狂ったまま動いた歯車
元孤児ハンス・コナーの独白
(後半部分に、著しく倫理観に欠ける会話と犠牲者の出る土砂災害表現があります。閲覧には充分お気をつけください)
久しぶりの屋外演習。
使用武器こそ模擬戦用のものだが、模擬戦の相手は、孤児仲間の友レイサム。
レイサム……一度コテンパンにのしておきたかったんだ。
まず、こいつモテるんだよ。ムカつくことに。
6歳で保護施設のお姉ちゃま達にモテモテだった。
10歳で同い年位の子から年下が群がってた。
13歳の頃には、群がってた中から1人選んでた。
選ばれたシンシアがレイサムの嫁になると思ってた。
だけど。
俺達が施設を出て軍兵として生活できる位になった頃。
シンシアはいきなりどっかから出てきた親戚とかいう奴が決めてきたオッサン軍人の2人めの後妻として連れていかれてしまった。
さぞや気落ちしただろうなと思ってたら……ガリーニ将軍のお嬢さんが嫁さんになるとかいうじゃないか!
超大富豪だぜ、将軍の家って!
お嬢さんのお母さんも大富豪の家の人だし、なんでそんな人とレイサムがお近づきになれるんだよ?
「彼女が乗ってた馬車に車輪がマズい事になってるところに居合わせただけだ」
そこからめちゃくちゃ逆玉の輿だったってーのに。
子供もできて順調に生活してると思ってたのに。
確かあいつが結婚して半年位の頃。
裏通りのちょっといかがわしい逢い引きご用達店から出てきたシンシアと男を見かけた。出てきながらイチャついてやがる。
シンシアの旦那って、親位年の離れたオッサンのはず。
既婚の女がどう見ても旦那じゃない男と一緒にそういう店からいちゃいちゃ絡まりながら出て来るのってどうかと思うz…………え。
一瞬、見間違えたかと思った。けども。
4~5歳の頃からつるんでる俺が見間違えるはずがない。
レイサムだ。
何やってやがるんだ、嫁さんはいいとこのお嬢さんだぞ。
子供も生まれるってのに、何やってるn……おい。
いくら裏通りの奥深い場所でも路上でやっちゃダメなやつだぞ、いちゃいちゃベッタリはともかく……女の服の襟から胸に手をつっこむなって。
いや、ちがう。
路上でいちゃつく以前の問題。
嫁さんがいる男は、他の女と逢い引きご用達店に入っちゃいけないし、その女が既婚の元恋人だとなおやっちゃダメなやつ。
逆玉なんだから、絶対にやっちゃダメなヤツだ……逆玉でなくてもダメだけど。
俺は帰ってペンをとった。
レイサムがシンシアと一緒にそういうとこから出てきたのを見た、と嫁さんに。
シンシアがレイサムとよろしくやってると、シンシアの旦那の子供達11人(最初の嫁さんの子6人と次の嫁さんの子5人)に。
それぞれ手紙を書いた。
シンシアの旦那一族宛ては配達人に託したけど……さすがにレイサムの嫁さんには匿名でしか出せなかったんで、投げ文みたいな感じになった。
開いてる窓に、石を結びつけた封書を投げ込んでおいたんだ。
そして俺は、嫁さんが石つきの手紙に気づくまで窓の外にいた。
気づかれなきゃもう1通書く気でいた……けど。
将軍が馬でかけつけてきた。
片手で手綱、片手で紙の束を握りしめて……あ、あれ全部俺が書いた手紙だ。
配達人に頼んだ奴が全部シンシアの旦那の子供達に届いて、これは一大事とばかりに将軍の所へ相談に行ったんだろう。
将軍が、窓の外に俺がいる部屋へやってきた。
「アリアドネ、これは?」
石つきの手紙に気がついたのは将軍だった。
ま、誰が気づいてもいいや。
「名前がない……が、同じ筆跡か」
うわ、バレた。
「ハンス・コナーという名に覚えは?」
「アンドリュースの友人よ」
「その石つきの匿名の手紙は、彼からのものだ。開けて中をあらためて見てほしい」
カサカサ。紙をめくる音がした後……。
「……ねえ、父さん。あいつ殺してきていい?」
え。
いや、あの……将軍令嬢、一気にそこまでいきます?
「まあ、待て。あのクズは必ずや社会的にも人格的にも、何なら人権的にも抹殺してやるからまずは落ち着け」
将軍も、なにげにすごい事をサラリと。
「わかったわ、とりあえず殺すのはやめとく」
そうしてください……。
シンシアの旦那一族もガリーニ将軍も大きく動かないうちに、レイサムには男の子が産まれた。
そして、シンシアの旦那は出先で倒れてそのまま亡くなった。
レイサムの奴とシンシアは、あいもかわらず例のいかがわしい店にしけこんでる。
一度クロード君が忘れ物をしたレイサムを追いかけたら、シンシアとはち合わせて泣きそうになってた。
……ッタクいい年齢した大人が3歳だか4歳だかを泣かせてんじゃねえよ。
なんで誰も動かないのかわからん。
とっととシメ上げて賠償やら慰謝料とったりすりゃいいのに……あ、とりづらいのか。
実質とれないか、レイサムもシンシアも庶民中の庶民だもんな。
そんで、あの屋外演習だ。
雨上がりの森の中での実戦訓練。
兜の上に一撃思いっきり振り下ろしてやるつもりで挑んでた。
けど。
俺達の実力は伯仲……といえば聞こえはいいけど、要はたいした事ないレベルが2人でカチャカチャ打ち合ってるようなもんだ。
隙をつくつもりで、打ち合いながら話してみた。
「お前、シンシアと何やってんだよ?」
「は?何って何だよ」
「見ちまったんだよ、お前とシンシアが……出てくるとこ、何回も」
「あー、あれ見てたのか」
「ダメだろ」
「まあな。でもシンシアはいいぞ。昔から変わらなくて」
「……お前な。既婚者のくせに、いつからだよ?」
「え?俺シンシアと終わらせた事ないぞ」
「……はあ?」
「だから、シンシアの結婚前から」
「……え」
「シンシアな、自分の結婚式の前の晩に俺と……」
「……どクズが!」
あったまきた。
「お前がそこまでのクズとは思わなかったぞ!」
殺す。決めた。嫁さん……いや将軍令嬢の代わりに俺がこいつを殺す。
そう思ったその時。
「模……闘一……止!」
遠くで声がした……ききとれない。
打ち合いながら、隙を見計らう……が、いかんせん低レベル戦闘。
隙が見つからない(正しくは「隙を見つけられない」とも言う)。
そうこうしているうちに……馬車が走って来るのが見えた。
このままだと、俺達がやりあってる所につっこんでくる。
レイサムには死んでほしいが、馬車に轢かせたら御者に悪い。
俺は、レイサムの襟首をつかんで崖の方向に払いのけた。
「何すんだ!」
レイサムがおとなしく払いのけられてくれなかったから、入れかわるように俺が崖にぶち当たった。
ガラガラドゴゴゴ……
俺達は、暗闇に閉じ込められた。
――――――――――――――――――
俺が覚えてるのはここまでだ。
礼?
いらねえ。
ああ、今後森で訓練する時に申請し忘れたら化けて出てやるって言っといて。
ゲスのすぐそばに最期まで一緒にいた男が見たままを語りました……
(降霊術師さま、ありがとうございました……って事で)