プレゼント大作戦
侍女パール、お祝いの品を求めて街を彷徨います……
いったいどこに行けば売っているのでしょう……ほんの少しでいいので適正価格で売っていただければ。
ガーネット皇孫皇女殿下ご誕生でお祝いムード全開なんですから、少し位果実蒸留酒をわけてもらえるかと思ったのですが……甘かったです。
皇都中心街にある酒屋という酒屋を片っ端から見て回りましたが、どこにもありません。
さすが希少商品、品薄にもほどがあります。
「酒場に行けば少し位あるんじゃねえの?」と言われたのですが……あるんでしょうか?
そもそも私が酒場に入っていけるのでしょうか……?
「ここはネーチャンが来る所じゃねえよ帰んな」
はああぁぁぁ。
これで16軒めなんですが、お店の方に果実蒸留酒を少しわけて欲しいと申し出る事すら叶いません。
皇帝陛下の大好物なので、皇孫殿下ご誕生の祝賀晩餐会に少しでもお召しあがりいただきたいのですよ。
だから探してるというのに。
「おや、侍女殿ではないか。こんな所で何しとる」
聞き覚えある声がしたと思ったら、サルヴァトーレ様でした。
「果実蒸留酒を探しているんです」
「なんでまた」
「陛k……シルベs……大旦那さまに、お孫さまのお誕生祝いのお席でお召し上がりいただきたくて」
「ああ、あれか。別に飲まなくてもいいと思うぞ……この品薄状態を生んだ張本人だからな、あいつ」
「そうなんですか?」
「ローウェル商隊が入国制限された時に『ヴァルジの好物など持ってこなくていい』と言うたのだ」
「ええっ……では、入荷数が激減したのは……まさかの大旦那さまが原因」
「まあそういうこった。あきらめて帰ったほうがいい」
「……余計に手に入れたくなりましたわ」
ええ。
あのコンチクショウな宰相も好きだとわかればなおの事、陛下にだけはお召し上がりいただきたくなりました。
「確かサルヴァトーレ様にも招待状がいっておりますよね?」
「うん、一応赤ん坊の曾祖父だからな」
「手に入ったら、ご協力いただけますか?」
「……んん?協力なら惜しまんが、何を企んどるんだ?」
「まずは入手してからでございます。では」
サルヴァトーレ様のそばを離れました。
わけを知って尚、入手したいのにもかかわらず。
在庫をお持ちのかたの情報すら得られず困り果てておりましたら。
「あー、パールさんじゃないっすかー!」
またも私を呼ぶ声が。
しかも今度は知らない人……いえ、もしかしたら知ってる人。
「ええと、どちら様で」
一応訊いておこうかしら。
「やだなあ、俺こないだパールさんのお母さんの送迎したじゃないっすか」
「……ごめんなさい、あの時の関係者の方でしたのね。妃でn……奥様の事しか頭になかったもので」
「……ま、そりゃそうか。じゃ、改めて。帝国騎兵隊所属エリオット・グレイっす。パールさんはなんでこんなとこに?」
改めて自己紹介してもらった上で、訊かれます。
そりゃそうですよね、今いるのは市街地中心部とはいえ女が1人でうろつくような場所ではないのですから。
「探し物をしております」
「……何を探してるのか訊いてもいいっすか?」
「果実蒸留酒です。ほんの少しでいいのですが」
グレイさん、あきれた顔をしています……そりゃそうですよね、何年も前から品薄なんですから。
「パールさんが飲む……んじゃないっすよね?」
「ええ」
私自身の好みではありません、果実蒸留酒は。
「あれはなかなか手に入らない物っすからね……」
だから困り果てているのですが。
「……パールさん」
あらたまって名を呼ばれました。
「もしかしたらあるかもしれない所にお連れできるんすけど……ちょっと居心地悪い思いするかもしれない」
……あるかもしれない所、ですって!
「ご案内いただけるんですかっ?」
「……俺の話、聞いてたっすか?居心地悪い思いをするかもって言ったんっすよ?」
「手に入るのでしたら、多少の事は目をつぶります」
グレイさん、深々とため息をついてしまいました。
「兄貴、いるかい?」
グレイさんが、革細工のお店で店主さんに声をかけました。
「奥にいるよ。なんかいいモン持ってきたのか?」
「いいや、ちょっと個人的な用事」
「ふうん……で、そっちのねえちゃんは?」
「……サフィニア様の孫姫だよ」
「え」
今、私が姫扱いされたのですけれど……ってか、祖母の名に様つけられてるんですけど!
「え、エリオおまえそんな方と知り合いなのかよ!」
「俺、一応皇宮勤め」
「……あ、そっちでか」
会話の筋がよくわかりません。
革細工のお店に「物を持ってくる」とかいうお話も何の事やらさっぱり。
「……パールさん、こっちっすよ」
グレイさんに招かれたのは、お店の工房部分の更に奥でした。
そこには住居部分らしい上階へ上がる階段がありましたが。
「おいエリオ、上がっちゃダメだぞ」
「わかってるよ行きゃしねえ。行ったら縮む位怒るじゃん兄貴の奴。奥っつっても倉庫のほうだろ?俺の用も倉庫だよ」
勝手知ったる様子で、階段横の出入口から外に出ます。
すぐそこにあった建物……倉庫なのでしょう、グレイさんはそこへ案内もなく入って行きます。
おまけに。
「兄貴ぃー!果実蒸留酒持ってねえ?」
大声を出してます……。
「おー、エリオどうした?いつから果実蒸留酒愛好家になった?」
「なってねえよ!どうしても果実蒸留酒が欲しくて探し回ってる人がいてね、お連れした」
「お前ここに来れば何でも揃うと思ってねえか?」
荷物の山の陰からひょっこり顔を出した人は、グレイさんにとてもよく似た男性でした……あ、お兄さんなのでしたらグレイさんが似ているんですよね。
「えーと、あなたが果実蒸留酒欲しい人?」
「あ、はい。ガーネットお嬢さま専属の侍女となる事になっておりますパールと申します。お嬢さまのお祖父さまに、お孫さまお誕生のお祝いとして献上いたしたくて探しております」
目的はハッキリと、でも誰の事かは若干ぼかして……とはいえ察しのいい人なら容易に想像がつく言い方で。
「献上品ね……あるにはあるんだけど、売りもんじゃねえんだ。どうしたもんか」
え、あるにはある……あるのですか!
皇都じゅうのほぼ全ての酒屋で「そんなもんあるわけねえだろ」と言われ続けた物が!
「ええとその……売り物じゃない、とはどういう事なのでしょう?」
「兄がフラリとここへ現れ『土産だ』と置いていった品の中の1つなんです。携行用の小瓶なので、たいした量ではないんですがね……ただ、無償で手に入れた物を販売するというわけにいかず……」
歯切れの悪いお兄さん。
「えー、ケヴィン兄来てたんだ……あの風来坊、来たんならこっちの弟にも顔見せろってんだ」
「皇宮騎兵隊詰所になんか行けねえだろあの無法者ヅラした風来坊が」
「それもそうか」
ええとその……グレイさんにはもう1人お兄さんがいらっしゃるのですね、弟2人に風来坊呼ばわりされるような。
「じゃあさ兄貴……そのケヴィン兄の土産、俺にわけてくれよ。その携行小瓶がいいな。な、くれるだろ?くれるんだろ?」
グレイさん……言外の念押しの圧がすごいです。
「……ああ、エリオにやるよ。飲みたい人にあげてくれ」
お兄さんが果実蒸留酒の携行小瓶を持ってきてくれました。
ありがとうございます。
グレイさんのお陰で、私は果実蒸留酒を手にする事ができました。
あとは、サルヴァトーレ様にお祝いのお席へ持ち込んでいただくだけです。
そして、陛下へ直々にお渡しいただくと。
できればその場でお召しあがりいただきとうございます。
コンチクショウな宰相の目の前で、携行小瓶1本分を全て。
サルヴァトーレ様なら、うまくやってくださると思います……あの方も、宰相が大っっ嫌いでいらっしゃいますから。
皇孫皇女殿下誕生祝賀会……と銘うたれた晩餐会。
「シルベスター、珍しい物が手に入った。初孫が生まれた祝いだと思って受け取ってくれ」
「先生、ありがとうございます……っこれは、果実蒸留酒ではないですか!」
「ああ。知人が友人からもらったそうだ。その友人という人物も、兄弟からどこぞの土産だと渡されたそうだが……手にした者皆果実蒸留酒は好みではなかったそうで、回り回ってわしの手元へやってきた」
「ありがたい限りです」
「……給仕、グラスを。知人もその友人もその兄弟も、祝いの席で飲まれる事を願っておったぞ」
「そうですか、では…………おや。あまり量がありませんでしたね」
「携行用の小瓶だと言っておったなそう言えば。さあ、飲ってくれ」
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あ……あ…………果実蒸留酒………………
陛下……全部、いってしまわれるのですか…………