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アルヴィノーラの森で 外伝  作者: ありかわつぐみ
31/76

薬剤師と森番(才女と猛獣)≪4≫


長いですね、すみません……



オレはシグナスさんと並んで礼拝堂へと歩いていた。

「レイヤードの()()、わかっちゃったんですね」

訊いてくるシグナスさん。

「ええ、まあ。7年ほど団長やってましたから……その、異性関係にだらしない部下が駐屯先でやらかしたりもしました。その後始末も何度かしましたんで、きっとそっち方面に近いんだろうなと思ったまでなんですけど」

言葉は選んだ……そのレイヤードさんとかいう人をオレは知らないし、そのお相手とおぼしき人の事も知らないから。

「推測でしかないけど、国境警備軍の隊員と……その、何て言いますか、()()()()事になって、家族が増えるとかそういう奴なんでしょう。オレが以前に対処したのがそれだったんで」

……言葉を選ぶと、表現しづらいなあ。

「それって、解決……したんですよね?方法は?」

「あの、何の参考にもならないですよ?……撤収の行軍が始まる直前に1発ぶん殴って、行軍に耐えられないけがをした事にして、そいつを現地に置いてきました」

「ぶん殴っ……もっと平和的な方法はなかったんですか」

「いやもう手っ取り早く奴を置いていかないといけなかったんです……帰投のための行軍を開始しようとしてる結構あわただしい時に『子供が生まれる、子の母親が会いたがってる』と知らされたんで」

「だからって、殴ります?」

「あまりにも急展開すぎたんで、指示を仰がれてとっさに『けがを理由にお前をここへ置いてってやるから、今すぐ死なない程度に大けがしろ』って言ったらしいです、オレ。そのへんあんまり覚えてないんですけど。さすがにそれは無理だろっていう周囲の総意で、診断書を書く軍医も巻き込んで1発ぶん殴る事になりました。殴られる側も合意の上です」

唖然とされた。

「非はすべて、いつ撤収するかわからない身でありながら男女のお付き合いをしちまった野郎にあります。だけど……あいつも少し不憫でした。付き合いだして日が経つにつれて会ってくれなくなってやさぐれて、さあ撤収だ出発すんぞって時になっていきなり『子供が!』ですから」

「子供が生まれる事を、隠していたんですね」

「隠し通すために、会わないでいたようです。だけど、いざって時になってやっぱりこのままではダメだと思い直して呼んだと。半日遅ければ、こっちは出発した後でした」

「ギリギリじゃないですか!」

「そうなんですよ……あの時の子、ちゃんと無事に生まれてたらもうすぐ2歳位になるはずです」

「そんな最近の話、なんですね」

「はい。奴はそのまま団に戻る事なく除隊しましたから、それっきり会ってません」

「レイヤードは早い内にお相手に言ったみたいですから……だから今周辺である私達が振り回されたんですね。でも、どうして(かしら)さんは気がつかれなかったのでしょう?」

「おそらく、就業者の家庭環境の差だと思います……森番はオレみたいな特殊な例を除いてだいたい現地採用の奴ですから。だから森番が近所の娘さんと彼氏彼女になって今回みたいな状況になったところで、見える未来は『近日中に婚礼あります』の一択です」

はあ、と大きく息を吐いた。

「年明け早々、新天地で何もかも一から始める事になっちゃいましたね」

「そうですね」

「伯爵家から、どの辺にどの規模の建物を建てたいかの希望を訊きに来るそうですが……どうでしょう、近くに建てません?」

シグナスさんから、提案された。

「私は、レイヤードのお祖母さんみたいな個人経営級の薬剤師館にするつもりはありません。私を薬剤師として育ててくれた恩に報いるには、指導所ともなる規模の薬剤師館にしたいんです。そのためには、公的な機関と業務提携する必要があります……それくらいの規模じゃないと養成施設を兼ねる事ができないからなんですけれど。公的な機関とは、だいたいが軍とか王立の何かとかです」

「その中には、森番小屋も含まれるというわけですね」

「そうです」

「いいですよ。こっちも提携先が遠いんじゃ話になんねえ。薬もらいに行くのに一番速い馬をとばしても最速片道40分とか冗談じゃねえんだし」

傭兵団時代に軍の提携先の薬剤師館まで薬をもらいに行ってくれと言われて行った先がそれだった事は多々ある。

「友人……おじさまのお嬢さんがハマー領にも賃貸物件をいくつか持ってるって聞いたんで、一度来てもらって話をしましょう」

……ガリーニ将軍のお嬢さん?

確かシグナスさんと同じ位の年齢のはずで……いくつか物件持ってる?

「お母さまの遺産です。手広く不動産事業をなさってたんですって、お母さま」

将軍ご自身が富豪なのは知らない人がいない位だけど……亡き奥様もだったのか、それも実業家?とかいう実務的な。

「知らない人から土地を借りるより、知ってる人からのほうが安心です」

そりゃそうだろう……だろうけど!

オレにとっちゃ、将軍のお嬢さんって知らない人だよ!





年明けの祭の礼拝が始まった。

オレは他の療養者と一緒に礼拝堂の長椅子に座った。

シグナスさんは、他の薬剤師や医師らと祭壇へ行ってる。

青のスカーフの若い薬剤師が集まって何やら話してる姿が見てとれた。

スカーフリングを指して何か言う同僚の人に、シグナスさんがオレを見て何か言ってる。

オレが作ったとか言ったのかな、同僚の人が何人かオレを見てニヤリと笑った。

遠くて話の内容が聞こえないのも幸いした(気がする)。



礼拝の間、オレは考えていた。

国境警備軍のかわりに新設される森番小屋に必要不可欠なもの。

馬は必須なんで、馬小屋が絶対にいる。

鍛練場もいる……軍ほどの腕はいらないが、ある程度やりあえないといけない。

宿直用の設備もいる。

なんならオレが住み着くスペースも。

……結構な広さが必要な事に気がつかされた。


将軍のお嬢さんは、そんな都合のいい物件をお持ちかな。





足の検査は、年明けの祭が終わるとほぼ同時に行われた。

結果は、良好。

オレの都合のいいタイミングで帰ってもいい事になった。


残務処理でとりあえず森番小屋に行った……階段落ちのあの日以来の出勤。


「天窓閉めようとして落ちたとか災難だったな」

「半年以上いたのに見舞いにも行かなくて悪かったね」

「新設される森番小屋に行くんだって?」

口々にいろいろ訊かれる。

「どこの新設小屋?」

「ハマー領」

「あそこって国境警備が居るから要らないとか言ってるとこじゃん」

「国境の森にもやっぱり要るって事らしい」

国家機密に関わる話になるので、本当の事は言えない。

だから「国内すべての森に森番をおく事になった、手始めにハマー領の森から」という施策というのを建前にしてある。

もちろん、軍公認。

「そっか、じゃあ行っちゃうのかー」

残念そうにする若い奴。

「俺、テイラーさんから剣もっと習いたかったなー」

「安心しろ、オレと(かしら)は師匠が一緒だ」

「え……太刀筋全然違うのに?」

「オレのは戦場用だ。実戦でもまれてるうちにああなった」

「久しぶりに会ったら剣がケンカ流になってて驚いたぞ」

いつの間にか(かしら)が話にまぎれこんでた。

「仕方ないって。お上品に戦ってたんじゃ、戦場の最前線では命がいくつあっても足りゃしねえ」

「……だろうな。それに、お上品に戦う姿はお前に似合わない」

「一言多いぞ」

「その顔で言われてもな……ああそうだ。さっきフォードさんって不動産屋?のおじさんが場所を貸してほしいと言ってきたから、昼飯後になら食堂が空くからそこでと言っておいた。例の話だろ?」

「ああ。わざわざ小屋(こっち)に出向いてくれるのか……」

「そりゃお前が療養所から出たての元けが人だからだろ」

ああやっぱり。

「おじさんとお嬢さんの2人組だった」

(かしら)はたぶんフォードって人が業者だと思ってるんだろうけど……おじさんは付き添いだな。



昼飯後の食堂へ行くと……シグナスさんが、同世代の女性とおじさんの2人連れと一緒にいた。

「どのみちどっちにも土地の話をするんだから、一度で済ませたほうが効率がいいと思ってマリリンも一緒に連れてきました」

という事は、この人がガリーニ中将のお嬢さんなのか。

「アリアドネ・ガリーニと申します。こちらは父の執事でもあるサイラス・フォード。法に詳しいので、何かと役に立ちます」

「初めましてガリーニ嬢……」

「あらやだ、アリアドネとお呼びください。私もいつまでも未婚じゃないので」

「では……アリアドネさん、でいいですかね?オレは……」

「テイラーさんですよね。マリリンからの手紙によく書いてあった人」

「ちょっと!アリアドネ!」

焦るシグナスさん……よほどバラされたくない事を手紙に書いてたとか?

いやあのまって、その……何て!?

「……お嬢さん、そういうお話は仕事の話を済ませてからにいたしましょう」

フォードさんがしきってくれた。




「こないだちょっと考えてたんですけど、思ってた以上に広さがいる事がわかっちゃって……ちょっと焦ってます」

オレは正直に言う事にした。

「事務用のスペース・保管書類置いとく場所・待機場所と宿直室・鍛練場・馬小屋・食堂と厨房、あとオレが住み着く場所……ってえと、かなりの広さになりますよね?」

「そうですね……どれも削るわけにいかないものでしょうし」

手元の資料をパラパラめくるアリアドネさん。

「マリリンのほうの建物も、かなりのスペースがいるんでしょ?」

「うん。薬品の保管庫が一番大きいかな。あと見習いを住み込ませる部屋とか私が住む部屋とかもいるし」

また資料をパラパラめくるアリアドネさん。

隣にいるフォードさんにあるページを見せて何か意見を求めてる。

「いや、それはお二方のご返答次第でしょう」

フォードさんの一言が、何か気になる……。

「ねえ、ものは相談なんだけど……私が扱ってる中で、広大すぎて借り手がつかない土地があるの。いつまでも遊ばせておくわけにいかないから、あまりにも借り手がつかないなら分割しなきゃいけないかなと思ってるんだけど……そこを、2人で借りてくれないかしら?」


え。


シグナスさんとオレは2人して呆気にとられた。







アリアドネさんとフォードさんの詳しい説明によると。


・建物は、土地の広さに応じた物しか建てられない

・薬剤師館森番小屋共に、希望する設備を揃えるとなるとかなりの広さの土地が必要

・隣接する2つの土地を1つとして扱い境界をまたぐ形で建てたとしても限りがある

・公共機関や準公共機関を建てる際には国から補助が出るが、建物の規模によって補助の割合が変わってくる(規模が大きいほど補助率があがる)

・今回は更に特殊事情ゆえに、特別な補償も出る(らしい)

・借り手のない広大な土地は、アリアドネさんのお母さんが入手した時点で既に借り手がいなかった

・この土地にならかなりの規模の建物が建てられる

・薬剤師館と森番小屋でダブる設備を共用にすれば、その分更に規模を大きくできる



と、いう事だけど。

いいのか、そんな建て方。

住み込みのお嬢さんを預かる施設と、地元の(アン)ちゃんが集まる施設が同一の建物の中におさまるという話になるんだが。

「若い見習いは住み込みだけど、私は近所のおばちゃん達にもCクラスの資格を取ってもらいたいと思ってる。Cクラス持ってると、例えば家の中でちょっとしたけがしたとかの時でも応急処置が落ち着いてできるようになるから……」

「あ。その近所のおばちゃん達の家族が森番として来てくれるかもしれないのか。身内が身近にいたら、そりゃ品行方正になるよな……」

「だからたぶん大丈夫だと思うんで……この共同で借りる話に乗っからせてもらっていいですか?」


え。


「あの、オレ小屋に住み着く予定なんですけど!?」

「ええ、私も住む気でいますけど」

いやあの……その、いいのかよ!

「私は薬剤師館の部分に、テイラーさんは森番小屋の部分に住むんだから問題なくないですか?」

……あ、そうか。

オレ何ひとりで焦ってんだろ。

「設計とか建築の専門家も紹介できるけど……したほうがいいかしら?」

アリアドネさんが訊いてくれた。

「特殊な建物を建てるんだから、施主の希望を聞かないような(馬鹿)は紹介しないから安心してね」




「近いうちに土地を見に来てね」と言い残し、アリアドネさんはフォードさんを連れて帰って行った……シグナスさんを森番小屋に残して。

「……ええと、その……いいんですよね?共同で借りるって事……」

「アリアドネが急に言い出した時はどうしたものかと思ったけど、説明を聞いてるうちにいい考えだと」

「……確かに、利点は多いです。でも……本当にいいんですか?」

「何がですか」

「オレみたいな……顔はともかく親位の年齢の男と、仕事場兼用とはいえ同じ地所に住むとか」

「よくなかったら、最初から提案したりしません」

ああ、まあそりゃそうだけど。

「それに。私の親は……生きてたら40超えてますから、テイラーさんより年上ですからね」

へっ?いきなり何を……。

「だから()()()()()って、言わないでほしいんです」

あ、はい。

「それに……」

……まだ、何か?

「テイラーさんじゃなかったらこんな突拍子もない話、受けてませんから」

…………え。


オレは、シグナスさんをじっと見つめてしまった。


親位の年齢の……いや、結構年上の男だぞオレ。

顔はともかく、人畜無害でもない(はず)だ。

いや、怖がられたり嫌われたりしてないだけヨシとするべきなのか。


「テイラーさんだから受けた、って言っても過言じゃないです」


オレの思考が、音を立てて停止した。






……まだ続くとか、スミマセン。

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