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浮気した方が悪いでしょう?(1)




 俺は過ちを犯した。


 心の底から愛しているのは彼女――――松原幸香まつばらゆきかだけだ。

 なのに、俺は酒とその場の勢いでバーで知り合った女性――――沼田萌恵ぬまたもえと一夜限りの関係を持ってしまった。

 それを隠し通せたら良かったのかもしれないが、俺の些細な挙動などから容易く彼女の幸香にすぐにバレた。幸香は鋭く、1つボロが出たら次々にボロが出て、何もかもがバレてしまい、その結果……――――


「別れるわ。じゃあね。もう連絡してこないで」


 という事になった。


 俺がやらかしたことだから、そうなってしまった理由も勿論分かる。でも、俺は幸香に対して未練たらたらで諦めきれなかった。

 幸香は美人だし、料理も上手いし、話していて面白いし、頭も良い。それに美人なだけではなく、少しお茶目な可愛い面もあるし、仕事もできるし、面倒見もいいし、とにかく俺みたいな男が付き合えていたことが奇跡だというくらい良い彼女だ。


 いや……彼女「だった」が正しいのかもしれない。

 一方俺は俗にいうダメ男。顔、体型、髪型は普通でどこにでもいそうな感じのだらしない男だ。


 26歳になった彼女は、別に結婚に急いでいる訳でもなく一切そんな話は出ていなかった。

 俺も23歳で、彼女がいても結婚を考えるにはまだ早い歳だと思っていたし、彼女はずっと俺の側にいてくれるんだと思い込んでいた。

 心のどこかでは「浮気しても許してくれるだろう」という甘えもあったのかもしれない。なのに、こんなに呆気なく終わってしまうなんて思いもしなかった。


「はぁ……」


 俺は何度も何度もスマートフォンの画面を確認して、幸香からの連絡がないかどうか確認し続けていた。ため息も止まらない。

 なんて馬鹿なことをしてしまったんだと俺は仕事にも精が出ずに、ミスばかりおかしてしまっていたし、ここ数日元気がない。

 朝起きて会社に行き、上司に怒鳴られながら仕事をして、帰ってきたらテレビに向かってヤジを飛ばしながらやけ酒を煽る。そんな生活。


 幸香とは同じ会社で別の部署の人間。会議で知り合って俺の仕事のミスをフォローしてもらったりもした。

 会社の立ち位置としてはそれほど違わない平社員なのだが、人望の厚さが違うというか。そういう感じ。


 幸香にメッセージを送っても返事もないし、読まれていないようだった。電話をしてみても着信拒否をされているのか繋がらない。会社で会っても目すら合わせてくれない。

 勇気を出して話しかけても、仕事の話以外の話はしてくれない。


「忙しいので、用事がなければ失礼します」


 という大人の対応をされて許してもらう隙がない。

 共通の同僚に「ちょっとさりげなく聞いてみて」と言うものの、同僚も聞くのは嫌がって聞いてくれない。

 もうどう転んでもどうにもならないという感じだ。

 会社でも公認のカップルだったのに、もう別れたという話は一週間も経たずに周りに浸透していて、完全に別れたことになっていたことも納得いかない。

 それも、俺の浮気で別れたということも彼女は言ったようで、俺は「最低な男」というレッテルを貼られて毎日針のむしろだ。


 ――俺が性欲に負けて馬鹿なことをしたせいだって解っていても、会社でそれが知り渡るのは本当にきついって……


 そんな状態で1週間が過ぎ、2週間が過ぎ、どんどん俺は不安になっていった。

 俺が浮気したのは20歳。自分より年下の子という魅力的な誘いに屈したものの、浮気相手の萌恵は胸が大きくて体つきがエロいという事以外は特に幸香よりも秀でているところはない。

 フラれたし、いっそのことその子に乗り換えるかと一瞬考えたが、顔も別にそこまで可愛い訳でもないし、話してて会話が通じないときがあるほど頭が悪いし、なんか歯並びも悪いし、肌もそんなに綺麗じゃないし、セックスもそんなに興奮する訳でもなかった。

 幸香からいいところを全部取ってしまったような子だ。

 そんな女に乗り換えるという選択肢はない。


 俺はある日、思い切って会社帰りに幸香の家の前で待ち伏せした。そうでもしないと幸香は俺に会ってくれないと思ったからだ。土下座でもなんでもすれば許してもらえるかもしれないと、俺はしっかり黒いスーツを着て土下座する準備を進めていた。


 そして待ち続けて1時間、ついに幸香は自宅アパートの前に現れる。


 俺は幸香の姿を見た瞬間にすぐに土下座をした。幸香が俺に気づくよりも早かったと思う。


「俺が悪かった!」


 大きな声で俺はあえて周りに聞こえるようにそう言った。俺は土下座、それにこれだけ目立つ状態なら無視されるはずない。


 そう思ったのだが、衆人環視の中、俺は普通に無視された。

 幸香は俺の事なんて視界にも入らないもののように歩調を変える訳でもなく、普通に無視して横を通り過ぎられたのだ。

 それだけはさせてなるものかと、俺は咄嗟に幸香の脚にしがみつく。


「無視しないで! お願い、話を聞いて!」

「放して。あんまりしつこいと警察呼ぶよ。ストーカー防止条例って知ってる?」

「お願い、お願いだって! 話くらい聞いて!」

「本当にしつこい。気持ち悪いから放して」


 そう言って幸香は俺をアパートの前の道端に放置した。


 酷い。

 あんまりだ。

 話も聞いてもらえないなんて。


 少し前まではあんなに優しかったのに。ほんの少し前までは俺のこと「好き」って言ってたのに、こんなのあんまりだ。

 そう考えて俺はアパートの前にうずくまり、みっともなく泣いた。

 ずっとそうしていたら幸香が戻ってくれるような気がして、ずっと俺はアパートの前に居続け、町ゆく人もそんな俺を横目で見ては通り過ぎていく。

 冷たい連中だ。

 若い男が膝を抱えて泣いているのに声をかけてくることもない。「どうされたんですか?」の一言くらいあってもいいのに。


 でも、結果は虚しくいつになっても幸香は俺の事を迎えに来てくれなかった。

 ずっと明かりの見える窓のところを見ていたけれど、幸香はカーテンを少し開いて外にいるかもしれない俺の方を見るということを1回もしてくれなかった。

 終電の時間が差し迫ってきたところで、俺はふと「終電を逃せば入れてくれるんじゃないか」という考えに到達する。


 そして、終電を丁度逃したタイミングで幸香の部屋のインターフォンを押した。時間はもう23時30分を超えている。

 何度も何度もインターフォンを押して、応答してくれるまで待った。

 もうインターフォンを20回くらい押したくらいだろうか、やっと中の幸香から応答があった。


「うるさい。それ以上インターフォン押したら本当に警察呼ぶから」

「頼むって……もう終電も逃しちゃったし、家に入れて?」

「………………」

「幸香、ごめん。本当にごめん。もう1回だけチャンスくれてもいいだろ?」

「…………チャンス? 条件次第ではあげてもいいかな?」

「本当!? なんでもするから! 頼むよ!」


 少しくらい話を聞いてもらえる姿勢になったことを好機と感じ、俺はすぐさまナイスな考えを思いついた。


 ――幸香を妊娠させたら俺と離れられなくなるに違いない。それに、襲われたら幸香だって隙を見せるはずだ。絶対まだ俺の事少しは好きでいるはず


 そう思い、俺はアパートの扉が開いて幸香が出てくるのを待った。

 少ししてドアロックとチェーンが外れる音が聞こえ、扉が少しばかり開いた。

 そこには寝間着姿の幸香がいた。風呂上りなのかふわりとシャンプーのいい匂いがしてくる。とてもそそる。


「入りなよ」

「ありがとう」

「少し話したらすぐに帰ってもらうから」

「え、でも、終電ないし……」

「ホテルでも漫喫でも泊まれば?」


 冷たい態度の幸香は俺を家の中にあげてくれた。

 やはり幸香の部屋は片付いているし、いい匂いがする。少しクールな一面からは予想できない可愛いぬいぐるみなどが置いてあって、それが俺のツボだった。


「そこ座って」


 クッションのある場所を幸香は指定した。それに俺は大人しく従ってそこに座る。


「なぁ、悪かったよ」

「別に怒ってないよ。がっかりしただけ」

「軽率なことをしたって思った……本当にごめん」

「それは別に良いけど、結論としてどうしたいの?」

「もう一回やり直したい」

「やり直したいって、最終目的は?」


 最終目的と言われると少し困ってしまう。よりを戻す? ずっと一緒にいたい? また好きになってほしい? 漠然とした考えが頭の中をよぎる。

 だが、幸香も女だ。女は「結婚」という言葉に弱い。だから俺は「結婚」という言葉を使うことにした。女は「結婚してください」なんて言われたらすぐに舞い上がって「YES」と言うにきまっている。


「そりゃ……結婚……とか」

「あっそう。でも私、別の人にアプローチかけられててそれ受けようかなって考えてるんだよね」


 俺の期待していた言葉とは全然違うことを言われて、唖然として幸香の方を見つめた。


「えっ!? 早くない!? 誰!!?」

「幼馴染の人。彩人あやとの知らない人だから安心して」


 幸香に幼馴染がいるなんて俺は聞いてない! もう2年の付き合いになるのにそんなの少しも知らなかった。


「無駄にハイスペックなんだよね。顔も良いし、頭も良いし、一流企業に勤めてて、家事もできるし趣味も合うし、優しいし、真面目だし、誠実だし、笑顔がチャーミングなんだよね。もう悪いところ探すのが大変なくらい」

「そんなの! 全然良くないよ! すぐに飽きるって。そういう……完璧超人みたいな人は幸香には似合わない。俺みたいに刺激的なタイプが好きだから俺と付き合ってたんだろ?」

「まぁ、ちょっとだらしなくて、どうしようもないところが可愛いなって思ってたけど」

「そうだろ? まだ俺たちやり直せるって……」


 そう言いながら、俺はゆっくり立ち上がって幸香の方へと近づいた。そして幸香の顔に優しく触れようとした瞬間


 パンッ!


 と、思い切り平手打ちを喰らわされた。

 あまりに強い勢いだった為に俺はその場で転がるように床にすことになったが、突然の事に何が起こったのか分からない。


「気安く触らないでくれる? 性的な行為はNG。録画してるから、馬鹿な真似はしない方がいいよ」

「いってぇ……殴ることないだろ……」

「いやらしい目で迫ってくるからでしょ。あーあ、彼は紳士的で場を弁えている人なのに、彩人は全然駄目。謝罪に来たのにセックスに持ち込んであやふやにしようって考えが見え透いてる。抱けば考えが変わるだろうとか思ってるなら大間違い」

「別に……そんなんじゃ……」


 そんなんじゃない。と、言いたいが俺は実際そう考えていた。本当に何もかもを見透かされているようで悔しさから唇をかみしめる。


「まぁ、与太話はいいよ。やり直したいっていう希望に対しての私の答えは1つ。私のいう事をなんでも1か月聞くこと」

「1か月いう事を聞く?」

「そう。どんな些細な要求でも全力で答える事。私の家に入る時に“なんでもする”って言ったよね? その言葉に嘘がないならやり直させてあげてもいいよ」

「分かった! なんでもするから!」

「そう。じゃあ一先ず連絡先は復活させてあげる。この1か月、常に私からの連絡を気にしていて。私から連絡したら5分以内に返事して。たとえ夜中や早朝であったとしても、絶対に。5分過ぎたら1回終了」


 それは少し自信がない。きっと寝ているときに連絡してこられたら起きられるかどうか不安だが、爆音の着信音にしておけば多分起きられるはずだ。


「う……うん。頑張るよ」

「じゃ、今日はもう遅いから帰ってくれる?」


 手を軽く払うように幸香は俺を追い払おうとする。あまりにもぞんざいなその扱いに、悲しくなりながらも「1か月いう事を聞くだけながら」と俺は渋々了承して幸香の家から出た。


「それじゃ、連絡するから。待ってて。貴方からは返事以外は連絡しないで」

「……1か月だけなんだろ?」

「そう。1か月だけ」

「分かった。ちゃんとできたら復縁してくれるんだよな?」

「権利を得るってだけ。じゃあね」


 そう言ってバタンとドアは無情にも閉められた。




 つづく




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