ動画を見て自慰にふけることくらいしかすることがない。

 幸香とセックスできると思っていただけに、なんだか気持ちのわだかまりがあり、俺はスマホでエロ動画を漁りだした。


 ――今日はS女凌辱もののAVでも見て抜こうっと……


 興奮できそうなエロ動画を見つけたのでズボンと下着を脱ごうとした矢先、スマホが爆音で鳴った。


 ♪~♪♪♪~♪♪~♪~


「うわぁっ!?」


 驚いて俺はスマホを床に落としてしまった。その拍子にスマホの画面にひびが入る。


 ――げ……画面に皹入った……


 アダルトサイトを見て多少は興奮気味だったのに、画面に皹が入ったことと、爆音の着信音に驚いてムラムラしていた気持ちなどどこかに行ってしまった。

 爆音で鳴るという事は、幸香からの連絡という事だ。メッセージを俺は確認する。


【1回目:陰毛を全て剃って、その写真を私に送る。写真の中に今日の日付と名前が分かるものを写すこと】


「なんだこれ……」


 待てよ。

 待て。

 これはきっと幸香が俺がこれ以上浮気できないようにっていう嫉妬心からくる束縛だ。

 陰毛を全部剃ったら恥ずかしくて俺は他の女の子とセックスすることができない。だからそうしろと言って来ているんだ。

 なるほどな。


 ――まぁ、それくらいならいっか……ちょっと恥ずかしいし、しばらくチクチクするけど……


 俺は一先ず「分かった。今からシャワー浴びるからちょっと待って」とだけ返事をしてシャワーへと向かった。

 幸香の言う通り、風呂場で可能な限り陰毛を剃った状態にし、ホテルのメモに今日の日付を書いてそれと俺の保険証を写しながら写真を撮って、幸香へ送った。

 するとすぐに幸香から返事が返ってきて「OK。次は明日」とだけ返ってきた。あまりにも爆音に設定しすぎたので、俺は少しばかり幸香からの着信の音量を下げることにした。




 ◆◆◆




 それから毎日、時間はまばらだったが、仕事をしている時間以外に連絡がきた。

 ときどき早朝に連絡が来ることもあったが、俺は10日連続できちんと幸香に指示された内容を実行していた。

 内容は他愛無いものが殆どなのだが、時々「え?」と思うような内容が送られてくることがあった。


 例えば「『死者の行進』というホラー映画を観た感想を私に送る」とか「指のササクレをむしる」とか「右耳にピアスをあける」などだ。

 ピアスを開けていなかった俺には相当な抵抗があったが、雑貨屋に行ってピアッサーを買い、右耳にピアスをあけて写真を撮って送った。

 映画の『死者の行進』は人がどんどんゾンビに食い殺されていくパニックホラー映画だった。俺は普段こういうのは観ないから、結構グロくてきつい。しかも、それを夜中に観ろと言うのだから、相当に肝を冷やすことになった。

 更に言うなら、指のササクレを毟るのは血が出て痛かったし……俺に対する罰だと考えれば軽いものなのだろうが。


 幸香は会社ではいつも通りで、別に何も変わった様子はない。一番初めの俺の陰毛を剃った画像などが会社でばらまかれているということもないし、俺は一安心していた。

 けれど、最初に陰部の写真を送ってしまったがために幸香のいう事に俺は逆らえなくなってしまったという気持ちはある。

 もし写真をばらまかれてしまったら保険証の名前も生年月日も画像の中に入っているし、俺の恥部が世界に晒されてしまうかもしれない。

 俺も流石に不安になって調べてみたら、それは「リベンジポルノ」というものになるらしい。それは犯罪だ。まさか幸香がそんなことをするはずがない。

 だが、なんだか俺は若干の寝不足も相まってずっと不安になっていた。

 寝不足のせいもあって仕事もいつも以上に上手くいかないし、彼女には「必ず5分以内に返事」と言われていて精神的に結構きつかった。

 いつ鳴るともわからない緊張感はかなりきついものを感じる。


 だが、それを達成する度に最初は「OK」とか、そういう短い返事しかなかったものの、俺が証拠の写真を送ったり、言われた映画の感想をきちんと述べると幸香は以前と変わらない様子で返事を返してくれた。

 なんだかそれが本当に嬉しくて、俺は頑張ってそれに応えようと考えるようになったのだ。


 その中、10日経ったら1回ご褒美があるということで俺は頑張った。

 そのご褒美内容としては幸香の手料理1品。

 俺は幸香の作るオムライスが大好きで、どうしてもそれを作ってほしいとお願いしてあった。

 仕事終わりに待ち合わせをして幸香の家に行ったとき、俺はそのオムライスを振舞ってもらい、そのとき、俺は不覚にも食べながら泣いてしまった。

 もうこれが食べられなくなってしまうんじゃないかと思うと怖くて。


 いつも俺がコンビニ弁当ばっかりだってお弁当を作ってくれたり、料理作ってくれたり、俺が好きなものも沢山知ってくれて、嫌いなものも食べやすいように料理してくれて、それを今まで当たり前だと思ってた。

 食べてそのまま、お礼も言わずに「これ、ちょっと味付け薄い」とか言って文句すら言っていた。そんな自分が今物凄く情けない。

 彼女が俺に料理を作ってくれることは何一つ当たり前の事ではないのに、俺はそれに甘え切っていた。


「ごめん……本当にごめん……っ」

「…………」

「凄く美味しいよ。この世で一番美味しいっ……うっ……」

「そう。なら良かった」


 10日頑張ったご褒美が本当に嬉しくて、それだけで胸がいっぱいになった。


「それじゃ、あと20日頑張ってね」

「20日のご褒美は何?」

「何がいい?」

「うーん……デートとか……駄目かな?」

「どこに行きたいの?」

「幸香の行きたいところでいいよ。俺、幸香と一緒ならどこでもいい」

「なら……博物館に行きたいかな。歴史博物館」

「うん。じゃあそうしよう」


 俺は、歴史博物館なんて微塵も興味がなかった。

 前に付き合っていた頃であったなら「興味ないから嫌だ」と突っぱねていただろう。でも、幸香とデートに行けるならどこでもいい。俺は地獄の果てでも一緒に行く。


「それじゃ、また10日後。ちょうど土曜日だね」

「わかった。オムライス作ってくれてありがとうな」


 そう言って俺たちはその日は別れた。

 何度でも言うが、幸香のオムライスは本当に絶品だ。卵の焼き加減、味付け、ケチャップライスも具材が豊富で栄養もある。誰が食べても「美味しい」と言うと俺は思う。

 それが食べられたのは本当に幸せだった。




 ◆◆◆




 幸香は徐々に変な時間に連絡してくることが増えた。

 指示内容もなんだかおかしな方向に行っているように思う。


【12回目:爪で腕に「好き」と引っ掻き文字を書いて写真を撮って私に送る。文字として認識できるまで何度でも爪痕をつける】


【13回目:今日は1日階段を1段飛ばしで降りる】


【14回目:水を1時間以内に3L飲む】


 等、何を意図しているのか分からないものになっていった。ちなみに1時間以内に3L水を飲んだ時は気分が悪くなり、眩暈や頭痛がして脱力感に見舞われた。お腹も壊したし、やけに怠い状態になった。

 それを報告すると「そっか。あんまり水飲みなれてないんだね」と返事が来た。飲みなれたらそうならないのだろうかと疑問はあったが深くは考えなかった。


 真夜中に起こされることも増えて、俺は明らかに寝不足の状態に陥っていた。

 1日に2回命令がくることもあり、やっと眠くなった頃に再び起こされたりなど、緊張状態はずっと継続していた。

 それでも、返事を必ずしなければと考え、俺は頑張って必ず5分以内に返事を返した。


【17回目:『ボイス』というホラー映画を観て感想を私に送る】


 この『ボイス』というホラー映画は、死者の声を聞くことのできる主人公が、生前に殺されたり、自殺に追い込まれた霊の声を聞いて復讐していくという内容のホラー映画だった。

 正直、眠くて頭に入ってこない部分が沢山あった。だが、飛び降り自殺をしたり、首つり自殺をしたりするシーンが生々しく、それだけははっきりと覚えている。

 うろ覚えで映画の感想を幸香に送ると「もう一回ちゃんと観て」と言われ、またそのキツイ映画を2回目見る羽目になった。


【19回目:私の事、どれだけ好きなのか作文にして送る】


【22回目:1時間おきに、誤差5分以内に5回私に連絡してくる】


 俺はなんでも言われたとおりにした。

 どれだけきつくても、幸香が戻ってきてくれるならこんなことは何でもない。

 そう思って俺は従い続けた。幸香も指示に従い、何でもやって見せた。もう多少恥ずかしい命令であったとしても、感覚が麻痺してきてしまって何も感じなくなってきた。


【23回目:女装をした姿で私に女装写真を送る】


【24回目:ウイスキーのロックを3杯1時間以内に飲んでから、道路の白線の上をコンビニまでの道のりに歩き続け、コンビニで缶チューハイを買って飲みながら帰る】


【26回目:「眠れない」と言って精神科で睡眠薬を処方してもらう。とにかく酷い不眠だと訴える事。寝ようとしても何時間も眠れないし、寝てもすぐに起きてしまう。強い睡眠薬を出してほしいと伝える】


 確かに俺は最近眠れていない。でも、別に寝たいのに眠れない訳じゃない。でも、俺は言われたとおりに精神科に行って、言われた通り強い睡眠薬を出してほしいと言った。

 詳しいことは分からないが、医者は「最初は弱いのを出しますね」と言った。

 それを報告したら「これじゃ眠れないって言って。睡眠薬自体は飲まないこと」と返事が返ってきた。


【28回目:『赤い雨の降る部屋』というサイトを閲覧し、2004年からすべての画像と日記を閲覧する】


 これはなんというか、ホラーサイトというよりは、病んでいる女子高生がリストカットの画像をあげているサイトだった。

 不幸な家庭事情や、レイプされた体験談、恐怖、孤独などについて綴られていた。

 彼女にとどめを刺した出来事は恋人の浮気だった。恋人に浮気された彼女はもう心のよりどころを失って、最終的に「もうこの世からさよならする。ばいばい」と書かれた日記を最後に、更新は途絶えていた。

 恐らく、死んだのかもしれない。


「………………」


 幸香はそんな風には見えないけれど、でも俺が浮気したことで傷ついたのかもしれない。「信じていた人に裏切られるのはつらい」とそのサイトの女の子も綴っていた。

 もし幸香をそういう気持ちを抱かせてしまったのなら本当に申し訳ないと思う。

 そのサイトを見ろと言ったのも、俺にそれを気づかせる為だったのかもしれない。

 そう思った俺は、長文の感想を幸香に送った。




 ◆◆◆




 そして20日が過ぎ、約束の土曜日のデートの日になった。

 待ち合わせしていた駅に向かっている最中、俺は寝不足で頭がぼーっとしている。これから幸香とデートだっていうのに、全然目がクリアに開かない。

 これでは駄目だと、俺はカフェイン多めのドリンクを2本買ってそれを飲む。

 待ち合わせはいつも俺が遅れて行くことばかりだったけど、俺は待ち合わせの30分前には到着していた。

 徐々にカフェインが効き始めたのか、目もはっきりと開いて、意識も鮮明になってきた頃、待ち合わせ時間の10分前に幸香は現れた。


「珍しいね、早く来てるなんて」


 幸香は白いワンピースを着ていて、白い肌がとても綺麗だ。寝不足であることなんて些細なことに感じるほどに美しい。

 こんな彼女を連れて歩けることが本当に幸せだ。


「いつも、待たせてばっかだったからさ」

「そうだね。なんか、人が変わったみたい」

「ははは……幸香の為に変わるよ。俺も、やっと責任の持てる大人になってきたって感じ」

「あっそ。じゃあ行こうか」


 幸香と一緒に俺は博物館に行った。

 俺の予想通り、やはり俺にとって博物館というのは退屈だ。歴史的に貴重なものなどを見ても全然感動できない。

 だが、俺は展示品を真剣に見ている幸香の姿を見られて、それだけが嬉しかった。


 ――やっぱりスタイルいいし、綺麗だなぁ……良い匂いもするし……


 そう俺が思っている中、幸香は虫の剥製を幸香が見ていた。俺は虫が苦手なのであまり凝視できなかったので見ている幸香を見ているという状態だ。

 その剥製を見ながら幸香は話し始める。


「ある種の虫は、交尾が終わるとメスがオスを食べたりするって聞いたことない?」

「へぇ。そうなんだ……知らない」

「カマキリとか有名だね。絶対そうする訳でもないみたいだけど」

「ふーん……」

「ある種のクモは、オスが自分の去勢をしてまで他のオスとそのメスが交尾させないように交尾管に栓をするんだってさ」

「へぇ……幸香、詳しいね。そういうの勉強してたの?」

「本とか読んでると、たまにそういう話が出てきたりするから知ってるんだ」


 幸香は本を読むのが好きなタイプだ。「何してるの?」とメッセージを送ると「本読んでる」と返事が返ってきたことが何度もある。

 俺からしたら「本読んでる」から話を膨らませることができないので、その返事は退屈だった。何の本を読んでいるか尋ねても、難しい本ばかりで「そっか」で話が終わってしまう。


「私は、人間って理想論が強いなって思うんだよね」

「理想論?」

「他の生き物とか見てるとさ、ライオンなんかはハーレムを作ってオスが何匹ものメスと交尾するでしょ? それって別におかしいことじゃないと思うんだよね。ハーレムのオスが換わるとその新しいオスと交尾するのが普通だしさ」

「うん」

「一夫多妻制とかの国もある訳だし、そういう本能的な構造になってるものなんだろうなって思う。だから、別に彩人が浮気したことに対して別に怒ってない。そういうものなのかなって解る部分があるから」

「…………」

「でも日本だと浮気とか不倫とか、蛇蝎だかつのごとく嫌われるでしょ? 世の中にありふれていることなのにも関わらずさ」

「うん……」

「色んな遺伝子を残した方が、個体のパターンが違うから生き残りやすいのに、倫理的にそれは推奨されてないじゃない。衝動的な好意なんてせいぜい続いても3年くらいだと思ってるんだよね。なのに結婚とかって制度で“永遠の愛”なんてものを誓わされて、たった1人を決めないといけないって、あまりにも美しい理想を追いかけているだけの妄執だと思うのよ」


 幸香の話は難しくて、俺には断片的にしかわからなかった。

 納得できることもあったけど、結果的に俺は責められているような感覚になった。


「それって、俺と結婚したくないってこと?」

「それは彩人次第かな。ぜんっぜん変わらないダメ男だったら結婚とか論外だと思うんだよね」

「俺、頑張って変わるから……お願い……」

「それは30日後、私が決める事。さ、次のブース行こう」


 そう言って幸香は微笑んだ。


 それは、天使の微笑みだったのか。

 それとも、悪魔の微笑みだったのか。


 俺は後で知ることになる。




 つづく





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