お見舞い申し上げます……
ぎっくり腰伯爵(オイコラ言い方w)の娘婿。
お見舞い持って参じます。
義父ハマー伯爵が、かなり重度のぎっくり腰で動けなくなってしまわれたとの報せがきた。
「お父さまったら……何やってらしたのよ、ぎっくり腰だなんて」
「目の前で転んだアリッサ嬢を起こしてあげようとしたらグキっといったそうだよ」
手紙に書かれていた事を妻ハンナに伝えると……
「まあ。そんならしくない事をなさるなんて」
……どういう事だろう?
「末娘が何をやらかしても笑って見てただけなのに、孫だと転んだ程度で手を貸したのよ。とんだ祖父馬鹿」
ええと……なんと返事をすればよいのやら。
「お見舞いに行かなくていいのかな」
「行っていいかどうかは、イリーナ義姉さまに訊かなくちゃね」
「え……イリーナ夫人に?」
「きっとシャルル兄さまがお父さまの代理をつとめておられるはずだから、お父さまが寝台からぬけださないよう見張るのはお義姉さまの管轄のはずよ」
「……管轄」
「ええ。投薬担当がお義姉さまで、四六時中見張るのはお母さま。そしてテイラー夫人が毎日お母さまを訪ねてるはずだわ、だってお母さまのお友達ですもの」
ああそうだった。
イリーナ夫人は国内でも有数のSクラス薬剤師の1人。
その師であるやはりSクラス薬剤師のテイラー夫人は伯爵夫人のご友人。
最高ランクの医療従事者が身近に2人……不用意に引き起こしたぎっくり腰だそうだから、頭があがらないんだろうな。
「きっとベテラン薬剤師のテイラー夫人が専門のお医者様を呼んでくださってるはずだから……治療に関して私達嫁いだ娘にできる事は何もないわよ」
よく体調を崩した義父母に医師を差し向けて恩を売ったなんて話を聞くけど……ハマー伯爵家には無意味な話だ。
「確かにそうだよね。逆に、僕達に医師が必要になった時には紹介してもらうほうだ」
「体にいい食べ物なんかはテイラー夫人が詳しいし、森にいるものならテイラー氏親子が新鮮な内に持って来れるし」
「……もしかして、狩って来ちゃうとか?」
「親子揃って水陸空の獲物何でも獲っちゃうし、モーガンさんはその上Sクラス薬剤師の知識もあるから……」
「……毒の心配もないから安心だね」
「そういう事」
お見舞いにゴーサインが出た。
シュミット伯爵家のマーサ義姉上夫妻と相談して、種々の負担を少しでも減らすため2組で一緒に行く事にした。
「見舞いの品は……何にしました?」
品物が被らないように、調整の意図で訊いた。
「領都の商工会長にハンナの父親の見舞いに行くと言ったら、是非ともこれをと渡された物がありましてね……ぎっくり腰の患者に持っていっていいものか悩むのですけれど」
「おや……うちはハマー領主が大変だと聞きつけた領民が持って領館に押しかけて来ました」
ランドルフ義兄上が苦笑しながら差し出してきたのは……シュミット領特産の、強い酒。
「……商工会長がくれたのもこれですよ」
こちらは、スコット領で年間わずかしか作れない希少な酒。
「義父上は、よくお呑みになる方だけど……」
「……今はダメな気がするんだよね」
「イリーナ夫人の許可は出ない気しかしない」
「そればかりかテイラー夫人から激しいお叱りを受けそうだ」
「領民の心づくしなんだけどねえ」
2人して頭を抱えた。
「……ランドルフ殿、領の薬剤師館に相談しましょう」
「そうだね、そうしよう。お互いに投薬中のぎっくり腰患者に飲食させてもいいものを紹介してもらって来よう」
仕切り直して、持ち寄ったものは。
依存性のないシュミット領特産の薬草茶の茶葉と、スコット領でしか収穫できない穀類でできたパンだった。
「……なぜ、パン」
「薬剤師館長いわく、特殊な穀類なので薬剤師館と特別に契約している農家でしか栽培できなかったそうで。そして所属してる薬剤師の中にパン屋の経営者がいて……」
「……率先して作ってくれたのがパンだったと」
薬草茶とパンは、意外な見舞いの品として驚かれつつ喜んでもらえた。
そして……両領民からのお見舞いでもあるので酒2本も持っていったわけだけれども。
「完治してマリリンとイリーナからOKが出たら飲ませてあげます」
アリアドネ義母上がビシッとおっしゃってた。
「はい……ああ、ボトルを見えるところに置いて欲しi……」
「そんなところには置きません。これはイリーナの薬品庫に入れておいてもらいます」
「薬品庫……って、鍵かかるところ?」
「当然です。イリーナ以外ではマリリンかモーガン君しか入れない場所のに入れておいてもらいますから、使用人を買収しても無駄ですよ」
「………………はい」
義父上は完全に頭があがらなくなってしまわれていた。
これはもう、今後ずっと続くやつですね……。
ご愁傷さまです、こちらからは何も申しあげません……いや申しあげられませんが。
お見舞い……腰のお見舞いと、もうひとつ違う意味あいでのお見舞いまでw