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狂った世界に私はいらない、狂った私に世界はいらない  作者: 毒の徒華


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だって害獣ですよね?




僕は猫が嫌いだ。


僕の庭でそこかしこで糞尿をまきちらし、僕の大切に育てている花を荒らすからだ。


猫除けのスプリンクラーをつけてみたり、猫除けのマットをひいてみたり、猫が嫌う柑橘類の匂いのスプレーを撒いてみたり、ネズミ捕りを仕掛けてみたりなど……一通りの猫対策をしてみたりしたのだが、どれもそれほど効果があるとは言えなかった。


以前は別段猫が嫌いだという気持ちはなかったのだが、隣の家が無数の猫を飼っている猫屋敷で、放し飼いをしていて僕の家に悪影響が出始めた頃から徐々に猫が嫌いになっていった。

隣の家はそれほど大きい家でもないのに、何十匹も猫を飼っている。

当然、しつけも何もしていない。

何度か苦情を言いに行ったのだが、渋い返答があっただけで改善はされなかった。


僕は花が好きで、庭で花を植えてガーデニングを楽しんでいたが、猫がそこかしこを荒らしまわるので思うように花が育てられない。

僕の唯一の趣味だったので、それが阻害され続けるというのは酷いストレスだった。

それに、ガーデニングができないだけではない。

そこら中に糞尿をしていくので家の周りが臭く、夏などは窓を開けたくても匂いが酷すぎて満足に開けることすらできないし、車を洗車しても数時間経ったら猫の足跡だらけになっている。

カバーをかけておいても、猫の爪でカバーが破れ、ガムテープで何度も何度も補強する羽目になった。


――本当に……どうにかならないのか……


あらゆる対策を講じているのだが、なかなかうまくいかない。




***




ある日、会社で同じ園芸の趣味の女性――――美優みゆさんに薔薇の刺し木をもらった。

以前、薔薇を育てているという話を聞いて、それを「いいですね。僕も育てたい」と言ったことが発端だ。


「これです。うちの赤い薔薇、すごく綺麗なんですよ」


スマートフォンの中にあった写真のデータを見せてもらったが、本当に美しい薔薇だった。

折り重なる赤い花弁が幾重にも重なっていて、芸術的なほど美しかった。


「すごく綺麗ですね」


僕は、その見せてもらっている画像を集中して見られなかった。

その薔薇の美しさ以上に、その美優さんは美しかったからだ。

僕は美優さんが好きだった。

同じ園芸が趣味で、心優しく、誰にでも愛想よく、裏表なく、こんな僕にも優しくしてくれる。部署は少し違うけれど、会社でも花の話などで話が合う。

だからこそ、その薔薇の苗木をもらうことができて本当に嬉しかった。

これは思い出の薔薇になるに違いない。


「ありがとうございます。大切にしますね」

「はい。根付いて花が咲いたら見せてくださいね」


僕はその苗木を持ち帰り、早速庭の開いている部分に植えた。猫に侵入されないように柵を設置し、猫対策もばっちりだ。


「よし……これでいいだろう」


まだ小さい苗木なのだが、これが根付けば徐々に大きくなり、いずれは大きな薔薇を咲かせることになるだろう。

そうすればますます美優さんと話も弾むはずだ。


――今度……植えたところを見せる為に家に招いてみようか……


そうして、僕は毎日毎日その薔薇が根付くのを楽しみに待っていた。

苗木が根付けば新しい葉を出すはずだ。


しかし……僕が危惧していた事態が起きた。


僕が休日の朝カーテンを開けて薔薇の様子と見ていたとき、猫が薔薇の苗を掘り返してしまったのだ。


そのとき、僕の中で「ブツリ」と何かが途切れた。


庭にいた猫に向かって、僕は冷蔵庫にあった魚肉ソーセージを取り出し、こちらへ来るようにと誘導した。

庭にいたのは寅柄の猫だった。人に慣れているのか、その寅柄の猫は簡単に僕の近くまで来て魚肉ソーセージを食べ始める。

手に持っていた魚肉ソーセージを置いて、ガーデニングで使っていた麻袋を持ってきて、食事に必死になっている猫を捕まえた。

猫は麻袋の中で暴れたが、袋の口を閉じたのでもう出られない。

僕は調理用のフライパンを持ち出し、暴れる猫に向かって思い切りフライパンを振り下ろした。


「に゛ゃぁっ!!」


何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も僕はフライパンを振り下ろした。

麻袋に血の滲みがでてきて、中のものが動かなくなった頃にようやく僕はフライパンを振るうのをやめた。


「はぁ……はぁ……」


フライパンは殴打しすぎて変形してしまっていた。


「はぁ…………」


一息ついた僕は、食べかけの魚肉ソーセージを拾い上げて一先ず流しに置いた。

そして庭に出て、荒らされて傾いた薔薇の苗木を見て、僕は薔薇の下に猫を埋めるということを思いついた。

麻袋から身体の関節がおかしな方向へ向いている血まみれの猫を取り出し、他の人に見られないようにサッと埋めてその上に薔薇を植え直した。


「これでよし」


血まみれの麻袋を洗濯機に入れた。

椅子に座って、モーニングルーティンのコーヒーを飲む。

ホッと一息つくと、朝の陽ざしがやけにまぶしく見えた。


僕は、今まで何をちまちまとした対策をしていたのか。


最初からこうすればよかったんだ。


僕は早速簡単に身支度を済ませてスポーツ用品店へ行き、金属バットを買った。


「お客さん、野球好きなんですか?」

「あぁ、最近運動不足なので、草野球を始めようかと思いまして……」

「いいですね。私もときどきやるんですよ」

「ええ、始めてみると意外とスカッとするというか、楽しいと言うか」

「ですよね! ありがとうございましたー!」


そしてホームセンターで殺鼠剤を購入した。

僕は、僕の家の近くから猫がいなくなればいいと思い、毒餌を家の周りに撒いた。

ネズミ用だが、猫もこれを食べる。


――これで害獣を駆除して、僕の生活に平穏を取り戻せる……


その殺鼠剤の効力はすぐに表れ、すぐに庭を荒らす猫は減った。

庭が荒らされることが減ったので、ガーデニングも捗って、前は諦めていた栽培が少し難しい野菜や花にも挑戦出来た。


――最初からこうしておけばよかった……


殺鼠剤を撒いてから1か月。

庭からの糞尿の異臭もなくなってきたし、庭を荒らされることもなくなった。

僕が上機嫌で会社に行く為に外に出ると、玄関には猫屋敷だった家の女主人がいた。

以前見た時よりも痩せこけてしまっていて、具合が悪そうな印象を受ける。


「あの……少しいいですか」

「すみません、僕はこれから会社に行くので」


面倒に思い、振り切ろうとする。

しかし、お隣さんは僕の前に回り込み、行く手を阻んでくる。

その手に持っているものを、僕の顔面に突き出しながら怖い表情をしていた。


「これ、お宅の庭にあったんですけど……殺鼠剤ですよね?」

「あ……」


ここで嘘をつくのは、もし裁判にでもなったらややこしくなってしまう。

だから殺鼠剤だということは正直に言うことにした。


「そうですよ。ネズミが出て庭を荒らされて困っていたので、殺鼠剤を撒きました」

「やっぱり……! うちの猫がそれを食べて、何十匹も死んでしまったんです!」

「そうなんですか。うちの庭によく侵入してましたもんね。お気の毒です」

「警察に電話しますから!!」

「会社に行くので……どいてもらえますか?」

「警察に行くんです!」

「あー……ご自由に警察に電話してください。僕は会社に行くので」


強引に横を押し通り、会社へ向かった。




***




隣人は警察に行くと言っていたが、殺鼠剤をネズミの駆除の為に家の敷地内に撒いたというだけで警察は動物愛護法違反では捕まえられない。

「隣人の猫を殺す為に撒いた」と自白するならまだしも、ただ「ネズミを駆除するために撒いた」と言えば逮捕することは難しいだろう。

まして、僕が意図的に殺したのは一匹だけで、それももう土の中で白骨化しているから誰のどんな猫なのか判別することは不可能だ。

長年苦しんでいた害獣被害がなくなって、僕は毎日すがすがしい気持ちでいた。

「バットは買う必要がなかったな」と思い、バットは押し入れにしまっておいた。


そして、また1か月が経った頃、もらった薔薇の苗木が葉を出した。

どうやら根付いたらしい。

僕は本当に嬉しかった。

純粋に葉が出てきたことが嬉しかったのもあるが、苗木を荒らした猫の養分で薔薇が育っていると思うと尚更嬉しかった。


――血の色のような真っ赤な薔薇を咲かせてくれるんだろうな……


僕は薔薇の成長過程を毎日写真を撮って記録し続けた。




***




僕が休日に庭の花の手入れをしていたところ、猫屋敷だった家から何か飛んできているのが分かった。

飛んできているというよりは、明らかにこちらへ向かって飛ばしているように感じた。

目を向けると、それは除草剤のようだった。

除草剤がこちらの庭まで飛んできている。


「すみません、除草剤がこっちまで飛んできてるんですけど!」

「あら、すみません。“うちの”雑草を駆除しているもので。飛んで行ってしまうのは不可抗力だと思うんですけど?」


これは明らかな仕返しだと感じた。


ずっと迷惑していたのは僕の方なのに、どうしてこんなことをするのだろう。

隣の家から除草剤が飛んでこないようにブロック塀を作って防ぐという方法を思いついたが、多分、もうこの方法でしか解決しないだろう。


僕は知っている。


元猫屋敷の女主人は独り暮らしだということ。


僕は知っている。


いつも決まった時間に買い物に出かけるという事。


ボクハシッテイル。


コロシテシマエバ

ワズラワシサカラ

カイホウサレルトイウコト。




***




「ねぇ、最近猫見ないわね。前まで内に来てた猫ちゃんも全然見なくなっちゃって」

「そうよねぇ? 前はこの辺りは猫がたくさんいたのに」

「あの有名な猫屋敷の人の猫だったんでしょう?」

「あぁ、あの人ね。でも、最近その人も見なくなったわね? 猫と一緒に引っ越したのかしら」

「行方不明らしいわよ? 捜索願が出てるんですって」

「やだ、そうなの? どこに行っちゃったのかしら」


2人の主婦が歩きながら世間話をしていると、庭に沢山の花が咲いている家が目に留まる。

とくにその中の赤い薔薇はとりわけ美しく見えた。


「あの薔薇綺麗ねぇ。よく手入れされているわ」

「あんな真っ赤で綺麗な薔薇の花束もらってみたいわねぇ」

「ほんとよねぇ」


血のように赤い薔薇は、枝を精一杯伸ばし、いくつも花をつけていた。

僕はこまめに手入れして、《《肥料》》も沢山与えて、花束にできるほどの量が咲き誇っている。

庭に出て薔薇の状態を観察しながら、丁寧に一本一本適切な長さに切っていく。


「いててて……よーし……今日のデートでこの赤い薔薇で美優さんにプロポーズするぞ」


実は、あれから美優さんとは何度もデートを重ねていた。

もうデートの回数を数えきれない。その中、僕はついに美優さんにプロポーズすることに決めた。


「棘が鋭いな……本当に痛いけど……喜んでくれる姿を創造すれば頑張れる……」


一本一本丁寧に棘を切り、輪ゴムで茎を束ねた。




***




夜に美優さんを夜景の綺麗なレストランに招待した。

美優さんと食事をしながら、僕はスタッフに預けてあった自作の薔薇の花束を美優さんに手向けた。


「これは、美優さんにもらった赤い薔薇の苗木から咲いた薔薇で、自分で花束を作ったんです」

「素敵な赤い薔薇……良い香り……」

「それから……良かったら、僕と結婚してください」


僕は指輪ケースをポケットから取り出して、美優さんに向けてそれを開く。

薔薇の彫金の中にダイヤモンドがあしらわれているエンゲージリングだ。僕の特注品のその指輪を見て、美優さんは可愛らしく


「はい」


と返事をしてくれた。


めでたく僕らは結婚した。

そして、僕と美優さんは一緒に暮らすことになった。

美優さんはガーデニングも料理も上手いし、気立てが良くて最高の奥さんになった。


迷惑な隣人もいなくなったし、憧れだった美優さんとも結婚できたし、結婚生活もうまくいっている。


――あぁ、幸せってこういうのをいうんだなぁ……


庭の赤い薔薇は新しいつぼみを芽吹かせていた。




***




【2年後】


「柚子の木買ってきちゃった……勝手に植えたら怒られちゃうかな?」


美優は庭の端に植えようと、土をスコップで掘り返し始めた。

料理でよく柚子を使うので、もう自宅に植えてしまおうと美優は考えていたのだ。


「よーし、この辺りならガーデニングのジャマにもならないし」


掘り進めるうちに、スコップの先に「コツン」と硬いものが当たる感触があった。


「岩かしら……掘り返して別の場所に移そうっと……」


掘り進めるうちに、何やら黄ばんでいる棒のようなものが出てきた。


「何……? 沢山埋まってる……」


美優はずっとそれを眺めていたが、突然“ソレ”がなにか解った。

嫌な予感がしたが、吹き出してくる嫌な冷や汗と、震える手を一生懸命押さえて美優は土を掘り進める。


「…………!?」




***




「本日、埼玉県熊谷市の住宅で、白骨した遺体が発見されました。遺体の身元の特定を急いでいます。死体遺棄、および殺人の疑いで、この家に住む梅山うめやま祐樹ゆうき容疑者が逮捕されました」


「梅山容疑者の敷地内から猫の遺体が複数発見されており、余罪についても現在調べています」


「動機について梅山容疑者は“隣人の度重なる嫌がらせに腹を立てて殺した”と容疑を認めています」




END




(※猫を故意に傷つけたり、殺したりするのは動物愛護法で禁止されています。一方、放し飼いにしている場合、糞尿や、庭荒らし、車を汚す・傷つけるなどで近隣住民が迷惑している事もあります。猫を飼っている人は責任をもって猫の管理をしましょう)




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